Mark Levinsonというブランドの特異性(その50)
「あの男、このまま行ったら、いつか発狂して自殺しかねませんな」
2年前、最初に日本を訪れたマーク・レヴィンソンに会った後の、N先生の感想がこれだった。N氏は精神科の権威で、オーディオの愛好家でもある。
じっさい、初めて来日したころのレヴィンソンは、細ぶちの眼鏡の奥のいかにも神経質そうな瞳で、こちらの何気ない質問にも一言一言注意深く言葉を探しながら少しどもって答える態度が、どこかおどおどした感じを与える、アメリカ人にしては小柄のやせた男だった。
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ステレオ誌の別冊「あなたのステレオ設計 ’77」に掲載された、
瀬川先生の「アンプの名器はイニシャルMで始まる」は、この書出しからはじまっている。
1981年、ステレオサウンドの別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」に巻頭に載っている、
「いま、いい音のアンプがほしい」のなかでも、このことについて書かれている。
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そのことは、あとになってレヴィンソンに会って、話を聞いて、納得した。彼はマランツに心酔し、マランツを越えるアンプを作りたかったと語った。その彼は若く、当時はとても純粋だった(近ごろ少し経営者ふうになってきてしまったが)。レヴィンソンが、初めて来日した折に彼に会ったM氏という精神科の医師が、このままで行くと彼は発狂しかねない人間だ、と私に語ったことが印象に残っている。たしかにその当時のレヴィンソンは、音に狂い、アンプ作りに狂い、そうした狂気に近い鋭敏な感覚のみが嗅ぎ分け、聴き分け、そして仕上げたという感じが、LNP2からも聴きとれた。そういう感じがまた私には魅力として聴こえたのにちがいない。
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精神科の医師が、N氏なのかM氏なのか、
どちらかが誤植なのだろうが、マーク・レヴィンソンは発狂しなかったし、
だから自殺もしなかった。
仮にそうなっていたら、彼は「伝説」になっていたかもしれない。
マーク・レヴィンソン、その人について語るときに、
「伝説の」とつける人が、いる。
「伝説」の定義が、ずいぶん人によって違うんだなぁ、と思う……。
とにかくマーク・レヴィンソンは、いまも健在である。
それは発狂しなかった、からであろう。
なぜ、レヴィンソンは発狂しなかったのか。