Archive for 7月, 2025

Date: 7月 10th, 2025
Cate: audio wednesday

Westrex Londonを鳴らしてみて(その1)

昨晩のaudio wednesdayでは、ウェストレックス・ロンドンのスピーカーを鳴らした。
おそらくだが、野口晴哉氏が亡くなられてから鳴らされていなかったスピーカーだろう。
となると49年間、鳴らされていなかったことになる。

できれば事前にチェックして準備しておきたかったのだが、
そういう時に限って時間の都合がつかなくて、
ぶっつけ本番になり、なんとなくだが細かな不具合が起きそうな気はしていた。

しかも、こういう予感は当たるもので、
パワーアンプのマッキントッシュのMC275のトラブルも重なって、
ウェストレックス・ロンドンからステレオで音が鳴ってきたのは、20時30分を過ぎていた。

一度、アンプを取りに家に戻ったりして、しかも暑いし、
大変な一日になったけれど、それでもウェストレックス・ロンドンから鳴ってきた音を聴くと、
やって良かったな──、だけである。

本領発揮までは、まだまだ時間が必要だけど、
堂々とした、リアリティのある音が聴けた。

最初、右チャンネルだけを鳴るようにしてかけたのは、渡辺茂夫のCDだった。
モノーラルの状態だったから、モノーラルのCDをかけたわけだが、
このCDは、最近、よく来られる方が持ってこられた。

前回、渡辺茂夫のCD、持ってきます、と言われていた。それをかけたわけだ。

持ってこられた方も、かけた私も、他の人皆、鳴ってきた音に驚いた。

Date: 7月 9th, 2025
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第十九夜(さそうあきら氏のDJ)

8月6日のaudio wednesdayは、さそうあきら氏にDJをお願いしている。

「神童」、「マエストロ」、「ミュジコフィリア」と言った作品からもうかがえるように、
たいへんな音楽好きの方である。

6月には「絵師ムネチカ」も発売されている。上の三作品とは違い、
直接音楽を描いた作品ではないけれど、
私は「絵師ムネチカ」を読んでいて、以前書いたように、
ワグナーの「パルジファル」をおもっていた。

このへんは個々人の音楽の聴き方と関係してくることだから、
全然、そんなことは感じなかったという人がいてもいい。

今年1月に、DJの件を依頼。さそうあきら氏のスケジュールの関係で、
8月に行うことに決まっていた。

来月、やっとその日がやってくる。

Date: 7月 8th, 2025
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –第十八夜(Westrex Londonを鳴らす・いよいよ明日)

明日(7月9日)のaudio wednesdayでは、ウェストレックス・ロンドンのスピーカーを鳴らす。
シーメンスのオイロダインと同じスタイルのスピーカーである。

このスピーカーは、まだ鳴らしていない。前もって確認しておきたかったが、都合がつかなかった。
なので、明日はぶっつけ本番で鳴らすことになる。
細かな不具合が発生するかもしれないし、スピーカーそのものの目覚めも時間がかかるであろう。

明日は、そんな過程、音の変化を聴いてもらうことになるだろう。

Date: 7月 7th, 2025
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その33)

別項で「偏在と遍在」を書いているが、
いま書いていることは「偏在と遍在」とも関係してくることだろう。

現在のオーディオ雑誌の編集部の人たちがどういう人たちなのかは、全く知らない。
それでもオーディオ雑誌を、ほぼ五十年間眺めてきてなんとなく感じることは、
昭和の編集部の方が、いわば偏っていた人たちの集まりだった、ということだ。

これもどちらがいいとか悪いとかではなく、
個性というか癖のある人たちは、昔の方が多かったのではないのか。

このことはオーディオ雑誌の編集者だけに言えることではなく、
オーディオメーカーの人たちも同じではないだろうか。

そういう人たちは、いまの時代、これからの時代、お呼びでないということなのか、とも思う。

山之内正氏の名を挙げるが、山之内正氏に負の感情は持っていないことは最初に、はっきりさせておく。

以前、別項で土方久明氏をオーディオ評論家(仕事人)と書いた。
山之内正氏も、同じくオーディオ評論家(仕事人)だと感じている。

山之内正氏の、オーディオ業界での評判はとても高い、と聞いている。
そうだろう、と山之内正氏の文章を読んでいると思う。

山之内正氏は、ステレオサウンド、オーディオアクセサリー、ステレオ、
それぞれのオーディオ賞の選考委員をされている。

このことをどう捉えるか。

編集者の悪意とは(その32)

以前のオーディオ雑誌には、偏りがあった。
この偏りが、それぞれのオーディオ雑誌の個性(カラー)につながっていた。

これはいいことなのか、悪いことなのか。

一般的には、偏りがあるのだから悪いことになるだろうが、
オーディオ雑誌においても、そうだと言えるのか。

オーディオ機器の評価のためには、偏りなんてあってはならない──、
果たしてそうなのか。

それぞれのオーディオ雑誌の偏りをなくしていく方向になってしまったら、
そして偏りをほぼ完全に無くすことができたなら、
オーディオ雑誌は一つでいい、ということになる。

偏りをなくしていくのは、オーディオ雑誌の編集者としての善意と言えるのか、それとも悪意なのか。

Date: 7月 5th, 2025
Cate: ユニバーサルウーファー

LOCKWOOD Major(余談)

ロックウッドの同軸型ユニットを製造しているVolt Speakersを代表するユニットといえば、
特徴的な外観を持つウーファーである。

PMCのスピーカーシステムに搭載されている、このウーファーは、フレームが前面にある。
この構造により、磁気回路、ボイスコイルの温度上昇を抑えている。

この構造を全面的に高く評価するかといえば、必ずしもそうではない。
デメリットもあると考えるが、それでもこのウーファーユニットを最初に見た時に、
最初に考えたのは、セレッションのSystem 6000だった。

System 6000が登場した時には、このスピーカーユニットは存在してなかった。
System 6000は、いま追試してみたいウーファーシステムといえるのは、
ジャーマン・フィジックスのTroubadour 40があるからだ。

System 6000に使えるスピーカーユニットは大振幅に耐えられるモノでなければならない。
となると大振幅時の磁気回路、ボイスコイルの温度上昇をどう抑えるのかが、とても重要となる。

ボイルコイル(金属線)の性質として、温度が上昇すると抵抗値が増していく。
そうなるとせっかくのパワーアンプからの出力が、この抵抗値の上昇によって熱に変換される割合が増していく。
つまりパワーを入れても、スピーカーユニットの反応が比例しなくなる。

System 6000は、SL700が登場してSystem 7000となることはなかった。
短命で市場から消えていったが、いまもう一度、このユニークなウーファーシステムを再設計するとなると、
セレッションはVolt Speakersのスピーカーユニットを採用する、と思う。

Date: 7月 5th, 2025
Cate: Jazz Spirit

LOCKWOOD Major(その3)

ロックウッドのスピーカーシステムに搭載されている15インチ口径の同軸型ユニットは、
PMCのスピーカーシステムに搭載されているユニークな形状のウーファーの製造元、Volt LoudspeakersによるOEMである。

Volt Loudspeakersの別のページを見ると、製造過程の写真がいくつか公開されている。

しかも、ここでの同軸型ユニットは、どう見ても15インチ口径ではない。
Volt Loudspeakersは、ロックウッドのために、10インチ、12インチ口径も製造している、とのこと。

残念なことに、Volt Loudspeakers製の同軸型ユニットは、
すべてロックウッドのためだけのモノで、単体で発売はない。

Date: 7月 4th, 2025
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その22)

前回、KT88のラインナップとして、
Preludio、Sinfonia、Performance、Sinfonia Anniversary、Performance Anniversaryがあると書いたが、
ユニゾンリサーチから出荷される状態でKT88なのは、
Sinfonia AnniversaryとPerformance Anniversaryである。

Preludio、Sinfonia、Performanceの出力管は6550で、出力は14W、25W、45Wと、
出力管の本数に比例して増えていく。

KT88のSinfonia Anniversaryは29W、
Performance Anniversaryは48W。

6550とKT88は互換性があるから、自分で差し替えができる。

小音量でしか聴かないから大きな出力は、自分には必要ない、という人がいる。
本当に、そう言い切れるのか、と、この手に発言に出くわすといつも思う。

100dB以上の高能率のスピーカーシステムならば納得できなくもないが、
さほど高くない変換効率のスピーカーで、この発言をされていると、どれだけの小音量なのか、と思う。

音場再現という点では、クォリティが同じであれば、出力は大きい方が有利と言える。

オペラを聴くとよくわかるのだが、歌手が一人で静かに歌っているところではよくても、
クライマックスで合唱が加わり、オーケストラも総奏でフォルテッシモになると、
それまで気持ちよく音が広がっていたのが、出力の足りないアンプだと途端に音場が崩れてしまう。

このことはピアノでも言えることだ。
ピアニッシモでは目の前に鍵盤がきれいに並んでいるように感じられたのが、
ここぞというところでは、鍵盤が崩れてしまう。

このことに全く無関心、無感度ならば出力の大きなアンプは不要と言い切れても、
そうでない人ならば、スピーカーの変換効率に応じてある程度の出力は必要となる。

Date: 7月 3rd, 2025
Cate: ショウ雑感

2025年ショウ雑感(その5)

別項で、映画とテレビの違いについてかいているところだが、
同じことが、オーディオショウでの各ブースの音の違いについても、当てはまりそうな感じがしている。

優れたドラマを撮れるけれど、だからといって映画でいい作品の監督になれるわけではない。

向き不向きだけではない何かがあって、映画の監督、テレビの監督がいる。

オーディオショウで、いろんなブースの音を聴いてきて、いま思っているのは、
音に関しても、映画の監督的、テレビの監督的と言えるのではないか、だ。

どちらがいい音を鳴らしているのかではなく、それぞれのブースで、
不特定の人たちに聴いてもらう音を出すことに求められること。
そのことを考えていると、少なくともオーディオショウにおいては、
映画の監督的に音を鳴らす──、そんな気がしてならない。

では、それは具体的にはどういうことなのかは、今のところ、うまく説明でかないのだが、
音は儚い、だからこそ潔くなければならない。
少なくとも、オーディオショウで音を鳴らして聴いてもらうのであれば、
潔さが求められているはずだ。

Date: 7月 2nd, 2025
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その21)

少し脱線したけれど、ここでのサブタイトルの「KT88プッシュプルとタンノイ」に戻すと、
KT88のシングルアンプでタンノイを鳴らした音は聴いたことがないことに気づく。

いまでもタンノイのスピーカーを、ユニゾンリサーチのプリメインアンプ、P70で鳴らした音はぜひとも聴きたいと思っているが、
P70はかなり前に製造中止になっているから、そんな機会はまずないだろう。

ユニゾンリサーチは、いま日本に輸入元がない。エレクトリが取り扱いをやめてからけっこう経つものの、
どこも取り扱おうとしない。

ユニゾンリサーチは、いまも活動している。
もともとユニゾンリサーチは、プッシュプルアンプではなくシングルアンプだけだった。

出力を増やす際には、プッシュプル化ではなく出力管を並列接続する。
パラレルシングル、トリプルシングルといった具合にだ。

出力管を二本使う場合、パラレルシングル構成とするか、
プッシュプルとするか、
どちらを選択するかは、エンジニアの考え方である。

プッシュプルだと位相反転回路がどうしても必要になる。これの存在を嫌う人もいるし、
出力トランスでの信号の合成に疑問を抱く人もいる。
反対に、能動素子の並列接続を嫌う人もいる。

どちらがいいとは、簡単には言えない。

いまユニゾンリサーチには、P70、P40が製造中止になり、
以前のようにシングルアンプのみになっている。

KT88のラインナップもある。
Preludio、Sinfonia、Performance、Sinfonia Anniversary、Performance Anniversaryがある。

Date: 7月 1st, 2025
Cate: ハイエンドオーディオ

ハイエンドオーディオ考(その19)

二十年以上前に、聞いた話がある。
都内のとあるオーディオ店に、女の人が入ってきた。常連の客ではなく、初めての客だったそうで、
その女の人は展示してあるソナス・ファベールのStradivari Homageを見て、
音を聴くこともなく、買っていったそうだ。

Stradivari Homageは2003年に登場している。当時、ペアで五百万円ほどしていた。
そのスピーカーを、ポンと買っていく人がいる。

話では、30から40代くらいの女の人ということ。話をしてくれた人はオーディオ業界の人なので、
まるっきりの作り話ではないだろうし、彼も聞いた話ということで、
その女の人がStradivari Homageの他に、アンプなどをどうしたのかははっきりとしない。

この話を聞いて、こういう買い方まであるんだな、と思ったし、
オーディオ機器はオーディオマニアのためだけのモノでもないということだ。

富裕層にとってStradivari Homageの価格は、それほど高額でもなかったのだろうか。
これは日本での一例である。
世界には、もっと凄い富裕層の人たちがいて、そういう人にとってはもっと高額なオーディオ機器であっても、
この女の人のように、ポンと買っていってしまうだろう。

オーディオマニアは、当時のStradivari Homageも、
いま非常に高額になっているオーディオ機器も、
ハイエンドオーディオ機器として捉えがちだが、
こんなふうに買っていく人たちにとってはハイエンドオーディオというよりも、
ラグジュアリーオーディオとして目に映っているのだろう。