218はWONDER DACをめざす(久しぶりに)
1月のaudio wednesdayには、私が使っているメリディアンの218を持っていくつもりでいる。
この項で書いているように手を加えた218であり、四谷三丁目でaudio wednesdayをやっていた時に一度、
ノーマルの218と手を加えた218とを聴き比べでもらったことがある。
次回のaudio wednesdayで久しぶりに、また比較試聴をやろうと考えている。
1月のaudio wednesdayには、私が使っているメリディアンの218を持っていくつもりでいる。
この項で書いているように手を加えた218であり、四谷三丁目でaudio wednesdayをやっていた時に一度、
ノーマルの218と手を加えた218とを聴き比べでもらったことがある。
次回のaudio wednesdayで久しぶりに、また比較試聴をやろうと考えている。
(その9)を読まれた方の何割かは、LS3/5Aを嫌っている、あまり高く評価していないと受け止められたようだ。
そうではなくて、ロジャースのLS3/5Aの15Ω仕様は大好きなスピーカーだし、いまでも手に入れたいと思いつつも、
ヤフオク!を眺めていると、とんでもない金額で落札されていて、
遠い存在のスピーカーになってしまったなぁ──、と思うしかないし、ならば今時のレプリカモデルに手を加えて、ということを考えてしまう。
LS3/5Aの15Ω仕様と11Ω仕様の音に違いについて、時々きかれる。
どちらであっても他のスピーカーと比較すれば、LS3/5Aであることに違いはないのだが、
それでも直接比較でも、記憶の中での比較でも、違う、といえる。
細かく書いていけば幾つもあるが、些細なことだったりするが、私が個人的に大きく違うと感じるのは、低域の腰の強さだ。
11Ω仕様モデルは、15Ω仕様よりも弱い。同じスピーカーユニットなのにも関わらず、この差は、私には大きい。
11Ω仕様をもつ友人宅に、15Ω仕様のLS3/5Aを持っていったことがある。そして、なんとか15Ω仕様に近づけられないか、と頼まれた。
ネットワークを15Ω仕様のモノにすれば、と、いっても、それは当時はけっこうたいへんなことだった。
なので、ある方法を提案した。かかった費用は三十数年前で数千円ほど。
効果は大きかった。その音をいま思い出すと11Ω仕様を手に入れて、また試してみるのもいいかも、ぐらいには思っている。
松尾芭蕉の《古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ》、
ゲーテの《古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、それをより以上に進めることは、学問において、極めて功多いものである》、
このことを理解できないオーディオマニアがいることは以前から感じていたけれど、
今年は、このことに全く無理解のまま、徒に音を激変させて、改革だ革新だ、とか、進歩進化だと叫んでいるのは、もうどうしようもない──、
そう感じた一年でもあった。
水曜日のaudio wednesdayは、ぴあ分室で行った。
翌日、ぴあの社員の方数名が、今回の音を聴かれた、とぴあと私の間に入ってくれた大阪のMさんから連絡があった。
いい音になっている、との感想とのこと。オーディオマニアでない人たちが何の先入観を持たずに聴いての感想である。
それからぴあ分室には、今回からメリディアンの218も置かれるようになった。
Mさんは、ぴあの社員の方たちにMQA-CDと通常CDを聴いてもらっている。
ここでも全員MQA-CDがいい、という評価とのこと。
こういうことを聞くと、来年からのaudio wednesdayに熱が入る。
昨晩は二ヵ月ぶりの、そして場所を移してのaudio wednesdayだった。
今回鳴らしたスピーカーは、ダイヤソウルのDIASOUL.AI。
このことで、どこで開催したのか、以前の投稿を思い出された方ならばわかるはず。
前回(8月)は、鳴らした手のではなく、聴いただけだった。
今回は前回の音を聴いた上での、別項でも触れている点について、
簡単にできる範囲で対策しての音出しとなった。
とは言っても高価なアクセサリー類を大量に持ち込んで、ということをやったわけではないし、
元に戻せなくなるような手の加え方をしたわけでもない。
すぐさま現状復帰が可能な範囲で、やる気さえあれば、ほとんどの人ができる範囲のことをやった。
音の変化は、小さくなかった。
8月の音では、クラシックを聴くにはつらいなと感じていた。
昨晩の音は、というと、私の好きなクラシックのディスクをかけて、最後まで聴きたい、と思わせるくらいには鳴っていた。
もっと時間をかけてじっくり取り組めば、もっと変化していくだろうが、それは今後やっていけばいいことで、
昨晩の試みはうまくいった。
カルロス・クライバーの椿姫をかけた。
最初はCD、それからBlu-ray audio(96kHz、24ビット)、SACDの順でかけた。
CDプレーヤーはマグネターのUDP900で、MQA-CD以外は全てのディスクを再生できる。
一台の機種で、今回の三種のディスクを比較試聴したのは、私は昨晩が初めてだっただけに、
このことだけでも、個人的にはけっこうな収穫といえる。
昨晩は私を含めての五人の会だったが、やはり、こうやって集まるのは楽しい。
これまでの会よりも話す時間も多かった。
とにかく手応えの感じられた夜だった。
来月1月もaudio wednesday行います。
開催場所の関係で、第二週、三週の水曜日の予定です。
今回と同じ場所なので、人数制限があります。参加希望の方は、私宛にメールで連絡ください。
明日(12月17日)は、二ヵ月ぶりのaudio wednesday。
2011年2月から始めたaudio wednesdayは、最初は四谷三丁目、それから狛江。そして今回からまた都心で行う。
どこで行うかによって、鳴らすスピーカー、システムも当然変っていく。
今回からのシステムが、時代的には新しいといえる。
そうはいっても最新のシステムではないが、それでも時代としては、これまでよりも現代にグッと近い。
それにトリノフ・オーディオによる音響補正もなされている。
こういう場で、何がやれるのか、何をやっていきたいのか、そのことをまだはっきりと定めているわけではない。
まず、明日鳴らしてみてからだ。
音と遊ぶオーディオマニアがいる。
音で遊ぶオーディオマニアがいる。
音と遊ぶオーディオマニアに鳴らされるスピーカーもあれば、
音で遊ぶオーディオマニアに鳴らされるスピーカーもある。
この項で以前書いていることのくり返しになるのは自覚しているが、
それでも「五味オーディオ教室」で出逢ってから、あと一年足らずで五十年となると、
「なにに呼ばれてきた」と、そのことを考えことが多くなってきた。
考えたところで、何にもわからない。
それでもなにかに呼ばれて、ここまで来たという感覚は少しずつではあるが、強くなってきている。
なにに呼ばれていたのか、
そのことがはっきりする日が来るとは思っていない。
それでも呼ばれているところには向かっているような気はしている。
10月にヴァイタヴォックスからT3 Systemが発表になったことは、別項で書いているが、
この新しいシステムで多くの人が注目しているのは、JBLの2405そっくりのトゥイーターの存在だろう。
ヴァイタヴォックス版2405を見て、すぐさまおもったことがある。
4343の2405を、このヴァイタヴォックスのトゥイーターに交換したら、どんな音がするのだろうかだ。
10kHz以上を受け持つトゥイーターであっても、替えてみた時の音の変化は、ほとんどの人が想像以上だ、と感じるはず。
知識としてわかっていても、実際に可聴帯域10オクターヴのうちの最高域の1オクターヴほどであってもだ。
audio wednesdayでエラックのリボン型トゥイーターを、いくつかのスピーカーシステムと組み合わせてみて、
改めて、トゥイーターの支配力といったものを実感していた。
けれど世の中には、スーパートゥイーターを導入したけれど、あまり音は変らなかった──、という人もいる。
おそらくだが、そういう人のシステムは聴感上S/N比が悪いのだろう。
私の経験から言えるのは、聴感上S/N比の良いシステムほど、トゥイーターを替えた際の音の変化は大きい。
ヴァイタヴォックスの2405型トゥイーターと4343の2405を交換する機会はないだろうけど、
その音を想像するだけで私はけっこう楽しめるし、
さらにはアルテックの6041のトゥイーター(瀬川先生があまり質の良くないと評価されていた)を、
このヴァイタヴォックス版2405にしたら、どうなるだろうか、妄想は広がっていくばかり。
“A MUSICAL JOURNEY WITH ALICE ADER”、
34枚組CDが、2026年1月に発売になる。
アリス・アデールの録音全集といえる内容。
スタジオ録音、ライヴ録音だけでなく自宅録音まで、という徹底したもの。
TIDAL、Qobuzで聴くようになってからCDの購入枚数は大きく減った。
映画を映画館に観に行かない月はほとんどないけれど、CDを買わない月は増えていっている。
来年、最初に購入するCDは、間違いなく、このアリス・アデールの録音全集だ。
ベスト・オーディオファイルに続いて、「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」、
それからチェロのAudio Suiteについてのエッセーあたりまでは、
本名の舘 一男で登場されている。
その後、ペンネームの早瀬文雄を使われるようになったわけだが、舘さんは、ステレオサウンドから二回離れている。
一度目は1991年ごろ、
それから十年ほど経って、ステレオサウンドに復帰。
けれど数年でまた離れられたのは、「怒り」だと私は受け止めている。
一回目の時は、かなり細かなことまで聞いている。
私がステレオサウンドを辞めても、つきあいは変らなかった。
変えなかった人が舘さんだった。
ここでは書けないことをかなり聞いている。
ずいぶん怒りが溜まっているな、と感じながら聞いていた。
誰に、何に対しての怒りなのか、一つひとつ具体的に明かしたりはしないが、
ステレオサウンド編集部への怒りもあったわけだ。
積もり積もった怒りが臨界点を超えた感じだった。
ステレオサウンドに復帰しても、結局は同じだったようだ。
この時もけっこう聞いていたけれど、
舘さん自身、一回目の時よりも歳を重ねていたわけで、
怒りだけというより、諦めも強くあったように感じた。
この「怒り」を、管球王国が休刊になって嘆いている人たちは、どうなのだろうか、と思ってしまう。
「怒り」なんていっさい持つことなく、ステレオサウンドを、管球王国をずっと読んできているのだろうか。
(その7)で書いたことを読んだ人の中には、お前よりも私の方がつきあいは長かった、とか、つきあいは深かった、と思う(言う)人はいるはず。
私は、何も早瀬文雄(舘 一男)さんの一番のオーディオの仲間だったとか、仲が良かったとか、そんなことは全く思っていない。
ぶつかったことは何度かあるし、舘さんに向かって、他の人だったら言わないであろう本音をぶつけたこともある。
どちらも大人気ないところがあった。
私は医者としての舘さんに敬意を持っていた。
聖人君子なんて、私の周りにはいない。舘さんも聖人君子ではなかった。
それでも医者としての舘さんは立派だったと思っている。
少しばかりきれいごとすぎるな、と感じなかったわけではないが、僻地医療にも取り組まれていたし、
とにかく真面目だった。
舘さんの医者としての側面を見ていなければ、私の性格からして、とっととつきあいに見切りをつけていたはず。
(その7)で触れているように、舘さんと出逢いは1985年。
井上先生の使いこなしの記事、
ステレオサウンド 76号に掲載されている「読者参加による人気実力派スピーカーの使いこなしテスト」に、
舘さんは読者として登場された。
それ以前にも菅野先生のベスト・オーディオファイルにも登場されている。
それから四十年経つ。
こうしてふりかえって思うのは、舘さんとのつきあいが、途中疎遠になりながらも続いたのは、二人ともオーディオ業界への怒りを持っていたからであり、
舘さんは医療業界にも怒りを持っていた──、そう思えてならない。
スピーカーのアプローチは、本来いくつもあるものだ。
なのに時代とともにシグナル・トランスデューサーに収斂していっている。
間違っているわけではないが、他のアプローチを切り捨てていくことは、間違っていないのか。
一週間後の水曜日に、audio wednesday 二十二夜を行う。
前回書いているように、スペース的に大勢入れるわけではないので、非公開に近いかたちでの開催となる。
それでも楽しみにしてくれている人がいる。
私もこんなに早く再開できるようになるとは思っていなかったので、嬉しい。
今回は顔見知りの人たちばかりなので、少しばかり細かいことをやっていこうかな、と考えている。
audio teach-in的なこともやっていきたいし、話す時間も増やそうと考えている。
毎月開催できるかどうかはいまのところなんとも言えないが、それでもできる場があり、手を貸してくださる人がいる。
ありがたいことだ。