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Date: 1月 27th, 2009
Cate: 五味康祐

五味康祐氏のこと(その3)

やはりケンプだった。

五味先生が病室で最期に聴かれたのは、ケンプ弾くベートーヴェンの作品111。
おそらくバックハウスの作品111は通夜で、最期にかけられたのだろう。

お嬢様の五味由玞子さんが、「小説新潮スペシャル」に収められている
「父・康祐の遺したレコード」(1981年1月)に、こう書かれている。
     ※
最後に、わが家から父のもとに届けたレコードは、オイゲン・ヨッフム指揮の「マタイ受難曲」とウィルヘルム・ケンプの弾いたベートーヴェンのピアノソナタ、作品一〇六、一〇九と一一一である。父は一一一を聴きながら泣いていた。父の涙を、私はそのとき、はじめて見た。

Date: 1月 26th, 2009
Cate: 「ルードウィヒ・B」

「ルードウィヒ・B」(その1)

「ルードウィヒ・B」は手塚治虫氏の未完となった3作品のひとつであり、
タイトルから想像できるとおり、ベートーヴェンを主人公とした作品である。

紙からは音は出てこない。そんな平面の世界──制約だけの世界──で、
一瞬たりとも立ち止まることのない音楽を、どう表現するのか。
手塚治虫の答えが、「ルードウィヒ・B」には、いくつか提示されている。

バッハの平均律クラヴィーアを描いた1コマは、圧巻と言うしかないだろう。

物語がどういう展開になるのかは、もう誰にもわからない。
「ルードウィヒ・B」はおそらく、まだ全体の4分の1くらいのところだったのではないか、
そんな気がしてならない。

ハ短調交響曲を、手塚治虫はどう描き切るのか、
「第九」は……、後期のピアノ・ソナタは……、そのなかでも作品111は、どうなっていっただろうか。

回を追うごとに、手塚氏の表現力は増していっただろう。

私の想像が追いつくことはこないだろう。
それでも、想像をめぐらすしか、他にない。

「ネオ・ファウスト」も「グリンゴ」も続きが読みたかった。
「ルードウィヒ・B」は読みたいだけでなく、せめて1コマでいいから見たかった作品である。

Date: 1月 26th, 2009
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(その5)

1988年5月に、黒田先生のお宅に打ち合わせで伺ったときのこと。雑談中にある話を黒田先生がされた。

「最近の雑誌の編集者のなかには、一度も顔を合わせたことがない人が何人かいる。
最初の原稿依頼が電話で、その次からは電話かファクシミリ。
書いた原稿もファクシミリで送信してほしいと言ってくるか、もしくはバイトの子に取りによこさせる。」

黒田先生は、当時から音楽誌、オーディオ誌意外に一般誌にも原稿を書かれていた。
上の話は、その一般誌のことだった。

20年以上前から、筆者と編集者のつき合いは、大きな出版社から、すでに希薄になりはじめていたのだろう。
いま思えば、われわれはなんだかんだいって、よく筆者のお宅に伺っていたのかもしれない。
それが当り前のことだと思ってもいた。

いまはファクシミリよりも便利なメールがある。
もう、原稿の、直接の受け渡しもなくなっているのだろうか。

筆者と編集者の間には、いまや必要最低限のコミュニケーションだけしか残っていないのだろうか。
だとしたら哀しいことである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その23)

JC3が、当時の多くのパワーアンプと大きく異る点は、出力段の電源まで定電圧化していることだ。

通常のパワーアンプでは電圧増幅段の電源は定電圧回路から供給することが多いが、
出力段までとなると発熱量の多さ、設計の困難さから、平滑コンデンサーから直接供給される。

JC3の電源回路は、
15Vの三端子レギュレーターとパワートランジスターによるリップルフィルターを組み合わせたもので、
三端子レギュレーターとアース間には3.6Vのツェナーダイオードが挿入され、
制御用のパワートランジスターのベース・エミッター間の0.6Vの電圧降下分をいれて、18Vになっている。

ML2Lも、前述したように、出力段の電源まで定電圧化している。

Date: 1月 25th, 2009
Cate: 五味康祐

五味康祐氏のこと(その2)

「想い出の作家たち」という本のことを知った。
1993年に文藝春秋から出ており、今は亡き作家の素顔を、身近にいた家族が語った本とのこと。

その第1集に、五味先生の奥様、千鶴子氏の文章が収められている。

絶版だが、amazonで古本が購入できる。価格も、送料のほうが高いくらいだ。
注文したばかりなので、手もとに届くのは数日後である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その22)

ML2LとJC3のもっとも大きく異る点は、出力の大きさだと思う。
スイングジャーナルのCESの記事に載っているマークレビンソンの試作パワーアンプの出力は15W+15W。

ジョン・カールから手渡されたJC3の回路図が、2種類あることは書いた。
ひとつはネット上で公開されているもので、何かのオーディオ誌に掲載されたもののコピー、
もうひとつはジョン・カールの手書きによるもののコピーで、こちらは電源回路も含まれている。

JC3の基本回路構成は、いわゆる上下対称回路と呼ばれているもので、
初段はFETの差動回路、2段目はトランジスターによる増幅で、ドライバー段、出力段と続く。

ふたつのJC3の違いは、出力段とドライバー段、バイアス回路のトランジスターは同じものが使われているが、
初段FETの+側と2段目のトランジスターが他の品種に置き換えられている。
そのこともあってか、NFBの定数が異る。

もうひとつ異る点で見逃せないのが、出力段の電圧だ。
手書きのJC3の回路図では18V、もうひとつのJC3では20Vになっている。
わずかとはいえ出力アップが図られている。

JC3は、出力段の電源電圧の18Vから推測するに、出力は15Wとして設計されているのだろう。
1976年のCESで、マークレビンソンのブースに展示してあった試作品のパワーアンプは、
まずJC3そのものと考えて間違いないはずだ。

Date: 1月 25th, 2009
Cate: サイズ

サイズ考(その31)

家庭内で、よほど大音量を鳴らさない限り、
ウーファーの振幅が目に見えるほど前後に大きく振動することはまれである。

ハーマンインターナショナルのサイトにある許容振幅
──38cm口径だと4cm、20cmだと2cmとある──まで、使うことのない音量では、
小口径と大口径の振動体積の差は、あの表にある数値ほどではない、
自社の製品にとって都合の良い、便宜的なものだ、という声もあると思う。

JBLが比較しているのはコーン型ウーファーである。
コーン型ウーファーは、大口径になるほど、コーンの深さは増す。

コーンの頂角はメーカーや機種によって異るとはいえ、38cm口径と20cm口径とでは、
振動板が囲っている体積は、そうとうに違ってくる。

スピーカーというものが、振動板が前後に動いて空気の疎密波をつくりだすものである以上、
面積よりも、重要なのは体積であることを、例え便宜的なものであったとしても、
JBLの表は教えてくれている。

Date: 1月 25th, 2009
Cate: サイズ

サイズ考(その30)

2006年のいまごろ、ハーマンインターナショナルのウェブサイトを見ていたら、
JBLが大口径ウーファーにこだわる理由の説明がなされていた。

このページは、JBLのホームオーディオに行き、
テクノロジー解説の「スピーカーシステムの低音再生能力について」にて読める。
リンクしてもよかったのだが、3年前と今とでは、サイトが作りかえられたためだろう、
アドレスが変更されていた。
今後もサイトの変更とともにアドレスも変更されるだろうから、あえてリンクはしなかった。

そのページでは、4インチ(10cm)口径から15インチ(38cm)口径まで8つのサイズのユニットの
振動板面積、許容振幅、振動体積を表組みで提示してある。

振動板面積は、ユニットの口径から算出した円の面積である。
注目したいのは、振動体積だ。

38cm口径だと4534cc、30cmは2120cc、20cmは628cc、10cmは79ccとなっている。
この振動体積は、振動板面積と許容振幅を掛け合わせて得られる、1振幅当りの値である。

この振動体積で比較すると、38cm1発と同等の値を得るには、
30cmだと2発、20cmだと7発、10cmになると50発ものウーファーが必要となる。

振動体積だけで低域の再生能力の全てが語れるわけではないだろう。
それでも、井上先生が言われた、
「38cmなら(片チャンネル当り)2発、30cmなら4発」というが、ぴったりあてはまる。

井上先生は、長年の、ご自身の体験から得られた感覚的な結論として言われたのであって、
振動体積を考慮しての発言ではなかったと思う。

38cm2発と20cm14発、どちらが優れた低音再生能力を見せてくれるかは、
実際に試してみないことにははっきりしたことは言えないが、ひとつだけ言えるのは、
20cm14発のシステムをつくることは、38cm2発のシステムを組むよりも、
そうとう大がかりで困難な作業であることは明らかだ。

38cm2発ならば、ユニット配置は縦にするか横にするかぐらいだが、
14発ともなると、どうレイアウトするかだけでも難しい。
それにユニットの接続も、2発なら並列につなぐことが基本になる(直列接続がいいこともある)が、
14発ではシリーズとパラレルを組み合わせるしかない。
この組合せをひとつひとつ、音を聴いて確かめていく作業だけでも、気が遠くなりそうだ。

JBLのウェブサイトに示されている各口径のスペックは、あくまでもJBLの基本的なユニットの値である。
許容振幅は38cmが4cmなのに対して、20cmだと2cmだ。
他のメーカーが独自技術で、20cm口径の許容振幅を大幅に向上させたら、
10cmを超える振幅を実現したら、話はまた違ってくるだろう。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その21)

ML2Lを開発する前に、マーク・レヴィンソン自身が使っていたパワーアンプの中には、
パイオニア/エクスクルーシヴM4が含まれていた、と何かの記事で読んだことがある。

M4は50W+50Wの、A級動作のステレオ仕様のパワーアンプだ。
スピーカーははっきりとしないが、QUADのESLを使っていたことは間違いないだろう。
ML2Lと前後して発表されたHQDシステムの中核は、ESLのダブルスタックなのだから。

瀬川先生は、ML2Lは、輸入元(R.F.エンタープライゼス)の測定では、
50W(8Ω負荷)の出力が得られた、と書かれている。
おそらく公称出力の25Wまでが完全なA級動作で、それ以上はB級動作に移行しているだろう。

井上先生は「ML2Lでオペラのアリアを聴いていると、いい音で、気持ちいいんだよなぁ。
でも曲が盛り上がってきて、合唱が一斉に鳴り出した途端に、音場感がぐしゃと崩れるのがねぇ……。
そうとう能率の高いスピーカーでない限り、25Wの出力は、やっぱりきつい。」と言われていた。

ML2Lがクリップすると言われているのではない。
それまできれいに展開していた音場感が、曲の高揚とともに、それなりの出力を要求される領域になると、
途端に音が変化すると言われている。

25Wまででカバーできているときの音は素晴らしいけれど、それ以上の出力となると、
おそらくA級動作からはずれるのであろう、その音の違いが如実に現われたのかもしれない。

ESLの能率は低い。25Wでは出力不足を感じることもあっただろう。
だからブリッジ接続による出力増大が必要になったのかもしれない。

Date: 1月 24th, 2009
Cate: サイズ

サイズ考(その29)

低音再生について、井上先生が言われていたことがある。
「本気で取り組むのなら、38cm口径ウーファーを片チャンネル当り2本、
30cm口径だったら4本ぐらい、用意するくらいじゃないと、ね」

同じことをステレオサウンドにも書かれていたはずだ。

よくウーファーの口径について語る時、
38cm口径1本と20cm口径4本分の面積は、ほぼ同じだとある。
円の面積だけで考えれば、間違いではない。

井上先生の話を聞いていた時、私も面積で考えていた。

38cm口径2本よりも、面積でいうなら30cm口径4本のほうが広い。
ならば、30cm4本のほうが、好結果が得られるかもしれない、そんなことを安易に思ったこともあった。

同じことは振幅についても言われている。

口径が38cmと20cmの場合、円の面積比は4対1だから、
20cm口径ウーファーの振幅を38cmの4倍にすれば等価である、と。

スピーカーユニットの口径は、円の面積では語れないのである。

Date: 1月 24th, 2009
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(その4)

あったもの、なくなったもの」を読んでくれた友人のYさんが、メールをくれた。

Yさんのメールには、
「希望」というキーワードは、広告コミュニケーションの世界では、
一昨年あたりからますます重要視されている、と書いてあった。

Yさんは、「あったもの、なくなったもの」を読んで、時代というものを感じた、と書いてくれた。
私も、Yさんのメールを読んで時代を感じるとともに、
「広告コミュニケーション」という言葉に、目が留まる。

広告の世界ではなく、「コミュニケーション」がそこにはついている。

オーディオの出版の世界も同じだろう。
コミュニケーションがつくかどうかの違いは大きいはず。

2000年に、audio sharingの独自ドメインをとったときに、.netでも.orgでもなく
.comを選んだのは、コミュニケーション (communication) のcomであってほしいという想いからだ。

もちろん.comは company だということはわかっている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その20)

ML2Lは、出力段がA級動作のため、消費電力は常時400Wながら、出力は8Ω負荷時で25W。
ただ、同時代の他のパワーアンプと違うのは、スピーカーのインピーダンスが4Ω、2Ωとさがっていくと、
理論通りに50W、100Wの出力を保証している。

4Ω負荷で2倍の出力を得られるものは数は少ないながらもいくつか存在していたが、
2Ωまで保証していたものはなかった。

またML2Lを方チャンネル当り2台必要とするブリッジ接続では、
8Ω負荷で、これも理論通りの100Wを実現している。
ブリッジ接続時では4Ω負荷で200Wまで保証している。

このブリッジ接続に関しても、大抵のアンプは2倍までの出力増にとどまっていた。

ブリッジ接続はスピーカーの+側と−側の両方からドライブする。
つまり8Ω負荷の場合、アンプ1台あたりの負荷は半分の4Ωになる。
負荷が4Ωになれば、出力は2倍になる。しかも±両側からのドライブだから、
さらに2倍になり、4倍の出力が得られるわけだ。

ML2LはA級動作ということに加え、出力が理論通りに増加することの実現で、
理想的なアンプ、完璧なアンプという印象を与えようとしていたように、いまは感じなくもない。

Date: 1月 24th, 2009
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(その3)

人にはそれぞれ大切にしていることがある。

しかし、それは、赤の他人からすれば、どうでもよい、ちっぽけなことだったりすることもある。
それでも、当の本人には、大切なことに変わりはない。

けれど、ちっぽけなことと受けとめた、まわりの人は知らぬうちに踏みにじることもあるだろう。
その時は気がつかない、時間が経ってから、その人にとってそれが大切なことであったことを知る。
今にして思えば……と後悔するが、遅い。
私だって、そんなことをしてきたし、いまでも気がつかずにしているかもしれない。

「思いやり」とは、踏みにじる、その前に気がつく心でもあると思っている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その19)

ML2Lが登場した時にも、その後にも話題になったことはほとんどないが、
ML2Lはバランス入力を装備している。
1970年代後半のこの時期、バランス入力をもつコンシューマー用パワーアンプは、
すこし前に登場したルボックスのA740ぐらいだった。

当時バランス出力をもつコントロールアンプは、コンシューマー用モデルには存在してなかった。
だから話題にならなくて当然とも言えるのだが、なぜML2Lはバランス入力だったのか。
LNP2LもXLR端子は備えていても、アンバランス出力であり、
少なくともマーク・レヴィンソンが指揮していた時代に、バランス出力のコントロールアンプは登場しなかった。

ML2Lの入力端子は、CAMAC規格のLEMOコネクターによるアンバランス入力が2系統ある。
通常の非反転入力(正相)、反転入力(逆相)、それにバランス対応のXLR端子だ。

アンバランス入力で使用する場合には、使わないアンバランス入力にショートピンを挿しておく。
XLR端子でショートさせても同じことだ。

反転入力の場合、バッファーアンプを経由することになる。

ML2Lのバランス入力はブリッジ接続を可能にするためにつけられたのではないかと、私は見ている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その18)

ジョン・カールは、ML2Lの回路とコンストラクションは、JC3と同じだと言っていた。
だから彼に訊いた。「あのヒートシンクは、特注品なのか、誰のアイデアなのか」と。

私の中では、星形のヒートシンク・イコール・ML2Lとイメージができ上がっているほど、
強烈な印象を与えていたヒートシンクは、実は、一般に市販されていたもので、
JC3にも当然使用していた、とのこと。

そういえば1970年代なかごろ、ダイヤトーンのパワーアンプDA-A100は、
カバーがかけられているため目立たないが、ML2Lと同じ型のヒートシンクを使っている。
それにマークレビンソンと同じ時代のアンプ・ブランド、
ダンラップ・クラークのDreadnaught 1000、Dreadnaught 500も、サイズはひとまわり小さいようだが、
やはり同型のヒートシンクを、シャーシーの左右に、むき出しで取りつけている。
Dreadnaught 1000は空冷ファンを使っているため、ヒートシンクは横向きになっている。

たしかに、ジョン・カールが言うように、市販されている、一般的なパーツだったようだ。

なのに、なぜML2Lだけに、星形のヒートシンクのイメージが結びついているのか。
Dreadnaught 500も、真上から見たら、ML2Lと基本的なコンストラクションは同じといえよう。

異るのは、ヒートシンクの数とその大きさ。
ML2Lを真上から見ると、ヒートシンクが3、中央のアンプ部のシャーシーが4くらいの比率で、
ヒートシンクは左右にあるため、半分以上はヒートシンクが占めている。

一方Dreadnaught 500は、ヒートシンクがひとまわり小さい。
それにパネルフェイスの違いもある。

ML2Lは中央下部に電源スイッチがひとつと、ラックハンドルだけのシンプルなつくりなのに対して、
Dreadnaught 500は、2つの大きなメーターのほかに、電源スイッチと4つのツマミがあり、
どうしてもパネルの方に目が行ってしまう。

ML2Lには精悍な印象がある。音だけでなく、見た目にも無駄な贅肉の存在が感じられない。

1976年のCESのマークレビンソンのブースに展示されていたステレオ仕様のパワーアンプが、
ジョン・カールが主張するJC3そのものだとしたら、
ML2Lのイメージは、JC3のイメージそのものであり、
おそらくこのアンプこそ、JC3であった可能性が高い。