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Date: 2月 13th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その6)

1983年春にステレオサウンド別冊として”THE BRITISH SOUND”が出た。
山中先生がイギリスの各オーディオメーカーを訪問されたのをメインとした本である。

KEFも訪ねられている。
KEFのページに、Model HLMの写真がある。

エンクロージュアの形はアコースティック・リサーチのLSTと同じで、
傾斜している両サイドにModel 105に搭載されているウーファーB300を二発ずつ、計四発、
スコーカー、トゥイーターもModel 105のユニットをそのまま採用している。
スコーカー(B110)は上下に二本、その間にトゥイーター(T52)が配置されている。
3ウェイ7スピーカーの、KEFとしてはかなり大がかりなシステムで、
このようなユニット配置をとったのは、垂直・水平方向の志向特性が対称になるようにである。

BBCの第4スタジオに、Model HLMはおさめられている。
けれど、このスピーカーシステムが製品化されることはなかった。

聴いてみたいとも思っていたけれど、
Model 105と使用ユニットは同じとはいえ、コンセプトは大きく違っているスピーカーシステムだけに、
そして写真でみる限り、いい音がしそうに思えなかったこともあり、
聴きたくないような気持もあった。

BBCの第4スタジオは、ロック・ポップス録音用のスタジオであることも、
Model HLMに、何かModel 105とは違う血筋のようなものを感じていた。

結局、KEF(レイモンド・クック)の1980年代以降の集大成となると、Uni-Qなのだろう。

Date: 2月 13th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その5)

ステレオサウンド 54号。スピーカー特集でとりあげられたKEF Model 105SeriesIIの、
瀬川先生の試聴記。
     *
 数ヵ月前から自宅でリファレンス用として使っているので今回の試聴でも物差しがわりに使った。とくに、音のバランスが実によく練り上げられている。しかしこのスピーカーの特徴を聴くには、指定どおり、いやむしろ指定以上に、中〜高音域ユニットと聴き手の関係を、できるかぎり正確に細かく調整する必要がある。左右のスピーカーの正しい中央に坐り、焦点が合うと、スピーカーの内中央に歌い手が確実にそしてシャープに定位し、たとえば歌手の声(口)の位置と伴奏との、音源の位置──左右、奥行、そして(信じ難いことだが)高さの相違まで、怖いようなシャープさで鳴らし分ける。ただこのスピーカーの音色は、やや抑制の利いた謹厳実直型、あるいは音の分析者型、で、もう少し色っぽさやくつろぎが欲しくなることがある。また、ポップスではJBL的なスカッと晴れ渡った音とくらべると、ちょっと上品にまとまりすぎて物足りない思いをする。それにしても、価格やサイズとのかねあいで考えれば、たいした製品だ。
     *
このスピーカーシステムを指定以上に正確に細かく調整された音を、
しかも左右のスピーカーの中央で聴いた人はそういない、と思う。
聴いていない人は、この試聴記に書かれていることを信じられないかもしれない。

《焦点が合うと、スピーカーの内中央に歌い手が確実にそしてシャープに定位し、
たとえば歌手の声(口)の位置と伴奏との、音源の位置──左右、奥行、
そして(信じ難いことだが)高さの相違まで、怖いようなシャープさで鳴らし分ける。》
こう書いてある。

でも、これは決して誇張でもなんでもない。
私が熊本のオーディオ店で、瀬川先生が調整されたModel 105で聴いたバルバラのレコードは、
まさにここに書かれているとおりの音だった。

KEFのmodel 105を、
瀬川先生は《敬愛してやまないレイモンド・クックのスピーカー設計理論の集大成。》とされている。
(ステレオサウンド 47号より)

Model 105はレイモンド・クックの集大成といえるスピーカーシステムである。
1970年代までのクックの集大成である。

では1980年代以降の集大成は……、となる。

Date: 2月 13th, 2015
Cate: 輸入商社/代理店

輸入商社なのか輸入代理店なのか(その2)

マークレビンソンのLNP2、JC2が話題になっている時代、
アメリカでは多くの小規模のアンプメーカーが誕生した。
その中にDBシステムズがあった。

プアマンズ・マークレビンソンとも呼ばれていたDBシステムズのアンプは、
徹底的にコストを削減するつくりだった。
お世辞にもおしゃれなアンプとはいえなかった。

コントロールアンプのDB1と電源のDB2の組合せで、当時20万円をすこしこえていた。
それほど考かなアンプではなかったけれど、
マークレビンソンのアンプに匹敵する切れ込みの鋭い音を特徴としていた。

当時の輸入元はRFエンタープライゼスだった。
その後、輸入元がナスカになった。

この輸入元はDBシステムズのアンプに惚れ込んだH氏が、
勤めていた会社(たしかシュリロ貿易だったはず)を辞めて、
DBシステムズの輸入のために興した会社だった。

こういう輸入元は会社の規模は小さくとも信頼できた。
修理に関してもきちんとしていた。
小さな輸入元だったから、大きな輸入元からすれば売行きは少ないだろうが、
DBシステムズに対する日本のユーザーの信頼は増していったように思う。

海外のオーディオ機器を輸入して売るだけならば、輸入代理店、輸入代理業としか呼べない。
会社の規模が大きかろうと、修理体制がいいかげんなところは、そう呼ぶしかない。

残念なことに、輸入代理店、輸入代理業としか呼べないところ、
しかも会社の規模の大きいところがそうである、ということを耳にすることが何度かある。

Date: 2月 12th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その4)

1999年、36歳だった私も、今年は52歳。
それだけ歳をとれば同じモノをみても捉え方に変化を生じもする。
誰もそうであるように、変ったところもあれば、変らないところもある。

ワディアのPower DACについて書くためにステレオサウンド 133号をひっぱり出したついでに、
特集のComponents of the year賞のページを読みなおした。
“The Maidstone”は賞に選ばれている。

井上先生と菅野先生が次のように語られている。
     *
井上 オーディオ心をくすぐる快感があります。ナチュラルとはいわないけど。
菅野 そう。だけどとても印象に残る音なんだよ。肉付きもいいし。
井上 オープンな鳴り方でスケールが大きい。ここはかつてのKEFとはまったく違うところですね。それから、マルチウェイなのに、まとまりがいいですね。同軸一本が鳴っているような感じすらある。
     *
改めて読むと、”The Maidstone”を無性を聴きたくなった。
Model 105では、こういう音はしなかった。
どんなにアンプの選択を注意深くやろうとも、
オープンな鳴り方で肉付きのいい音は、Model 105からは出せなかった、と思う。

133号を読んで、こういうKEFもいいじゃないか。
こういう音はModel 105のようなエンクロージュア形態からは出しにくいのでは、とも思った。
幅広のバッフルがミッドバスと同軸型ユニットのところにあるからこその、”The Maidstone”の音だと思えば、
これはこれでいいな、と思えるようになっている。

もしレイモンド・クックが長生きして”The Maidstone”の開発に携わっていたら、
同じになっていたかもしれない、とも思うようになっている。

Date: 2月 12th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その3)

レイモンド・クックも老いたな、と思えたのが気にくわなかった。
昔のクックなら、同じユニット構成でも、違うエンクロージュア構成としたはず、という確信があった。
そして、もしかして……、と思った。

調べたらレイモンド・クックは1995年に亡くなっている。
“The Maidstone”の形に納得できた。
クックが携わっていたのではなかった。

これで”The Maidstone”への興味はしぼんでいった。
聴きたい、という気持もなくなっていた。
あれば、どこかへ出掛けてでも聴いていた。

“The Maidstone”が気にくわなかったのには、もうひとつ理由がある。
なんとなくJBLの4343を模倣したようなところが感じられるからである。

4343を、JBLのスタッフがS9500のスタイルでつくりなおしたとしたら、
“The Maidstone”のような形になるのではないか。
そんなふうにも捉えていた。

4343も”The Maidstone”も、ウーファーは15インチ、ミッドバスは10インチ。
4343も”The Maidstone”も基本的にはインライン配置。
バスレフポートの位置と数も4343と”The Maidstone”は同じである。

4343はウーファーとミッドバスのあいだにスリットがある。
このスリットは4343のデザインになくてはならないものである。

“The Maidstone”もエンクロージュアが独立構造としたため、自然とスリットが生じる。
外形寸法も4343の横幅は63.5cm、”The Maidstone”は60cmと近い。

1999年の私は、レイモンド・クックが携わっていなかったというだけで、
“The Maidstone”から積極的に良さを見つけようとはしなかった。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その2)

“The Maidstone”はエンクロージュアが独立している。
15インチ口径のウーファーをおさめたエンクロージュアの上に、10インチ口径のミッドバスのエンクロージュア、
さらにその上に6.5インチ口径と1インチ口径のドーム型の同軸型ユニットのエンクロージュアが乗っている。
親亀、子亀、孫亀といったところで、孫亀の上にはスーパートゥイーターがちょこんと乗っている。

Uni-Qを搭載したModel 105とでもいおうか。
ただModel 105はスコーカー、トゥイーターをおさめているエンクロージュアは横幅を狭めていた。
だから階段状になっていた。

“The Maidstone”でも同じことはできたにもかかわらず、
それぞれのエンクロージュアの横幅は同じである。
だから堂々とした体躯のスピーカーに仕上っている。
Model 105とは、ここが違う。

けれどModel 105には思い出がある。
熊本のオーディオ店に瀬川先生が来られた時に(それまでの定期的に来られていたのはまた違う企画だった)、
このModel 105を聴いた。
この時瀬川先生が、ちょっと待ってて、行って席をたち、
Model 105の調整をされた。おもにスピーカーの振りの調整だった。
女性ヴォーカルのレコードをかけて、スピーカーの向きをまずあわせ、
それからスコーカー・トゥイーターの振りと仰角の調整。
手際よくやらていた。
時間にすれば10分くらいだった。

そしてここに坐ってごらん、といい、その席を譲ってくれた。
ここまで見事に音像は定位するものだ、と体験できた。

このことがあるからことさらModel 105への思い入れは強い。
だから、なぜ”The Maidstone”は、ミッドバス、同軸型のエンクロージュアの横幅を狭めなかったのか。
それが気になっていた。そして気にくわなかった。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: KEF

KEF Model 109 “The Maidstone”(その1)

別項でワディアのPower DACについて書いていたので、ステレオサウンド 133号をすぐに近くに置いている。
表紙はKEFの”The Maidstone”である。

私にとってKEFはずっと気になっていたスピーカーメーカーだった。
瀬川先生が最後まで所有されていたBBCモニターのLS5/1A、
このLS5/1Aをベースにマルチアンプ化したModel 5/1AC、
パッシヴラジエーターをもつmodel 104、
鉄板製のフロントバッフルのModel 103、
階段状の形状をもちリニアフェイズをめざしたModel 105、
樹脂製エンクロージュアを採用し、ローコストをはかりながらも魅力的な存在だったModel 303、
これらはそれぞれに思い入れがいまもある。

KEFといえば、創設者のレイモンド・クックのイメージがつねに重なってくる。
実際の人柄はどうだったのかは知らないが、写真で見るクックは、堅物そうな印象があった。

そのKEFから1980年代のおわりにUni-Qという同軸型ユニットが登場した。
いまさら同軸型ユニットと思われるそうな時代に、あえて同軸型ユニットを開発する。
しかも、タンノイ、アルテックの同軸型とは異る構造をもつ。
KEFらしい(クックらしい)同軸型ユニットだと、当時は思った。

でも、その後製品として登場したUni-Q搭載のKEFのスピーカーシステムの音には惹かれなかった。
1990年代を締括るかのように、つまりUni-Q登場10年を締括るかのように、
1999年に”The Maidstone”が登場した。

第一印象はあまりよくなかった。
KEFへの興味も薄れていたところに、なんだかずんぐりした感じのスピーカーシステムが出て来た、
これが正直な感想だった。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: audio wednesday

第50回audio sharing例会のお知らせ

3月のaudio sharing例会は、4日(水曜日)です。

テーマはまだ決めていません。
時間はこれまでと同じ、夜7時です。

場所もいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: 楷書/草書

楷書か草書か(その4)

その人の書く字と音(演奏)との関係で思い出すのは、
黒田先生の、カルロ・マリア・ジュリーニについて書かれた文章がまずある。

マガジンハウスから出ていた「音楽への礼状」に、この文章はおさめられている。
ジュリーニが、マーラーの交響曲第九番をシカゴ交響楽団と録音した1977年から五年後の1982年に、
ジュリーニはロサンゼルス・フィルハーモニーとともに来日公演を行っている。

この時黒田先生はジュリーニにインタヴューされ、マーラーの九番のスコアにサインをもらわれている。
     *
 あのとき、マーラーの第九交響曲のスコアとともに、ぼくは、一本の万年筆をたずさえていきました。書くことを仕事にしている男にとって、自分に馴染んだ万年筆は、他人にさわられたくないものです。そのような万年筆のうちの一本に、AURORAというイタリアの万年筆がありました。その万年筆は、ずいぶん前に、ミラノの、あなたもご存知でしょう、サン・バビラ広場の角にある筆記用具だけ売っている店で買ったものでした。そのAURORAは、当時、ようやく馴染みかけて使いやすくなっているところでした。でも、あなたはイタリアの方ですから、それでぼくはAURORAでサインをしていただこうと、思いました。
 おそらく、お名前と、それに、せいぜい、その日の日づけ程度を書いて下さるのであろう、と漠然と考えていました。ところが、あなたは、ぼくの名前から書きはじめ、お心のこもったことばまでそえて下さいました。しかし、それにしても、あなたは、字を、なんとゆっくりお書きになるのでしょう。ぼくはあなたが字をお書きになるときのあまりの遅さにも驚きましたが、あなたの力をこめた書きぶりにも驚かないではいられませんでした。スコアの表紙ですから、それなりに薄くはない紙であるにもかかわらず、あなたがあまり力をこめてお書きになったために、反対側からでも字が読めるほどです。
 時間をたっぷりかけ、一字一字力をこめてサインをして下さっているあなたを目のあたりにしながら、ぼくは、ああ、こういう方ならではの、あのような演奏なんだ、と思いました。
     *
ジュリーニが、ゆっくりと書くのは、さもありなんと、ジュリーニの演奏を聴いたことのある人ならば思うだろう。
黒田先生の文章で興味深いのは、力をこめた書きぶりである。

スコアの表紙の裏側からでも字が読めるほどの力のこめぐあいである。

ゆっくりと、力をこめる。
こういう音でジュリーニの演奏は聴くべきである。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(その3)

カートリッジにはトーンアームという相棒がいる。
ゼロバランスさえとれれば、どんなトーンアームとどんなカートリッジの組合せでも、音は出る。
とはいっても、そのカートリッジの本来の性能をできるだけ発揮したければ、
トーンアームの選択も重要になってくる。

軽針圧カートリッジに最適なトーンアームは、重針圧カートリッジには向かないし、
重針圧のトーンアームで、軽針圧カートリッジは使いたくない。
それぞれのカートリッジに適したトーンアームをできるだけ使いたい。

ステレオサウンドがヘッドフォンの別冊を出した1978年と現在の違いは、
ヘッドフォンアンプがいくつも登場してきていることである。

ヘッドフォンアンプはカートリッジにとってのトーンアームのような存在である。
カートリッジとトーンアームの関係のように適さない、ということはほとんどないけれど、
ヘッドフォンにとってヘッドフォンアンプの登場は、良き相棒の登場ともいえよう。

瀬川先生は「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」での試聴で、
トリオのプリメインアンプKA7300Dを使われている。
その理由を書かれている。
     *
 ヘッドフォンのテストというのは初体験であるだけに、テストの方法や使用機材をどうするか、最初のうちはかなり迷って、時間をかけてあれこれ試してみた。アンプその他の性能の限界でヘッドフォンそのものの能力を制限してはいけないと考えて、はじめはプリアンプにマーク・レヴィンソンのLNP2Lを、そしてパワーアンプには国産の100Wクラスでパネル面にヘッドフォン端子のついたのを用意してみたが、このパワーアンプのヘッドフォン端子というのがレヴェルを落しすぎで、もう少し音量を上げたいと思っても音がつぶれてしまう。そんなことから、改めて、ヘッドフォンの鳴らす音というもの、あるいはそのあり方について、メーカー側も相当に不勉強であることを思った。
 結局のところ、なまじの〝高級〟アンプを使うよりも、ごく標準的なプリメインアンプがよさそうだということになり、数機種を比較試聴してみたところ、トリオのKA7300Dのヘッドフォン端子が、最も出力がとり出せて音質も良いことがわかった。ヘッドフォン端子での出力と音質というは、どうやらいま盲点といえそうだ。改めてそうした観点からアンプテストをしてみたいくらいの心境だ。
     *
このころの瀬川先生は、いまのヘッドフォンとヘッドフォンアンプの状況は歓迎されたように思う。
1978年当時はヘッドフォンのみだった。
いまは優秀なイヤフォンもある。
メーカーの数も増えた。
そこにヘッドフォンアンプが加わるわけだから、きっとハマられたのではないだろうか。

Date: 2月 10th, 2015
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(続・井上卓也 著作集)

世の中にオーディオの使いこなしの腕を自慢する人は少なくない。
それでお金を稼いでいる人もいる。
ほんとうに的確な使いこなしの腕をもっているのであればいいのだが、
どうもそうではない人が少なからずいるようだ。

そういう人の中に、井上先生のことを「いのたくさん」と呼ぶ人がいる。
井上卓也を縮めての「いのたく」。
井上先生と親しい間柄で、本人をそう呼んでいたのであれば何も言わないが、
その人は一度も井上先生とは会ったことがない、という。

そして、見たことも聴いたこともない、井上先生の使いこなしのことを批判している。
自分はオーディオのすべてをわかっているといいながら、である。

そんな人が、井上先生のことを「いのたくさん」と呼ぶ。
年上の井上先生のことを、彼はなぜそんなふうに呼ぶのだろうか。
オーディオに関する知識も、使いこなしのことに関しても、ずっと上の人のことをそう呼ぶ。

井上先生は、きっと、「そんなやつのことはほっておけ」といわれるはず。
だから、もうこれ以上書かないし、
彼の心の中は、私には知りようがない。ただ私はこの人のことを信用しない。

だけど、こんな人のいうことを信用してオーディオをやっている人が、
井上先生の著作集も買う、という。
まがいものとほんものの見分けもつかずに、である。

つい「おいおい、それはないだろう」といってしまいたくなる。

Date: 2月 10th, 2015
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(井上卓也 著作集)

3月25日にステレオサウンドから「井上卓也 著作集」が出る、とのこと。

私がまだ読者だったころ、井上先生のすごさはよくわかっていなかった。
黒田先生が井上先生のすごさを誌面で語られていても、
それを疑っていたわけではないものの、井上先生の文章から、そのことは伝わり難いことでもあった。

ステレオサウンドで働くようになって、井上先生の新製品の試聴があった。
このときも編集部の先輩から、井上先生のすごさについて聞かされた。
具体的なことではなかったけれど、すごいことは、黒田先生の文章で知っている、と心の中では思っていた。

実際に試聴に立ち会ってみると、そのすごさに驚く。
なぜ、この人は、こんなわずかな音の違いまではっきりと聴き分けられるのか、とも思ったし、
それだけでなく、とにかく驚きの連続だった。

それに井上先生はタフだった。

文字だけの世界では井上先生のすごさ、魅力は伝えるのがほんとうに難しい。
オーディオフェアやショウで、ときどき講演をやられたこともある。
けれど井上先生のすごさを知らない人は、途中で席を立つこともあった。

明瞭にわかりやすく話される人ではなかった。
不特定多数の人を相手に話すのを得意とされていたわけでもなかった。
だから席を立つ人がいるのもわからないわけではない。

でもあとほんのすこし辛抱していれば……、と、そういう場にいると思ってしまう。
オーディオには辛抱も必要である。
その辛抱ができずに出ていってしまう。
そういう人には、井上先生のすごさはわからないのではないか。

「井上卓也 著作集」に、どの記事がおさめられるのかはわからない。
もちろん編集者は、いい記事を選んでいるはずだ。
それでも井上先生と一度も会ったことのない世代に対しては、
井上先生が書かれたものだけでなく、補うものが必要だと思う。

そしてもうひとつ思うのは、私も井上先生の書かれたものをaudio sharingで公開している。
けれどステレオサウンドが一冊の本としてまとめて出すのは、意味合いにおいて違うところがある。

いまステレオサウンドは岩崎先生、瀬川先生、岩崎先生の著作集を出している。
このことをいまステレオサウンドに書いているオーディオ評論家を名乗っている人たちは、
どう感じているのだろうか。何も感じていないのだろうか。

Date: 2月 10th, 2015
Cate:

日本の歌、日本語の歌(距離について・その1)

1989年か1990年だったと記憶している。
ヴィクトリア・ムローヴァが来日した。
津田塾ホールでのコンサートがある。

ムローヴァをかぶりつきで聴きたかった(見たかった)私は、
当時津田塾ホールの仕事をされていたKさんにチケットの手配をお願いした。
ムローヴァにいちばん近い席で聴きたい、という勝手な要望をつけて。

当日ホールについてチケットを受けとると、
いちばん前の席ではあるものの、中央の席ではなかった。
いちばん近い席という要望はかなえられなかったかぁ……、とすこしがっかりしていた。

コンサートが始る。
ムローヴァがステージに現れた。
なぜかムローヴァはステージの中央ではなく、私が坐っている席の真正面に立って演奏を始めた。

ムローヴァがステージのどの位置で演奏をするのか知った上で用意してくれたのどうかはわからなかったが、
私の要望は最高のかたちでかなえられた。

いまでは信じられないだろうが、当日津田塾ホールは満員ではなかった。
私の両隣はほとんど空席だった。

私の後には多くの人がいても、彼らは私の視界にははいらない。
私の視界にいるのはヴィクトリア・ムローヴァだけだった。

こういう距離感で音楽を聴けるのは、クラシックのコンサートではあまりない。

Date: 2月 10th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(その2)

1978年にステレオサウンドは別冊として「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」を出している。
国内外47機種のヘッドフォンの試聴を行っている。

この別冊の筆者は岡原勝氏、菅野先生、瀬川先生。
この面子からして、ヘッドフォンの別冊だから……、といったところは微塵もない。

いま思えば、よくこの時機に、これだけの内容のヘッドフォンの別冊を出していたな、と感心する。

1978年当時のヘッドフォンの扱いは、ぞんざいだったといえなくもない。
ステレオサウンド本誌でヘッドフォンがきちんと取り上げられることはほとんどなかった。
そこにヘッドフォンだけの別冊、
しかもステレオサウンドのメイン筆者である菅野先生と瀬川先生が試聴に参加されている。

瀬川先生は、自ら立候補して試聴に参加されている。なぜか。
     *
 ヘッドフォンで聴くレコードの音というものを、私は必ずしも全面的に「好き」とはいえない。が、5年ほど前から住みついたいまの家が、発泡性のPCコンクリートによるいわゆる「マンション」の3階で、遮音さえ別にすれば住み心地は悪くないのだが、音屋にとって遮音が悪いというのは全く致命的でまして夜が更けるほど目が冴えてきて、真夜中に音楽を聴くのが好きな私のような人間にとっては、もう命を半分失ったみたいな気分。いまはもう、一日も早くここを逃げ出して、思う存分音を出せる部屋が欲しいという心境になっているが、そんな次第で、最近の私にとって、ヘッドフォンは、好むと好まざると、もはや必要不可欠の重要な存在になってきている。
 それでもはじめのうちは、何となく入手したいくつかのヘッドフォンを、決して満足できる音質ではなかったが、ヘッドフォンなんて、まあこんなものなのだろうと、なかばあきらめて、適当に取りかえながら聴いていた。そのうちどうにも我慢ができなくなってきて、友人の持っている国産のコンデンサー型を借りてみたりしたが、なまじ期待が大きかったせいか、よけい満足できない。
 だいたいヘッドフォンというは、ローコストの製品はおマケのような安ものだし、高級機になると販売店等でも実際の比較試聴がなかなかできない。そんな折に、ほとんど偶然のような形でAKGのK240を耳にして、ヘッドフォンでもこんなにみずみずしく、豊かでひろがりのある音が得られるのかとびっくりして、しばらくのあいだこればかり聴く日が続いた。これの少し前は、KOSSのHV/1LCをわりあい長く聴いていた。国産のヘッドフォンのいくつかを試してみても、音楽のバランスのおかしいものが多く、とうてい満足できなかった。とはいうものの、AKGやKOSSにも、十分に充たされていたわけではない。
(中略)
 試聴はかなり長時間にわたったが、テストをしている最中にも、いくつかの良いヘッドフォンを発見するたびに、私は早速、今回の編集担当のS君に頼んでは、気に入った製品をすぐに手配してもらった。こうして試聴の終ったいま、イエクリン・フロート、ゼンハイザーHD400、ベイヤーDT440を買いこんでしまった。AKGは140も240もすでに持っているし、KOSSは前述のようにHV/1LCと、それに私の目的ではめったに使わないがPRO/4AAを前から持っている。これだけあれば私は十分に満足だ。
     *
この文章から、瀬川先生は六本のヘッドフォンを、この時点で所有されていることがわかる。

Date: 2月 9th, 2015
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(GKデザインとヤマハ)

ステレオサウンド 47号、巻頭。
瀬川先生が「オーディオ・コンポーネントにおけるベストバイの意味あいをさぐる」を書かれている。
その冒頭に、こうある。
     *
たしか昭和30年代のはじめ頃、イリノイ工大でデザインを講義するアメリカの工業デザイン界の権威、ジェイ・ダブリン教授を、日本の工業デザイン教育のために通産省が招へいしたことがあった。そのセミナーの模様は、当時の「工芸ニュース」誌に詳細に掲載されたが、その中で私自身最も印象深かった言葉がある。
 ダブリン教授の公開セミナーには、専門の工業デザイナーや学生その他関係者がおおぜい参加して、デザインの実習としてスケッチやモデルを提出した。それら生徒──といっても日本では多くはすでに専門家で通用する人たち──の作品を評したダブリン教授の言葉の中に
「日本にはグッドデザインはあるが、エクセレント・デザインがない」
 というひと言があった。
 20年を経たこんにちでも、この言葉はそのままくりかえす必要がありそうだ。いまや「グッド」デザインは日本じゅうに溢れている。だが「エクセレント」デザイン──単に外観のそればかりでなく、「エクセレントな」品物──は、日本製品の中には非常に少ない。この問題は、アメリカを始めとする欧米諸国の、ことに工業製品を分析する際に、忘れてはならない重要な鍵ではないか。
     *
47号が出たのは1978年6月。
ちょうどこのころ、ヤマハのオーディオ機器をGKインダストリアルデザイン研究所が手がけていることを知った。
知った、といっても、ただそれだけのことで、それ以上のことはわからなかったのだから、
知らないと同じようなものだ。

「日本にはグッドデザインはあるが、エクセレント・デザインがない」
ここで私が思い浮べていたのは、ヤマハのオーディオ機器のことだった。

1978年、ヤマハのスピーカーシステムはNS1000Mがあった。NS690IIもあった。
プリメインアンプは、CA2000、A1があり、コントロールアンプはC2、C4、
パワーアンプはB3、B4、チューナーはCT7000、T1、T2などがあった。

どれもグッドデザインだと思っていた。
でもエクセレント・デザインかというと、当時高校生だった私には、そうは思えなかった。

GKインダストリアルデザイン研究所が、ヤマハのオーディオ機器のすべてを手がけていたのかどうかも知らない。
けれどヤマハの代表的なオーディオ機器は、GKインダストリアルデザイン研究所によるものだろう。

GKインダストリアルデザイン研究所が手がけたであろうヤマハのオーディオ機器のいくつかは、
いまでも欲しいと思うモノがある。
それでもエクセレント・デザインとは不思議と思えない。

それは瀬川先生が書かれているように、
「エクセレント」デザイン──単に外観のそればかりでなく、
「エクセレントな」品物──は、日本製品の中には非常に少ないからなのだろうか。

そうかもしれない。
私にとってはヤマハのオーディオ機器は「エクセレントな」品物ではなかった。
上品ではあった。
でもそのことが「エクセレントな」になることを阻礙していたのかも……、とも思える。

榮久庵憲司氏が亡くなられたことを知り、
最初に思ったのが、このことだった。

ヤマハのオーディオ機器のデザインについては、
瀬川先生の語られたある言葉も思い出すし、いつかまた書くことになると思う。