文藝春秋 2026年11月号
ひさしぶりに文藝春秋を買った。昨日発売の11月号には、内田光子のインタヴューが載っている。
引用したいこと、書きたいことはいっぱいあるけれど、文藝春秋 11月号を買えば読めるのだから、これだけでいいだろう。
ひさしぶりに文藝春秋を買った。昨日発売の11月号には、内田光子のインタヴューが載っている。
引用したいこと、書きたいことはいっぱいあるけれど、文藝春秋 11月号を買えば読めるのだから、これだけでいいだろう。
ずっと考えていたことがある。
初期のマークレビンソンのアンプ、いいかえると回路設計にジョン・カールが携わっていたアンプ、具体的にはJC1、 JC2、LNP2、ML2といったアンプ。
これらとトム・コランジェロが回路設計に携わったアンプ、ML3、ML7、それ以降のアンプ。
明らかに音が違う。
黒田先生は、 ML7以前のマークレビンソンのアンプの音には、ナルシシズムを感じる──、ステレオサウンド 59号で、そのような主旨のことを書かれている。
ML7からは、ナルシシズムが感じられない、とも書かれている。
納得できると、黒田先生の文書を読んでそう思いながらも、完全に納得できていたわけでもなかった。つねに、ほんとうに初期のマークレビンソンのアンプの音にはナルシシズムがあったのか、と腑に落ちないところもあった。
ここにきて、やっと私なりの結論が見えてきた。
初期のマークレビンソンのアンプにあったのは、少なくとも私が感じたのは、しかもそれを他のアンプにはない魅力と感じたのは、マーク・レヴィンソン自身の飢餓だ、と。
その飢餓が、トム・コランジェロと組んでからのアンプからは感じとれなくなった。
9月30日に落札したサンスイのEC10が、やって来た。ヤフオク!の商品説明にもあったように約一週間かかっての到着。
軒先き渡しなので、しかも大型なので梱包もしっかりしてあって、受け取ったあとは一人で作業。
開梱も、しっかりした梱包だな、と何度も思いながら時間をかけてやっていた。開梱のあとは梱包材の片付けで、あれこれ四十分ほどかかってしまった。
EC10のサイズは、JBLの4343に近い。横幅と高さは少し小さいが、奥行きはEC10の方がある。重量はスピーカーユニットか2220Bだけなので、4343よりは軽い。とはいえ、なかなかの大きさ。
まだスピーカーユニットの換装はしていない。2220Bがついているのを見ていると、私のところにはJBLのホーンとドライバーが三ペアあるから、一度は、JBLでの組合せも鳴らしてみたくなったし、BOSEの901SeriesVを中心に、上はエラックのリボン型、下はEC10+2220Bで補強してみるのも面白そうだと思い始めている。
EC10には、ECシリーズのカタログと取扱説明書も付いていた。カタログには、昔の秋葉原にあった光陽電気の判があった。
ということは、最初のオーナーは東京(もしくは近郊)で購入。その後、引越しされてそこで処分されて買取店に引き取られたのか。
それとも個人売買を経て、福岡あたりまで行き着いたのか。
はっきりとしたことはわからないが、少なくとも東京から福岡に行き、そこでヤフオク!へ出品。それを東京に住む私が落札。
EC10が発売になって、ほぼ五十年。その間にずいぶん移動している。
10月23日から開催のインターナショナルオーディオショウの講演スケジュールが公開されている。
ここ数年、感じているのは、昔は講演スケジュールにはオーディオ評論家の名前がびっしりと並んでいたのが、ここ数年、ゆっくりとではあるが変化している。
オーディオ評論家の名前が減り、自社講演やオーディオ評論家ではないゲストの名前が増えてきている。
オーディオ評論家の話をもっと聞きたい、という人からすれば、昔の方が良かったになるだろうが、私は、この変化はインターナショナルオーディオショウを面白い方向へと変えていくようなに感じている。
今年の講演スケジュールで、個人的に面白そうと感じたのは、昨年と同じになるが、今井商事の是枝重治氏の講演。今年もヴァイタヴォックスのCN191を鳴らす、と聞いている。
それからラッキーインターナショナルの24日の、田中伊佐資氏と吉野俊介氏の回だ。吉野俊介氏はステレオの編集長。ステレオは9月号で「田中伊佐資がやりたかったこと」という特集を組んでいる。
楽しそうな企画だ。
別項で少し触れている毎年恒例のオーディオの人たちの集まり。いろんな立場の方が集まる。
そこで、自作の話が出た。自作をしたことがない人は、おーの本当のところがわかっていない──、と。
これはオーディオマニアに対してというよりもオーディオ評論家に向けてのものだった。
この話をしていた二人は、オーディオ評論家と仕事をすることが多い。アルコールも入っての話ではあっても、本音と受け止めていいように感じた。
自作の経験は、本当に必要だろうか。
そう思いもするけれど、半分は同意できないというのが、私の考えだ。
自作といっても、ピンからキリまであって、その幅の広さと奥行きの深さは、そうとうなもので、入り口のところをほんのちょっとだけやっての自作から得られることは、いかほどだろうか。
もちろん、これも人それぞれである。同じ、入り口的な自作の経験であっても、そこから得られることは、その人次第でもあるからだ。
確かに昔のオーディオ評論家は、自作をしていた。ステレオサウンド創刊当時の人たちは、みなそうである。
あまり自作の印象のない人であっても、昔のオーディオ雑誌(ラジオ雑誌)を見れば、この人もアンプの自作記事を発表していたのか、とならはず。
スピーカーの自作で知られる長岡鉄男氏も、スピーカー以外の自作をされていたと、以前メーカーの人から聞いている。
いまステレオサウンドで書いている人たちよりも上の世代では、そのくらい自作があたりまえのことだった。そこには時代の違いが、もちろんある。
オーディオ評論家にも、読者にも世代がある。そんないろんなことを踏まえて、どう考えるか。
岡先生がAKGのK1000について書かれていることで、当時から、もし手に入れたらやってみたいと思っていたことは、次のことだ。
数回引用しているから、またか、と思われるだろうが、それでも読んでほしい。
*
このまったく新しいヘッドフォンを使用中にひとつ新しい発見があった。聴いている音楽を同時にスピーカーからも音を出してみる。それも音量感からいえば、ヘッドフォンを耳で聴いているレベルの数分の1から10分の1ぐらいでよいのだが、このスピーカーの音によって、音場感がひじょうに広くなりパースペクティヴも感じられる。レベル差がひじょうに大きいので定位感はヘッドフォンの音で決まってしまうので、スピーカーに対するリスニング・ポジションを気にすることも必要ではない。今までサテライト・スピーカーを使ったり、いろいろな音場再生を行なってみたことはあるが、ソースのクォリティを損なわず音場感を得られるということは実におもしろい経験でもあった。
*
このことがあるからこその、ここでのテーマ「終のリスニングルーム」でもある。
全帯域をスピーカーから、音量を絞って鳴らすこともだが、サブウーファーで低音だけを鳴らすという手もある。
いまはまだK1000だけの音を楽しんでいるところだが、いずれやる。
そのスピーカーも何がいいのか。スピーカーをかえても、そう大きく変化しないのかするのか。それとピストニックモーションのスピーカーなのか、ベンディングウェーヴのスピーカーなのか。
K1000のユーザーで岡先生と同じことをやっている人はいよう。でも、ベンディングウェーヴでやっている人は、そうはいないだろう。
ステレオサウンドがこれまでに出してきた別冊が何冊になるのか数えていないが、けっこうな数になる。
全ての別冊がステレオサウンド本誌よりもワクワクしながら読んだわけではないが、いくつかの別冊は当時のステレオサウンド本誌と同じくらいか、それよりも面白かったものもある。
どれが面白かったかそうでなかったかは読み手次第のところもある。それでもHIGH TECHNIC SERIESは、多くの人が面白いと感じていたと思っている。
このHIGH TECHNIC SERIESとサンスイのECシリーズは連動しているように、当時から感じていた。
三冊目のトゥイーターの号では、JBLのLE8TをEC20におさめてのトゥイーターの試聴が行われている。
HIGH TECHNIC SERIESは四冊目のフルレンジの号で終ってしまったが、おそらく五冊目ではウーファー、六冊目ではミッドハイ用のホーンとドライバーの試聴だったと思っている。
そうなるとウーファーのエンクロージュアにはECシリーズが使われていた可能性は大きい。
ホーンとドライバーの試聴でもウーファーを決めての試聴になるだろうから、ここでもエンクロージュアはEC10の可能性大といえる。
ECシリーズはEC10、EC20などの第一弾が製造中止になった後、1982年に第二弾として、EC246、EC146、EC138を出してきた。
型番の下二桁の数字が搭載できるウーファーの口径となっている。EC246、EC146は18インチ(46cm)口径ウーファーが搭載でき、サブバッフルを使うことで38cm口径も使えるようになっていた。
HIGH TECHNIC SERIESも続きが出なくなり、瀬川先生がなくなり、ECシリーズも製造中止になり、JBLがサンスイから離れ、サンスイは名前だけになってしまった。
落札したEC10は金曜日に福岡から発送されているが、大型のためと佐川急便が不正アクセスを受けた影響もあってだろうが、まだ到着していない。
いつ頃到着なのか、配達状況をウェブサイトでチェックしようとしても、不正アクセスの影響でできなくなっている。
憧れのオーディオ機器ではないものの、こうやって書いているといろんなことをおもう。
現在の学校の音楽室は、どうなのだろうか。
私の中学、高校時代はCDはまだ登場していなかったから、音楽室にあったのはクラシックのLPだけだった。
1982年にCDが登場して、1980年代の終りごろには普及した、といえる状況になっていたから、学校の音楽室にもCDとCDプレーヤーが導入されるようになったと思う。
LPよりも扱いが楽なCDの方が、学校の音楽室には向いていよう。公立と私立、都会と地方とでは、移行の時期に違いはあっても、LPを使い続けている学校はないように思う。
どこかのタイミングでCDを導入していることだろう。
そして現在。Qobuzが日本でサービスを開始してもう少しでまる二年。Apple Musicも内容が充実してきている。
そうなるとストリーミングを音楽室に導入する学校がそろそろ出てきても不思議ではない、と思っている。
そうなると生徒たちが、CD、LPの取り扱いに気を使わずに音楽を、音楽室で聴く環境ができる。
ストリーミングならば、CDやLPの紛失ということもなくなる。先生の負担も減る。
今日は、あるところで毎年恒例のオーディオの人たちの集まりだった。そこでも、若い人たちにいい音で音楽を聴いてもらいたい、という話になった。
ところが、そういう場が東京でもなかなかない。でも音楽室がある。
サンスイのECシリーズは、カタログを眺めながら、あれこれプランを立てるのが、あの頃はすごく楽しかった。
ECシリーズのエンクロージュアは寸法もよく考えられていて、積み重ねて使う場合でも、デコボコになることはなかった。ECシリーズは、積み木的組合せが可能だった。
ステップを踏んでグレードアップできるのがECシリーズの大きな特徴なのだが、最終的に4343と同等の4ウェイシステムを構築しようとすると、けっこうな予算を必要とする。
ならば4343を最初から買った方がまとまりはいいし、面倒でもない。それでもあの頃、ECシリーズを夢を見させてくれた。それは憧れだけではない夢でもあった。
しかもECシリーズのエンクロージュアは、バスレフポートの交換が簡単にできる。EC10は3つ、EC20は2つ、 EC30は2つのポートを持ち、メクラ板も付属しているから、密閉型にもできる。
バスレフポートも、D5(100φ×90mm)とD6(80φ×110mm)がついていた。
とにかくいろいろ遊べる。
私と同じようにECシリーズのカタログを眺めていた人は、きっといるはず。
そんなEC10がやって来る。しかも、そのEC10にアルテックの604-8Gを搭載しようと考えている。
ブルーバッフル、周りはサテングレーの、JBLのユニット用に開発されたエンクロージュアに、604-8Gである。
昨晩落札したサンスイのEC10には、JBLのウーファー、2220Bがついている。
にも関わらず、安価で落札でき、配送費の方が高いくらいだ。
2220Bは、JBL Professionalの 15インチ口径のウーファーの中で、最も能率が高い。
4343に搭載されている2231Aの出力音圧レベルは、93dB/W/m、菅野先生が使われていた2205は96dB/W/m、2216は96dB/W/m、2215が94dB/W/mのなか、2220Bは101dB/W/mとなっている。
その分、f0は、2231Aが16Hzに対して37Hzと高め。
コンディションがどうなのかは写真だけでは判断できなかった。2220Bをどう使うかは何も考えていないが、試してみたいことは一つあって、それによってどういう変化を聴かせてくれるのか。
artificial intelligenceが、AI。
今日、気づいたのは、audio identityも、略すればAIということ。
次に思ったのは、artificial identityも、またAIだということ。
サンスイのECシリーズは、1977年10月の発売。
コーン型ユニット用エンクロージュアがEC10、EC20、EC30の3モデル。ホーンやトゥイーター、ミッドバス用としてEC11、EC12、EC21の3モデルがあった。
瀬川先生のフルレンジからの4ウェイの案を、まずJBLのLE8Tから始めようとすると、EC30(42,000円、一本)か EC20(60,000円)があった。
EC30の外形寸法はW39.0×H59.0×D29.0cmで、そのころサンスイが出していたSP-LE8T(W35.8×H59.6×D30.0cm)と近い。EC30の内容積は48ℓ。
LE8Tの推奨エンクロージュア容積は21〜113ℓで、EC30との組合せは、いい結果となるだろう。
EC30の一つ上のEC20の外形寸法はW50.0×H78.0×D38.0cm、内容積は115ℓと、LE8Tの推奨エンクロージュア容積の、ほぼ上限。
4ウェイまで発展させていくのであれば、最初はLE8TとEC30の組合せからだな、と高校生だった私は考えていた。
EC20は、20cmから30cm口径用だから、将来38cm口径用のEC10を導入する際に、大きすぎることになる。
それにEC30には、トゥイーター取付け用サブバッフルが付属していたのもよかった。次のステップとして2405を追加する際、サブバッフルを用意する必要がない。
EC20、10も取り付けられるのだが、別途購入しなければならなかった。高校生が少ない小遣いでやりくりしていくのだから、こういう配慮はありがたいと感じていた。
そんなことを当時はあらこれ考えていた。結局、実行にうつすことはなく、ずいぶん時間が経った。ほぼ五十年後に、EC10を落札した。
スピーカー自作ブームというのが、確かにあった。私がオーディオに興味を持ち始めたら1970年代の後半はそうだった。
スピーカー自作のムックがいくつか出ていたし、スピーカーユニット、エンクロージュア、その他のパーツなども、いろいろ揃っていた時代だった。
ステレオサウンドから、その頃出ていたHIGH TECHNIC SERIESも、二冊目のMCカートリッジの号以外は、スピーカーの自作をメインテーマとしていたといえる。
別項でも何度も何度も書いているが、HIGH TECHNIC SERIESの一冊目はマルチアンプがテーマだった。瀬川先生提唱のフルレンジユニットから始める4ウェイシステムの構築が載っていた。
フルレンジだけで鳴らす。それからトゥイーターを足す。次はウーファーを足し、最後にフルレンジとトゥイーターの間にミッドハイを足して4ウェイ化するというもの。
瀬川先生は、ずいぶん前に、このフルレンジから最終的な4ウェイの案を発表されていたが、私にとっては、HIGH TECHNIC SERIESが最初だった。
JBLから4343がすでに出ていて、高い評価を得ていただけでなく、ヒットしていた時代でもある。4343に憧れながらも、高校生にとって手が届く4343ではなかった。それでも4343への憧れ、そして4ウェイへの憧れは大きくなっていた。
その頃である、サンスイが当時輸入していたJBLと共同開発したエンクロージュア、ECシリーズを出してきたのは。
このECシリーズは、エンクロージュアを自作しなくても、瀬川先生のフルレンジからの4ウェイを、実現できるための出てきた──、そんなふうにも捉えていた。
私のところにあるアルテックの604-8Gは、早瀬文雄(舘
一男)さんが京都にいたころに手に入れられたモノ。
別項で書いているように、トゥイーターのダイアフラムが両チャンネルとも断然している。
舘さんは、完動品ということで、知人から購入したのに、結果はそうではなかった。舘さんは知人に裏切られたと感じたのか、その604-8Gへの関心が一気になくなってしまったようで、後日、「使いませんか」と連絡があり、私のところにやって来た。
604-8Gが届いて、エンクロージュアをどうしようかとあれこれ考えては迷っていたころ、住んでいたところの大家さんが亡くなり、建物が壊されることになり引越し。
引っ越してからまもなく、この部屋にはJBLのハークネスがやって来た。岩崎先生が鳴らされていたハークネスである。
部屋は少し狭くなっていた。そこにはハークネスが来たので、604-8Gのエンクロージュアの件は、しばらく、お休み。
しかも、この部屋には数年後、タンノイのコーネッタがやって来たから、604-8Gの出番はなかった。
604-8Gはそのまま元箱に入ったまま、2024年にまた引越し。
部屋は少し広くなった。置けないこともない。なので、そろそろ本気で604-8Gに取り組もうと思いつつも、
エンクロージュアに関しては、予算があれば、こうしたいという案があるけれど、満足のいくモノにしようとすると、けっこうかかる。
となるとなんらかのエンクロージュアを手に入れて、手を加えていくのが、現実的である。
夏ごろから、ヤフオク!で使えそうなエンクロージュアが出品されていないか、割とマメにチェックしていた。
別項で、この604-8Gと舘さんのことを書いているのも、私自身にハッパをかけるためでもある。
ヤフオク!でチェックしていると、あれこれ気づくことがある。直接604-8とは関係のないことであっても、同じ型番のエンクロージュアであっても、とあるメーカーのモノは、製造時期によって造りに違いがある。
これはそういうことか、と一人納得しながら、いい感じのエンクロージュアが出ないかと待ち続けていた。
そして、先ほどようやく落札した。
(その1)で、JBL 4343は名器かと問われると、少し違うと書いた。
JBLの、例えばハーツフィールドやパラゴンは、私だって名器だと思う。パラゴンは現行製品であったころから、名器として認められていた。
4343を名器と呼ぶ人はいるだろう。
私も名器と呼びたい気持を持っていないわけではないが、考えれば考えるほど、はたして4343は名器なのか、と自問してしまう。
世間一般の評価は、ここではあまり関係ない。あくまでも私個人が、4343を名器と感じるかどうかだ。
4343の前身である4341はどうか。4343の上のモデルの4350はどうか。
4343の後継機としての4344は、どうか。それから18インチ口径ウーファーを搭載した4345は、名器なのか。
4350は凄みを感じさせるスピーカーシステムなのだが、ここでも4350は名器とは、少し違うと思ってしまう。
4350の後継機の4355よりも4350の方が、私の中では名器に近いポジションにいるけれど、そして4344と4343に関しても同じことがいえるけれど、
それでも少し違うの、「少し」とは、いったい何なのか。そのことをあれこれ考える。