Archive for category テーマ

Date: 9月 17th, 2022
Cate: 五味康祐, 情景

情景(その12)

リアルとリアリティについて考えていると、
別項「新月に出逢う」で書いているEn氏の人形に、
なぜこれまほどまでに惹かれるのか、その理由の輪郭がはっきりしてきそうである。

つまり、私はリアリティのある人形に惹かれているのであり、
リアリティを感じさせる人形を欲しい、と思っているのだろう。

En氏のつくる人形よりも、ずっとリアルな人形は世の中にたくさんあるだろう。
そういう人形を欲しい、と思わない。
欲しいのは、リアリティのある人形であり、
そのことは私にとっては、いまのところEn氏の人形であるが、
このことは、あくまでも私にとって、である。

私以外の人は、En氏の人形にリアリティを感じないのかもしれないし、
私と同じように強くリアリティを感じて惹かれる人もいることだろう。

この項の(その2)、(その3)で書いているように、
「五味オーディオ教室」を読みながら、中学二年だった私は、
ハイ・フィデリティよりもハイ・リアリティを、と思うようになっていた。

とはいっても、その時点では、あくまでも言葉の上だけでしかなかった。
それから四十年以上が経ち、ようやくハイ・リアリティとは──、
ということが摑めてきている。

Date: 9月 16th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その10)

OTOTENでのDSオーディオのブースで、一つだけ確認したいことがあった。
けれど、それをリクエストするのは、さすがにどうかな、と思い何もいわなかった。

何を確認したかったのかというと、
ES001を使うことで偏心量を数値で確認できる。
そして減らすことで、音は良くなる。

偏心量を検出するときはもちろんディスクのレーベル上に、ES001がのっている。
ディスクをずらすときものっている。
偏心量がある値よりも小さくなって、もう一度再生するときものっている。

OTOTENでは、偏心量が大きいときも小さくなった時も、つねにES001がのっている。
ES001がのっている音しか聴けなかった。

私が聴きたかったのは、偏心量を小さくした状態で、
ES001がのっている音とのっていない音である。

いま書店に並んでいるオーディオ雑誌は、ES001を取り上げていることだろう。
誰がどんなことを書いているのかは知らないが、
ES001をのせた音、のせない音に言及している人がいるだろうか。

そしてES001の効果を絶賛しているようにも思う。
だがES001は、くり返すが測定器である。
偏心をなくしてくれるわけではない。

これまで感覚量でしかなかった偏心の度合を、数値で表してくれる測定器である。
そして、偏心による音の影響については、
昔からアナログディスク再生にまじめに取り組んできた人にとっては、
あたりまえすぎる常識である。

測定器に頼ることなく、すぐに対処できることでもある。

私はES001を評価しないわけではない。
測定器として捉えている。
測定器としてES001は、存在価値がある、と思っている。

ただいいたいのは、ES001を持ちあげている人で、
私と同世代、上の世代の人がいたら、
その人は、それまでただ漫然とアナログディスクを扱ってきた──、
と白状しているようなものだ。

そのことに気づかずにES01を高く評価しているのであれば、
それはもう老いでしかない。

Date: 9月 16th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その9)

ディスクの偏心に関しては、ステレオサウンド時代に、
井上先生から指摘されたことが一度ある。

アナログディスク関連機器の試聴の時だった。
当然だが、アナログディスクを何度もかけかえる。

そのうちの一回、「けっこうズレているな」と井上先生がいわれた。
ズレているとは偏心が大きいということである。
それでどうしたかというと、かけかえである。

これでまた偏心の大きいかけかたをしようものなら、
それは漫然とディスクを扱っている証左であり、
もしそんなことをしようものなら井上先生から怒られただろう。

一度目は偏心が大きくても二度目で偏心の少ないようにすればいい。
そこに測定器はいらないし、結局はどういうかけかたをするかである。

もちろん反対に、ほとんど偏心のないと思えるときも何度かあった。
そういうときはきまって井上先生は「いいところに決ったな」ときちんといってくれる。

これだけのことなのかもしれない、他人から見れば。
それでもそんな井上先生のことばがあったからこそ、レコードのかけかたである。

DSオーディオのES001は、それまで感覚量でしかなかったことを数値で示してくれる。

そういう経験があるからこそ、なぜディスクのかけかえをせずに、
ディスクの縁を指でチョンチョンと押すのだろうか。

なんとなくいじましい行為におもえるし、
偏心が大きかったら、スパッと一度やりなおす(かけかえる)ほうが、
見ている側としても潔く見えると思うのだが、どうだろうか。

これは私だけの感覚なのかもしれないが、
ターンテーブルプラッター上でディスクをずらすことは、
ディスク表面を傷つけるような感じがして、やりたくはない。

良質のシートがあれば傷つくことはないのだろうか、
なんとなく雑に扱っているようにも感じてしまう。

Date: 9月 15th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その8)

DSオーディオのES001は、スタビライザーというよりも測定器といったほうがしっくりくる。

ES001は、ディスクの偏心量を測定してくれる。
検出したディスクの偏心を少なくしていくのは、人の手(指)である。

DSオーディオのデモでは、ES001でディスクの偏心を検出後、
ディスクの縁を指で少しずつ押して、またES001で測定。
それで偏心量が減っているのか、増加したのかを判断。

ナカミチのDragon-CTがやっていたことを、人の指で行うわけだ。
この作業になれていなければ、指で押して、逆に偏心を増やすことにもなりかねない。

この作業をやっている人がどのくらい馴れていたのかはわからなかったけど、
偏心の仕方によっては、けっこうな時間をかけて指を押す作業をくり返していた。

それを見て私が思っていたのは、なぜディスクをかけかえないのか、だ。
指でこのくらいかな、とチョンチョンと押すくらいなら、
ES001を取って、ディスクも取って、もう一度ターンテーブルプラッターにのせる。
こちらの方がずっと早い。

そしてもう一度ES001をのせて測定してみればいい。

ディスクの偏心による音の影響は、なれれば、最初の音が出た時点でわかるものだ。
偏心量が大きい、とわかる。

ただ漫然と聴いていてはわからないかもしれないが、
偏心に注意して、同じディスクを何度もかけかえては、
その音の違いを意識して聴くようにしていれば、
今回は偏心が大きいな、とか、今回はうまく芯出しができた、とかわかるようになる。

もちろん偏心の量まではわからない。
ES001は、これまで偏心が大きいな、と感じていたのが、
どのくらいの偏心量なのかを数値で示してくれる。

その意味での測定器である。

Date: 9月 14th, 2022
Cate: 基本, 音楽の理解

それぞれのインテリジェンス(その8)

紀伊國書店で、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトらの教育法、
子育てについて訊ねていた女性は、想像するに幼い子供の母親なのだろう。

その子供が音楽に関心を示し、才能の片鱗を感じさせたのだろうか。
母親として、子供の音楽の才能をのばしたい、
モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトのような音楽家に育ってほしい。

そのためにはどういう子育て、教育法が求められるのか。
それを知りたい一心での問合せだったような気がする。

品のいい女性だった。
年の頃は三十前後か。

おそらく彼女は、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトが、
どういう家庭環境で育ったのか、まったく知らないのだろう。

(その7)で引用した五味先生の文章にあるようなシューベルトを想像していたのだろう。
モーツァルトもベートーヴェンも同じような感じでの想像だったのだろう。

《映画なんかでは、大へんロマンティックな恋をする音楽青年が登場して、伝記風にその生涯が描かれてゆくが、本当は、一度のロマンスにもめぐまれなかったシューベルトは青年》、
まさか梅毒に罹って、苦しみ抜いた青年、
そんなふうにはまったく思っていなかったのだろう。

勝手な、これは私の想像でしかないのだが、
育ちのよさそうな女性の横顔をみていると、そんな気がしてならなかった。

Date: 9月 14th, 2022
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その7)

今年のOTOTENで、DSオーディオのES001を聴くことができた。
DSオーディオいうところの偏心検出スタビライザーなのだから、
その音を聴くという表現は、少し間違っているのかもしれないが、
その効果を聴いた、という表現も少し違うように感じてもいる。

DSオーディオのブースに入ったときに、
ちょうどタイミングよくES001のデモが始まろうとしていた。

ES001が出ていたのは知っていた。
ただどんな製品なのかを正確には知ろうとはせずに、
レコードの偏心の問題を自動的に解決してくれるモノだと勘違いしていた。

DSオーディオのスタッフの話は面白かった。
ナカミチのDragon-CTの話も出てきた。

私よりも二まわりほど若い方のようで、TX1000の話はなかった。

アナログディスク再生において、ディスクの偏心は音に大きく影響する。
そのことはずっと以前から云われてきたことだし、
だからこそナカミチが、いまから四十年以上前にTX1000を開発しているし、
高価すぎるTX1000の普及モデルとしてDragon-CTも出してきた。

私はどちらもステレオサウンドの試聴室で、その効果を聴いている。
偏心しているレコードの芯出しを行うと、誰の耳にもあきらかなほどの音の違いが生じる。

ナカミチのアナログプレーヤーは、どちらの機種も偏心を検出し、
芯出しまでボタン一つで行ってくれた。

その印象が残っていたために、
ES001も検出・芯出しまで行ってくれるモノだと思い込んでしまった。

思い込みながらも、実際にはどんな方法で行うのだろうか、とあれこれ想像はしていた。
検出はなんとなくこんな方法だろうと想像はついたけれど、
芯出しの機構をスタビライザーのなかで、どう実現するのか。

なかなか大変なことなのに──、
と思っていたわけだが、ES001の説明を聞くと、
ユーザー(人間)が芯出しを行う。当然といえば当然か。

Date: 9月 13th, 2022
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(その8)

人としてたくましくあることで、オーディオを徹底的に楽しめる。
この項で、以前書いている。

別項で深刻ぶる人がいることを書いている。
深刻ぶるオーディオマニアは、深刻ぶることが好きな人なのかもしれない、
そんなことも書いた。

深刻ぶる人は、人としてたくましくないのかもしれない。

Date: 9月 13th, 2022
Cate: 新製品

Meridian 210 Streamer(その4)

くり返すが、メリディアンの210は、2019年に発表されている。
なので日本以外の国では、いまとなっては新製品とは呼べないのだが、
オンキヨーのせいで、ようやく210の取り扱いが開始になっている。

210は、新製品なのだろうか。
オーディオ雑誌は、210を新製品として取り扱うのだろうか。

ステレオサウンドの最新号(224号)はまだKindle Unlimitedでは読めないで、
自分の目で確認しているわけではないが、
224号の新製品紹介記事には、210は登場していない、と友人が教えてくれた。

225号で取り扱われるのだろうか。
225号でも取り扱われないのか。

Date: 9月 13th, 2022
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(50CA10単段アンプ・その11の補足)

その11)でも、別項でも、
武末数馬氏のECC81の八本並列接続のプッシュプルアンプについて触れている。

武末数馬氏が、このアンプをラジオ技術に発表されたのは1981年ごろである。
こういう構成のアンプは、武末数馬氏が最初だと思っていた。
わりと最近までそう思っていたが、
先日、上杉先生の「管球式ステレオアンプ製作80選」の目次を、
インターネットで眺めていたら、
そこに12AU7の八本並列のパワーアンプの記事があるのに気づいた。

「管球式ステレオアンプ製作80選」は古い本で、いま復刻版が入手できる。
手元にないので、12AU7のパワーアンプの記事がいつ発表されたのかははっきりとしないが、
武末数馬氏のアンプよりもずっと前のはずだ。

12AU7はECC82。
武末数馬氏はECC81。

上杉先生のアンプは、初段で位相反転しているようだ。
武末数馬氏のアンプは入力トランスで対応している。

そういう違いはあるが、八本並列というところは同じである。
ECC81、ECC82八本並列プッシュプルアンプも面白いと感じているが、
それ以上に、オーディオの歴史をふり返えると、もっともっと面白いことに気づく。

そんなこと、いまのオーディオ(技術)には、ほとんど関係ない──、
そんなふうに切り捨てることは誰にでもできようが、果たしてそうだろうか。

Date: 9月 12th, 2022
Cate: German Physiks, 新製品

ジャーマン・フィジックス HRS130(とサウンドクリエイト・その4)

サウンドクリエイトは、銀座二丁目の古いビルの二階と五階にある。
このビルは、昭和のビルそのものである。そうとうに古い。

その古いビルとサウンドクリエイトの雰囲気は、
いい感じでマッチしているようにも思う。

ジャーマン・フィジックスは五階にあった。
ソファにすわると、男性のスタッフの方がiPadを渡してくれる。
iPadで選曲するので、CDを持参することなく、聴きたい曲が聴けた。

ほんとうに便利な時代になった、と思う。

連れの彼が一曲目を選び、次に私が、三曲目はまた彼が──、
そんな感じで、約一時間、ジャーマン・フィジックスの音を聴いていた。

私が最初に選んだのは、
ケント・ナガノと児玉麻里によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第一番だ。
何度もここで書いているように、
この演奏(録音)は、菅野先生のリスニングルームで聴いている。
菅野先生のリスニングルームで聴いた最後のディスクでもある。

そして、もっとも驚いた演奏(録音)でもある。

その次に選んだのは、サー・コリン・デイヴィスのベートーヴェンの序曲集からコリオラン。
コリン・デイヴィスのコリオランは、エソテリックのSACD第一弾で、
発売になった年のインターナショナルオーディオショウでは、いくつかのブースで鳴っていた。

この演奏(録音)も、菅野先生が高く評価されていたし、
菅野先生のところで何度も聴いている。

ひさしぶりに聴けるジャーマン・フィジックスでは、
この二枚のディスクは外せない。

Date: 9月 12th, 2022
Cate: German Physiks, 新製品

ジャーマン・フィジックス HRS130(とサウンドクリエイト・その3)

私がジャーマン・フィジックスの製品のなかで、
ほんとうに欲しいと思っているのは、Unicornである。

いまはUnicorn IIになっているが、私は初代のUnicornに魅力を強く感じている。
Unicornといっても、若いオーディオマニアの人たちは知らない存在になっているかもしれない。

Unicornは、ジャーマン・フィジックス独自のDDD型ユニットを一本だけ搭載し、
独自のエンクロージュアとの組合せで、フルレンジ型としてまとめたもの。
もちろん低音は、それほど低いところまで出せるわけではない。

制約もあるスピーカーシステムではあるが、
Unicornの魅力について語り出したら止らなくなるので、
ここでは省くことにする。

私がタイムロードが取り扱っていた時代に聴いたのは、
Unicornの他には、フラッグシップモデルのGaudí、PQS402、Troubadour 40と80、
それに今回聴いたHRS130と同型のモデルを聴いている。

インターナショナルオーディオショウでのタイムロードのブース、
タイムロードの試聴室、とあるオーディオ店、知人のリスニングルーム、
そして菅野先生のリスニングルームにおいて、聴いている。

いうまでもなく、このすべてはチタン・ダイアフラム採用のDDD型ユニットである。
今回のHRS130はカーボンを採用している。

それにサウンドクリエイトでのラインナップは、聴いたことのない機種が含まれていた。
サウンドクリエイトでの試聴も初めてである。

なので、それまで聴いてきたジャーマン・フィジックスの音と比較して、
こまかいことを語ろうとは、まったく思っていない。

書きたいことは、サウンドクリエイトで聴けてよかった、ということ。
そしていちばん書いておきたいのは、MQAで聴いてみたかった、ということ。
それもできればメリディアンのULTRA DACを使って、である。

Date: 9月 11th, 2022
Cate: チューナー・デザイン

チューナー・デザイン考(マッキントッシュ MR89・その2)

マッキントッシュのMR87の日本での販売価格は880,000円(税込み)。 
MR89の日本での発売価格がいくらになるのかはわからないが、
MR87よりも高くなるであろう。

そうなると1,000,000円前後の価格になるかもしれない。
MR87と同価格だとしても、この時代、チューナーで音楽を聴く人はどれくらいいるのだろうか。

私が考えているのよりも意外に多いのかもしれない。
私と同じくらいの世代、上の世代となると、
若い頃にチューナーを購入しているであろう。

FM受信にそれほど熱心ではなかった私でも、
いいチューナーは一台は持っておきたい、と思ってきた。
いまはパイオニアのExclusive F3があるから、これでいい。

ようするに、いまの時代、チューナー購入を検討している人は、どれだけいるのか。
かなり少ないように感じている。
それもマッキントッシュのチューナーを購入しようと検討している人は、
少なくともマッキントッシュのアンプを使っている人であろう。

アンプは他社製を使っていて、
チューナーだけマッキントッシュのモノを、という人は多くはないはずだ。

その意味で、マッキントッシュのチューナーの新製品は、
他社のチューナーの新製品とは位置づけが違うところがある。

それでも、この時代に、チューナーの新製品を出す。
それはなかなかのことだと私も思っている。

そういう時代に出すチューナーの新製品なのだから、
アンプと筐体、パネルデザインを共通にして、コストダウンを計るのは、
メーカーとしては当然の策といえば、そうだろうと思いはする。

けれどマッキントッシュにはMR87というチューナーがある。
このモデルを継承するデザインにしなかったのはなぜだろうか。

MR87には、受信周波数を数字で表示するダイアルスケールがある。
一般的なチューナーの顔付きをしている。

このダイアルスケールは、国によって周波数バンドが違うため、
輸出する国の周波数バンに合わせなければならない。
それもコストの一部である。

MR89には、MR87にあったダイアルスケールはない。
この部分の国に合せる必要をなくしている。

マッキントッシュのプリメインアンプとデザインを共通にすることで、
ここにかかるコストもカットする、というところは合理主義の結果といえる。

これらのことをふまえて、MR89のデザインをどう評価するのか。
人それぞれとはいえ、私は、この項のテーマを考えていくうえでは、
ポジティヴな面とネガティブな面、どちらも感じているし、
それはMR89というチューナーの評価ではなく、
チューナー・デザインを考えていくうえで、
どう捉えるかのほうにおもしろさを感じている。

Date: 9月 11th, 2022
Cate: チューナー・デザイン

チューナー・デザイン考(マッキントッシュ MR89・その1)

マッキントッシュの本国のウェブサイトは、数ヵ月に一度くらいアクセスしている。
どんな新製品が発表になっているかな、という野次馬的な好奇心から見ている。

今回、チューナーの新製品、MR89に気づいた。
輸入元のエレクトリのサイトをすぐに見たけれど、まだ紹介されていない。
現時点での日本で取り扱われているマッキントッシュのチューナーはMR87のみだ。

MR87は、いま風のマッキントッシュのパネルになっているものの、
以前からのマッキントッシュのチューナーの面影は残っている。
チューナーという感じがする。

MR89は何も知らずに写真だけを見たら、チューナーと思わない人が多数だろう。
マッキントッシュにしては、やや薄型のプリメインアンプと思う人が多いはずだ。
実際にMA5300の写真と見較べてほしい。

左右に、マッキントッシュの特徴といえるブルーのメーターがある。
その下に丸いノブとプッシュスイッチが並んでいる。
中央には液晶ディスプレイがある。

いまのマッキントッシュのアンプのデザインそのままといえる。
これが最新のマッキントッシュのチューナーのデザインである。

これを新しいチューナーのデザインと受けとるか、
それともコストダウンのためのデザインと受けとるか。

Date: 9月 11th, 2022
Cate: 新製品

Meridian 210 Streamer(その3)

今日の午後、メリディアンの210が宅急便で届いた。
オーディオ仲間の若い友人のHさんが、
先週「210、一週間ほどでしたら貸しましょうか」といってくれたからだ。

メリディアンの210の発表は、2019年8月だった。
それから三年経っての210との対面である。

改めて書くことなのかと思いながらも、
オンキヨーの無責任さは、何度でも書いておく。

2019年の発表からそう経たないうちに、
メリディアンの輸入元がオンキヨーにかわるというニュースがあった。

イヤな予感はあった。
たっぷりとあった。
そのころからすでにオンキヨーについてのウワサは耳にしていたからだ。

結局、オンキヨーはメリディアンの輸入元として何もしていない。
何もしていないのは、いわばマイナスの三年間だった。

オンキヨーのせいで、210の日本での発売は止ったままだった。
210は、すでに新製品とは呼べないけれど、日本では新製品といっていい。

210は、チューナーでもあり、D/Dコンバーターでもある。

Date: 9月 11th, 2022
Cate: ディスク/ブック

ヘルマン・プライの「冬の旅」(その3)

「冬の旅」を初めて聴いたのは、ハタチごろで、
フッシャー=ディスカウの歌唱による録音だった。

おもしろいというか、ふしぎといおうか、
そのころは「冬の旅」が青年が旅する歌であり、「青春」の歌であることはわかっていても、
そのことを意識しながら聴いていたとはいえなかったのが、
いまになって(あと数ヵ月で六十になる)、「冬の旅」が「青春」の歌であることを、
意識するようになってきている。

だからヘルマン・プライの「冬の旅」がいまの私に響いてくるのかもしれない。

「冬の旅」はドイツ語だから、いまも昔もわかっているわけではない。
もちろん対訳は何度か読んでいるから、おおまかに何を歌っているのかはわかるけれど、
それもほんとうにおおまかでしかない。

そんな聴き手(私)の心に、
ヘルマン・プライの「冬の旅」は「青春」の歌として響いてくる。

落穂拾い的な聴き方をしているけれど、
今回はそれでよかった、と思っている。

ハタチごろの私には、ヘルマン・プライの「冬の旅」は響いてこなかったかもしれないからだ。