2023年ショウ雑感(その1)
今月の24日、25日はOTOTENである。
今年は、ジャーマン・フィジックスの輸入元、タクトシュトックが出展する。
タクトシュトックはジャーマン・フィジックス以外のスピーカーも取り扱っているため、
ジャーマン・フィジックスのスピーカーをつねに聴けるわけではないだろうが、
とにかくオーディオショウで、ひさしぶりにジャーマン・フィジックスが聴ける。
今月の24日、25日はOTOTENである。
今年は、ジャーマン・フィジックスの輸入元、タクトシュトックが出展する。
タクトシュトックはジャーマン・フィジックス以外のスピーカーも取り扱っているため、
ジャーマン・フィジックスのスピーカーをつねに聴けるわけではないだろうが、
とにかくオーディオショウで、ひさしぶりにジャーマン・フィジックスが聴ける。
第九回audio wednesday (next decade)は、7月5日。
参加する人は少ないだろうから、詳細はfacebookで。
開始時間、場所等は参加人数によって決める予定。
ステレオサウンド 227号の特集は、
「待望のニューモデル導入顛末記」である。
ステレオサウンドのウェブサイトには、こんなふうに紹介されている。
*
特集1は、215号(2020年6月発売)以来、3年ぶりとなるオーディオ製品の導入記です。4名のオーディオ評論家が2022年以降に新しく導入した製品について執筆しています。各評論家による製品選びの基準や、製品との出会いから導入に至るまでの経緯が明らかになると同時に、一人のオーディオファンとしての個人的な情熱やコダワリまで感じられる記事となっています。
*
227号はまだ読んでいないけれど、記事の構成としては215号と同じなはずだ。
《各評論家による製品選びの基準や、製品との出会いから導入に至るまでの経緯》が、
それぞれのオーディオ評論家の書き原稿によって語られているはずだ。
こういう記事を目にするたび毎回思うのは、
なぜ同じやり方をくり返すのかだ。
そしてもうひとつ、オーディオはコンポーネントであり、組合せの世界である。
なぜ記事にも、組合せという考えを持ち込まないのかだ。
ステレオサウンドは、195号(2015年6月発売)と208号(2018年9月発売)の特集で、
「オーディオ評論家の音」をやっている。
オーディオ評論家によるオーディオ評論家のリスニングルーム訪問の記事である。
「待望のニューモデル導入顛末記」と「オーディオ評論家の音」、
この二つの企画を組合せないのか。
こんなふうに書いていってると、
パワーアンプをふくめて出力はコレクターから取り出した方が音がよい──、
そんなふうに受けとられるかもしれない。
確かにそう思っている、というか、そう感じているところはある。
けれどエミッター(FETの場合はソース)から出力を取り出すことを、
まったく認めていないわけではない。
ただエミッターフォロワーは発振しやすい傾向がある。
この事実は見落していけない。
ChatGPTに、エミッターフォロワーは発振しやすいのか、と訊ねると、
ひじょうに安定した回路だと答えが返ってくる。
けれど、その一方である条件が揃うとひじょうに発振しやすいのも事実だし、
しかもやっかいなことに、その発振周波数は非常に高いため、見逃されやすい。
回路方式だけで音が決定されるわけではない。
とはいうものの、もしスペンドールのD40がエミッターフォロワーの出力段だったら、
ミュージカルフィデリティのA1もそうだったら──、
そんなことをつい想像してしまう。
「華麗なる4ウェイシステムの音世界」を引用しておく。
*
JBLのプロシリーズユニットを中心にマーク・レビンソンのアンプを使ってマルチドライブするという贅沢な組合せ。ユニット構成は片チャンネル当りウーファーに2231Aを2本、中域用にドライバー2420に2397ホーンの組合せ、トゥイーターには2405、さらに超高域にテクニクス10TH1000を加えた4ウェイ構成だ。アンプ類はマーク・レビンソンの最新製品を使って徹底的にマルチ化を図る。パワーアンプは低音用、中音用にそれぞれモノ構成のML2Lを2台ずつ使い、高音用、超高音用にステレオ構成のML3を1台ずつ使う、計6台という夢の組合せだ。ML2LはA級動作で出力25W、ML3はAB級動作で250W×2だが、実際に比較して聴いてみると、ML2Lの方が音の輪郭が明解でML3の方が少し甘いという印象がある。したがって、好みに応じてマルチ帯域分担を交換してもかまわない。この6台のパワーアンプをもっと凝って使うなら、低音用にML2Lをブリッジ接続にして計4台使い、中音用と高音用にML3を1台ずつ、超高域はLCネットワークで分割するという方法もある。8Ωの2231Aは並列接続で4Ωになり、ブリッジ接続のML2Lからは200Wのパワーが供給できる。ML2Lは実際には公称出力の倍以上の実力があり、これは事実上400Wクラスに相当するといってよい。エレクトロニック・クロスオーバーはLNC2Lを2台使い、クロスオーバーは800Hzと8kHz近辺でうまくいくはずだ。LNC2Lは2チャンネル型だが、別売のOCSモジュール組込みの3ウェイ型にすると、高域は15kHz近辺でクロスさせれば゛4ウェイマルチドライブとなる。コントロールアンプのML6は、輸入元への注文によりフォノイコライザーのゲインやインピーダンス値をEMT・TSD15カートリッジ用に調整してもらう。プレーヤーは、DD型全盛時代にあえてマイクロのRX5000/RY5500の糸ドライブを選ぶ。このプリミティブな方式により安定した音が再生できるので、ハイエンドのユーザーにも十分価値のある製品といってよい。アームはオーディオクラフトのAC3000MCで、アームパイプをEMT・TSD15用とする。取りつけるカートリッジの最適ポイントに合わせた音はすばらしい。
*
マルチアンプ駆動による4ウェイ・システムだから、かなり大がかりなシステムであり、
このシステムの規模からすると、瀬川先生が提案されているリスニングルームとしてのスペースも、
かなり広いものだと想像されるかもしれないが、
瀬川先生が、この組合せで想定されているのは10畳ほどの空間だ。
ウーファー用のエンクロージュアは、
HIGH-TECHNIC SERIES-1と「華麗なる4ウェイシステムの音世界」とでは、基本的に同じである。
フロントバッフルが傾斜している形状の横に長いエンクロージュアである。
寸法比には気を配られている。
そのくらいで、特別なエンクロージュアとはいえない。
HIGH-TECHNIC SERIES-1、「華麗なる4ウェイシステムの音世界」の記事は、
どちらも1970年代後半であり、それから四十年以上が過ぎ、
エンクロージュアは形状も材質も仕上げも、実に多彩になってきた。
それらエンクロージュアを見慣れた目には、
瀬川先生提案のエンクロージュアは、際立った特徴はないといえる。
何の変哲もないエンクロージュアだけれども、
凝ることのみにこだわってしまい、先に進めない状況を自らつくりだすよりも、
まず、このエンクロージュアでいい。
そうなるとウーファーユニットの選定だ。
Troubadour 40という私にとっての終のスピーカーに組み合わせるウーファーだけに、
どうしても最初から理想に近いもの、最高に近いものを求めがちになるけれど、
そんなことではいつまで経っても先には進めない。
菅野先生にしても、長い時間をかけての、あの低音の実現だったのだから、
とにかく始めることが大事なのだ。
そこで頭に浮ぶのは、瀬川先生がステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES-1での、
フルレンジからスタートする4ウェイ・システムの構想である。
Troubadour 40も、フルレンジユニットといえば、そうである。
瀬川先生のフルレンジからスタートする4ウェイについては、
別項で書いているからここでは省略するが、
HIGH-TECHNIC SERIES-1を読んだ高校生のころ、実現したいことの一つであった。
それを四十数年後にようやく取り組もうとしている。
瀬川先生のプランはフルレンジ、そこにトゥイーターを加え2ウェイ化。
それからウーファーを加えて3ウェイ、
最終的にフルレンジとトゥイーターのあいだにミッドハイをくわえての4ウェイである。
私のところにはフルレンジとなるTroubadour 40がある。
トゥイーターとなるエラックの4PI PLUS.2もある。
これだけで低音は不足気味ではあるけれど、2ウェイまでは用意されている。
ウーファーである。
ならば、ここでも瀬川先生が挙げられていたエンクロージュアをそのまま使うという手がある。
同様のプラン、そして同様のエンクロージュアは、
ステレオサウンド別冊「SOUND SPACE 音のある住空間をめぐる52の提案」にも出てくる。
「華麗なる4ウェイシステムの音世界」というタイトルがついている記事である。
(その19)、(その20)で、
ステレオサウンド・グランプリの次の選考委員長は誰なのかについて、すこしばかり書いている。
(その19)と(その20)を書いたのは2020年9月。
三年前に書いていることの続きを、いま書いているのは、
昨日発売になったステレオサウンド 227号に、柳沢功力氏の名前がないからだ。
3月発売の226号にも、柳沢功力氏の名前はなかった。
今年12月発売の229号でのステレオサウンド・グランプリの選考委員に、
柳沢功力氏の名前はないかもしれない。
そうなった場合、次の選考委員長は誰になるのだろうか。
そして、誰か一人、選考委員に新たに加わるのだろうか。
それは誰なのだろうか。
M50とは、スペンドールのパワーアンプのことで、
BC1Aのアクティヴ型用のアンプである。
BC1Aとは、いわゆるBCIIのこと。
M50搭載のBC1Aの音は聴いていない。
けれど、これはD40のパワーアップ版ではないのか。
D40は型番が示すように40W+40Wである。
M50は50Wの出力を持つ。
M50の回路図はないのか。
すんなり見つかった。
おそらくD40も同じ回路構成だと思われる。
D40は1977年に登場しているが、当時のアンプの回路構成と比較すると、
かなり独自路線の回路といえる。
初段は、この時代のアンプは差動回路を採用しているアンプがほとんどだった。
ほぼすべてといっていいかもしれない。
M50は違う。それから出力段が一般的なエミッターフォロワーではなく、
コレクターフォロワーになっている。
定電圧回路は電圧増幅段だけでなく、出力段へも電源を供給している。
この定電圧回路もシリーズ型でありコレクターから出力を取り出している。
QUADの44と同じように、である。
スピーカーはスピーカーの音を聴いている──。
以前、別項で、そう書いた。
スピーカーはスピーカーの音を聴くなんて、なんと非科学的な、
という人もいるのはわかっている。
あくまでも感覚的なことなのだが、それでもそうおもってしまうことが、
オーディオをながく続けていると、そういう結論めいたことに行き着くことがある。
そんなこと、一度もない、という人もいるし、
私と同じように、そう感じている人もいる。
どちらが正しいとか間違っているとか、
上とか下とか、そういう問題ではなくて、
同じオーディオを趣味としている、といっている者であっても、
そのくらいの違いがある、という事実でしかない。
5月28日の夜、野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会に集まった数人と飲んでいた。
あれこれ話して駅で別れた。
私一人、反対方向の電車に乗る。
一人になって、(その8)で書いたことをおもっていた。
カザルスのバッハの無伴奏の音について、である。
なぜ、カザルスのバッハが、それまでの三枚とまるで違う鳴り方だったのか。
その理由について考えていると、
結局のところ、スピーカーはスピーカーの音を聴いている、という結論にたどりつく。
そんな非科学的なことが結論か──、といわれれば、
そうかもしれませんね、というしかないが、
スピーカーはスピーカーの音を聴いている、としか説明のしようのないことが、
現実にはあることはかわりようがない。
1977年にスペンドールからプリメインアンプD40が登場した。
ステレオサウンド 44号の新製品紹介で取り上げられている。
小さな筐体に、トーンコントロールすらついていない、
シンプルというよりも素っ気ないパネルフェイス。
大きさといい仕上げといい、
当時15万円ほどしていたけれど、同価格帯の国産プリメインアンプとは比較にならない。
その後、20万円近くにまで値上りしているから、
およそベストバイコンポーネントとは呼べない製品だった。
けれどスペンドールのBCIIと組み合わせた音を聴いたことのある人ならば、
そしてBCIIの音に魅力を感じている人にとっては、
BCIIとD40は、まさしく黄金の組合せといいたくなるほどの音を聴かせてくれるから、
まさしくD40はベストバイコンポーネントと推せる。
私も一度だけ、BCIIとD40の音を聴いている。
聴けば、この組合せが欲しくなる。
同時に、どうしてD40は、こういう音をBCIIから引き出せるのか。
その秘密が知りたくなる。
当時のオーディオ雑誌には、D40の内部写真は載らなかった。
掲載された雑誌があったのかもしれないが、私が知る範囲ではなかった。
インターネットが普及して、ブログ、ソーシャルメディアが普及して、
D40の内部写真を見ることができるようになった。
見たからといって、音の秘密がわかるわけではなかった。
むしろ、なぜ、こんな造りのアンプで、あの音が──、とよけいに不思議に思えてくる。
D40の回路図も検索してことがある。
ずいぶん前にやったし、数年前にもやったけれど、見つけられなかった。
このままわからないままなのか。
そう思い始めていたのだが、昨晩、M50で検索してみた。
昨日(5月28日)は、野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会に行ってきた。
朝日新聞社発行の「世界のステレオ」に載っていた写真そのままの音楽室だった。
機器の配置は、少しばかり違っていたけれど、全体の雰囲気はそのままだった。
音はどうだったのか、というと、細かいことをあれこれ書こうとはまったく思っていない。
野口晴哉氏は1976年に亡くなられていて、
その後、野口晴哉氏のシステムは鳴らされていなかったようだから、
当時の音がそっくり聴けるとは、まったく期待していなかった。
(その1)で書いているように、片鱗でも聴けるのであれば、それでいい──、
行く前からそうおもっていた。
その片鱗は聴けたのか。
野口晴哉氏が鳴らされていた音を聴いたことのある人は、私の周りにはいない。
五味先生のオーディオ巡礼を読み返して、想像するしかない。
正直なことをいうと、あきらかな整備不足の音だった。
調整が不足している以前の、
特にアナログプレーヤーを含めての周辺の整備不足による音のアラがひどかった、といえる。
一枚目、二枚目、三枚目のディスクまでは、片鱗すら聴けないのかもしれない──、
そうおもいつつ聴いていた。
四枚目のディスクは、カザルスのバッハの無伴奏だった。
このカザルスは、前の三枚とはあきらかに鳴り方が違っていた。
この日来ていた友人数人に感想を聴いても、カザルスから音が変った、といっていた。
カザルスは野口晴哉氏が最も好んで聴かれていた、ときいている。
そのことが如実に、その音から伝わってくる、そんな感じの鳴り方だった。
「片鱗」をしっかりと聴けた、そう思えた一枚だった。
この一枚が聴けただけで、満足といえばたしかに満足していた。
5月28日に開催される野口晴哉記念音楽室レコード鑑賞会の会場となる
野口晴哉氏のリスニングルームにはクーラーが設置されていない、ときいている。
(その7)で、シリーズ型定電圧回路の場合、
制御用トランジスターのエミッターから出力を取り出すのではなく、
コレクター出力としたほうがいいのではないのか──、と書いた。
世の中、同じことを考える人は三人いる、そうだ。
だとしたら、すでに同じことを考えている人がいるはずで、
この三人というのは、おそらく同時代であって、
時代を遡ればもっと多く存在するということのはずだ。
ならばコレクター出力の定電圧回路のアンプがすでにあるのではないか。
といって、検索してすぐに見つかるわけではない。
たまたま先日、QUADのコントロールアンプ、44の回路図を見ていた。
定電圧回路が、シリーズ型でありコレクターから出力を取り出している。
こんなに以前からやっぱりあったわけだ。
「TÁR」は、公開初日(5月12日)に観た。
(その1)で書いているように、TOHOシネマズ日比谷のスクリーン1で観たかったからだ。
スクリーン1での上映は、やはり18日までだった。
早めに観に行ってよかった、と観終ったから、よけいにそう思う。
大きなスクリーンと上質な音で観たい映画である。
単に音楽を扱っている映画だからということからではなく、
「TÁR」を観た人(注意深くきいた人)ならば、そのことをわかってもらえるはず。
「TÁR」をおもしろかったという人もいれば、期待外れ、残念だったという人もいる。
「TÁR」はおもしろい映画だった。
観終って、もう一度観たい、と思っていた。
いくつか確認したいシーンがあったからでもある。
それもTOHOシネマズ日比谷のスクリーン1で、と思っていた。
できればDolby Atmosで上映してほしい。
エンドクレジットには、Dolby Atmosのロゴが表示される。
話題作がけっこう公開されているし、公開予定でもあるから、
「TÁR」のDolby Atmosでの上映は望めない。
個人的にもう一度観たい(確認したい)シーンは、終盤での、
あるビデオを見ている時の主人公の顔のアップのシーンだ。
えっ、とおもってしまった。
どういう意味(こと)? と思うほどの表情だったけれど、
そのシーンはほんとうに短い。
2008年ごろ、知人がTroubadour 40を購入した。
そのとき、ウーファー、何にします? と訊かれた。
即答で、JBLの1500ALを挙げた。
他にも使ってみたいウーファーユニットはいくつかあったけれど、
やはりパッと浮んできたのは、1500ALだった。
知人も1500ALが第一候補だったようで、すぐに購入していた。
けれど、残念なことにTroubadour 40と1500ALの音は聴いていない。
知人もエンクロージュアをどうするのか、
ここのところに悩んでいて、1500ALは購入したものの、
元箱に収まったままだった。
1500ALは、ほんとうにいいウーファーだと思っている。
だからこそ、エンクロージュアはできるかぎりいいモノに仕上げたい──、
けれどその気持が強すぎると、知人の例のようになってしまう。
とりあえず1500ALを鳴らして、Troubadour 40と組み合わせてみよう、といいたい気持と、
中途半端な気持(状態)で、1500ALを鳴らしたくない、というのはよくわかる。
もし、いま1500ALのひじょうに程度のいいモノが手に入ったとして、
エンクロージュアにはそうとう悩むことになるのは目に見えている。
終のスピーカーとしてやって来たのが、Troubadour 40ではなくUnicornであれば、
ウーファーで悩むことはない。
Unicornであれば、このテーマで書き始めてもすぐに結論に近いものが書けただろう。
けれど、やって来たのはTroubadour 40なのだから、
ウーファーをどうするか、徹底的に考えることから、ここでのテーマは始まる。