Date: 12月 1st, 2017
Cate: 広告
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広告の変遷(BOSEの広告)

1970年代後半のBOSEの901の広告には、演奏家が登場していた。
ステレオサウンド 48号の901の広告には山田一雄氏が登場されている。

キャッチコピーは、こうだ。
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背中で聴いたBOSE
この小さな箱がホールの広さを表現するとは…《山田一雄》
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山田一雄氏のリビングルーム(と思われる)に置かれた901と、
ロッキングチェアに坐っている山田一雄氏の写真が、カラー見開きで大きく扱われている。

この写真の下に、こうある。
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元来、私はあまりレコードを聴かない。つまり「鑑賞する立場の人」とは反対の立場に立っているからかも知れない。音楽を創る立場の身にとっては、雑念なしに他人の音楽に没頭して聴くことは難事であるからだ。
家族が新しいオーディオ装置を欲しがっていることもあって、友人のレコーディング・ディレクターのすすめで《BOSE-901》を手に入れる。そんな私だから、正直なところオーディオとやらのシカケには恥かしいほど無頓着で、無理解だとよく叱られている。
ともあれ、女房子供のおつき合いのつもりで聴いたところが、鳴り出した瞬間から大袈裟にいって「新しい発見」と「開眼」をする。
さて、指揮者というものは客席に背を向けているくせに、常に背中で音を聴いているものだ。つまり、その広さと音のまわり具合いを身体で感じながら演奏している。演奏が巧くいっているときには、音が張り出すというのだろうか、ステージ上の音よりもむしろ客席の方で暖く鳴っているのを私は感じる。
《BOSE-901》での私の「新しい発見」とは、私の家のサロンで、音が背中にまわり込む外国のコンサート・ホールでの、アノえもいえぬ味を味わえたことである。この設計者はよほどの感性をもって音楽を聴き込んでいるのであろう。音楽が生まれる場所の状況を極めて正確にわきまえている。
それにこのスピーカーは、「音出し機械」然としていないところが良い。小型にもかかわらず、生演奏なみのヴォリュームを上げても、ガナリ立てる感じにならない点も大変気に入っている。
これからは、もう少しレコードを聴くとしようか……。
     *
48号は1978年秋号。
私は15歳だった。

山田一雄氏の語られていることを半分も理解できていなかった。
それに、広告だから……、という読みかたもしていたところもある。

いま読み返して、ひとり納得している。

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