Author Archive

Date: 2月 16th, 2015
Cate: 相性

本末転倒だったのか(その3)

一台の自転車を、オーディオシステムにあてはめて考えてみると、
ホイールこそがスピーカーかもしれない。

空気に接していて、その空気を振動させて疎密波をつくり出すのがスピーカーなのだから、
地面と接して人と自転車を前に進めていく働きをしているのタイヤをふくめたホイールであり、
どちらも動くこと(スピーカーは前後、ホイールは回転)で仕事をする。

アンプはそのスピーカーを駆動するわけだから、いわばエンジンといえる。
自転車でエンジンとなるのは乗り手である。
となると自転車のフレームは何なのか。

アンプとスピーカーの間にあるのはスピーカーケーブルである。
フレームはスピーカーケーブルなのか。

こんなふうに捉えると、フレームはなんと地味な存在なのか……、となる。

こんな捉え方もできる。
ホイールはスピーカーの振動板である。
この振動板に駆動力を発生させるのは磁気回路であり、
乗り手は磁気回路に相当する。

となると自転車のフレームは、スピーカーユニットのフレームに相当する。

スピーカーケーブルなのか、スピーカーユニットのフレームなのか。
どちらにしても直接は目立たない存在である。
自転車にとって、視覚的にもっともその自転車の性格を特徴づけるフレームなのに。

Date: 2月 16th, 2015
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その52)

その51)を書いたのが三年半前。
(その51)でふれたコードのCPM2800も、つい最近CPM2800 MKIIになっている。
内蔵D/Aコンバーターが、HUGO同様のFPGAを使ったものに置き換えられている。

やっぱり出てきたか、と思い、期待したのは、リアパネルの写真だった。
でも、そこには私が期待していたものはなかった。

私がCPM2800 MKIIに限らず、
D/Aコンバーター内蔵のプリメインアンプに期待している(要望したい)のは、
デジタルIN/OUT端子である。

1980年代までのプリメインアンプは、TAPE関係の入出力端子が充実していた。
この端子を使うことで、プリメインアンプでも外付けのグラフィックイコライザーが使用できた。

私が期待しているデジタルIN/OUTは、TAPE入出力端子のデジタル版である。
この端子があれば、外付けのデジタル・シグナルプロセッサーが使えるようになるのに、と思うからだ。

Date: 2月 16th, 2015
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(その40)

十年ほどの前のことだ。
川崎市で、川崎先生の講演があった。
この日の講演は川崎先生だけでなく、
そのころ流行っていたNintendo DSのゲームソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」で知られる川島隆太氏、
それからゴジラの作曲家で知られる伊福部昭氏の甥で、東京大学教授の伊福部達氏、
もうおひとかたは忘れてしまった。

私は川崎先生の講演が目的だったのだが、四人の方の講演を聞いた。
伊福部達氏の講演で、あるサンプルが流された。
ある音声波形を、櫛の歯を欠いたようにように処理したものが流された。
つまり音声波形が部分的に、いくつもの箇所で欠落しているものである。

これがまったく何を話しているのか、まったく聞き取れない。
人の声だということはわかっていても、である。
確か数回流されたと記憶しているが、何度聞いてもわからない。

ところが欠落している箇所にノイズを挿入する。
ノイズといっても前後する音声信号を読みとって相関関係にあるノイズではなく、単なるノイズでしかない。
なのにノイズが加えられただけで、何を話しているのか聞き取れるようになる。

さっきまでまったく聞き取れなかったのに、ノイズが加わっただけで聞き取れるのだから、
驚くしかなかった。

オーディオには、S/N比がある。
信号(signal)とノイズ(noise)の比率である。
信号レベルが高く、ノイズレベルが低いほど、S/N比は高くなる。
理想はノイズ・ゼロである。

ノイズは信号を阻害するものだという認識しかもっていなかったのだから、
伊福部達氏の実験は、ノイズについてのこれまでの考えを改めなくてはならないことを示してくれていた。

Date: 2月 16th, 2015
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(その6)

今回改めてステレオサウンド 43号掲載のRFエンタープライゼスの広告を読みなおして、
ここには輸入商社としてのあるべき姿がすでに書かれていたことを、再実感している。

こうも書いてある。
     *
私達はまた特約店(ディーラー)の数をふやすことにあまり関心がありません。製品についてのより深い理解をもったディーラーのきめこまかい活動がより大事だと考えるからです。

私達は、私達自身の哲学と共鳴し合える”オーディオファイルの心”をもったメーカーの、真に優れた製品のみを取り扱っていきたいと、いつも考えてきました。この共感がなければ、製品に対する理解を深めてゆくことも、製品を正しく紹介することも不可能です。
私達は、メーカーとの相互理解と交流を深めてゆくなかで、私達の考えや主張も充分に伝えるよう努めています。
     *
ステレオサウンド 43号は1977年、いまから38年前に出ている。
私は、この広告を読んで、RFエンタープライゼスの取り扱うモノならば信用できる、と思っていた。

このころのRFエンタープライゼスは、
AGI、オーディオリサーチ、DBシステムズ、インフィニティ、マークレビンソン、マイクロトラック、
クインテセンス、SAE、サウンドクラフツメンといったブランドを扱っていた。

広告に書かれてたキレイゴトだとは私は思っていない。
RFエンタープライゼスは、輸入元として、ひとつの手本であったように思っている。
良き手本があるから、他の輸入元も見習おうとするところも出てくるであろう。

いまRFエンタープライゼスのように、見本となる輸入元はいくつかあるのだろうか。

Date: 2月 16th, 2015
Cate: 使いこなし

使いこなしのこと(その前に……)

iPhone 5からコネクターがLightningと呼ばれるコネクターに変更された。
そして、Lightningケーブルがよく断線する、という話をよく見聞きするようになった。

仕事関係の人出、やはりよく断線して困っているという人がいる。
たまたま、彼がLightningケーブルを抜いているところを見た。
彼は、プラスチックでできているコネクターのところを持つのではなく、
ケーブルをもって引き抜いていた。

そんな使い方をしていたら、簡単にLightningケーブルが断線してしまう。
Lightningケーブルの断線を嘆いていてる(文句をいっている)人のひべてが、
そういうケーブルの抜き方をしているのかどうかはわからないが、
少なくとも、まったく問題なく使っている人もいることは確かである。

だとすると、よく断線する、といっている人は、
おそらくケーブルを持って引き抜いているとみていいだろう。

これを見て思うのは、こんな単純なことと思えるケーブルの抜き挿しでさえ、
人によって、やり方が違っている。

使いこなしは使い方(やり方)の、その先にあるもののはずだ。
オーディオ機器の使い方は、Lightningケーブルの抜き挿しほど簡単ではない。
けれど、その部分において、すべての人が同じようにやっているという確認を誰かがやっているのだろうか。

このことまで考えてず使いこなしを記事をつくることは、どうだろうかと思う。
思うけれど、それではどこまでカバーしたらいいのか、ということにもなる。
ことこまかにすべてをカバーすることは大変なことであり、
そんなことをやっても多くの読者はつまらない記事として受けとめるだろう。

Date: 2月 15th, 2015
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(その5)

マークレビンソンのLNP2、JC2のモジュールはメイン基板にハンダ付けされているわけではなく、
挿してあるだけだから、モジュールに不具合が発生したら新品のモジュールに抜き差しで交換すればすむ。
たしかに確実な修理方法ではあるが、これではユーザーの金銭的負担はかなり増す。

しかもマークレビンソンが交換用モジュールを製造し続けてくれていればよかったけれど、
製造もとっくの昔に中止になっている。
こうなると、修理は密閉されたモジュールだけに、かなり大変なことになる。

どうするのが最善の方法なのかは、なかなか難しい、としかいえない。

このころのマークレビンソンのアンプの輸入元はRFエンタープライゼスだった。
RFエンタープライゼスの広告は、単に製品の広告だけではなかった。

ステレオサウンド 43号の広告のように、
輸入元の仕事についてふれてある回もあった。

43号の広告には「私達輸入業務に携わる者に課せられた責任です。」とある。
RFエンタープライゼスが考える責任とは、
すぐれた製品を、正しく本来の性能を発揮できる状態でユーザーの手に供すること、である。

そして、こう続いている。
     *
“State of the Art”製品は、販売やアフターケアもふくめて、その取り扱いのすべてがそれにふさわしく行なわれなければならない。それが私達の希望であり信条です。
 私達は私達の発売する製品を出荷前に全数検査することにしています。
 そのために使う測定機器は、すべてメーカーで使用しているものと同じか同一水準のものを揃えるようにしています。 これらのことは、手間も費用もたいへん要することですが、私達は私達の責任を果たす上でどうしても必要なことと考えています。
     *
いまここまでやっている輸入元はいくつあるのだろうか。

Date: 2月 15th, 2015
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(その4)

以前書いているが、あるオーディオ店は、
アンプに関してはアキュフェーズとウエスギを客にすすめていた、という話を聞いている。

理由は、アフターサービス(修理)がしっかりしているから、ということだった。
故障しにくい、故障してもきちんと修理されて戻ってくる。
どんなに音が良くても、故障の頻度の高いものや、故障したときに修理がいいかげんだったり、
きちんと修理されたとしても、数ヵ月もかかるという製品は、客にはすすめられない。

これも店主のひとつのポリシーである。
このポリシーのみが正しい、とはいわないものの、
どんなに音の良さこそが最優先される、という人であっても、
実際に故障すると、故障しにくいアンプの有難みがわかるし、
修理体制がしっかりしたところの製品が選択肢ともなってくる。

修理というのは、高い技術が要求される。
新製品の開発は華やかさもあるけれど、修理の技術にはそれはない。
それでも修理は、どの会社にも必要となる。

国内メーカーもそうだし、輸入元もそうだ。
国内メーカーは、製品を開発しているだけに故障への対応もしっかりしていよう。
自分たちでつくったモノを自分たちで修理する。

けれど海外製品となると、そうではない。
輸入元の技術者が修理することになる。
他の人が設計・開発し製造したモノを修理することになる。

修理の大変さ・面倒さは国内メーカーよりもやっかいとなることもある。

マークレビンソンのLNP2、JC2は密閉されたモジュールにしていた。
この理由についてたずねられたときに、
「こうしておけば、もし故障が起こっても、いい加減な修理をされて、これらの本来の特性とかけはなれた、
ともかく音が出ている、というような状態で使われる心配はないからね。」
とマーク・レヴィンソンは答えている(ステレオサウンド 43号掲載のRFエンタープライゼスの広告より)

Date: 2月 15th, 2015
Cate: オリジナル

オリジナルとは(STAR WARSの場合・その1)

2010年の映画に、「ピープルvsジョージ・ルーカス」がある。
スターウォーズの熱狂的なファンとスターウォーズの監督ジョージ・ルーカスの映画であり、
スターウォーズの熱狂的なファンのジョージ・ルーカスに対する愛憎をとらえたドキュメンタリーである。

スターウォーズは1977年に公開された。
映画館で観た世代だから、あのときの昂奮はいまも忘れられない。
この映画に登場するファンは、まさしく熱狂的とつけなくてはならないほどの人たち。

その彼らとジョージ・ルーカス側とでは、オリジナルに対する考えが違うことが、描かれている。

1977年公開のスターウォーズは、のちにEpisode IVと呼ばれるようになった。
旧三部作、新三部作があるためである。

1997年に旧三部作がリマスターされ、劇場公開された。
フィルムの洗浄から始まり、デジタル処理も施されている。

このリマスター版を、ジョージ・ルーカス側はオリジナルと位置づけている。
だが熱狂的なファンは、最初に劇場公開されたものをオリジナルとしている。

制作側は、当時の技術ではできなかったことを、20年後の技術で実現しようとする。
つまり制作側にとってのオリジナルとは、ジョージ・ルーカスの頭の中にあるものを映像化したもの、となる。
熱狂的なファンにとっては、ジョージ・ルーカスがそれをオリジナルといおうと、
あくまでもリマスターであり、オリジナルは当時劇場公開されたもの、
パッケージソフトではレザーディスクで発売されたもの、ということになる。
(この映画の公開後、DVDでも、いわゆるオリジナル版が出ている。)

それはリマスター版を認める認めないに関係なく、熱狂的なファンにとってはそうである。

映画の中でも取り上げられているが、
1980年代にモノクロ映画をカラー化しようという動きがあったときに、
ジョージ・ルーカスは反対の立場に立っている。
そういう彼が、自分の作品に対しては反対の立場をとっている。

何をもって「オリジナル」とするのか、
この映画でもそうだが、立場によって違うということに結局のところなってしまうのか。

Date: 2月 15th, 2015
Cate: 単純(simple)

シンプルであるために(ミニマルなシステム・その15)

オーディオという再生システムの中心をスピーカーとすれば、
組合せはスピーカーから始まるわけで、鳴らしたいスピーカーがまずあり、
そのためのシステムを組んでいく。

鳴らしたいスピーカーが能率がそれほど高くないモノ、
内蔵ネットワークは使用部品が多く、複雑なモノであれば、
ミニマルなシステムを組もうとしてもパワーアンプは必要となる。

にも関わらず、私はHUGOを主体とした組合せを考えている。
HUGOを主体としたミニマルなシステムを考えているわけで、
スピーカーを主体としたミニマルなシステムを考えているわけではない。

私は(その13)の最後に、
ミニマルという印象はHUGO単体が醸し出しているのではなく、
それをどう使ってみようか、という使い手側に潜んでいるということになるのか、
と書いた。

けれど、こうやって考えていくと、やはりHUGOにミニマルな要素があるということになるのか。
少なくとも私はHUGOにそういった要素を感じているから、
ここでこんなことを書き連ねている、ともいえる。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(その6)

どんなことであっても、最初は何もわからない、知らないところから始める。
入門書は、そんな初心者、入門者が知りたいこと、疑問に感じていることについての答を提示する。
それを読み、初心者、入門者は基本となる知識を身につける。

入門書をこう定義すれば、「五味オーディオ教室」は優れた入門書とはいえない。

「五味オーディオ教室」に書かれてあることも、ある種の答とはいえる。
けれど、その「答」は読み手に、問い掛けをうながすものである。
だから、私は「五味オーディオ教室」をひじょうにすぐれた入門書だと思っている。
少なくとも私にとって、これ以上のオーディオの入門書はない、と断言できる。

これはひとつの運の良さともいえる。
どんなに「五味オーディオ教室」がすぐれた入門書であっても、
この本が出たのは1976年、それ以前にオーディオに関心をもった人には遅すぎた、ということになるし、
「五味オーディオ教室」はいつまで売っていたのだろうか。

CDが登場した1982年には手に入ったのだろうか。
1980年代後半にはみかけなくなっていたから、それ以降オーディオに関心をもった人も読めなかった。

いつ読んでも素晴らしい本は素晴らしい。
けれど入門書としての性格をおびた本であれば、
できれば初心者、入門者のうちに読んでおきたい。

「五味オーディオ教室」との出逢いがなかったら、
こうやってブログを書くようなことはしていなかったかもしれないし、
書いていたとしても、ずいぶん違うことを書いていたであろう。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: オーディオのプロフェッショナル

モノづくりとオーディオのプロフェッショナル(その5)

オーディオがベンチャービジネスであったころのアメリカにおいて、
アンプメーカーは雨後の竹の子のように多くのメーカーが生れていったが、
スピーカーメーカーとなると、そう数は多くない。

ステレオサウンド 46号の新製品紹介のページで、
井上先生と山中先生が、このことについて語られている。
     *
井上 こうした新メーカーが次々とあらわれてくる背景には、一つはアンプ自体が他のジャンルにくらべてシャーシなどの板金加工プラスL(コイル)、C(コンデンサー)、R(抵抗)、半導体と回路技術の知識があればすぐつくれる、つまり個人レベルでの製作が可能でなおかついいものをつくり出せる可能性を多分にもっている点があげられると思います。
山中 本当に、プリント基板を自分で書いて、ハンダゴテをもって組み立てるだけで試作機がすぐにできあがるわけです。試作機という言葉を意識的に使ったのは、アマチュアが偶然非常にセンスのいいアンプをつくったとしても起業として成り立つだけの製品になり得る可能性を他のオーディオ機器にくらべ多分にもっているからです。
 これが、スピーカーやプレーヤー、テープデッキでは、そうした個人の頭の中にできあがったものだけでいい製品ができるかといえば、その可能性は非常に少ないといえます。起業レベル、つまり資本力と設計、製作上のキャリアの蓄積がものをいう世界です。
井上 たとえば、スピーカーユニット一つを例にとっても、コーン紙はどうやってつくればいいか、フレームは、マグネットは、機械加工は……と考えると、やっぱり個人ではつくれませんね。開発費自体も物量を投入するだけに大きなものになります。また、コーン紙その他のパーツができたとしても、それを単純に組み合わせていい音がするかといったらそうはいかない。内部構造がシンプルでメカニカルな部分が多いですから、その点でキャリアが必要であり、データーではおし計ることのてきない試行錯誤のくりかえしから得たノウハウなどの占める割合が大きくなるといえます。
     *
1978年に46号は出ているから、これを読んだとき私は15歳。
なるほど、と素直に読んでいた。

けれど時代は変る。
それにつれてスピーカーの開発も変っていく。
新興スピーカーメーカーがいくつも登場してくるようになった。
それらのメーカーすべてがスピーカーユニットを自社開発・製造していたわけではなくなっていった。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: オーディオのプロフェッショナル

モノづくりとオーディオのプロフェッショナル(その4)

こういう人のことを、ひそかにマーク・レヴィンソン症候群と呼んでいる。

アメリカではマーク・レヴィンソンの成功に刺戟され、
第二、第三のマーク・レヴィンソンを目指すエンジニアがいた。
あのころ、オーディオはベンチャービジネスであった。

アメリカだけではない、日本にもそういう人たちはいた。
会社を興し成功した人もいれば失敗した人もいる。
いまも続いている会社があれば、あっという間に消えてしまった会社もいくつもある。

私は会社を興した経験はないけれど、あまり慎重になりすぎても起業することは無理であろう。
いくばくかの無謀ともいえる勢いがなければ起業はできないのかもしれない。

とはいえ、知人のようにスピーカーを自作する。
それが彼の好む音で鳴ってくれた。
そこには開発費も生じていない。
そのことで、彼自身が自分のことをすごいと思い込む。
それが勢いとなり、スピーカーメーカーを興せるのじゃないか、となる。

だが多くの人は、ここで周囲の人に聴いてもらうのではないだろうか。
少なくとも信頼できる人に聴いてもらい、その評価を受けとめる。
それでも評判がよければ、本気でオーディオメーカーを興そうとなるかもしれない。

そうやって誕生したメーカーは少なくない。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: オーディオのプロフェッショナル

モノづくりとオーディオのプロフェッショナル(その3)

なんでも原価計算をしてしまう人が少なからずいる。
オーディオだけでなく、いろんなジャンルにそんな人がいる。

彼の多くに共通するのは、計算した結果を提示して、これらの製品は高すぎる、という。
中にはぼったくりだろう、といいたくなる価格の製品もないわけではないが、
多くの製品の場合、まずそんなことはない。

原価だけでモノがつくれるわけではないことは、多くの人が知っていることであり、
知っているから、あえて、そんな指摘は多くの人がやらない。

ほかのメーカーが開発したモノをそっくりコピーした製品をつくるにしても、
原価だけでは成り立たない。

原価計算がとにかく好きな人は、
なぜ原価のことしか考慮しないのだろうか。
この原価計算が好きな人と同じことを、(その2)で書いた知人は口にしていた、といえる。

塗装もしていない、ただつくりっぱなしの箱のスピーカーである。
スピーカーシステムとはとうていいえないレベルでとまっている。

内蔵ネットワークもないのだから、すべての調整はユーザーにまかせることになる。
そんなものと、メーカーがきちんと調整して仕上げも行って送り出す製品とを、
同列に並べて比較していることの愚かさになぜ気づかないのかと不思議になる。

知人がすごいのは、スピーカーメーカーを興せると思い込んでしまっていたところにある。
安くていい音のスピーカーを送り出せる自信に満ちていた。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: 単純(simple)

シンプルであるために(ミニマルなシステム・その14)

CHORDのHUGO単体では荷が重いと思われるスピーカーはいくつもある。
そういうスピーカーのほうが、いまは多い。

そういうスピーカーを鳴らそうとしたら、なんらかのアンプが必要になる。
パワーアンプを一台用意すれば、レベルコントロールはHUGOでできるから、それで事足りる。

この場合のパワーアンプは、いわば必要なモノであるから、
HUGO、パワーアンプ、スピーカーというシステムは、最小である。
つまりはミニマルなシステムということになる。

それは頭ではわかっていることであっても、
心情的には(あくまでも私ひとりの心情として)、
パワーアンプを用意しなければ鳴らないスピーカーをもってくる時点で、もうミニマルとは感じない。

低能率の小型スピーカーを鳴らすために、
このスピーカーの何倍も大きく、重く、出力も数100W以上あるようなパワーアンプをもってきたら、
それは過剰すぎるという意味で、ミニマルなシステムとはいえなくなる。

でもそうでなくて、サイズ的にも出力としても必要な分だけの規模のパワーアンプであれば、
やはりそれはミニマルなシステムとなる。
でもくり返すが、それをミニマルとは心情的に納得し難い。

私に同意される人もいると思うし、パワーアンプを用意してもミニマルだろう、という人もいる。

私と同じようにミニマルを捉えてしまうと、
スピーカーの選択がかなり制約を受けてしまうことになる。

過剰すぎないパワーアンプを用意することまではミニマルと捉えれば、
スピーカーの選択に特に制約は生じなくなる。

Date: 2月 14th, 2015
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(その3)

昨日、ある海外メーカーのオーディオ機器の修理のことが、facebookで話題になっていた。
このメーカーの製品を使っているユーザーのブログがリンクされていて、
コメントには、他のユーザーの方も実例があった。

この海外メーカーの製品はかなり高価なモノである。
このメーカーの輸入元は、かなり大きな規模の会社であり、
輸入だけでなく、オーディオ機器の開発も行っている。

そういうところだから、むしろ修理体制はしっかりしているように思われるけれど、
実際はどうもそうではないようである。

facebookに書かれていたことを疑うわけではないが、私自身の体験ではないから固有名詞は出さないが、
誰もが知っている会社である。

ある人は、ここが取り扱っているアンプが故障したため修理に出したら、
パーツが違うパーツに変っていた、とのこと。
そのことで輸入元に問い合せると、音は変りません、といわれたとある。

この輸入元は、使者が開発している製品のカタログでは、パーツのことにふれている。
もちろんパーツによって音が変ることを認めている。

にも関わらず輸入している製品となると、まったく反対のことを平気でユーザーにいう。
驚きよりも呆れる。
こうなると輸入元としての信用だけでなく、国内メーカーとしての信用もなくしてしまうことに、
このメーカーに勤務している人たちは気づかないのであろうか。

部署が違う──。
それが理由なのかもしれないが、そんなことはユーザーからすれば理由にはならない。
このメーカーの製品の購入を検討している人にも、理由にはならない。

同じ会社として見られているのだから。