Date: 1月 17th, 2023
Cate: 「オーディオ」考
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オーディオの罠(その5)

続・再生音とは……(その33)」で、
自己模倣という純化の沼にはまってしまったら、
永遠に花を咲かすことはできない、と書いた。

自己模倣という純化の沼にはまってしまった人は、つぼみのままの音を聴き続ける。
音という花を咲かせることはできない。
そのこと、書いた二年前よりも、強く感じるようになってきているし、
つぼみのままの音を愛でることから脱却できない人は、
たがやさせない人でもある。

これも以前書いていることなのだが、
たがやすは、cultivateである。
cultivateには、
〈才能·品性·習慣などを〉養う、磨く、洗練する、
〈印象を〉築く、創り出す、
という意味もある。

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