Archive for 2月, 2013

Date: 2月 4th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その5)

ヴァルハラ・キットが登場して数年後、
フローティング型ばかりを集めたアナログプレーヤーの試聴が終った後、
井上先生がリンのLP12のベルトを外してみろ、と指示された。

何をされるのか? とそのときはまだわからなかった。
ベルトを外しアウターターンテーブルをセットする。
この状態で井上先生はLP12のターンテーブルを指で廻された。
すこしのあいだレコードの回転の具合をみながら、
「このへんかな」とつぶやいてカートリッジを盤面に降ろされた。

そのとき鳴ってきた音は、これまで聴いたことのない、と口走りたくなるくらい滑らかな音だった。
このときのことは別項ですでに書いているので記憶されている方もおられるだろうが、
あえてもう一度書いておく。

従来のLP12にヴァルハラ・キットを取り付けたときの音の変化よりも、
このときの音の違いは大きかった。
ヴァルハラ・キットはたしかに効果がある。
あるけれど、このときの手廻しの音を聴いた後では、電気仕掛けの音であることが感じられてしまう。

高速回転するモーターの回転数を、プーリーの径とインナーターンテーブルの径の違いによって、
低速回転とし、ゴムベルトという伝達物で、モーターの振動を極力ターンテーブルに伝えないようにする、
しかもターンテーブルの加工精度を高くし、ダイナミックバランスもとり、
とにかくスムーズに回転するようにつくられたLP12であっても、
回転の源がモーターであるかぎり、微視的に見たときの滑らかな回転は得られていないのではないか、
そんなことを考えてしまうほど、手廻しの音は見事だった。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その4)

新製品の試聴で、LP12にヴァルハラ・キットを取り付けたものと、
従来からのなしのものを比較試聴する機会もあった。

LP12のシンクロナスモーターを使っている。
AC電源は電源スイッチを介しただけでモーターへとつながっている。
これ以上なにも省略することのできないシンプルな構造でもある。

けれどシンクロナスモーターの回転を滑らかにするには、
正確なサインウェーヴをモーターの駆動エネルギーとすることがいいわけで、
そのためには発振器で正確な50Hz(もしくは60Hz)のサインウェーヴをつくり、
モーターを駆動するに必要なパワーまでアンプで増幅すればいいわけで、
同じことをトーレンスのTD125は行っていた。

LP12用のヴァルハラ・キットは、そのための基板であり、
LP12内部に取り付けることでシンクロナスモーターを、より滑らかに(つまり振動も少なくなる)回転させる。

試聴室でのヴァルハラ・キットのあり・なしの音の差は歴然だった。
はっきりとヴァルハラ・キットがあったほうが、すーっと音楽の姿を見えてくるような感じがある。
ヴァルハラ・キットなしの、従来のLP12だと、
ヴァルハラ・キットありのLP12を聴くまでは魅力的な音だったのに、とたんに色褪て聴こえてしまう。

電気仕掛けが加わり、それがいい方向に作用した好例である。
けれど、これには続きがある。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その3)

アナログディスク・プレーヤーも、基本的には機械仕掛けが主であるオーディオ機器である。
ここにも、さまざまな電気仕掛けが、これまで試みられてきた。

こんな体験をしたことを、電気仕掛け、機械仕掛けで思い出した。
リンのLP12について、である。

LP12はいまではひじょうに高価なプレーヤーになってしまったけれど、
発売当時は安価なプレーヤーであった。
EMTのプレーヤーが欲しくてもまったく手が届かなかった学生時代、
リンのLP12は魅力的な存在だった。

トーンアームなし、カートリッジもなしのターンテーブル本体のみとはいえ、930stの約1/10の価格。
930stの内容の割にはコンパクトにまとめられているけれど、
LP12はもっと、ずっとコンパクトで、930stがリムドライヴに対しベルトドライヴなのも、よかった。

LP12ならば930stを購入したあとでも、別の魅力をもつプレーヤーとして使い続けられるであろう──、
そんなことを考えてきたこともある。

結局LP12を買うことなく、930st(101 Limited)にいってしまったわけだが、
だからといってLP12の魅力が薄れたわけではない。

国産のトーンアームだとダストカバーがしまらない、という使い勝手の問題は、
SMEの3009を使うか、潔くダストカバーの使用をあきらめるかで対処できるし、
930stがカートリッジが固定されるから、
こちらはあれこれカートリッジを交換するためにもオーディオクラフトのAC3000MCがいいな……、と
そんなことを思っていた。

LP12は何度かステレオサウンドの試聴室で聴く機会にめぐまれた。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その2)

そのときの変化を1963年生まれの私は体験していたわけではないけれど、
それでもアクースティック蓄音器から電気蓄音器への変化、
つまり電気というエネルギーが加わったことは、
オーディオの歴史の中でもっとも大きな「もの」の加わりであるとともに、
機械仕掛けに電気仕掛けが加わった、ということでもある。

アクースティック蓄音器はいうまでもなく純粋な機械仕掛けによる音を出す器械だった。
そこに電気が加わるということは、エネルギーとともに電気による仕掛けが加わり、
ときには機械仕掛けを電気仕掛けに置き換えることになり、
電気仕掛けが機械仕掛けを侵略していった侵蝕していった、といういいかたもできよう。

いまやオーディオは機械仕掛けよりも電気仕掛けのほうが主である。

おそらく最後の機械仕掛けとしてのこるであろうスピーカーシステムにしても、
いまどきのスピーカーシステムのネットワークの複雑さ、規模の大きさをみていると、
スピーカーシステムの電気仕掛けのしめる割合が増してきているわけで、
最少限の電気仕掛けだけしかもたないスピーカーシステムは、
旧い時代のスピーカーシステムであるのか、
それともこれから先スピーカーそのものが進歩していったとき、
最少限の電気仕掛けになっていくのか。

そのときには、なにか新しい機械仕掛けが加わるのだろうか。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: audio wednesday

第25回audio sharing例会のお知らせ(アナログディスク再生について)

今月のaudio sharing例会は、6日(水曜日)です。
テーマは「アナログディスク再生について」を語ろうと考えています。

私より10以上若い世代になると、最初に買った「レコード」はCDという方が少なくない。
まずCDがあって、CDで音楽を聴いているうちにLPという「レコード」があることを知り、
アナログディスク再生に取り組んだ、ということも珍しくない。

ステレオサウンドにいたころ、アナログディスクに関するページを担当してきた。
けれど、それらのアナログディスクについての記事は、
最初にふれた「レコード」がLPという人たちに向けてのものであった。

CDが登場して以降、
アナログディスク再生について基本から解説していった記事はほとんどなかったのではなかろうか。
初歩的な記事でなんとはなく解説されていても、
私がアナログディスクについて勉強するために購入したいくつかの本は、すでに絶版になっていた。

技術的なことをすべて知っていなければアナログディスク再生はできないわけではない。
けれど、基礎となる知識については知っておいたほうがいいのはいうまでもない。

それに知識的だけではアナログディスク再生は思い通りにはいかない。
たとえば瀬川先生のような、レコードの扱いの見事な人の所作を見ることもまた大事である。
レコードの扱いは、扱いの歴が長い人ほどうまいとはかぎらない。
一昨年のインターナショナルオーディオショウでみかけたのは、
私よりずっと年上の方で、レコードとのつきあいはずっと長いであろう人の、
手つきの覚束なさに、いくつかのことをおもってしまった。

アナログディスク再生で重要なのは、勘所なのかもしれない。
そういうことが話せればとおもっている。

場所はいつものと同じ四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
時間は夜7時からです。

Date: 2月 2nd, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(続々続・音量のこと)

マッキントッシュのMC2300は出力にオートフォーマーをしょっている。
一種のバンドパスフィルターでもあるわけだから、
一般的な、出力トランスやオートフォーマーを持たないパワーアンプと比較すれば、
MC2300の周波数特性も多少は狭いといえても充分な周波数特性は確保しているし、
349Aアンプは可聴帯域で、低域も高域も下降し始めているのだから、
このアンプと比較すればずっと広帯域のパワーアンプ、しかも出力も300Wとひじょうに大きい。

8Wと300Wの出力の差は、そのままアンプの規模の違いにもなっている。
349Aはモノーラル構成、MC2300はステレオ仕様という違いもあるのだが、
重量、容積ともにMC2300は物量投入のパワーアンプであり、
349Aのアンプはかわいらしい感じすらする小型のアンプだ。

しかも349Aのアンプは、ウェストレックスのA10の回路そのままだから、
出力トランスの2次側からのNFBはかかっていない。
出力段の349AもNFBループには含まれていない。

そういうアンプが、それまでのイメージをくつがえす音を鳴らしてくれた。
その音は、まさに井上先生がいわれている
「比較的に小音量で鳴らすときにはハイファイというよりは、ディスクならではの蓄音器的なノスタルジックな響き」
なのだった。

8Wはパワーアンプの出力としては小さな数字ではあるものの、
D130系のユニットにとっては、音量の制約は気にすることのない必要十分な出力なのだが、
349Aのプッシュプルアンプで鳴らすJBLのユニットは、
むしろ大音量で鳴らされるよりも小音量で鳴らされることを望んでいるかのような鳴り方に、
私の耳には聴こえた。

Date: 2月 2nd, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(続々・音量のこと)

Nさんが、MC2300から次にどういうパワーアンプへとうつられたかについては別項にてすこしふれている。
記憶されている方もおられるだろうが、もういちど書いておく。

Nさんはあるところでウェスターン・エレクトリックの350Bのプッシュプルアンプを聴いて、
それ以来、ウェストレックスのA10の回路をベースとしたアンプづくりへと、大きくシフトした。

そのNさんのところで、350Bと同じくウェスターン・エレクトリックの349Aのプッシュプルアンプを聴いた。
伊藤先生が無線と実験に発表されたアンプそのものである。
出力は8W、回路構成はウェストレックスのA10そのまま、使用真空管に違いがだけだ。

このとき鳴ってきた音は、いまでもはっきりと憶えている。
スピーカーは変っていない。2220に2440の2ウェイ。
MC2300で鳴らしていたときには、しっとりとした音は、
このウーファーとドライバーの組合せからは出てこないんだなぁ、と短絡的にも思いたくなるほど、
私が求めている音、好む音とはベクトルが違っていた。

それが、なんともいい音で鳴ってくれる。
これならば、クラシックも聴ける、というよりも、この音が欲しい、とすら思えるほどの変りようだった。

音量は控え目だった。
良質の蓄音器を思わせる音だった。
低域も高域もそれほどのびていない。
はっきりいえばナローレンジの音なのに、
MC2300で鳴らしたときよりもナローであることを意識させない。

無線と実験に載っている349Aのプッシュプルアンプの周波数特性はそれほどよくない。
このアンプもまたナローだった。

Date: 2月 2nd, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(続・音量のこと)

たとえばQUADのESL。
ピーター・ウォーカーがESLを開発した1950年代、
どのくらいの音量で音楽を聴いていたのかは容易に想像がつく。

当時のQUADのパワーアンプはKT66のプッシュプル構成のII。
出力は15W。しかもESLだから、スピーカーは低能率。
おのずと最大音量と制限されるわけだが、
おそらくピーター・ウォーカーは、それで音量が不足とは思っていなかったはず。

控え目な音量で、音楽を聴くのであれば、ESLとIIと組合せでも音量的な不満は生じない。

D130となると、そこが違ってくる。
だから、ランシングがどのくらいの音量で音楽を聴いていたのかは、
ランシングとともに音楽を聴いたことのある人に訊く以外に、正確なことはわからない。

ただ確たる根拠もなくおもうのは、意外にもそれほど音量は大きくなかったかもしれない、ということ。

私がステレオサウンドにはいったころ、Nさんというジャズの熱心な聴き手の先輩がいた。
彼はJBLの2220を、ステレオサウンド 51号の記事で製作したエンクロージュアにいれ、
中高域は2440と2397ホーンによる2ウェイというシステムだった。
最初のころ、パワーアンプはマッキントッシュのMC2300。

Nさんの住むマンションには何度も何度も行った。
音を聴かせてもらった。

Date: 2月 1st, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(音量のこと)

この項は、JBLの創始者であるランシングが、
D130をどんなアンプで鳴らしていたのか、ということから始めて、まだ書き続けていて、
それと並行しながら考えていたのは、ランシングがD130で、どのくらいの音量で聴いていたのか、についてである。

1940年代のアンプの出力はそれほど大きくはない。
けれどD130の能率は高い。だから相当な大音量まで問題なく出せたわけで、
アンプの出力によって音量が制約されることは、ほとんど考えられない。
音量の設定に関しては、自由であったはず。

ならばランシングは、どのくらいの音量で聴いていたのか。
手がかりは、まったくない。

なのに、なぜ書くのか、何を書くのか、ということになるのだが、
ひとつだけヒントとなることがある。

ステレオサウンド別冊「HIGH TECHNIC SERIES-1」である。
井上先生が、「内外代表パーツ200機種によるマルチウェイ・システムプラン」を書かれている。

そこにJBLの130AにLE175にHL91ホーンを組み合わせた2ウェイの組合せがある。
エンクロージュアはバックロードホーン型の4530で、
アンプはコントロールアンプにラックスのCL32、パワーアンプはダイナコのMKIIIとStereo70で、
ラックスキットのエレクトリッククロスオーバーネットワークA2002を使い、
マルチアンプドライヴというシステムである。

130AはいうまでもなくD130のアルミ製のセンターキャップを紙製に替え、
ウーファーとしてモディファイしたユニットである。

こういう組合せであるから、スタジオモニターとしてのJBLの音ではない。
「比較的に小音量で鳴らすときにはハイファイというよりは、
ディスクならではの蓄音器的なノスタルジックな響き」と表現されている。

このことが意外だったので、ずっと憶えていたわけである。