BRITTEN THE PERFORMER(その2)
クラシックのレコードを語る際に、
誰々のモーツァルトのピアノ協奏曲という言い方をする。
ここでも誰々とは、多くの場合、ピアニストの名前がはいる。
ピアノ協奏曲だから、ピアニストと指揮者、それにオーケストラがいるわけだが、
それでも語られるのはピアニストであることがほとんどといっていい。
モーツァルトのピアノ協奏曲であれば、古くはハスキル盤がよく知られていた。
マルケヴィチ指揮によるコンセール・ラムルー管弦楽団とによる協演の録音であるわけだが、
ハスキルとマルケヴィチのモーツァルトの協奏曲ということはあまりなく、
あくまでもハスキルのピアノ協奏曲であり、
暗黙のうちに「ハスキルのピアノ協奏曲」の中に、マルケヴィチとコンセール・ラムルー管弦楽団も含まれている。
カーゾンとブリテン指揮によるイギリス室内管弦楽団によるモーツァルトのピアノ協奏曲のレコードも、
カーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲として語られていることがほとんどであろう。
そうであっても、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番二短調と第27番変ロ長調がカップリングされたレコードは、
あくまでも私にとっては、ブリテンのモーツァルトのピアノ協奏曲という言い方になる。
話の流れで、モーツァルトを省いてしまいブリテンのピアノ協奏曲といってしまうと、
ブリテンには作曲家としての顔もあるために、ブリテン作曲のピアノ協奏曲と混同されてしまうため、
カーゾンの名前も口にしなければならなくなる。
それでもカーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲とはいわない、
あくまでもブリテンとカーゾンのモーツァルトのピアノ協奏曲であり、
カーゾンとブリテンのモーツァルトのピアノ協奏曲ともいわない。
このレコードがこれだけ高い評価を得ているのは、カーゾンが優れているというよりも、
ブリテンが素晴らしいからにほかならない。
五味先生のように「カーゾンごときはピアニストとしてしょせんは二流」とまではいわないけれど、
カーゾンがほかの指揮者とだったら、はたして、ここまで高い評価は得ていたとは思えない。