Archive for 9月, 2018

Date: 9月 8th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その4)

グラシェラ・スサーナのベスト盤は、CDである。
一般的なCDだから、44.1kHz、16ビットである。

メリディアンのULTRA DACは、自動的にアップサンプリングしてD/A変換を行う。
アップサンプリング機能をOFFにはできない。

アップサンプリング時に、フィルターがshort、medium、longのどれか選択できる。
「仕方ないわ」を聴いたときはshortだった。
次にmediumにし、longをした。

これの機能については、輸入元のハイレス・ミュージックのサイトを参照してほしい。
ここでは細かなことは述べない。
書きたいのは、その音の変化について、である。

「仕方ないわ」でのshortの音は、圧倒的に感じた。
ここまで再生できるのか、と思いながら聴いていた。

これまでグラシェラ・スサーナのCDは、今回のベスト盤を含めて、ほぼすべてを聴いている。
多くがアナログ録音であり、CD化にあたり、どれだけ丁寧な仕事がなされているのか、といえば、
あまりそんな感じを受けたことはなかった。

唯一、ここまでやれるのか、と感じたのは、「アドロ・サバの女王」の限定盤だった。
それまで売られていた「アドロ・サバの女王」と比較するまでもなく、
丁寧な仕事をしてくれたな、と感じる出来だった。

グラシェラ・スサーナのCDが、ひどい出来とはいわない。
ようするに一般的な、平均的な出来としか受け止めてなかった。

「アドロ・サバの女王」の限定盤のクォリティでCDを出してくれれば……、と思っていた。
でも、ULTRA DACでの「仕方ないわ」は、くり返すが、ここまで再生できるのか、と感じていた。

Date: 9月 8th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その57)

書店に、ステレオサウンド 208号が置かれている。
買おうかな、と思ったけれど、買わなかった。

avcat氏に謝罪したことについては、何も載っていなかった。
そうだろうな、と思っていたから、意外でもない。

208号は9月4日発売だった。
買わなくなってしまった雑誌の発売日は、なんとなくでしかなく、
その日も、帰りの電車の中でfacebookを眺めていて、今日、発売日なんだ、と気づいた。

駅を出たら、途中にある書店に寄って……、と思っていたら、
乗っていた電車は台風の影響による強風のせいで、
通常なら30分程度の乗車ですむのに、二時間ほどかかってしまい、
書店も早じまいしていた。

今回の台風の怖ろしさは、直撃しなかった東京にいても感じた。
熊本に住んでいたから、夏は台風の季節でもあった。
それでも、ここまでの台風は、記憶にない。

約二時間の電車の中でも、帰宅してからも台風のニュースを読んでいた。
その凄まじさで思い出すことがあった。

ステレオサウンド 178号の発売日は2011年3月11日だったことだ。
染谷一氏が編集長になって最初のステレオサウンドが、178号である。
今号も、末尾の数字は8である。

偶然なのだろう。
それでも怖い偶然である。

Date: 9月 7th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その3)

何から書き始めるか、といえば、やはりグラシェラ・スサーナのことから始めたい。
全体の構成的には別のことから書き始めた方がいいかな、と思いながらも、
MQAで聴いたグラシェラ・スサーナのこと、メリディアンのULTRA DACで聴いたグラシェラ・スサーナのことだ。

9月5日の音出しは、いつものラインナップからである。
マッキントッシュのMCD350を数枚のディスクをかけて、まずは音の確認。
それからメリディアンの206にする。

MCD350でかけたディスクの一枚だけを206で聴く。
そのディスクのまま、508で聴く。

508にはアンバランス出力とバランス出力があり、
両方の音を聴いて、バランス接続のまま、ULTRA DACを、このラインナップに加える。

508をCDトランスポートとして使う。
508のD/Aコンバーターを、ULTRA DACに変更した、ともいえる。
ULTRA DACもバランス出力をもつので、マッキントッシュMA7900とはバランス接続。

508とULTRA DACは準備の段階から電源をいれてディスク再生にしてのウォームアップをしていた。

カルロス・クライバーの「トリスタンとイゾルデ」を、
MCD350、206、508、508+ULTRA DACで聴いた。
エソテリックから発売になったSACDだから、
MCD350での再生はSACDで、メリディアンではCDレイヤーの再生である。

その次に、常連のKさんのリクエストで松田聖子のCDをかけ、
グラシェラ・スサーナのCDをかけた。
ベスト盤の「仕方ないわ」を聴く。
いつも鳴らしている曲である。

松田聖子(これもいつも聴いている「ボン・ボヤージュ」)を鳴らしたときよりも、
少し鳴り方が変ったように感じた。

時間的には十分なウォームアップのはずだし、実際にディスクを再生していたのだから、
理屈としては、ウォームアップ完了のはずなのだが、
それでも実際にアンプが接続されての状態と無負荷では、違うのだろうか。

それともULTRA DACを加えたことによる変化にスピーカーが対応してきたことによる変化なのか、
そのへんははっきりしないが、
とにかくグラシェラ・スサーナの「仕方ないわ」はよかった。

よかった、だけだと素っ気なさすぎのように受け止められるかもしれないが、
「よかった」という以外、ぴったりの言葉はない。

Date: 9月 6th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その2)

メリディアンのULTRA DACで聴いたグラシェラ・スサーナの素晴らしかったこと。
これも忘れず書いておく。

ULTRA DAC、MQAに否定的な人がいるのは知っている。
技術的な面からMQAを否定している人いるようだが、
どんなに技術的なことを詳しく述べてMQAを否定しようとも、
結局、技術的なことというのは、
ほんとうのところのごく一部しか語っていないことを、
ULTRA DACの音を聴けば、思い知ることになるだろうこと。

このことは(その1)に書いたハイレゾ(ハイスペック)にも関係してくる。

ULTRA DACには、どのトランスポートがいいのか、ということ。
MQAについての解説を読んで知ってはいても、
現実に目の当りにすると、こんなに簡単に! と驚く。

ということは、あのトランスポートも、別のあれもこれも……、と、
ぜひULTRA DACと組み合わせてみたいモデルのこと。

ULTRA DACを、瀬川先生、山中先生が聴かれたら……、
こんなことも想像してしまうほどの音だった。

ここまでは備忘録である。
おそらく書き始めると、書きたいことがさらに出てくるだろうが、
これらのことは必ず書く(予定)。

Date: 9月 6th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その1)

昨夜(9月5日)のaudio wednesdayは、
メリディアンのULTRA DACを聴くことがテーマだった。

メリディアンのULTRA DACを聴いていて感じたこと、
聴き終って思ったこと、考えたことがある。

ハイレゾという言葉が嫌いなのだが、
それでもハイレゾとハイスペックは違う、ということ。

ハイスペック音源をハイレゾ音源とは、いいたくない、ということ。

それから瀬川先生が書かれていたこと。
     *
しかし一方、私のように、どこか一歩踏み外しかけた微妙なバランスポイントに魅力を感じとるタイプの人間にとってみれば、全き完成に近づくことは、聴き手として安心できる反面、ゾクゾク、ワクワクするような魅力の薄れることが、何となくものたりない。いや、ゾクゾク、ワクワクは、録音の側の、ひいては音楽の演奏の側の問題で、それを、可及的に忠実に録音・再生できさえすれば、ワクワクは蘇る筈だ──という理屈はたしかにある。そうである筈だ、と自分に言い聞かせてみてもなお、しかし私はアンプに限らず、オーディオ機器の鳴らす音のどこか一ヵ所に、その製品でなくては聴けない魅力ないしは昂奮を、感じとりたいのだ。
     *
これは、ステレオサウンド別冊「81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の巻頭、
「いま、いい音のアンプがほしい」で書かれたもの。

アンプについて書かれているわけだが、
同じことはD/Aコンバーターについてもいえる、であろうこと。

ふり返ってみれば、私はアナログプレーヤーもCDプレーヤーも、
ヨーロッパ製を選んできたこと。

これらのことを思ったり、考えたりしているところだし、
これから書いていくけれど、
メリディアンのULTRA DACは、素晴らしい音だった。

いい音だった、といいたくなる製品は、ある。
けれど、素晴らしい音だった、となると、ほんとうに少なくなる。

私だけではなかったはずだ。
来ていた人(数人なのが残念だった)は、みな聴き入っていたのだから。

Date: 9月 6th, 2018
Cate: audio wednesday

第93回audio wednesdayのお知らせ(ホーン周りと設置)

10月のaudiowednesdayは、3日。
音出しの予定。

とはいうものの、次回はメリディアンのULTRA DACは当然のことながらないわけで、
昨夜の音がまだまだはっきりと記憶に残っていての音出しは、
来られる人も私も、その違い(落差)を聴くことになる。

これからULTRA DACについては書いていく。
喫茶茶会記のオーディオシステムのトータル金額よりも高いD/Aコンバーターだけに、
そこでの違いは、どうやって埋めることはできない。

それでも音出しなのだから、数ヵ月前から、やる予定と書いていることを、
やっと実行に移す予定でいる。

前々からアルテックの811Bをバッフル板に取り付けて鳴らしたい、と考えていた。
トゥイーターとしてJBLの075が定着してからは、その必要性とともに、
ユニット配置の変更(見直し)から、もっともやりたいことのひとつだった。

にも関らず延ばし延ばしになっていたのにはいくつかの理由があるけれど、
メリディアンのULTRA DACを聴いたからには、もうやるしかない、と思うようになった。

811Bはバッフルに取り付けることを前提としている設計のようである。
それにホーン+コンプレッションドライバーを上から見れば、
ほほ三角形ともいえる。
ならば、ホーン+ドライバーこそ三点設置がもっとも活きるはずである。

とにかく10月は、ホーン周りの変更点を聴いてもらうことになる(はず)。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時開始です。

Date: 9月 5th, 2018
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これまで(パイオニア Exclusive 3401・その4)

パイオニア Exclusive 3401がおそらく、というより間違いなく意識していたであろうJBLの4320。
サテングレーと呼ばれる塗装仕上げの4320も、
パイオニア Exclusive 3401と同じく、エンクロージュアの六面すべてグレー塗装である。

そのためエンクロージュアの単体としてはのっぺりした印象になりがちなところを、
フロントバッフルの上下をはさむかっこうでヒサシ的出っ張りがある。

この出っ張りがなければ、4320のスタイルはずいぶん印象の違うものになっていたはずだ。
4331、4333も4320と同じエンクロージュアだったが、
4331も4333もAタイプになり、この出っ張りはなくなった。

代りにフロントバッフルが別の色で塗装されることで、
全体のアクセントがはっきりとし、平板な印象にはなっていない。
しかもこの時代の4300シリーズのスピーカーは、
フロントバッフルが周囲よりも少し奥に引っ込んでいる。

ところがパイオニア Exclusive 3401はほぼ立方体に近い。
4320のような出っ張りもないし、フロントバッフルを他の色で塗装しているわけでもない。
フロントバッフルは奥に引っ込んでいない。
いわゆる面一(つらいち)である。

外観的アクセントがほとんどないといえるパイオニア Exclusive 3401において、
中音域のホーンの周囲の処理と、ホーントゥイーターがアクセントになっている。

特に中音域ホーンの上下を半円筒状のものでサンドイッチしている処理は、
なかなかのものである。

これはフロントバッフルによる乱反射を抑えるためのもの、とのこと。
ホーン型の場合、ホーンの形状、材質、精度も重要だが、
実際の使用において、ホーン開口部周囲の処理もまた重要であるにもかかわらず、
忘れがちな傾向にあるとも感じている。

パイオニアはExclusive 3401以前から、この点を忘れていない。
PT100というマルチセルラホーンのトゥイーターでも、
ホーンの上下を1/4球状のものでサンドイッチしている。

PT100のことは、八年ほど前に別項「同軸型はトーラスか」で触れている。

Date: 9月 4th, 2018
Cate: audio wednesday

第92回audio wednesdayのお知らせ(ULTRA DACを聴く)

MQAで聴けるグラシェラ・スサーナ」で書いているように、
私が中学生のときからずっと聴いてきているグラシェラ・スサーナがMQAディスクで登場する。

けれど、残念なことに発売は9月19日。
9月のaudio wednesdayの二週間後である。

メリディアンのULTRA DACで聴ける機会なのに、肝心の発売日が間に合わない。
まだ店頭に並んでいないディスクは、どうにもならない。
諦めるしかないわけだが、せっかくの機会だからなんとかしたい、と思っていた。

それでも発売元のユニバーサルミュージックに知り合いはいない。
私の友人で、ユニバーサルミュージックに知り合いがいる人もいそうにない。

ULTRA DACがじっくり聴ける、
そのことで充分ではないか、と自分に言い聞かせようとしても、
やはりULTRA DACでグラシェラ・スサーナのMQAディスクは聴いてみたい。

今回の機会を逃すと、次はほとんどないかもしれない。
世の中、そういうものである……、と思っていたら、
明日(9月5日)、聴けるようである。

Date: 9月 4th, 2018
Cate: 型番

デンオンの型番(その5)

デンオンのカートリッジの型番から始まる。
おそらくDはDENONの頭文字のはず。

ではLは、何を意味しているのか。
二年前に(その4)まで書いた時には、
ライト(light)のLではないか、というメールもあった。

昨夜、ステレオサウンド 9号の裏表紙を眺めていたら、
そこにDENON HI-LINEARの文字があった。

DL107の広告だった。
もしかすると、DLはDENON HI-LINEARなのかもしれない。

Date: 9月 4th, 2018
Cate: audio wednesday

第92回audio wednesdayのお知らせ(ULTRA DACを聴く)

明日(9月5日)のaudio wednesdayは、
メリディアンのULTRA DACを中心に行う。

すでに書いているようにメリディアンのCDプレーヤー206を、
常連のKさんが貸してくれる。
今日発送した、という連絡があった。

206を収めるちょうどいいサイズの箱がなかったため、
大きめのサイズの箱にした、とのこと。
そして、余ったスペースに、メリディアンのCDプレーヤー508も入れてある、とのこと。

206、508、ULTRA DACとメリディアンのモデルが揃う。
こういう機会は、他でもあまりないのではないか。

これまで喫茶茶会記のアルテックは、
ラックスのCDプレーヤー、パイオニアのSACDプレーヤー、マッキントッシュのSACDプレーヤー、
これら三機種で鳴らしてきた。
日本、日本、アメリカで、今回初めてイギリスのCDプレーヤー、D/Aコンバーターでの音出しである。

アルテックが、どういう表情を見せてくれるのか、
私は、こちらにも興味がある。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時開始です。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: Jazz Spirit

二度目のナルシス(その3)

空間プロデュースの会社に「ビートニク風に」と依頼すれば、
どんなふうに仕上がるのは想像できないけれど、なんとなくそれっぽいビートニクには、
腕のいい空間プロデュースの会社ならば仕上げるだろう。

依頼した人が納得していなくとも、
ここがこうだからビートニクなんですよ、と、細かく説明していって納得させるかもしれない。

私の勝手な想像で書いているだけだから、実際はどうなのか。
真剣にビートニクに取り組む空間プロデュースの会社もあるはずだ。

金と時間に糸目をつけなければ、いい感じに仕上がるとは思う。
けれど、それはどこか映画のセット的趣をわずかとはいえ残したままなのかもしれない。

それがこだわり抜いたビートニクであればあるほど、
ナルシス的ビートニクとは違うものになっていくのかもしれない。

こんなことを書いているけれど、ビートニクを理解しているわけではない。
それでも、ビートニクとは、そういうものではないはずだ、とは感じている。

少なくとも、ナルシスはつくりものという感触はない。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その8)

ヤマハのC2と同時代にトリオのコントロールアンプL07Cがあった。
C2が150,000円、L07Cが100,000円だった。

同価格帯には微妙にいいがたい価格差がついていたが、
L07Cは音の良さはかなり話題になっていた。

瀬川先生も、音に関してはなかなかの評価だった。
けれどL07Cのデザインに関しては、ボロクソといえるほどだった。

ステレオサウンド 43号では《デザインに関しては評価以前の論外》とか、
《いくら音が抜群でも、この形では目の前に置くだけで不愉快だ》と書かれていたし、
49号では、こうも書かれていた。
     *
 しかし07シリーズは、音質ばかりでなくデザイン、ことにコントロールアンプのそれが、どうにも野暮で薄汚かった。音質ばかりでなく、と書いたがその音質の方は、デザインにくらべてはるかに良かったし、そのために私個人も多くの愛好家に奨めたくらいだが、ユーザーの答えは、いくら音が良くてもあの顔じゃねえ……ときまっていた。そのことを本誌にも書いたのがトリオのある重役の目にとまって、音質について褒めてくれたのは嬉しいが、デザインのことをああもくそみそに露骨に書かれては、あなたを殴りたいほど口惜しいよ。それほどあのデザインはひどいか、と問いつめられた。私は、ひどいと思う、と答えた。
 *
48号の時点でL07CはL07CIIに改良され、外観も改良された、といっていい。
基本的なレイアウトは同じでも、質感がまるで違うものに仕上がっている。

私もL07Cはひどい外観だと思っていたけれど、
当時は、瀬川先生が、なぜそこまで酷評されるのかはよく理解できていなかった。
このことについては、いずれ書くつもりだが、
そんなにひどい外観のL07Cではあったけれど、それでもコントロールアンプの顔をしていた。

C2は7.2cm、L07Cは10.0cmという高さである。
薄型といえるアンプだから、コントロールアンプに見えていたわけではない。
分厚いフロントパネルだから、プリメインアンプと受けとるわけでもない。

コントロールアンプとプリメインアンプのデザインをわけるのは、
フロントパネルの色でも、厚み(高さ)でもない。

では、なんなのか、となると、ひじょうに言語化しにくい。
けれど、それをはっきりと掴んでいる(いた)メーカーとそうでないメーカーがある。

ヤマハは、(残念ながら)掴んでいたメーカーになってしまった。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: デザイン

プリメインアンプとしてのデザイン、コントロールアンプとしてのデザイン(その7)

国際コンシューマー・エレクトロニクス展覧会IFA2018で、
ヤマハのC5000とM5000が正式に発表になった。
7000ユーロ前後になるらしい。

ということは90万円前後。日本ではいくらになるのかはわからない。
あくまでもヨーロッパでの話である。

そのくらいの価格はするだろうと思っていた。
5000シリーズのセパレートアンプなのだから、当然といえば当然である。

だから、よけいに、これが90万円のコントロールアンプのデザインか……、
と、どうしてもいいたくなる。
仕上げはいいんだろう。

けれどいくら仕上げがよくても……、である。
これが他のメーカー、
つまりプリメインアンプのデザインとコントロールアンプのデザインの区別がわかっていない、
そういうメーカーには、何もいわない。

けれどヤマハは、そういうメーカーではなかった。
むしろ、わかっていたメーカーだっただけに、こうやって書いている。

CI、C2が現役だったころのヤマハのプリメインアンプのフロントパネルに、黒はなかった。
例外はCA-V1という安価なモデルだけだった。

CA2000、CA1000III、CA-S1、CA-R1などはシルバー(白っぽい)フロントパネルだった。

セパレートアンプはブラック、プリメインアンプはシルバーという違いがあったわけだが、
だからといって、フロントパネルの色だけが違いではなかった。

CA2000、CA1000IIIなどの世代のプリメインアンプが製造中止になって、
次の世代、さらに次の世代ごろからヤマハのプリメインアンプもブラックモデルが出てきた。

それでも、それらの機種は確かにプリメインアンプのデザインだった。
フロントパネルが黒だから、コントロールアンプと間違うことはなかった。

今回のC5000にはシルバーとブラックが用意されているようだ。
ブラックパネルのC5000を見ても、コントロールアンプには見えない。
プリメインアンプのフロントパネルでしかない。

Date: 9月 3rd, 2018
Cate: ジャーナリズム

言いたいこと(十年後)

このブログの書き始めは、2008年9月3日の19時7分に公開している。
十年前の予定では、この「言いたいこと(十年後)」が10,000本目となるはずだったが、
現実は8,763本目である。1,200本以上足りずに十年目を迎えている。

一本目は「言いたいこと」だった。

十年経った。
書きたいことは減ってくるのか、と当初は思っていた。
けれど、逆に増えている。

これは嬉しいことではない。
もう書く必要はないな、とほんとうは思いたかった。

Date: 9月 2nd, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(「生命現象の基本にゆらぎを発見」を読んで)

JT生命誌研究館というウェブサイトに、
サイエンティスト・ライブラリーという項目がある。

そこで大阪大学教授の柳田敏雄氏の「生命現象の基本にゆらぎを発見」が読める。

こういうサイトがあるのを、いままで知らなかった。
facebookのおかげで知った。

「生命現象の基本にゆらぎを発見」は、
オーディオとは直接関係があるわけではない。
それでも《ノイズばかりのざわざわした状態そのものがシグナルなのだろう》は、
やはりそうなのか、と思ったし、間違ってなかった、とも思った。