Archive for category ワイドレンジ

Date: 11月 17th, 2021
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その15)

このことはどこに書こうか、少し考えたけれど、結局、ここに書くことにした。

最近、ソーシャルメディアを眺めていると、爆音という表現がけっこう出てくる。
爆音と表現された、その音を私は聴いているわけではないから、
そこで鳴っていた音が、ほんとうに爆音なのかどうかはなんともいえないが、
ただ私が思っている爆音と、ソーシャルメディアに爆音と書き込んでいる人たちの爆音とは、
どうも違うような気がしてならない。

鼓膜を圧するほどの大音量が、爆音なのではない。
いうまでもなく爆音とは、辞書には、
飛行機・オートバイなどのエンジンの発する大きな音、
火薬などが爆発する音、とある。

私にとっての爆音とは、菅野先生が表現された岩崎先生の音のことだ。
その2)で、そのことについて書いている。

「よくマンガであるだろう、頭を殴られて目から火花や星が飛び出す、というのが。」
こんな出だしで、菅野先生が話してくださったのは岩崎先生の音について訊ねたときのことである。

「岩崎さんの音をはじめて聴いた時、ほんとうに目から火花が出たんだ。まるでマンガのようにね」と続けられた。
そのくらいの衝撃が、岩崎先生の音にはあったということだ。

大音量で知られる岩崎先生。
ただ大きなだけではない。
菅野先生が表現されているような音だからこその爆音だ。

岩崎先生が求められていた爆音とは、これも(その2)で書いているが、
こういうことだと思っている。
     *
アドリブを重視するジャズにおいては、一瞬一瞬の情報量という点で、ジャズほど情報量の多いものはない。一瞬の波形そのものが音楽性を意味し、その一瞬をくまなく再現することこそが、ジャズの再生の決め手となってくる。
     *
爆音という表現を使っている人たちで、
こういう音を聴いている(出している)人がどれだけいるのだろうか。

Date: 11月 12th, 2020
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その14)

2016年のaudio wednesdayから音を鳴らすようになった。
2017年10月のaudio wednesdayで、アルテックの2ウェイ+グッドマンのDLM2という構成から、
アルテックの2ウェイ+JBLの075という構成へと変った。

高音域が、そのことによって拡がった(ワイドレンジになった)とはいえないが、
「いろ(ジャズ)」のワイドレンジに向った。

2020年7月のaudio wednesdayから、タンノイのコーネッタを鳴らしている。
ユニットはHPD295Aだから、ワイドレンジとはいえないが、
かといってナロウレンジのユニットでもない。

良質のトゥイーターを、ほんのちょっとだけ、かなり上の帯域でつけ足したい気持もあるが、
どのトゥイーターをもってきたとしても、
コーネッタのエンクロージュアの上において、しっくりおさまるかということになると、
まったく思えない。

音的にはうまくいくだろうが、見た目が……、となることだろう。

コーネッタは、いまの尺度からすれば、もうナロウレンジになるであろう。
それでも「かたち(クラシック)」のワイドレンジということでは、
ナロウレンジではない、とはっきりといえる。

Date: 11月 11th, 2017
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その13)

「いろ(ジャズ)」のワイドレンジと、
「かたち(クラシック)」のワイドレンジとがある、と(その1)から書いてきている。

10月のaudio wednesdayで、グッドマンのDLM2からJBLの075へと変更した。
音が大きく変化したことは、
別項『アンチテーゼとしての「音」(audio wednesdayでの音)』で書いている。

075にして、心地よい朝日のような明るさを感じた、とも書いた。
そのことと密接に関係しての「いろ(ジャズ)」のワイドレンジだと感じた。

明るくなることではっきりとしてくる色がある。
DLM2の音は見えにくかった(聴こえにくかった)、
もしくは見えてなかった(聴こえてなかった)色が、075は提示してくれる。

それは、昔からいわれているようにトゥイーターを替えれば、
トゥイーターの受持帯域だけでなく、中域も低域も変ってくる。

だから色が見えはじめてくる。
まだまだ十分な「いろ(ジャズ)」のワイドレンジではないが、
075によって、ひとつの手応えを得ることができた。

Date: 2月 11th, 2017
Cate: ワイドレンジ

JBL 2405の力量(その5)

ここでのタイトルは「JBL 2405の実力」ではなく、力量としたのは、
2405を単体のユニットとして使った経験のある方ならばわかっていただけよう。

JBLのスピーカーシステムにおいても、2405の受持帯域は1オクターヴくらいである。
8月3日に行った「新月に聴くマーラー(Heart of Darkness)」では、
カットオフ周波数は約15kHzだから、もっと狭い。
(もっともスロープ特性は6dB/oct.だから単純比較はできないが)

それでも2405があるとないとでは音は、大きく違ってくる。
もちろんどんなトゥイーターであれ、あるとないとでは音ははっきりと違うわけだが、
単に高域のレンジを延ばすだけのトゥイーターだと、
多くの場合、音が薄くなることが生じてしまう。

昔からよくいわれてきたことだ。
トゥイーターの帯域の音だけが薄くなるわけではない。
下の帯域までも薄くなってしまう。

これもよくいわれるたとえなのだが、
餅をのばすと薄くなるのと同じだ、と。

けれど餅のたとえは正確ではない。
いまある餅に別の餅(トゥイーター)を新たにつけているのだから、
もともとある餅をのばしただけではない。

それでもこのたとえが通用するくらいに、安易にトゥイーターをつけると、
そんな印象になってしまいがちだ。

2405だとそういうことがない。
少なくとも私の経験上ない。
もっとも下の帯域にウェスターン・エレクトリックの594Aを使っていたりすれば、
2405でも音が薄くなるということになるかもしれないが、
パーマネントマグネットを使用したユニットを使っているかぎり、
2405をつけ足して音が薄くなる、ということはないのではないか。

もちろん合う合わないという問題は別にあっても、
2405の音(高域)には、芯がしっかりとある。

結局芯のないトゥイーター、そこまで行かなくとも芯がぼやけてしまっているトゥイーターだと、
音が薄くなってしまうのかもしれない。

こういうことをふまえての「2405の力量」である。

Date: 12月 19th, 2016
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その12)

前回(その11)を四年前。
書くのを忘れていたわけではないが、
書きたいことが他にも多々あって先延ばしにしていたら、いつのまにか四年が経っていた。

2016年はaudio sharing例会で、できるだけを音を鳴らすようにしてきた。
計九回、音を鳴らしてきた。

会場となる喫茶茶会記はジャズ喫茶である。
店主の福地さんは、熱心なジャズの聴き手である。

喫茶茶会記のスピーカーは、
以前渋谷にあったジャズ喫茶・音楽館で使われていたアルテックそのものである。

エンクロージュアはガタがきてしまい、2015年秋(11月ごろ)に別のエンクロージュアに替った。
つまり2016年は、新しくなった喫茶茶会記のスピーカーを鳴らすことでもあった。

ジャズ喫茶である喫茶茶会記で、
ジャズ喫茶・音楽館で長年鳴らされてきたスピーカーを鳴らすことは、
一年を通して、この項のテーマである、
ジャズにとってのワイドレンジ、クラシックにとってのワイドレンジについて考える場でもあった。

スピーカーの構成上、私が考えているワイドレンジ再生とは違うところがある。
いまはあれこれ試みている最中でもあり、8月にはJBLの2405を接いでもいる。
まだまだ十全なワイドレンジ再生が行えているわけではないが、
なんとなくつかめてきていることもある。

その1)で書いている、
「いろ(ジャズ)」のワイドレンジと、
「かたち(クラシック)」のワイドレンジとがつかめてきている感じがしている。

Date: 8月 14th, 2016
Cate: ワイドレンジ

JBL 2405の力量(その4)

2405の位置調整に使ったCDは、
ピエール=ローラン・エマールの“African Rhythms”で、
このディスクの二曲目、スティーヴ・ライヒの“Clapping Music”を鳴らした。

手拍子のみ、プリミティヴな曲である。
マーラーを鳴らすための、
いいかえればオーケストラを鳴らすためのスピーカーのトゥイーターの位置を、
正反対といえる手拍子だけの曲で決めた。

2405の位置を横にスライドしていくと、手拍子の音がよく変る。
こんなにも変るの……、と少し驚くほどに、手拍子の音、
つまりは叩いている手の状態が変化していく。
ペシャとした手拍子になる。
なるほど手拍子とは、こういう気持ちのいい鳴りをするものかと思えるふうにも変化する。

2405の位置調整には、どのディスクを使うのかは考えていなかった。
開始時間の19時までのあいだ、スピーカーの鳴りを少しでもよくしたいと思って、
あれこれ鳴らしていた(マーラー以外の曲ばかり)。

その過程で、この曲ならばよくわかるのでは、と思ったのが“Clapping Music”だったわけだ。

Date: 8月 13th, 2016
Cate: ワイドレンジ

JBL 2405の力量(その3)

2405のカタログ発表値では、周波数特性は6.5kHz以上となっている。
4343では9.5kHz、4350では9kHzがクロスオーバー周波数となっている。

今回は計算値では14.4kHzのカットオフ周波数で2405を追加した。
スロープ特性が違うので単純比較はできないものの、かなり高い周波数から2405をつけ足している。

2405はいまとなっては最新設計のトゥイーターとはいえない。
カタログでみても、21.5kHzが周波数特性の上限として発表されている。
ハイレゾ、ハイレゾと騒いでいる現在では、21.5kHzまでのトゥイーターは、
ナロウレンジのトゥイーター扱いされかねない。

けれど2405があるとないとでは大きく音は違ってくるし、
今回は2405の置く位置だけを調整したが、これも大きな違いとしてあらわれた。

できれば台座を組んで、2441の真上にくるように設置することも考えたが、
今回は2441の横に、角材をかまして置いた。
ボイスコイルの位置を、2405と2441で合せて、あとは2405を横方向にスライドしていった。

今回の2405にはバッフルが装備されていた。
計っていないが、20cm以上はあった。
これをエンクロージュアの上で動かすのだから、それほど自由に動かせるわけではない。
エンクロージュアから2405のバッフルがはみ出ない範囲での調整である。

このわずかな移動でも、音はころころ変ってくる。
2405と角材の重量が、新たにエンクロージュアの天板に加重されているのだから、
その位置によって天板の振動モードは変化し、
ひいてはエンクロージュア全体の振動モードも影響を受ける。

そのことはわかっていたにも関わらず、14kHz以上のカットオフ周波数でも予想以上に変化した。
今回2405の位置決めに使ったディスクは一枚だけである。
時間があれば複数枚のディスクを使うけれど、今回のような場合には、一枚に絞って決めた。

「新月に聴くマーラー」がテーマだったが、調整に使ったのはマーラーではない。
全体の音の確認に使ったディスクもマーラー以外のものばかりである。

Date: 8月 9th, 2016
Cate: ワイドレンジ

JBL 2405の力量(その2)

JBLの4300シリーズのスタジオモニターには、トゥイーターに2405が使われていた。
4333、4341、4343、4344、4345、4350、4355などがそうである。
4333、4343などはウーファーは2231Aシングルで、中高域のドライバーの2420。
それに対して4350、4355になるとウーファーはダブルになり、ドライバーは2440(2441)になる。

同じ4ウェイの4343と4350をもう少し細かく比較してみると、
ウーファーは同じ2231Aのシングルとダブルの違いがあり、
ミッドバスは2121と2202の違いがる。
このユニットの違いは、磁気回路を含めて比較すると口径差以上に大きいといえる。

そしてミッドハイのドライバーの違い。
2420のダイアフラム口径は1.75インチに対して、2440(2441)は4インチ。
この違いは、4343と4350の使用ユニットの違いでもっとも大きいといえよう。

ダイアフラムの口径の違いは面積の違いでもあり、
面積の違いは動かせる空気量の違いでもあり、
面積の違い以上に空気量の違いは大きくなる。

ダイアフラムがこれだけ大きくなれば、それに応じて磁気回路も物量が投じられ、
カタログ値では2420は5kg、2440は11.3kgとなっている。

これらの違いにより、音圧ではなくエネルギー量についていえば、
4350は4343の二倍以上を楽に出せるわけで、実際に聴き比べた経験のある方ならば、
わかっていただけよう。
井上先生も、よくこのエネルギー量の違いについては話されていたことも思いだす。

下三つのユニットがこれだけ違うのに、トゥイーターは4343も4350も2405と同じである。
4350では2405がダブルで使われているわけではない。
これは2405の力量が、それだけ高いといえるし、
4343や4333などではまだまだ余裕を持って使われていた、ともいえよう。

Date: 8月 9th, 2016
Cate: ワイドレンジ
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JBL 2405の力量(その1)

8月3日に行った「新月に聴くマーラー(Heart of Darkness)」では、
トゥイーターとしてJBLの2405をつけ加えた。

アルテックの416-8CとJBLの2441+2397の2ウェイは6dBスロープの直列型ネットワークを構成。
あくまでもこの2ウェイに、2405をスーパートゥイーターとして、最初から使う考えだった。
ようするに2441の高域をカットすることなくそのまま出している。
そこに2405をコンデンサーのみで低域をカットして、
このアルテックとJBLの混成2ウェイに並列に接続する、というもの。

これでうまくいかないときには直列型ネットワークによる3ウェイにすることも考えていたが、
すんなりこれでうまくいった。
時間があれば、じっくり両者を比較して、ということもできるが、
時間に制約があるため今回は直列型ネットワークの3ウェイは試していない。

2405には、0.47μFと0.22μFのコンデンサーを並列に接続して使用した。
容量は0.69μFとなる。今回の2405のインピーダンスは16Ωだから、計算してみてほしい。
2405のカットオフ周波数は、一般的な使われ方の二倍ほど高い周波数にしている。

このカットオフ周波数がベストとはいわない。
これも時間があればこまかくコンデンサーの容量を変えていって、ということをやりたかったが、
そんな時間はとれなかったので、直感で決めただけの値でしかない。

しかも今回もコントロールアンプにマークレビンソンのLNP2を使い、
トーンコントロールを活用したうえでの、聴感上のバランスでうまくいった、
というか問題が生じなかった、ということである。

なので今回の使い方をそのままやられてもうまくいくかどうかはなんともいえないが、
こういう接続方法もあることだけは知ってほしい。

Date: 7月 23rd, 2014
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その86)

オーディオ全体をひとつのオーケストラとして捉えれば、
スピーカーシステムはそのオーケストラの顔であり、
システムのセッティング、チューニングといった調整は、オーケストラのリハーサルにあたる。

実際のリハーサルのように、オーディオの調整でも同じところを何度も何度も再生する。
音に関心のない人、オーディオに理解のない人からみれば、
なんと退屈なことをこの人はやっているんだろう、ときっと思われるであろうことを、
執拗にやっていくことで音をつめていく。

そうやって満足がいく音が得られたという感触があったら、
そのディスクの頭から聴いていく。
別のディスクをかけるときだってある。そのときでも最初からかける。
いわば、これらのディスクの再生は、もうリハーサルではなく、本番である。

本番だから、途中に気にくわない音が鳴ってきたとしても最後まで聴き通す。
この本番の再生で、どれだけスピーカーが、システムが本領を発揮できるか。

入念なリハーサル(調整)をやれば、
聴きなれたディスクであれば、リハーサルでの音からどういうふうに鳴ってくれるのか想像はつく。
その想像通りの音が鳴ってきたら、うまくいった、と喜べるわけではない。
私は、たいてい、そういうときはがっかりする。

私が求めているのは、リハーサルをこえる、本領発揮の音である。
私の想像をこえる音が、たとえ一瞬でもいいから鳴ってほしいのだ。

Date: 7月 21st, 2014
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その85)

JBLの4350の最初のモデルは1974年に登場している。
タンノイのKingdomの登場は1996年。
20年以上の開きがある。

いうまでもなくJBLはアメリカ西海岸のメーカー、
タンノイはイギリスのスピーカーメーカー。

ある時期まではクラシックを聴くならタンノイ、
ジャズはJBL、といわれていたこともある。

タンノイとJBLは、数あるスピーカーメーカーの中でも、もっとも比較されることが多い。
それだけ対照的なスピーカーメーカーともいえる。

そのふたつのスピーカーメーカーのフラッグシップモデルで、マーラーが聴きたい、というのは、
あまりにも節操がない、というか、マーラーがわかっていない、と思われるかもしれない。

でも私にとって4350とKingdomは、JBLとタンノイの違い、というよりも、
オーケストラの違いのように感じられて、私のなかでは4350とKingdomが矛盾することなく存在している。

JBLはやはりアメリカのオーケストラといえるし、
タンノイはヨーロッパのオーケストラといえる。

そういえばバーンスタインはコロムビアにマーラーの交響曲を録音したとき、
オーケストラはニューヨークフィルハーモニーだった。
この録音から約20年後、ドイツ・グラモフォンでのマーラーでは、
オーケストラをひとつに固定せずに、ニューヨークフィルハーモニーのほかに、
ウィーンフィルハーモニー、アムステルダム・コンセルトヘボウオーケストラを指揮している。

Date: 7月 15th, 2014
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その84)

タンノイのKingdom(現行製品のKingdom Royalではない)は、
いまでも気になるパワーアンプが新製品として登場してくると、
このアンプで鳴らしてみたら、どんな感じになるのか、とつい想像してしまうほどに、
いまも気になっているスピーカーシステムのひとつである。

このKingdomは、私にとってJBLにとっての4350という存在と重なってくる。
いわばタンノイにとっての4350的スピーカーシステムが、Kingdomとうつる。

そして私の中では、マーラーを聴くスピーカーシステムとして4350を筆頭にしたいというおもいが、
いまもあって、これはなにも私がマーラーを聴きはじめたころと密接に関係してのことだから、
4350がマーラーを聴くのに最適のスピーカーシステムだというつもりはない。

それでも私にとって4350の特質をもっとも引き出してくれると感じているのが、
4350と同時代に盛んに録音されるようになってきたマーラーの交響曲だと感じている。

このことはどの時代の録音でマーラーで聴くのか、
誰の指揮でマーラーを聴くのか、とも関係しているのだが、
新しいスピーカーシステムでマーラーを聴いた時に感じる何かが不足している、と思えてしまう。

それは見事な音で再生されればされるほど、その不足しているものが気になってくる。
それがJBLの4350にはあると感じられるし、タンノイのスピーカーシステムではKingdomということになる。

激情が伝わってくる音で私はマーラーを聴きたい、
それもワイドレンジの音で、
ということになるから4350、Kingdomがいつになっても私の中から消え去ることがない。

Date: 8月 9th, 2013
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その83)

数年前、ある海外のオーディオのサイトをみていたら、タンノイからKingdom Royalが登場する、とあった。
さっそく検索してみて、画像を見付けた。
正直、がっかりしてしまった。

ウェストミンスターがウェストミンスター・ロイヤルになっていったのを見ている。
だからKingdomがRoyalになることで、どれだけ優れたスピーカーシステムとなるのか、
それは内容だけでなく外観においても、細かなところに手が加えられ、
より緻密で堂々とした風格のあるスピーカーシステムになって現れてくる──、
そんなふうに勝手に期待してしまっていたからくる失望でもあった。

そのとき見つかった画像はピンボケのものだった。
細部に関してははっきりしたことはわからない。
それに試作品かもしれない。
最終的には違ってくる可能性だってある。

そうおもいながら、Kingdom Royalの正式発表を期待して待っていた。
結果は、最初に見つけた画像のイメージのままだった。

スピーカーのユニット構成からすれば、たしかにこれもKingdomである。
けれどKingdomが持っていた堂々とした風格は、Kingdom Royalには私は感じない。
“Royal”がついてしまったことで、
オリジナルのKingdomがもっていた厳しさが、すっかり優しさに変質してしまった。

これを今風というのかもしれない。
時代に即した変化なのだ、といわれれば、ハイそうですか、というしかない。

写真を見て、インターナショナルオーディオショウのエソテリックのブースで実物を見て、
やっぱりがっかりしてしまった。

音のことではない。
あくまでもスピーカーシステムとしての面構えについて、であって、
Kingdomが男だとしたら、Kingdom Royalは女性といいたくなる感じさえ受けた。

ここにもタンノイのスピーカーシステムの歴史をみて、
オートグラフとウェストミンスターを対比した時に感じる同室のものを、
KingdomとKingdom Royalに感じとってしまう。

これはどちらがスピーカーシステムとして優れているかではなく、
性格の違いであり、その性格の違いがあるからこそ、
私にはKingdom RoyalよりもオリジナルのKingdomこそが、オートグラフの継承スピーカーシステムとして、
より魅力的に映ってしまう。

Date: 12月 25th, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その11)

1980年にはいってからオーディオ雑誌に頻繁に登場するようになった言葉のひとつに、音場と音場感がある。

音場と音場感──、
語尾に「感」がつくかどうかの違いだけで、
意味にも大きな違いはないかのように使われているようにも感じている。
けれど音場と音場感は、決して同じ意味のことではない。

音場とは文字通り、音の場、つまり音の鳴っている場であり、
オーディオは録音された音楽を再生するものであるから、
ここでの音場とは、音楽の鳴っている(鳴っていた)場のことである。

つまり録音された場のことと定義できる。
スタジオであったりホールであったり、ときに個人の家ということもある。
とにかく録音された演奏がなされた場こそが音場であるし、
これはあくまでも「録音の音場」である。

録音に音場があれば、再生側にも音場が存在するわけで、
この再生側の音場の定義は、録音の音場の定義のように簡単ではないところがある。

Date: 12月 22nd, 2012
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって・その10)

いまではそうではなくなっているのだろうが、一時期のジャズ録音での極端なオンマイクのセッティングでは、
マイクロフォンがとらえることができるのは近接する楽器の直接音がほとんどで、
間接音(演奏の場の反響、残響)はまったくといっていいほどとらえられていない。

だから、そんなジャズの録音は不自然だということになるのだけれど、
そこには演奏の場が、クラシックの録音におけるそれと比較するまでもなく、
ほとんど収録されていない、ともいえるわけで、
こういう録音を再生する場合には、場の再生より楽器そのものの再生というふうに考えられる。

場の再生を考えずにすむということは、
録音の場と再生の場のスケールの違いは、無視していいともいえる。

つまり、そういうジャズの録音では、再生の場に置かれているスピーカーを、
録音の場の楽器に相当するものという考えがあるのなら、
さほど編成の大きくないジャズの録音こそ、クラシックの大編成のものよりもずっと自然といえる。

ステレオ初期にジャズの録音では、ステレオ効果を出すために、
中抜けの、いわゆるピンポン録音が行なわれていた。
ステレオフォニックではなくて、モノーラル再生が2チャンネルある、
といった録音だっただけに、このことも不自然な録音という評価に関係していたのたろうが、
それでもスピーカーを楽器に置き換える、という考えでは、このほうがむしろ自然だったのかもしれない。

それにステレオフォニック再生では、基本的には音像は実音源ではなく、虚の音源、仮想音源である。
ステレオ初期の音がどういうものであったのかは聴いたことがないからはっきりしたことはいえないが、
もしかすると……、と思うことはある。

それまでモノーラルで1本のスピーカーでの再生では音像は実音源であり、
実音源だからこその実在感、迫力が感じられたのが、
ステレオフォニックになりそういったことが稀薄になってしまう。

ジャズにおいて、その稀薄さを嫌い、できるだけ実音源に近い形で再生しようと考えれば、
あえて中抜けの録音にして、左右のスピーカーに完全に振り分けるという手法になる。

これが正しい考え方とはいわないものの、
こういう考え方もできるわけだし、
そういう考え方でみれば、不自然と思えた録音が、別の視点からは自然な音を求めてのものだったことになる。