Archive for category アナログディスク再生

Date: 11月 20th, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その23)

「これはデザインで損している」とか「デザインで得している」とか、
そういった評価みたいなことを聞くことがある。

こんなことをいう人は、デザインを付加価値としてしか捉えていない。
だから、損している、得している、といったことをいうのだろう。

B&OのBeogram 8000は、そんな次元の話ではなく、
デザインで損している、といえる。
デザインが悪いからでもなく、デザインを付加価値と見てのことでもない。

デザインが優れていることで、デザインのことでしか語られないことがある。

B&Oは新製品を毎年のように出す会社ではなかった。
Beogram 8000の前のモデル、Beogram 2402、Beogram 4004はベルトドライヴだった。
Beogram 2402は1980年の新製品である。

Beogramシリーズはデザインとリニアトラッキングアーム、それにフルオートであること、
この三つのことがまず語られる。

その内側に盛り込まれている技術については、あまり語られることはない。
Beogram 8000がダイレクトドライヴになったことは知っていても、
一般的なダイレクトドライヴと同じ方式だと思っている人が大半かもしれない。

しかもB&Oは、あまり技術的なことをことこまかに語ることはしない。
Beogram 8000が「デザインで損している」とは、そういう意味である。

Beogram 8000は1981年の新製品である。
ダイレクトドライヴ方式についての音質面での追求が、
各メーカーでなされている時期であり、それぞれに工夫があった。

これらについてはオーディオ雑誌で取り上げられていたのに、
ダイレクトドライヴの技術的な考察からのBeogram 8000の記事はなかった。

Date: 11月 18th, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その22)

ダイレクトドライヴは、なにもセンタードライヴである必要はない。
その18)で書いたように、
ターンテーブルプラッターというマスをもつものを廻すには、
中心に力を加えるよりも外周に力を加えた方が理に適っている、はず。

外周に……、ということになると、ベルトドライヴやアイドラードライヴということにななる。
ダイレクトドライヴで外周(最外周でなくとも、外周より)で力を加える方式が、
ダイレクトドライヴのひとつの理想形といえるのではないだろうか。

ずいぶん前に、そんなことを考えた。
とはいっても具体的な方式は考えつかなかった。

どのぐらいしてだろうか、一年、二年くらい経ってのことだ、
電力計の円盤が回転しているのを見て、これはアナログプレーヤーに使えるのでは、と。

使用している電力に応じて回転するスピードは変化する。
それになめらかに回転している。

あの当時、インターネットがあれば、すぐさま「電力計 原理」と検索するところだが、
そんなものはなかった。
すぐに電力計の原理について知ることはできなかった。

それからまた一年か二年経ったころに、あるアナログプレーヤーが登場した。
電力計と同じ原理でターンテーブルを回転させていた。

私が思いつくのだから、メーカーのエンジニアも思いつく。
彼らは原理を知っている。そしてアナログプレーヤーに応用している。

B&Oのダイレクトドライヴ型プレーヤー、Beogram 8000がそうである。
それまでベルトドライヴだったB&Oが出してきたダイレクトドライヴは、センタードライヴではなかった。

Date: 10月 7th, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その7)

電子ボリュウムの操作性の悪さ、と書いているので、
もしかしたら電子ボリュウムすべてが操作性が悪いと受け取られたかもしれない。

そんなことはない。
電子ボリュウムでも操作性に不満を感じないモノは、当り前に存在している。
すべての電子ボリュウム採用のオーディオ機器に触れているわけではないから、
どちらが多いのかを正確には把握していないが、問題のないモノの方が多いのではないだろうか。

電子ボリュウムの操作性は、一般的なポテンショメーターよりも劣るわけではない。
むしろ良くすることが可能な技術であるはずだ。
にも関わらず、操作性の悪さを残したままのモノが存在しているということ。

そのひとつがテクニクスのSU-R1であり、
しかもテクニクスのスタッフが、
レコードかけかえの作法をきちんを行っていたから、露呈したわけである。

私がテクニクスのスタッフが、仮に入力セレクターを使っていたら、何も書かなかった。
入力セレクターの切替えでやることを批判も否定もしない。
その人の考え方次第であるからだ。

瀬川先生は流れるような動作で、ボリュウム操作までを行われる。
対照的に語られるのが岩崎先生のレコードのかけかただ。

カートリッジを盤面数cm上から、文字通り落とされる。
だから、場合によってはカートリッジがバウンドすることもあった、と、
複数の人から聞いている。

けれど岩崎先生は、瀬川先生と同じように器用な指さばきで、
レコードの任意の位置に針をていねいに降ろす技術をもっていたうえでの、
そういうレコードのかけかたをされていたわけである。

作法を身につけずに、豪快といえるレコードのかけかたをされていたわけではない。

今回、この項を書いていると、
ほんとうに忘れられつつあることが見えてきたような気がする。

Date: 10月 7th, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その6)

レコードのかけかえごとのボリュウム操作は、
こまめにボリュウムを変えない人にとっては、非合理なこととうつるはずだ。

ボリュウム操作にこだわっていることを、
瀬川先生のマネをしていると捉えられるかもしれない。

けれど私くらいの世代(上の世代)にとって、
それはレコードをかける作法といえるのであって、身につけておくべきことと捉えていた。

オーディオは、レコードのかけかえは、
個人のリスニングルームという、いわは密室内でのことだから、
レコードのかけかえごとにボリュウム操作をするしないは、
それによって誰かに迷惑をかけるわけでもないし、誰かを不愉快にさせるわけでもない。

だから合理的だということで入力セレクターの切り替えで、
針の導入音を鳴らさないようにするのも、ボリュウムの上げ下げで鳴らさないようにするのも、
どちらをとっても自由である。

ただ私は、オーディオショウという場で、
ボリュウム操作性の悪いSU-R1を使いながらも、
入力セレクターの切替えではなく、
ボリュウム操作を選択していたテクニクスのスタッフに好感を持ったということである。

それから常にレコードのかけかえごとにボリュウム操作をするわけではない。
たとえばカートリッジ、トーンアームの調整をする際は、
ボリュウムのツマミはまったくいじらない。

トーンアームの高さ、針圧、インサイドフォースキャンセル量の調整では、
一枚のレコードに固定して、ターンテーブルは廻したままで、
針圧を少し変化させては針を降ろす。

入力セレクターも使わないから、導入音がする。
この導入音も調整時には判断要素として重要なことのひとつである。

Date: 10月 3rd, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その5)

テクニクスの事業推進室長をつとめる小川理子氏は、
オーディオ雑誌やウェブサイト、テレビなどに、テクニクスの顔として登場されている。

いわばテクニクス・ブランドのプロデューサー的役割の人のように見受けられる。
このことはいいことだと、インターナショナルオーディオショウの前までは思っていた。
けれどSU-R1のボリュウムの操作性の悪さを見ていて、
この人の役割はいったいなんなのだろうか、と疑問に思っている。

小川理子氏はテクニクスの、現在の製品を使っているのだろうか。
使っていたとしても、アナログディスクは聴かれているのか。
聴かれているとしたら、どういう聴き方なのか。

SU-R1のボリュウムに関しては、自分で使ってみれば、すぐにでも改善したいと思うはず。
それは試作品の段階で気づくべきことであったし、
気づけなかったとしても、発売から一年以上も経っていて、そのままということは、
特に問題だとはしていないのか。

オーディオ雑誌は、そのことにインタヴューしたのだろうか。

疑問に感じることは、オーディオ評論家にもある。
試作品の段階で、間違いなく試聴している。
製品となってからも試聴している。
にも関わらず、SU-R1のボリュウムについて指摘した人は誰もいないのか。

テクニクスがSL1200を復活させていなければ、何も書かずにおこうとも思うが、
アナログディスク再生も、テクニクスはやっていく。
SU-R1のボリュウムの操作性を、どうするつもりなのだろうか。

もうそんなことはどうでもいいことと考えているのだろうか。

Date: 10月 3rd, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その4)

テクニクスのSU-R1のボリュウムの、
アナログディスク再生時における操作性の悪さは、
インターナショナルオーディオショウでのテクニクスのスタッフの人が実感していたはずだ。

針の溝への導入音は、音を判断する上で重要な手がかりとなるといっても、
オーディオショウという場で来場者に聴かせる類の音ではない、ともいえる。
極力聴かせないような配慮を、テクニクスのスタッフはしていた。

テクニクスのスタッフも、入力セレクターの切替えで対処することは考えた、と思う。
誰でも思いつくことなのだから。
それでも、テクニクスのスタッフは針の上げ下しに合せてボリュウムツマミをまわす。

その行為を、好き好んでバカなことやっている、面倒なことやっている、と見ていた人もいたかもしれない。
でも、私は感心して見ていた。

アナログディスク再生へのこだわりをもって、
ボリュウム操作をしている人が目の前にいたからだ。

それも自分のリスニングルームにおいてではなく、
インターナショナルオーディオショウという場において、である。
こういう場での音出しならば、入力セレクターの切替えを利用した方が、ずっと楽だ。

不思議なのは、こういう人がいるにも関わらず、SU-R1の電子ボリュウムは、
アナログディスク再生においては扱い難い、ということだ。

SU-R1はフォノイコライザーを搭載していないから、
開発時の試聴ではアナログディスクは使われなかったのかもしれない。
それでもSL1200Gの開発では試聴を行っているはず。
その時点で、SU-R1のボリュウムの問題点には気づかなかったのか。
ここは疑問として残る。

気づいてそのままにしておいたのか。
それとも開発時の試聴では入力セレクターの切替えで対処していたのか、
それとも導入音を出しての試聴だったのか……。

Date: 10月 3rd, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その3)

この項のタイトルは「アナログディスク再生とは」ではなく、
「私にとってアナログディスク再生とは」にしている。
あえて「わたしにとって」をつけている。

針の上げ下しの際にボリュウムツマミをまわすことにこだわって、
そのことについて書いている。

合理的に考えれば、(その2)で書いたように、
ボリュウムツマミではなく、入力セレクターを使った方が楽である。

たとえば昔の海外製のフルオートプレーヤーには、
出力にリレーが入っていて、針が降りてからリレーがオンになり、
針が上る前にオフになる機構がついているモノがあった。

この手のプレーヤーを使うのではあれば、あらかじめボリュウムツマミをまわしておけばいい。
そういう使い方が本来的といえる。
私はフルオートプレーヤーを使ったことはないが、
もし使うとなっても、ボリュウムツマミを針の上げ下しにあわせて回すような気がする。

EMTのプレーヤーには927Dst以外クイックスタート・ストップがあり、
出力をリレーで同期させている。
この機能を使えば、フルオートプレーヤー同様、ボリュウムツマミをあらかじめまわしておけばいいのだが、
トーレンス101 Limitedを使っていたときでも、ボリュウムツマミをまわしていたからだ。

この項では、テクニクスの名前を出さない書き方もできた。
それでもテクニクスの名前を出しているのは、
テクニクスのスタッフは、レコードのかけかえごとにボリュウムツマミをまわされていたからだ。
そこに感心したから、である。

Date: 10月 2nd, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その2)

レコードの無音溝に針を降ろす。
音が鳴り始まるまでは、ほんのわずかしかない。
そのわずかのあいだにボリュウム操作を的確に行う。

上げすぎでもなく低すぎでもなく、ぴったりの音量になるようにすばやくボリュウムをまわす。
ボリュウムのツマミにふれている時間は、わずかだ。
そのわずかな時間でも、従来のポテンショメーターのボリュウムであれば、
すっと上げられもできたし下げることもできた。

だが電子式ボリュウムの中には、そうはいかないものがある。
テクニクスのSU-R1だけではない。
ジェームズ・ボンジョルノ設計のAmbrosiaもそうだと聴いている。

クルクルクルクルと何回もツマミをまわさないと、十分な音量まであげられない、そうだ。
ボンジョルノは、このボリュウムのプログラミングまで自分で行った、そうだ。
でも、その部分だけは外注すべきだったのではないたろうか。

レコードをかけるときのボリュウムの上げ下げは、
針が溝に落ちる際の音をまったくきにしない人であれば、
レコードかけかえごとに、ボリュウム操作はしないだろうから、
SU-R1やAmbrosiaのようなボリュウムでも、特に問題とは感じないであろう。

こう書いていくと、針の上げ下しのときには、
入力セレクターをPhonoポジションではなく、その他のポジションにすれば解決する、
そういう人がきっといる。

でも、違う。
レコードをかけるということは、
レコードをジャケットから取り出してターンテーブルにのせ、
針の上げ下しからボリュウム操作までを含む。

少なくとも私はそう考えている。
そんな面倒な……、と思うような人は、アナログディスク再生には向いていない、といえる。

Date: 10月 2nd, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(忘れられつつあること・その1)

瀬川先生のレコードのかけ方は見事だった、と、
それを間近で見てきた人は、そう言う。

私も熊本のオーディオ店で見て知っている。
レコードをに針を降ろして、ボリュウムをさっとあげるまでの動きのスムーズさ。
流れがある、とはこのことだと思う。

その瀬川先生でも、流れが留ってしまうだろう、という光景を目にした。
インターナショナルオーディオショウでのテクニクスのブースでだった。

またテクニクスのブースでのことになってしまうが、
ここで指摘する問題はテクニクスだけではない。
テクニクス以外にも、同じ問題を抱えているオーディオ機器(コントロールアンプ)はある。

いままで見落していたところであり、
たまたまテクニクスのブースで気づかされた。

テクニクスのコントロールアンプSU-R1のボリュウムは、
従来のポテンショメーターではなく、いわゆる電子式である。

音がよければ、ポテンショメーターであろうと電子式であろうと、
どちらでもいいわけだが、ここには操作性の問題が関係してくる。

テクニクスのスタッフがレコードをかけかえるたびに、
針の上げ下しの歳に、SU-R1のボリュウムのツマミをせわしくなく回されていた。

かなりまわさなければ、十分な音量まであげられないし、
音を絞ることができないのだ。

SU-R1はフォノイコライザーを搭載していない。
アナログディスク再生をしないという人ならば、
このボリュウム操作の問題は、さほど気にならないかもしれない。

だがアナログディスクではそうはいかない。

Date: 9月 8th, 2016
Cate: アナログディスク再生

アナログプレーヤーの設置・調整(その31)

接点をこまめにクリーニングする知人がいた。
彼がオーディオ機器のセッティングを大きく変更するというから手伝ってほしい、といわれた。

セッティングの変更だから、まず接続ケーブルを外していくことから始まる。
ここで気づいたのだが、確かに接点はこまめにクリーニングされているようであるが、
RCAプラグがスポッと簡単に抜けてしまった。

スピーカーケーブルに関しても同様だった。
アンプ・リアパネルのスピーカー端子、スピーカーシステム裏側のスピーカー端子、
どちらも締めがゆるかった。
ほとんど力を入れずに緩めることができた。

これでは……、と思ってしまった。
ステレオサウンドの試聴室で、長島先生は特に接点の状態を気にされた。
接点のクリーニングはもちろん、
接点の嵌合具合に関しても,つねに気を配られていた。

RCAプラグがスポッと抜ける場合だと、
ロングノーズプライヤー(ラジオペンチ)で、RCAプラグのアース側の径を少し小さくされる。
あまり小さくしてしまうと、今度はRCAジャックにささらなくなるから、
適度に抵抗が感じられる程度にする。
何事もやりすぎは禁物である。

これでしっかりと嵌合するようになるのは、あくまでもアース側だけである。
それでもゆるいのとしっかりしている状態とでは、音に違いがあらわれる。
スピーカー端子も同じだ。
意識的に緩めた状態と締めた状態の音を比較してみれば、すぐにわかることだ。

アナログディスク再生だと、シェルリード線も交換できるし、この部分にも接点がある。
この個所の接点がゆるかったり、汚れていたりしては、
それ以降の接点をきちんとしていても、台無しである。

しかもシェルリード線の嵌合が緩いまま気にしていない人は、意外に多いようだ。

Date: 7月 24th, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その21)

数ヵ月前だった、facebookでダイレクトドライヴについての議論のようなものが目に留った。
肯定派、否定派による議論であれば読んで得られるものがあるが、
そこでは議論にはならずに議論のようなものの段階で留っていた。

ダイレクトドライヴはダメだ、と主張する人も、
ダイレクトドライヴは優れていると主張する人も、
なぜ、そこだけしか見ていない? と思えるほど微視的な視点での、
それも相手の言い分を聞かずに(読まずに)、一方的に主張するだけに終始していた。

アナログプレーヤーがLPをのせて回転するだけで事足りるモノであれば、
そこでの議論のようなものも議論にもう少し近くなろうが、
アナログプレーヤーはそういうモノではない。

回転機器として十分な性能を持っていたとしても、
オーディオ機器として充分かというと、そうではない。

テクニクスの新しいダイレクトドライヴを見ていると、
まさにそうである。回転機器としては、あのつくりでも問題はないであろうが、
オーディオ機器として見た場合には、問題が残ってしまう。

ああいうつくりにしてしまうのは、大量生産と安定した品質を得るためであることはわかるが、
それではオーディオ機器とはいえないのである。

オーディオエンジニアリングの不在が、SL1200の最新モデルからみてとれる。
何もSL1200の最新モデルだけがそうだというわけではない。

だがダイレクトドライヴを生み出したのは、テクニクスである。
だから、つい厳しいことを書きたくなる。

Date: 7月 23rd, 2016
Cate: アナログディスク再生

ダイレクトドライヴへの疑問(その20)

メーカーに余裕があった時代は、カットモデルが各社から発表されていた。
スピーカーシステムふアナログプレーヤーの内部をわかりやすく提示するために、
完成品を文字通りカットしたモノである。

中学生、高校生だったころ、カットモデルをつくるのに必要な完成品は一台だけだと思っていた。
完成品をなんらかの方法でうまくカットすれば、カットモデルはできあがるものだと思っていたのだ。

実際にはそう簡単につくれるモノではない、と知った。
複数台をカットして組み合わせて、一台のカットモデルができるそうだ。
お金も手間もかかることを、あのころのメーカーはやってくれていた。

ダイレクトドライヴ型のプレーヤーのカットモデルもけっこう多かった。
各社のカタログ、広告にはカットモデルのカラー写真が大きな扱いで使われていた。
カットモデルを一方向から見ただけで、構造のすべてが把握できるわけではないが、
カットモデルを、内部はこうなっていたのか、と感心しながら見ていた。

数年もすれば、見方は変化していく。
構造体としてカットモデルを見た場合に、気になることが目につくようになった。
どこのメーカーのカットモデルも見ても、
ダイレクトドライヴ型プレーヤーのほとんどに共通していえることがある。

これではいい音が出せるはずがない、といえる構造的な問題である。
デンオンのDP100Mは、その点に気づいてたのではないかと思う。
具体的なことはここでは書かないが、DP100Mの構造をすぐに思い浮べられる人ならば、
私が問題点と考えていることはすぐにわかるはずだ。

意外にもこの問題点は、いまのダイレクトドライヴ型プレーヤーには残ったままである。
テクニクスが昨年発表したプロトタイプのターンテーブルの内部を見ても、
この問題点にはまったく気づいていないとしか思えないつくりだった。

この問題が解消されていないつくりはそのままSL1200の最新モデルにも受け継がれている。

Date: 7月 11th, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(デザインのこと・その36)

いまから20年ほど前は、日本でもMac World Expoが毎年開催されていた。
ある年のことだ。会場に着き、ブースを廻っていたときにパッと目に飛び込んできたモノがあった。
マウスだった。

どのブースだったのかはもう憶えていない。
そう大きくはないブースだったと思う。
ウィンドウズ用のマウス(Macでも使用可能)の新型が展示してあった。
ウィンドウズ用だから2ボタンで、マウスの中央にスリットが入っている。

さらにこのマウスには、スクロール用のホイールが新たについていた。
Mac World Expoの会場で、こういうマウスが世に出ていたことを知った。
そして、こんなモノを売っていていいんだろうか、とも思っていた。

そのマウスをしげしげ眺めて、そう感じたわけではなかった。
目に入ってきた瞬間に、そう感じた、「なんとヒワイなんだろう」と。
だから、こんなモノを売っていいんだろうか、と思ったわけだ。

フィデリティ・リサーチのFR7が男の性的なものを連想させるとすれば、
そのマウスは女の性的なものを連想させる、というか、
FR7よりも、もっと直接的にも感じた。

驚きのあまり、一緒に来ていた友人に「どう思う?」ときいてしまった。
そんなふうに捉えるのはお前ぐらいだよ、という返事だった。

そうかもしれないと少しは思っていても、
それにしても、なぜ、こんなふうに感じさせるのかを思っていた。

スクロール用のホイールがあれば便利なのはすぐにわかる。
問題は、デザインにある。
こういうのはデザインなのだろうか。

くり返すが性的なこと・ものを連想させるのが下品で悪いとはまたく思っていない。
けれどどこかあからさまで、安直とでもいおうか、つまりは何かが決定的に欠けているから、
見る人によってはそう見えてしまうのかもしれない。

もっとも、見る私の方に、何かが欠けているという可能性もあるけれど。

Date: 7月 11th, 2016
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(デザインのこと・その35)

フィデリティ・リサーチのFR7の対極にあるカタチのカートリッジといえば、
オルトフォンのConcordeシリーズである。

どちらもシェル一体型だが、スマートさにおいては両極端の存在である。
ConcordeはMI型がメインだったが、MC型のMC100、MC200も発売になった。

Concordeシリーズのカートリッジをトーンアームに取り付けて、
FR7と見較べてみると、このふたつのカートリッジのスタイルの違いは、はっきりとしてくる。

さらにオルトフォンには、
SMEのトーンアーム3009 SeriesIIIの交換パイプと一体型のSME30Hもある。
FR7は3009 SeriesIIIには取り付けられないので、
別のトーンアーム(例えばFR64S)に取り付けてみると、
カタチの違いはもっとはっきりとしたものになる。

どちらがよくて、もう片方がダメというようなことではなく、
どちらもアナログディスクの音溝をトレースするオーディオ機器であり、
アンプやスピーカーとは異り、サイズ、重さに制約を大きく受けるカートリッジであっても、
これだけ、その世界が大きく違うことは、アナログディスク再生の奥の深さでもあり、
私にとっては、どうしてもFR7のカタチが受け容れ難いのかを認識させてくれる。

これから書くことは、FR7を愛用されている方からすれば、怒りを買うかもしれない。
それでも、FR7を見ていると、昔も今も感じることに変りはなく、
どうしても気になってしまう。
そして、もしかすると瀬川先生かFR7を無視されているのは、同じ感じ方をされていた……、
そんなふうにも思ってしまう(まるで違う可能性も否定しない)。

FR7の傾斜している部分に丸がふたつある。
これが目のように見えてくる。
そうなると、FR7が何か動物の頭のように思えてしまう。
さらに針先の位置を表すための縦のラインが入っている。

そんなふうに受けとっているのはお前だけだ、と言われそうだが、
FR7のカタチは男性ならば毎日数回は接している体の一部を、あまりにもイメージさせる。
つまり性的なもののイメージである。

オーディオのデザインとして性的なイメージを感じさせるものがダメなのわけではない。
性的なイメージが、ヒワイなイメージとなってしまうのが、受け容れ難いのだ。
ようするに洗練されていない、と思っている。

Date: 7月 11th, 2016
Cate: アナログディスク再生

アナログプレーヤーの設置・調整(その30)

アナログプレーヤーの出力ケーブルが売られているということは、
簡単に交換できるからでもある。
つまりなんらかのコネクターを使っているから、ケーブルの着脱が用意に行える。

だがコネクターは接点である。
接点はそのままにしておけば経時変化によって、接点のクォリティが劣化していく。
それも急激におこる変化であれば、音の変化としても大きくあらわれるが、
徐々に変化するため、音の変化(劣化)もゆるやかに進行していく。
そのために気づきにくい、ともいえる。

接点はオーディオシステムのあらゆるところにある。
つまり接点のあるところでは、この劣化が進行しているわけだが、
アナログプレーヤーの出力は、再生系のシステムの中でも信号レベルがもっとも微小である。

そのため接点の影響を受けやすい。
接点を定期的に適切なやり方でクリーニングしていればいいけれど、
アナログプレーヤーの場合、機種によってはめんどうなことがある。

アナログプレーヤーの背面にRCAジャックを設けられているタイプであれば、
クリーニングはさほど面倒ではないが、
トーンアームの根元から出力ケーブルを交換するタイプとなると、
アームベースを取り外して行うことが多い。

慣れてしまえば、面倒だとは思わない人もいるだろうが、
それでも取り扱いの注意を怠ってはいけないことは変ることはない。

出力ケーブルを交換できるメリットもあるが、
交換できることによるデメリットもある。