Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 10月 1st, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL

パラゴンの形態(その5)

言葉で説明されるよりも、一枚の写真、一枚の図のほうが、
それこそ「好奇心の輪」をひろげてくれる。

ステレオサウンド 60号を、1981年6月に手にした時、
特集のカラーページの写真も迫力があり、ページをめくる指がとまった。
同じようにページをめくる指がとまったのが、317ページ、318ページに載っている写真だった。

バックロードホーン・エンクロージュアのC55のプロフェッショナル版であり現代版である4520、
そのホーン開口部に蜂の巣ホーン(HL88)が取り付けてある。

最初はぱらぱらとめくっていただけで内容は読んでいなかったけれど、
すぐさまスピーカーユニット研究の最初のページに戻り、読み始めた。

C55(4520)は縦型のエンクロージュアだから、
ウーファーはエンクロージュア上部に、ホーン開口部は下部に位置する。

ホーン開口部にHL88を取り付けるということは、
ウーファーが上に来て、ホーン・ドライバーが下部、それもかなり床に近いところに位置することになる。

60号318ページの全形写真は、4520のホーン開口部だけでなく、
エンクロージュア上部にもHL88を乗せている。
横一列に並んでいるE145-8を上下のHL88でサンドイッチしている。

迫力があるともいえるし、奇異ともいえる。

Date: 10月 1st, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その15)

ステレオサウンド 59号の瀬川先生の文章の最後に出てくる「欲しいなあ」。
それは「欲しい」ではなく「欲しいなあ」であった。

本心では、この項に関しては、これ以上各のは蛇足だと思っている。
「欲しいなあ」に込められている瀬川先生のおもいを感じとれる人ならば、
ここまでで充分ではないのか……、そう思いながらも書いていくつもりでいる。

Date: 9月 30th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL

パラゴンの形態(その4)

ステレオサウンドのスピーカーユニット研究の筆者は園田隆史という人だった。
それ以前のステレオサウンドにはまったく書かれていなかったはず。
いきなり登場した人が、熱っぽい企画をやっている、という印象で読んでいた。

園田隆史がどういうひとなのかは、ステレオサウンドで働くようになってわかった。
いまはまだ書かないでおこう。

スピーカーユニット研究は、面白い企画だと思いながらも、
記事が私にとって面白かったか、というと、正直、不満がないわけではなかった。

スピーカーユニット研究は、筆者の園田さんの嗜好が強烈に出ている。
そこが、この記事の魅力であり、
私にとって、もうひとつのめり込むことができなかった理由ともなっている。

それでも興味深い内容ではあった。
スピーカーユニット研究はJBL篇ではじまり、アルテック篇へと続いていった。
JBL篇の最終回は60号だった。

この60号の誌面に、非常にそそられる写真と図面が載っている。
現代版080システムの再現である。
どんなシステムかについては、記事を引用しておこう。
     *
たまたま、今回の取材で編集部をおとずれたときに、C55エンクロージュアの図面のコピーを見せられ、ホーン開口部にHL88ホーンレンズをマウントした状態の側面図に目が止った。HL88をC55のホーン開口部にそっくり納めたシステムが存在したことを聞かされたことはあったが、実際に図面を手にしてみると、むらむらと好奇心の輪がひろがりどうしても実現させてみないと気がすまなくなった。
     *
私もスピーカーユニット研究に出てきた、いくつもの組合せで、
もっとも興味津々だったのは、この080システムの再現だった。

Date: 9月 30th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL

パラゴンの形態(その3)

JBLの最初の製品は、D101である。
スピーカーシステムではなく、スピーカーユニットからJBLの歴史は始まっている。

JBLの創立は1946年だから、いまの時代のスピーカーメーカーとは事情が違うところがあるとはいえ、
まずスピーカーユニットありき、であるJBLには、
“JBL Speaker System Component Chart”があった。
どのウーファー(L.F.Unit)とどのトゥイーター(H.F.Unit, H.F.Horn)、
それにネットワーク(X-over Network)、そしてエンクロージュアの組合せ一欄表である。

この一欄表に080というシステムがある。
ウーファーは150-4(ダブルで使用)、ドライバーは375で、組み合わせるホーンは537-500(蜂の巣)、
エンクロージュアはバックロードホーンのC55である。

この080と同等のシステムを1980年ごろに組もうとしたら、
エンクロージュアはプロ用の4520、
ウーファーはE145-8、ドライバーは376、ホーンはHL88ということになるだろう。

この時代はJBLのスピーカーユニットのラインナップは豊富だった。
コンシューマー用、プロ用が用意されていた。
エンクロージュアも、当時の輸入元のサンスイがJBLと協同で開発したECシリーズもあったし、
バックロードホーン・エンクロージュアの4520、4530、
フロントショートホーンの4550、4560もあった。

これらを組み合わせていくことを連載記事としたものが、
このころのステレオサウンドに、スピーカーユニット研究と題して載っていた。

Date: 9月 29th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その14)

瀬川先生がパラゴンについて書かれた文章をもっと読みたい方は、
私が2010年11月7日に公開した電子書籍(ePUB)で、「パラゴン」で検索してみてほしい。

ステレオサウンド 56号のように長い文章もあれば、47号のように短い文章もある。
パラゴンのことが直接のテーマではなくても、パラゴンのことを文章内に登場させていることも少なくない。

パラゴンについて書かれた文章を読めば、
D44000 Paragonというスピーカーシステムが、瀬川冬樹のなかでどういう位置づけにあったのかが、
おぼろげながら形をもってくるはずだ。

瀬川先生は60号での発言にもあるように、
オーディオ評論家として積極的に活動をされる前は工業デザイナーだった。
そのデザイナーとしてのパラゴンへのまなざしも、これらの文章には含まれている。

瀬川先生がパラゴンについて書かれた文章をすべて読んだから、すべてがわかるわけでもない。
ひとつしか読まなくても、伝わってくるものは確実にある。

私がもういちどしっかりと読んでほしいと思っているのは、
ステレオサウンド 59号の文章である。
あえて、もういちど書き写しておく。
     *
 ステレオレコードの市販された1958年以来だから、もう23年も前の製品で、たいていなら多少古めかしくなるはずだが、パラゴンに限っては、外観も音も、決して古くない。さすがはJBLの力作で、少しオーディオ道楽した人が、一度は我家に入れてみたいと考える。目の前に置いて眺めているだけで、惚れ惚れと、しかも豊かな気分になれるという、そのことだけでも素晴らしい。まして、鳴らし込んだ音の良さ、欲しいなあ。
     *
最後のひとこと──、「欲しいなあ」、
ここにすべてが語られている、と感じている。

Date: 9月 28th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その13)

瀬川先生にとって最後の取材・試聴となったステレオサウンド 60号「サウンド・オブ・アメリカ」、
ここでの座談会では次のようなことを語られている。
     *
 パラゴンの音は、わりあいに昔から好きでしたね。岡先生とは逆に、幸いなことに、ごく早い時期からわりに良い音で鳴っているパラゴンをあちこちで聴くことができ、そんなことから、パラゴンは一貫してずうっと好きだったんです。
 パラゴンの音を、もう一つ深いところで再認識させられたのは、これは『ステレオサウンド』の56号でも書いたように、たまたまパラゴンに惚れ込んだ、パラゴン気違いと呼んでも失礼にならないぐらいの二人のマニアにめぐり会ったときです。その人たちの鳴らすパラゴンの調整に、こちらまで気違いになりそうになって、おつきあいしたことが数年ありました。
 その時、パラゴンというのは、その気になって本当に時間をかけて格闘する──ただし、これは並大抵のことじゃないので普通の方にはめったにお勧めしないけれども──その気があれば、普通、皆さんがもっているパラゴンのイメージとはまたちょっと違った、具体的に言えば、非常にリアリティのある音を再生することも可能だということを知ったわけです。
 ただし、岡先生も言われたように、パラゴンは、まずいい音で鳴ってないですね。これぐらい雑に鳴らしたらひどい音のするスピーカーもない、だからこそ、岡先生がいい音を聴いたことがないとおっしゃるわけですね。鳴らし方がむすかしいスピーカーなんですよ。
 今日、わりに手数をかけずにまあまあの音が出たというは──もっともっもとすごい音がしますから、あくまでもぼくはまあまあとしか言わないけれども──この部屋のせいでしょう。54畳という空間、そして建物としての造りがいいからでしょう。
 本当にいい材料を、惜しげなく使ってつくった、これだけの空間の部屋があってこそ、パラゴンもあまり手間をかけずに朗々と鳴ってくれた。裏返して言えば、われわれはこういう空間を持てないからこそ、いい音を引き出すために、ちょっとオーバーな言い方をすれば、まさに血みどろの格闘をしなくちゃならない。これが、日本のオーディオマニアがつい細かいことに走りがちな一つの原因だと思いますね。
     *
ステレオサウンド 60号では、この発言とは別に、
パラゴンのフォルムについて、こう語られている。
     *
パラゴンは、非常に荘重な広間に置いても、まったく位負けしませんね。と同時に、もっとモダーンな、前衛的といっていいくらいのインテリアの中にポンと置いたって、全然違和感がない。こんなデザインはめったにないと思うんです。しかも、デザインが優先しているのではなくて、スピーカーの設計理論があって、その理論に基いて後から造形した製品なんですからね。
 ぼくもデザイナーの一人として、こんなものを果して作れるだろうかと、途方に暮れるくらいものすごいデザインです。
     *
こうやってパラゴンについて書かれたもの、発言されたものを、
いままたあらためて読んでみて、やはりパラゴンは絶対鳴らされていた、と確信しているところだ。

Date: 9月 28th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その12)

瀬川先生がD44000 Paragonについて書かれた文章をいくつか拾ってみよう。

私が公開しているもうひとつのブログ、the Review (in the past)へのリンクを張ればいいのだが、
意外にもリンク先にアクセスしてくれる人は少ないことは、
これまでのいくつかのリンクへのアクセス数ではっきりしているので、あえて書き出していく。
     *
 3ウェイのオールホーンを、しかもステレオでこれほど見事に造形化したスピーカーはほかにない。低音ホーンを形成する前面の大きな湾曲はステレオの音像定位の面でも理にかなっているが、音質そのものは、必ずしも現代風の高忠実度ではなくことに低音にホーン独特の共鳴もわずかに出る。がそうした評価より、この形の似合うインテリアというものを想定することから逆にパラゴンの風格と洗練と魅力を説明することができる。
(ステレオサウンド 31号 特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より)

 スピーカーを組み込んだ飛び切り上等の家具、という感じの製品で、現在の時点でハイファイスピーカーとしてのあてはめるべきではない。部屋があったら欲しい。 
(ステレオサウンド 35号 特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より)

 永いあいだこのスピーカーのことを、私は、〝素晴らしい音の出る豪華な家具〟というニュアンスで書いてきた。ところが、私の最も尊敬する一人の愛好家が、一昨年パラゴンを入手し、それ以来おどろくべき感覚でこれを調整し込んだのを聴くに及んで、パラゴンには、独特の濃厚かつリアルな音の味わいがあることを知った。ただ、その面を抽き出すことは尋常ならざる熱意と、研ぎ澄まされた感覚の持続が要求される。
(ステレオサウンド 43号 特集・「評論家の選ぶ ’77ベストバイ・コンポーネント」より)

独特のデザインの見事さとあいまって、CN191同様に貴重な存在。
(ステレオサウンド 47号 特集・「評論家の選ぶ’78ベストバイ・コンポーネント」より)

 まるで、家具ではないかと思わせる美しい仕上り。ステレオ2台のスピーカーを一体に作ってあるという点でも、他に類のない形をしている。JBLは、このスピーカーを1957年に発表し、1958年の春から市販しはじめた。もう23年にも亙って、最初の形のまま作り続けられていることになる。
 ステレオのLPがアメリカで一般に発表されたのは1958年の3月。ほとんど同時に、パラゴンは発売されたことになる。
 アメリカで裕福であった1950年代に、さまざまの超大型スピーカーが作られたが、その殆どが姿を消して、あるものはすでに〝幻の名器〟呼ばわりされている現在、JBLのパラゴンは、殆ど唯一の〝50年代の生き残り〟といえる。そしてパラゴンだけが生き残ってきた理由は、決して、懐古趣味などではなく、このスピーカーが、こんにちなお、十分に人を説得するだけの音と姿の魅力を持ち続けているからだろう。
 パラゴンの魅力といえば、まず第一にその類型のない独特な、しかし実に美しい量感のある形と、最上級のウォルナット化粧板の木目を生かした仕上げの質のよさ、ということになる。
 すぐれた製品は、殆ど例外なく美しい形をしている。そして、これもまた殆ど例外なしに、その美しい形が内部のすぐれた構造と緊密に一体となっていて、機能と形とに無理がない。それだからこそ、すぐれた機能がすぐれた形で表現されうる。
 だがしかし、そうした数多くの例の中でも、およそパラゴンほど、内部の構造と外観の美しさとが、見るものを陶酔感に誘うほど渾然一体となって表現されている製品が、ほかにあるだろうか。
 パラゴンを最も特徴づけているのは、言うまでもなく前面のゆったりと湾曲した反射板。中音のホーンがここに向けてとりつけてられる。この湾曲は複雑な計算によっており、たとえスピーカーの正面から外れた位置に坐っても、ステレオの音像イメージがある程度正しく聴きとれる。
 この独特の構造は、リチャード・H・レインジャーという、当時のアメリカで非常に有能なエンジニアの手によって考案され、JBLがその設計を買いとる形をとったらしい。この全く新しいスピーカーに美しい形を与えるには、有能なデザイナーの手が必要と判断したのが、当時JBLのオーナーであった、ウイリアム・H・トーマス。そして彼と出会ったのが、のちのJBLのデザインに大きな影響を及ぼすことになった若い工業デザイナー、アーノルド・ウォルフであった。
 以下の話は、たまたま昨年の秋、来日したアーノルド・ウォルフに、本誌編集部が非公式にインタビューした際のテープから聴きとった、ホット・トピックスである。
 W・H・トーマスから、全く新しい構想のスピーカーのデザインを依頼されたとき、A・ウォルフは、カリフォルニア州のバークレイに、ようやく小さな事務所を開いて、工業デザインの仕事を細々と始めたばかりだった。30代になったばかりのウォルフは、トーマスから、このプロジェクトは、絶対に成功しなくてはならない重大なものだ、と打明けられて、張切って仕事にかかった。設計者のR・H・レインジャーは、湾曲した反射パネルの重要さと、全体の問題点を的確にウォルフに指示した。
 何らデザインされていない構造モデルは、縮尺1/4の黒いプラスチック製で、ウォルフの言葉を借りれば、とてもユニークでユーモアがあり、人間的な形をしていた、そうだ。むろんこれは精一杯の皮肉だろう。
 2週間というものは、アイデア・スケッチに費やされた。アイデアが固まるにつれ、このデザインは、ただの図面ではとても表現しきれないと気づいて、1/12という小さな模型に仕上げた。
 ウォルフは、そのサンプルを靴の箱に収め、手さげかばんの中に着替えといっしょにつめこんで、バークレイからロサンジェルス行きの夜行列車に乗って、朝の8時にJBLのオフィスに着いた。デザイン開始が1957年の6月の終り。モデルが完成したのが8月の終りで、正味4週間かけたそうだ。
 デザインはむろん即座に採用が決定した。この仕事の成功によって、アーノルド・ウォルフは、それから13年のあいだ、JBLのコンサルタント、デザイナーとして、数々の名作を残す。いまはそれこそ幻の名器入りしたアンプ、SG520やSE400S、それにSA600なども彼のデザインだ。
 1970年に、ウォルフはJBLの要請に応じて、副社長として入社し、やがて社長の座につく。そのことからわかるように、彼は単にデザインにだけ能力のある人間でなく、実務にもまた長けた人物である。だが、本質的にはやはり、自らの手を動かしてデザインをすることの好きな人、なのだろう。短い期間で社長の椅子を下りて、昨年の来日のあと、JBLを辞めてフリーに戻ったと聞く。本当は、まだまだこれからのJBLの製品に、練達の腕をふるってもらいたい人なのに。
 仮に音なんか出なくたっていい、置く場所さえ確保できるなら、そしてパラゴン一台分の道楽ができるなら、この美しいスピーカーを、一度は手もとに置いてみたい。そう思う人は決して少なくないと思う。
 けれど本当にそれだけだったら、パラゴンは、こんにちまで、これほど多くの人々に支持されえない。パラゴンは、音を鳴らしてみても、やっぱり、凄い! のだ。
 もしもパラゴンの音を、古めかしい、と思っているとしたら、それは、パラゴンというスピーカーの大きな能力の反面を見落としている。パラゴンの音には、私たちの想像を越えるような幅の広い可能性がある。
 そのことを説明するには、ひとつの実例をお伝えしたほうがわかりやすい。私の知人で、M氏という愛好家がおられる。またその甥御さんを、T氏という。M氏は精神科、T氏は歯科の、ともにお医者さんだ。この両氏が、いまから約四年前、相前後してパラゴンを購入された。
 パラゴンの鳴らしかたについて、私は、二点の助言をした。ひとつは、トゥイーターのレベル調整。もうひとつはパラゴンの置き方の調整。
 驚くべき熱意でパラゴンの調整がはじまった。ことにT氏はお若いだけに、あの重いパラゴンを、深夜、たったひとりで、数ミリ刻みで、前後に何度も動かすのである。近ごろは、どこに力を入れるかコツがわかりました、などと笑っておられるが、実際、T氏がパラゴンの片隅に手をかけると、あのパラゴンが、はた目にはいとも軽やかに、ヒョイヒョイ、と前後に動く。そんなことを半年も繰り返しているうちに、六本の脚部の周囲のカーペットは、毛足がすっかりすり切れてしまったほど、殆ど毎晩のように、こんどは前に10ミリ、次は逆に5ミリひっこめて……と調整が続く。
 体験のない方にはおよそ想像もつかないかもしれないが、スピーカーというものすべてが、性能が高く鋭敏なパラゴンのようなスピーカーならいっそう、一旦設置したあとの、10ミリ、20ミリといった単位での、スピーカー背面と壁面との距離の調整によって、音質が,微妙とはいえしかし決して無視できない範囲で変化するものなのだ。スピーカーの鳴らしこみのコツの第一は、この調整にかかっていると言ってもよいほどだ。
 そして、そのたびごとに、パラゴンの背面の、あの狭いスペースに手をつっこんで、トゥイーターのレベルを調整する。調整すれば、また最適の設置位置が変る。壁にごく近寄せてしまったときなどは、手が入らないので、スピーカーの位置を正確にマークして、一旦、前に大きく動かして、レベル調整をしたのち、再びさっきの位置に収める。そういう作業を、毎晩くりかえしては、音を聴き分ける。
 M氏、T氏とも、オーディオの技術的な知識は持っておられない。それだから、我々の思いもかけないような奇抜な調整法を考案される。たとえばT氏は、鳴らしながら天板に聴診器をあてて、少しずつズラしながら、最も共振の大きな部分を探し出す。そこに印をしておいて、トゥイーターのレベル調整後、再び聴くと、共振音の大きさが変るので、その部分の音が最も小さくなるようなポイントを探すと、それはトゥイーターの最適レベルのひとつのポイントになる、などとおっしゃる。これを笑い話と思ってはいけない。この方法が最適かどうかは別として(少なくとも技術的にはとうてい説明がつきにくいが)、しかしこうして調整した音を聴かせて頂くと、決して悪くない。
 おもしろいことに、パラゴンのトゥイーター惚れベルの最適ポイントは、決して1箇所だけではない。指定(12時の)位置より、少し上げたあたり、うんと(最大近くまで)上げたあたり、少なくとも2箇所にそれぞれ、いずれともきめかねるポイントがある。そして、その位置は、おそろしくデリケート、かつクリティカルだ。つまみを指で静かに廻してみると、巻線抵抗の線の一本一本を、スライダーが摺動してゆくのが、手ごたえでわかる。最適ポイント近くでは、その一本を越えたのではもうやりすぎで、巻線と巻線の中間にスライダーが跨ったところが良かったりする。まあ、体験してみなくては信じられない話かもしれないが。
 で、そういう微妙な調整を加えてピントを合ってくると、パラゴンの音には、おそろしく生き生きと、血が通いはじめる。歌手の口が、ほんとうに反射パネルのところにあるかのような、超現実的ともいえるリアリティが、ふぉっと浮かび上がる。くりかえすが、そういうポイントが、トゥイーターのレベルの、ほんの一触れで、出たり出なかったりする。M氏の場合には、6本の脚のうち、背面の高さ調整のできる4本をやや低めにして、ほんのわずか仰角気味に、トゥイーターの軸が、聴き手の耳に向くような調整をしている。そうして、ときとして薄気味悪いくらいの生々しい声がきこえてくるのだ。
 だかといって、パラゴンをすべてこのように調整すべきだ、などと言おうとしているのではない。調整次第で、こういう音にもできるのがパラゴンなら、トゥイーターをやや絞り加減にセットして、広いライヴな部屋の向うの方から、豪華に流れてくる最上質のバックグラウンド・ミュージック……という感じに調整するのも、またひとつの方法だ。つまりパラゴンは、そういう両極端の要望に立派に応えてくれる広い能力を持っているので、調整の方向をはっきりさせておかないと、何が何だかわからなくなる。おっとり鳴らすか、豪快に鳴らし切るか、あくまで繊細さ、生々しさ、リアリティを追うか……、パラゴンに、そうした多面性があるということは、案外知られていない。
 パラゴンには、我々の知るかぎり、最初ウーファーに強力型の150−4Cが使われていた。これはまもなくLE15Aに変更され、この時代が長く続く。そしてつい最近になって、フェライトの新型ウーファーLE15Hに変更されると同時に、中音ドライバーが375から376に代った。例のダイアモンドエッジ(または折紙エッジ)のダイアフラムで、高域が拡張されている。075はそのままである。この新型は、残念ながらまだゆっくり聴く機会がない。相当に変っているにちがいないと思う。おそらく、いっそう現代的な面が際立ってきているのだろう。
 最後に超ホット・ニュースを二つ。ひとつはアーノルド・ウォルフによると、パラゴンは最初075なしの2ウェイだった、という。この型が市販されたのかどうかは、知らない。またもうひとつは、サンスイJBL課の話によれば、近い将来、パラゴンは、外装の化粧板に、たぶん3種類の仕上げを特註できることになるようだ。1960年代の前半頃までは、JBLの高級スピーカーは、ウォルナット、トーニイ・ウォルナット、マホガニー、およびエボニイ、の四種の仕上げの中から好みのものを指定できた。今回はどういう種類の木材が使えるのか、まだ明らかではないが、JBLも余裕が出てきたのか、こういう特註が可能になるというのは嬉しい。そしてそういう計画があるということは、まだまだパラゴンの製造中止など、当分ありえない話だということになる。
 本当なら、構造の詳細や、来歴について、もう少し詳しい話を編集部は書かせたかったらしいのだが、美しいカラーの分解写真があるので、構造は写真で判断して頂くことにして、あまり知られていないパラゴンのこなしかたのヒントなどで、少々枚数を費やさせて頂いた次第。
(ステレオサウンド 56号 「ザ・ビッグサウンド」より)

 ステレオレコードの市販された1958年以来だから、もう23年も前の製品で、たいていなら多少古めかしくなるはずだが、パラゴンに限っては、外観も音も、決して古くない。さすがはJBLの力作で、少しオーディオ道楽した人が、一度は我家に入れてみたいと考える。目の前に置いて眺めているだけで、惚れ惚れと、しかも豊かな気分になれるという、そのことだけでも素晴らしい。まして、鳴らし込んだ音の良さ、欲しいなあ。
(ステレオサウンド 59号 特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より)

Date: 9月 28th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その11)

好きな音に対して嫌いな音がある。
好きな音に対してのものではないけれど、そして嫌いな音とひとくくりにされがちだが、
苦手な音というものもある。

たしかにアクースタットのコンデンサー型スピーカーシステムを、
サウンドコニサーの取材で初めて聴いた時には、驚いた。
そこでの黒田先生の発言にもあるように、
瀬川先生だったら、このスピーカーの特徴を空気感というった言葉で表現されるだろう、
ということには素直に同意できる。
アポジーのリボン型に関しても、同じであり、その意味では瀬川先生の好きな音の範疇にある、といえる。

けれど同時に瀬川先生の苦手とされる音があり、それが何かを、書かれたものから読みとっていけば、
アクースタットとアポジーは微妙なところに立っているスピーカーということになる。

そしてもうひとつ、これは山中先生との対談ではっきり言われていることだが、
背の高いスピーカーシステムを嫌われている。
このことも瀬川先生とスピーカーシステムについて考えるときに忘れがちなのだが、
大事なことのひとつである。

瀬川先生の苦手な音、背の高いスピーカーに対するある種の嫌悪感、
こういった要素をあえて無視すれば、アクースタット、アポジーは有力な候補として浮上してくる。

だが、あくまでも、そういった要素を無視しての候補であり、
アクースタット、アポジーは高く評価された可能性はあるけれど、
導入されるまではいたらなかったはず、と私は考えている。

では、何があるのか。
ひとつ、確実に購入されたであろう、といえるスピーカーシステムがある。
JBLのD44000 Paragonである。

Date: 9月 27th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その10)

瀬川先生が生きておられたならば、
どのスピーカーシステムを鳴らされていたであろうか。
最終的にたどり着かれたのは、
この項の最初に書いているようにジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットであることは断言できる。

このユニットは、瀬川先生にとって、21世紀のAXIOM80となったことだろう。

この項で考えていくのは、瀬川先生が目黒のマンションで鳴らされていた、
瀬川先生にとって終のスピーカーとなったJBLの4345、
このスピーカーシステムからDDD型ユニットまでのあいだに、
いったいどんなスピーカーシステムを鳴らされたであろうか。

もう瀬川先生におられない。
だから、答は誰にもわからない。
それならば、好き勝手に書けるわけではない。
いま、そんなことに頭を使って、時間を費やして、何になるのか、と思われるかもしれない。

無駄な時間といえば、一般的にはそうなのだろう。
でも、私には、瀬川先生が亡くなられてしばらく経ったころから、
ずっと頭のどこかにあって、あれこれ考えつづけてきたことであり、
いまもこうやって書いているのだから、考え続けている。

誰も答は知らない(わからない)。
それぞれの人の、瀬川先生の理解の範囲内で答を出している。
ある人は、アクースタットのコンデンサー型スピーカー、
アポジーのリボン型スピーカーを高く評価されたはず、という。

私は、これには素直に頷けない。
私がそう考えるわけについては、「BBCモニター考(LS3/5Aのこと)」で触れているので、
ここではくわしくはくり返さないが、
瀬川先生が苦手とする音についての考察が欠けたままの、それは答でしかすぎないからだ。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その52)

五味先生がサンフランシスコを旅行された折、
オーディオ専門店に行かれた時のことを「いい音いい音楽」(読売新聞社刊)の中で書かれている。
     *
 なるほどこちらの食指の動くようなものはぜんぜん置いてない。それはいいとして、心外だったのはマークレビンソンのアンプや、デバイダー(ネットワーク)を置いてないどころか、買いたいが取り寄せてもらえるか、といったら、日本人旅行者には売れない、と店主の答えたことである。なんでも、マークレビンソン社から通達があって、アンプの需要が日本で圧倒的に多いので、製品が間に合わない。米国内の需要にすら応じかねる有様だから、小売店から注文があってもいつ発送できるか、予定がたたぬくらいなので、国内(アメリカ人)の需要を優先させる意味からも日本人旅行者には売らないようにしてくれ、そういってきている、というのである。旅行者に安く買われたのではたまらない、そんな意図もあるのかと思うが、聞いて腹が立ってきた。いやらしい商売をするものだ。マークレビンソンという男、もう少し純粋なオーディオ技術者かと考えていたが、右の店主の言葉が本当なら、オーディオ道も地に墜ちたといわねばならない。少なくとも以後、二度とマークレビンソンのアンプを褒めることを私はしないつもりだ。
     *
この文章を読んだ時、マーク・レヴィンソンには、やはりそういう面があるのかと思っていた。
この項の(その50)で引用した瀬川先生の文章にも
「近ごろ少し経営者ふうになってきてしまったが」とある。

経営者としての才がなければ、どんなにいいアンプをつくり出せたとしても成功はしないだろう。
経営者としてのマーク・レヴィンソンがいたからこそ、
マークレビンソンというブランドは成功したともいえる。

けれど、岡先生の文章を読んだ後で、
五味先生の文章を思い出し、
さらに瀬川先生の文章を思い出すと、
それだけでなくステレオサウンドで働くようになって耳にするようになったレヴィンソンに関する、
いくつかのハナシから思うに、
どうもマーク・レヴィンソンは、後から経営者ふうになってきたというよりも、
最初からそうであったようにしか思えないのである。

それでも優れた(まともな)経営者ならば、
シュリロ貿易にサンプル機を送った直後に、
RFエンタープライゼスと契約するようなことはしない。

会社を興したばかりで焦りはあった、と思う。
けれど、商いの理に反するようなことを平気でやってしまう、
その感覚に、そして五味先生の書かれていることが事実だとすれば、
経営者としてよりも、商売人としての「顔」を、私は強く感じてしまう。

マーク・レヴィンソンが狂わなかったのは、
そういう男だったから、というのが、大きな理由のひとつである。

では、なぜ、日本にデビュー直後のマーク・レヴィンソンと会って、
精神科の権威のオーディオマニアの人が、
「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」と口にされたのか。

むしろ、こちらの「なぜ?」を考えてみるべきである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その51)

1992年、中央公論社から別冊 暮しの設計 20号として「オーディオ〜ヴィジュアルへの誘い」が出た。
岡先生と菅野先生が監修されている本だ。

この本に岡先生が書かれている。
     *
 1974年に、とてつもない体験をすることになった。
 1973年暮れにとどいたアメリカのオーディオ専門誌に、従来の常識を破るような新しいデヴァイスを使った斬新な設計と見事なコンストラクションのプリ・アンプについてのテスト・リポートが載っていた。測定データも立派なものだったが、一番びっくりしたのは、値段だった。当時の最高級のプリ・アンプが600〜700ドルぐらいだったのが、これは何と1750ドルである。メーカーは初めて聞く名前。どこかでサンプル入荷したらぜひ聴いてみたいと思っていたら、知り合いのインポーターが、あまり高価なので、サンプルを1台注文。それを聴いたうえで正式契約をしたいとのことで、そのときはまっさきに聴かせてほしいとたのんだ。1974年3月末に、そのサンプル機がついた。音は今まで聴いたことのないようなキャラクターで少々戸惑ったけれど、S/Nがべらぼうによく(つまり静かだということ)、操作性が抜群によいことが印象に残った。ところが、このサンプル機が到着したころ、別なインポーターがメーカーと正式な輸入契約を結んでしまっていたので、サンプルを取った会社は商品として店に出すわけにいかなくなってしまった。
     *
この後も岡先生の文章は続き、
このアンプがどのメーカーの、どのアンプなのかについて書かれている。
あえて書くまでもないのだが、このサンプル機はマークレビンソンのLNP2である。

最初にサンプルを取り寄せたインポーターはシュリロ貿易だった。

岡先生がバウエン・モジュール搭載の、このサンプル機のLNP2を自家用として導入されたことについては、
これまでも何度か書かれていたから知ってはいたけれど、
このときの事情を、ここまで書かれたことはなかった。

この岡先生の文章を読んで、まず感じたのは、
マーク・レヴィンソンの商売人として「顔」である。

Date: 8月 17th, 2013
Cate: Mark Levinson

「スティーブ・ジョブズ」という本

いま書店にヤマザキマリ氏の「スティーブ・ジョブズ」が一巻が並んでいる。

今年は映画も公開されている。

ジョブズが亡くなって約二年。
前から思っていたことだが、
なぜマーク・レヴィンソンは、スティーブ・ジョブズになれなかったのか、ということがある。

どちらも自宅のガレージを改造した場所からスタートしている。
レヴィンソンはオーディオ、ジョブズはコンピューターというジャンルの違いはあるが、
どちらもエレクトロニクスの分野という共通項があるし、
さらにふたりともエンジニアではないが、周りに優秀なエンジニアがいたところも共通している。

年齢的にもふたりは近い。
会社創立もそれほど離れていない。
場所はアメリカの東海岸と西海岸と離れてはいるけれども。

レヴィンソンがジョブズになれなかったのは、
オーディオという、それも高級オーディオという狭い世界を相手にしていたということも理由としては大きい。
それでも、レヴィンソンがジョブズになれなかったのは、決してそれだけではなかった、と思う。

Date: 7月 5th, 2013
Cate: SUMO, 終のスピーカー

終のスピーカー(続々続SUMOのThe Goldとのこと)

ステレオサウンド 187号の柳沢功力氏のふたつの記事を読まれた方ならば、
これから私が書こうとしていることはおおよそ想像がつくことと思う。

アンプの出力段の回路方式やスピーカーの能率、エンクロージュアの構造、
こういったことが共通するというだけで音がどれだけ判断できるか──、
ほとんど判断できない、ともいえるし、
バックロードホーンならばすべて同じ傾向の音がする、とか、
そういったことはいわば短絡的なことでしかないのだが、
それでもあえていえば、
D130という高能率のフルレンジユニットとバックロードホーンの組合せ、
その組合せからなるスピーカーシステムを、Circlotron回路のパワーアンプで鳴らす、
つまりSUMOのThe Goldで鳴らしてみたい、という私の直感は間違っていなかった、
そのことへの裏付けが、それもいわば他人からみれば、なかばこじつけによる裏付けにみえるだろうが、
本人にしてみれば確かに得られた、という感じなのである。

と同時に、VOXATIVのAmpeggio SignatureとアインシュタインのThe Light In The Dark Limited、
この組合せの音は、ぜひ聴いてみたい、と思うようになっている。

柳沢氏は、
「このような高感度ユニットはそうした違いに極めて敏感で、この音はまさに生きている。ことに声はじつに生々しく、そこに人がいる気配さえ感じとれる。」
とAmpeggio SignatureとThe Light In The Dark Limitedの音について書かれている。
聴きたくなるではないか。
それよりなによりもD130をおさめた「Harkness」をThe Light In The Dark Limitedで鳴らしてみたい。

The Light In The Dark Limited、いまもっとも聴きたいパワーアンプである。

やはり自分の手で「21世紀のThe Gold」をつくるべきなのか。

Date: 7月 5th, 2013
Cate: SUMO, 終のスピーカー

終のスピーカー(続々SUMOのThe Goldとのこと)

ローサーのスピーカーシステムも、またバックロードホーンの高能率型だった。

VOXATIVのスピーカーシステムも同じである。
柳沢功力氏の記事を読めば、
なぜユニットがローサーにそっくりなのかがわかる。
そして、VOXATIVの最初のスピーカーシステムのAmpeggio Signatureも、
ローサーと同じようにバックロードホーンである。

とはいえ21世紀に、新進メーカーのデビュー作と登場してきただけあって、
ローサーの単なる復刻でないことは記事からわかる。
詳細についてははっりきしたことはわかっていないものの、
バックロードホーンのエンクロージュアも昔ながらの設計とはそうとうに違っているようだ。

高能率のダブルコーンのフルレンジユニットをバックロードホーンにおさめている。
このスピーカーシステムの試聴に柳沢氏は、
ステレオサウンドのリファレンス機のアキュフェーズA200の他に、三つのアンプを用意されている。

「短時間の試聴のためぼく自身も結論には至っておらず、製品名を公表することで相性の善し悪しをより強く印象づけてしまいそうに思うからだ」
を理由に、アキュフェーズ以外のアンプにはついてはブランド、型番については書かれていない。

けれどどれがどのブランドのどの型番のアンプかは、すぐにわかる。
柳沢氏がアンプ『C』とされているアンプ、
これがアインシュタインのThe Light In The Dark Limitedである。

Date: 7月 5th, 2013
Cate: SUMO, 終のスピーカー

終のスピーカー(続SUMOのThe Goldとのこと)

Circlotron(サークロトン)という、この回路技術を、
ヤマハはプリメインアンプのA-S2000で採用している。

A-S2000の回路図は公表されていないし、いまのところ入手できていないから、
はっりきと断言はできないけれど、A-S2000の回路についての説明文や図から判断するに、
基本的には、そういえるはずである。

とはいえCirclotron(サークロトン)という、この回路技術を表す単語が登場することはなかった。
Circlotronが、いまのオーディオ雑誌に登場することはないだろうな、と思っていたら、
なんとステレオサウンドの187号に載っていた。

柳沢功力氏によるアインシュタインのパワーアンプ、The Light In The Dark Limitedの記事である。
電圧増幅段は真空管で、出力段はソリッドステートという構成。
おそらく出力段の回路はSUMOのThe Goldと基本的には同じ可能性が非常に高い。

これだけでも、私のThe Light In The Dark Limitedに対する注目度は高くなるわけだが、
今回のステレオサウンド 187号は、それだけではなかった。

やはり柳沢氏による記事で、ドイツのVOXATIV(ヴォクサティヴ)という新進メーカーの、
この時代にしては、先祖返りなのではと思いたくなる外観のスピーカーが紹介されている。

詳しくはステレオサウンド 187号を読んでいただくとして、
VOXATIVのスピーカー、Ampeggio Signatureには、
ダブルコーンのフルレンジユニットがついてる。
乳白色のコーン紙のそれは、ローサーそのもののようにも見える。