Archive for 8月, 2013

Date: 8月 6th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その5)

現実のアナログプレーヤーの信号伝送経路を子細にみていくと、
まず発電コイルからの引き出し線がカートリッジの出力ピンにハンダ付けされる。
ここでまず出力ピンという異物がひとつ加わることになる。

この出力ピンにシェルリード線がハンダ付けされることはまずなく、
シェルリード線の両端には金属製のカシメがつけられる。
ここでもカシメ、それにシェルリード線という異物が加わる。
ヘッドシェルのプラグ部分にも金属製のピンという異物がある。

ヘッドシェルの出力ピンと接触するトーンアーム側のプラグイン・コネクターにも接点ピンという異物があり、
トーンアームパイプ内の配線と接続されている。
このパイプ内部配線がトーンアームの出力端子までいき、そこで出力端子の接点へとハンダ付けされる。
ここから先はトーンアームの出力ケーブルがあり、
このケーブルの両端にはRCAプラグがついているわけだから、
同じように異物が存在することになる。

ざっとこれだけのモノがカートリッジの発電コイルからアンプの入力端子までの経路である。
カートリッジの発電コイルからそのまま配線を長くしていった理想の在り方からすると、
なんと多くの異物が途中途中に挿入されていることになる。

しかも実際にはハンダが含まれ、接点箇所には接点ならではの微細な異物もある。

私は、これがたった数cmのシェルリード線を変えても音が変ることの理由ではないか、と考えている。

Date: 8月 6th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その4)

それぞれに謳い文句があり、しかも価格もそれほど高価ではない。
アントレーのSR48は500円と安価な方だった、高価なものもあった。
けれど高価といっても、シェルリード線の長さということもあって、手軽に交換が楽しめる範囲におさまっていた。

私は前述した理由でシェルリード線の交換にはまることはなかったけれど、
このカートリッジには、このヘッドシェルとこのシェルリード線を組み合わせて、
このレコードを聴く──、
そんな音づくりの楽しみ方もあっただろう、とは思う。

トーレンスの101 Limitedを早々と買ってしまい、
カートリッジ交換の楽しみから遠いところにある環境になったため、
こういう楽しみ方をすることはなかった。

もしSMEの3012-R Specialを使い続けていたら、
そういう楽しみ方をしただろうか……、と、ふり返る。

とにかく各社から登場してくるシェルリード線を見ていて思っていたのは、
理想としてのシェルリード線の在り方についてだった。

おそらく理想はカートリッジの発電コイルに使っている銅線(もしくは銀線)が、
そのままシェルリード線になっていくことのはず。
そして、これを突き進めていくと、さらに延長し、そのままトーンアーム・パイプ内の配線となり、
さらにトーンアームの出力ケーブルまで延ばすことになる。

つまり発電コイルからアンプの入力端子まで、一本の銅線(銀線)が途切れることなく続いている、
つまり接点もどこにも存在しないし、途中に他の物質が挿入されるわけでもない。
これが、シェルリード線の理想の在り方だと仮定すれば、
現実のアナログプレーヤーの信号伝送系のケーブルと接点は、ずいぶん遠いところにあった、といえよう。

Date: 8月 6th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その3)

アントレーのSR48に交換したことが、
すべての面でよい方向になったわけではないが、それでも音の変化は確認できた。
わずか数cmのシェルリード線を交換しただけで、音は変る。

シェルリード線はぎりぎりの長さになっているものは少ない。
長さ的に余裕があり、通常の使用ではシェルリード線がまっすぐになることはない。
あまっている長さの分だけカーヴすることになる。

SR84はリッツ線ゆえにカーヴすると芯線がバラける傾向があった。
それが気になっていた。

SR48はどのくらい使っていただろうか。
そんなに長くはなかった。
ヘッドシェルを、オーディオクラフトから出たばかりのAS4PLにしたまでの間だけだった。

AS4PLにはオーディオテクニカのMG10についていたシェルリード線よりも、
見た感じの立派なモノがついていたし、
たしか片側がハンダ付けされていたため、シェルリード線の交換ができなかった、はず。

MG10 + SR48でエラックのSTS455Eを使うよりも、AS4PLに取り付けたほうが好ましかった。
その後に新たに購入したオルトフォンのMC20MKIIも、AS4PLに取り付けて使っていた。

このオーディオクラフトのAS4PLが、私にとっての標準ヘッドシェルになっていった。
もしAS4PLを使っていなければ、各社から発売されていた各種のシェルリード線にはまっていっていた、だろう。

さまざまなシェルリード線が、あのころはあった。

Date: 8月 6th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その2)

はじめてシェルリード線を交換した時につかっていたカートリッジは、
エラック(エレクトロアコースティック)のSTS455Eだった。
ヘッドシェルはオーディオテクニカ製だった。
おそらくMG10だったはず。

MG10は当時2200円。
シェルリード線は、当時もっともよく見かけていたタイプがついていた。
細めのケーブルで、赤緑白青の四色に色分けされていた。
これが、いわば標準だった。
これを、アントレーのSR48に交換した。

MM型カートリッジは、MC型カートリッジよりもコイルの巻数が多い。
発電コイルの直流抵抗は500Ω、インダクタンスは500mHあたりが標準だといわれていた。
国産のカートリッジの中には、ローインピーダンスを謳っていなくとも、
直流抵抗がその半分程度のものがいくつかあったし、インダクタンスも低めのものがあった。
反対に海外製の中には、直流抵抗が1kΩをこえるタイプもあった。

エラックのSTS455Eがどのくらいの直流抵抗とインダクタンスだったのかは知らないけれど、
大ざっぱにいえば海外製のMM型カートリッジは直流抵抗、インダクタンスともにやや高め傾向にある。

STS455Eもそのタイプだと仮定すれば、発電コイルに使われている銅線の長さはかなり長くなる。
トーンアームのパイプの中を通っているケーブルもシェルリード線よりも長い。
しかもコイルとパイプ内のケーブルはかなり細い。
トーンアームからアンプまでは、またケーブルが存在する。

こうやって考えると、カートリッジのコイルからアンプの入力端子までに、
四種のケーブルが最低でも存在する。
シェルリード線は、その中で、もっとも短い。
そんなシェルリード線なのに、交換すれば音は確実に変る。

Date: 8月 6th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(シェルリード線のこと・その1)

1970年代後半には、ケーブルで音が変ることが浸透し始めていた。
とはいえメーカーからは、それほど多くのケーブルが出ていたわけではなかった。

ステレオサウンドが当時毎年二回発行していたHI-FI STEREO GUIDEの’77-’78年度版をみると、
スピーカーケーブルを発売していたのは国内の11社、
トーンアームの出力ケーブルは国内3社、
まだまだこのくらいだった。

シェルリード線に関しては、アントレーだけだった。
SR48という型番のリッツ線だった。
価格は4本1組で500円だった。

実はこれが私にとって、最初のケーブル交換の体験でもあった。
理由は簡単だ。
500円と安かったからで、高校生の私にとってはこれは大きなことだった。

SR48は芯線の一本一本を絶縁した構造で、
芯線の撚りはけっこうあまかった、と記憶している。

ケーブルで音が変る──、
けれど自分のシステムでほんとうに音が変るのか、
変ったとしても、自分の耳にそれがわかるのだろうか、
そんな不安めいたことも思いつつも、
これでどのくらい音が「良くなる」んだろう、と期待しながら、
シェルリード線の交換をしていた。

Date: 8月 5th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(RS-A1のこと・その4)

回転ヘッドシェルの音をいちどでも聴いている人ならば、
1997年1月号のラジオ技術のコンポ・グランプリの座談会で語られているRS-A1の音を、
ある程度は具体的に想像できるのではないだろうか。

ラジオ技術に回転ヘッドシェルの記事が載った時、
おもしろそうだと思いながらも、回転ヘッドシェルを実現するには、シェルリード線がいわば邪魔な存在となる。

回転ヘッドシェルはカートリッジがヘッドシェルにしっかり固定されているわけではなく、
いわばサブヘッドシェルにカートリッジを取り付け、
このサブヘッドシェル部分が水平方向に回転する構造になっている。

つまりカートリッジを回転しているレコード盤面に降ろせば、
カートリッジは音溝に対して接線方向を向く、という原理だ。

シェルリード線は、その回転をさまたげる存在となる。
音質向上のために、このころは各社からいろんなシェルリード線が発売されていた。
そういったシェルリード線では硬すぎるし太すぎるし、
回転ヘッドシェルにはとうてい使えない。

回転ヘッドシェル用には、細くしなやかなリード線でなければならない。
実は、この点が気になっていた。
特にローインピーダンスのMC型カートリッジの場合、
わずか数cmとはいえ、細いリード線を使うことが、どういう影響を与えるのか、
まずそのことが気になってしまった。

とはいえ回転ヘッドシェルは気になっていた。
最初の記事が出てから、どのくらい経ってからだったか忘れてしまったが、
ラジオ技術から回転ヘッドシェルが登場した。
RS1という型番で、オーディオテクニカのヘッドシェルを改造したモノだった。

Date: 8月 5th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(RS-A1のこと・その3)

RSラボのトーンアーム、RS-A1は、ラジオ技術の「ベスト・ステレオ・コンポ・グランプリ」に選ばれている。
1997年1月号において、である。
選考委員は菅野沖彦、長岡鉄男、若林駿介、高橋和正、石田善之、金井稔の六氏。

記事は座談会をまとめたもので、
この座談会を読んでいない人には、ラジオ技術が自分のところのトーンアームをコンポ・グランプリに選出している、
お手盛りじゃないか、そんなものは信用できない、と思われるかもしれない。

けれど座談会を読んでいけば、このRS-A1というトーンアームが、
どういう存在意味をもっているのかが理解できるはずだし、
それが理解できれば、コンポ・グランプリに選ばれたことにも納得できる。

座談会を読めばわかることだが、
RS-A1というトーンアームの存在意味について、積極的に評価されているのは菅野先生である。
意外に思われる方もいるはずだ。

RS-A1の写真を見れば、菅野先生が高く評価されるようなつくりをしていないことはすぐにわかる。
それについては、菅野先生も指摘されている。
それでも、RS-A1への評価は高い、といえる。

座談会は若林氏の「RS-A1はおもしろかったし、よかったですよ。」から始まる。
続けて菅野先生が語られている。
     *
いろいろな音のアームがあっていいという面からも評価できるし、「エッ、こういうやりかたがあるの」というコロンブスの卵的発想のおもしろさもある。正直いってこれで商品として魅力のある造りなら5点を出してもいいんてず。それが残念だね。
     *
RS-A1は、どういうトーンアームで、どういう音を聴かせるのか。
これが実に興味深い内容の座談会になっている。

Date: 8月 4th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(RS-A1のこと・その2)

カッターレーサーの胸像こそがアナログディスク再生のプレーヤーの理想のように思い込んでいた時期が、
私にもある。

リニアトラッキングアームこそが、トーンアームの理想であり、
いかに理想に近いリニアトラッキングアームを考え出すか。
そんな時期もあった。

ステレオサウンドにいれば、各社のリニアトラッキングアームを見ること、触ること、聴くことができる。
そうやって気がついたことがいくつかある。
そうやってリニアトラッキングアームの現場が抱えている問題点にも気がつくことになる。

つまりリニアトラッキングアームは、ほんとうにトーンアームの理想なのか、ということに疑問をもつようになる。
そんなときと重なるように、ラジオ技術で回転ヘッドシェルの記事が載った。

1980年代半ばごろだった。
三浦軍志氏の記事だった。

三浦氏はQUADの管球式コントロールアンプ、22の記事をよく書かれていた。
TQWT(Tapered Quarter Wave Tube)形式のスピーカーの記事も書かれていた。

22の記事もTQWTの記事もよく読んでいた。
その三浦氏が回転ヘッドシェルなるものをラジオ技術で発表された。

とはいえ最初の記事で、回転ヘッドシェルのもつ可能性に気づいていたわけではなかった。
ただ、回転ヘッドシェルがうまく動作するであれば、
リニアトラッキングアームにこだわる必要がなくなることは気づいてはいた。

Date: 8月 4th, 2013
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(RS-A1のこと・その1)

つい先ほどラジオ技術のウェヴサイトを見ていた。
いつもは次号の表紙を確認するくらいなのだが、たまには下までスクロールしてみた。

毎月12日似発売になる号の紹介の下には、
書籍の紹介があり、真空管アンプのキットの紹介が続く。
そして、また書籍の紹介があり、いちばん下までスクロールすると、
1996年ごろから発売しているトーンアームのRS-A1の写真がある。

今日現在、RS-A1の写真と簡単な紹介文は残っているものの、
「生産終了しました」と赤字である。

製造中止になったのか、
いつなったのだろうか、
ときどきラジオ技術のサイトにはアクセスするものの、いちばん下までスクロールしたのは、
前回はいつだったのか思い出せない。

つまりRS-A1がつい最近製造中止になったのか、それとも一年前だったのか、
もっと前だったのか、は、だからわからない。
たぶん、けっこう前なのではないのだろうか。

ただ、このトーンアーム、あまり注目されずに消えてしまったのか、と残念におもっている。

RS-A1は写真を見てもらえればわかるように、アマチュアの手づくりのような雰囲気をもっている。
価格は当時65000円だった。
1990年後半には、高価なトーンアームもいくつか登場したいたのだから、
65000円という価格は、それだけで注目を集めることが難しかったのかもしれない。

RS-A1が10倍の値付けで、海外のメーカー製ということだったら、
注目度も大きく違っていたことだろう。
でも、RS-A1はラジオ技術のブランド、RSラボの製品ということが、
このトーンアームの存在をマイナーにしていたようにも思う。

Date: 8月 3rd, 2013
Cate: 音の良さ

音の良さとは(好みの音、嫌いな音・その1)

以前の仕事場の同僚が、バイクで交通事故を起した。
単独事故で、被害者はいなくて、彼だけが怪我を負った。
たいへんな怪我だったときいている。
家族が呼ばれたほどだ、と。

いま彼はぴんぴんしている。
元気である。
事故から二年後ぐらいにたまたま会う機会があった。
近くの中華店に入った。
どこにでもある町の中華屋さんといった感じであって、
彼はチャーハンを頼んでいた。

チャーハンにはグリーンピースが入っていた。
事故以前の彼ならば、グリーンピースをレンゲでひとつひとつ取り除いていた。
とにかくグリーンピースが大嫌いだ、と彼はいっていたのに、
その日、彼はおいしそうにグリーンピースもご飯、ほかの具材とともに口に運んでいる。

グリーンピース、嫌いじゃなかったっけ? ときいた。
彼の返事は「そうだっけ?」だった。

私の記憶違いではなく、そのとき他の同僚も一緒で、
みんな「えっ?」という顔をしていた。
彼のグリーンピース嫌いは、そのくらい徹底したものだったから。

そのグリーンピースをおいしそうに食べている。
彼は事故の時、頭を強く打ち意識を失っていた。
本人も言っていたけれど、少し記憶がとんでいる、とのこと。

ということは事故後グリーンピースをおいしそうに食べているということは、
食べ物の好き嫌いは、記憶に強く影響されている、ともいえるわけだ。
記憶だけ、とはいえないのかもしれないが、それにしても彼のグリーンピースへの反応の違いは、
音の好みについても、考えさせられることであった。

Date: 8月 2nd, 2013
Cate: Edward Benjamin Britten

BRITTEN THE PERFORMER(その4)

“BRITTEN THE PERFORMER”のCD BOXを購入し聴いた人のすべてが、
「美しい演奏」と感じるかどうかは、なんともいえない。

どこが美しいのか、どこがいいのか、さっぱりわからない、と感じてしまう人もいよう。

反感をもたれることはわかっているけれど、
ベンジャミン・ブリテンのモーツァルトを「美しい演奏」と感じさせない音は、
どこかが間違っている。

音楽として正しい音で鳴っていれば、
オーディオ機器のグレードにはさほど関係なく(まったく関係ない、とはいえないけれど)、
「美しい演奏」と感じることができる。

どんなに高価で、世評の高いオーディオ機器を揃え、
セッティング、チューニングに手抜きすることなく、
オーディオ仲間に聴いてもらっても、皆が素晴らしい音だといってくれる音であっても、
ブリテンのモーツァルトを「美しい演奏」ではなく、美演にしてしまったり、
「美しい演奏」とは感じさせないのであれば、
そのシステムから鳴っている音は、「美しい音」ではない。

川崎先生が数日前、facebookに書かれていた。
《「正しいかどうかは、美しいかどうか」の自問自答で判断が可能だと、プラトンは言っていた。》

「正しいかどうかは、美しいかどうか」の自問自答で判断が可能であっても、
美しいかどうかは、どうやって判断するのか、と問う人はいる。

結局「美しいかどうかは、正しいかどうか」の自問自答で判断するしかない、
と私はおもっている。

答になっていないじゃないか──、
そういわれようが、「正しいかどうかは、美しいかどうか」の自問自答で、
「美しいかどうかは、正しいかどうか」の自問自答で判断していくものだ。

ベンジャミン・ブリテンの演奏は、だから正しい。

Date: 8月 2nd, 2013
Cate: Edward Benjamin Britten

BRITTEN THE PERFORMER(その3)

ベンジャミン・ブリテンによるバッハもシューベルトも美しい。
とりわけモーツァルトは美しい演奏だ。

美音という表現がある。
音の前に「美」がついているわけだから、美しい音の略語ということになるのかもしれないが、
私にとっては美しい音と美音は、べつものである。

美音派といわれている人の音が、これまで美しかったためしがない。
こういう音は、美音と表現されるよな、といった印象の音が鳴っていた。

美しい音と美音がどう違うのか、というよりもどう異るのかについて、
うまく説明できないもどかしさがずっと私の中にあるのだが、
あえて書けば、美音は、ただそれだけ、とでもいおうか、
そしてどこかに澱のようなものがあるような気もしている。

美音と同じ意味で、美演というのがあるとしよう。
ブリテンの演奏は、美演では決してない、はっきりと美しい演奏である。
美しい演奏とは、美しい音と同じ意味での「美しい演奏」である。

今年はベンジャミン・ブリテンの生誕100周年にあたる。
昨年末には、ブリテンのCD BOCの発売がアナウンスされていた。

作曲家ブリテンのCD BOXばかりだった。
演奏家(指揮者とピアニスト)としてのベンジャミン・ブリテンのCD BOXがいつ発売になるのか、
それをずっと楽しみにしていた。

年が明けて2013年になっても、DECCAからのアナウンスはない。
2月、3月とすぎ、半年がすぎてもなんのアナウンスもなかった。

もしかすると、出ないのか、とあきらめ始めていた。
7月も最後の一日になったところで、HMVのサイトを見ていた。
そこに”BRITTEN THE PERFORMER“の文字があった。

よかった、やっぱり出るんだ、と安堵した。

27枚組で出ることで、しかも他のCD BOX同様、”BRITTEN THE PERFORMER”も安い。
まとめ買いをすれば7000円を切る。

これならば、いままでブリテンに関心のあまりなかった人も、手を出しやすい。
もちろんモーツァルトの交響曲もはいっている。
カーゾンとのピアノ協奏曲もはいっている。
その他にピアニストとしてのブリテンも聴くことができる。

とにかく聴いてみてほしい、とおもっている。

Date: 8月 1st, 2013
Cate: audio wednesday

第31回audio sharing例会のお知らせ

今月のaudio sharing例会は、7日(水曜日)です。

テーマは、「オーディオ 真夏の夜の夢」をいまのところ考えています。
変更するからもしれません。

時間はこれまでと同じ、夜7時からです。
場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 8月 1st, 2013
Cate: Edward Benjamin Britten

BRITTEN THE PERFORMER(その2)

クラシックのレコードを語る際に、
誰々のモーツァルトのピアノ協奏曲という言い方をする。

ここでも誰々とは、多くの場合、ピアニストの名前がはいる。
ピアノ協奏曲だから、ピアニストと指揮者、それにオーケストラがいるわけだが、
それでも語られるのはピアニストであることがほとんどといっていい。

モーツァルトのピアノ協奏曲であれば、古くはハスキル盤がよく知られていた。
マルケヴィチ指揮によるコンセール・ラムルー管弦楽団とによる協演の録音であるわけだが、
ハスキルとマルケヴィチのモーツァルトの協奏曲ということはあまりなく、
あくまでもハスキルのピアノ協奏曲であり、
暗黙のうちに「ハスキルのピアノ協奏曲」の中に、マルケヴィチとコンセール・ラムルー管弦楽団も含まれている。

カーゾンとブリテン指揮によるイギリス室内管弦楽団によるモーツァルトのピアノ協奏曲のレコードも、
カーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲として語られていることがほとんどであろう。

そうであっても、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番二短調と第27番変ロ長調がカップリングされたレコードは、
あくまでも私にとっては、ブリテンのモーツァルトのピアノ協奏曲という言い方になる。

話の流れで、モーツァルトを省いてしまいブリテンのピアノ協奏曲といってしまうと、
ブリテンには作曲家としての顔もあるために、ブリテン作曲のピアノ協奏曲と混同されてしまうため、
カーゾンの名前も口にしなければならなくなる。
それでもカーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲とはいわない、
あくまでもブリテンとカーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲であり、
カーゾンとブリテンのモーツァルトのピアノ協奏曲ともいわない。

このレコードがこれだけ高い評価を得ているのは、カーゾンが優れているというよりも、
ブリテンが素晴らしいからにほかならない。

五味先生のように「カーゾンごときはピアニストとしてしょせんは二流」とまではいわないけれど、
カーゾンがほかの指揮者とだったら、はたして、ここまで高い評価は得ていたとは思えない。