Date: 8月 2nd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その3)

瀬川先生のオーディオ・ティーチインで、その回の時聴いたのは、マークレビンソンのLNP2、AGIの511、マッキントッシュのC32、パイオニアのExclusive C3などが用意されていた。

他にもあったような気がするするけれど、確実に聴いたと記憶にあるのは上に挙げた機種で、いま思うと、どの機種もはっきりとした個性を持っていた。

LNP2が一番いいと感じたけれど、好印象だったのは、511とDB1+DB2だった。
511はRFアンダープライゼスが輸入していた正規品ではなく、並行輸入のブラックモデルだったことは別項に書いているとおりで、この511の音は、聴いていて気持いいものだった。

DB1+DB2の音は、マークレビンソンと一緒に聴けたことも良かったと思っている。当時高校生だったから、二十万円以上するコントロールアンプは、欲しくてもすぐに手が届くわけでもなく、それでもマークレビンソンのコントロールアンプに通じる良さを持つアンプが、数分の一の価格で手に入る。

まさにプアマンズ・レビンソンであった。

固有名詞の前にプアマンズとつけることは、昔からよく使われていた。それでも受け取り側の意識は時代と伴い変化していき、私がステレオサウンドにいたころも、読者からプアマンズ◯◯という表現は、貧乏人のための、というひょうげんだから不快だという苦情があった。

高校生だった私は、アルバイトといえば新聞配達ぐらいしかなくて、社会人と比較すればプアマンだ。マークレビンソンのアンプが欲しくてもすぐには手が届かない。そんな私にとって、DB1+DB2は、マークレビンソンへの道の途中にしっかりと存在している音のアンプだった。

それだけの魅力だったら、いまこうしてヤフオク!で落札することはしなかった。確かにプアマンズ・レビンソンといえても、DB1+DB2はDBシステムズのアンプであり、
マークレビンソンのアンプを手に入れたとしても、そのまま使い続けたいという想いも抱かせた。

Date: 8月 1st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その2)

DBシステムズのDB1+DB2の、アメリカでの当時の価格はDB1が397ドル、DB2が78ドル、ウッドキャビネットが34.95ドルだった。1977年は、1ドル260円ほどだから、単純計算だと132,000円ほどとなり、ヤマハのC2と同価格帯のコントロールアンプとなる。

アメリカからの輸入品なのだから、関税や輸送代、輸入元の利益などを含めると、日本での253,0000円という値付けは、当時の感覚では、このくらいだろう、というところに収まっている。

いまの感覚からすると、輸入品とはいえ高い、と感じるかもしれない。それでも音を聴くと、そのへんの感覚は違ってくることもある。

DBシステムズと同じアメリカのコントロールアンプには、AEAのAnalogue 520(298,000円)、AGIの511(260,000円)、マッキントッシュのC26(248,000円)など、同価格帯には選択肢が他にもあり、けっこう充実していた価格帯でもあった。

ヤマハのC2ともずいぶん対照的だし、マッキントッシュのC26とも対照的でもあるDB1+DB2を、どう受け止め評価するのか。

人によって違ってくるのは当然であり、それはDB1+DB2の音を聴いているかによって、相当に違ってくる。

私は瀬川先生が熊本のオーディオ店に定期的に来られて行われていたオーディオ・ティーチインで、DB1+DB2を聴くことができた。

この時、聴いていなければ、今回、落札することはなかったと思う。

Date: 7月 31st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その1)

今年になってパワーアンプが増えたことは、すでに書いている。パワーアンプの数が増えたらコントロールアンプの数も増やしたくなる。

とはいっても、パワーアンプほどコントロールアンプの傑作はそれほど多くない。個人的にも魅力を感じるモノとしてのコントロールアンプは、それほどない。

先ほど、ヤフオク!で、DBシステムズのDB1+DB2を落札した。
DB1+DB2は別項で触れているように、徹底的にローコスト化をはかった造りをしている。
プリント基板にRCAジャックを取り付け、そのままリアパネルとしている。なのでリアパネルとしての強度は低い。

DB1+DB2は、1977年ごろに登場しているから、当時のラインケーブルには太くて重たいモノはなかった。細く軽いケーブルだから、DB1+DB2のようなリアパネルでも使えた。

今どきの太く重たいケーブルだと、DB1+DB2のリアパネルにはかなりの負荷となる。全ての端子に、そんなケーブルを接ぐことは、故障の原因となる。

リアパネルがそうであるように、フロントパネルも素っ気ない。化粧っ気がない。

DB1がアンプ本体の型番で、DB2が電源の型番。アンプ本体がそうなのだから、電源部も、これ以上コストは削れない感じの造りだ。

DB1+DB2は、当時DB1が212,000円、DB2が41,000円で合計253,000円していた。ヤマハのC2が150,000円だった。何も知らなければ、DB1+DB2が高いとは思えない、そんなアンプである。

そのDB1+DB2を、今回、動作未確認品ということで、かなり安価で落札できた。

Date: 7月 31st, 2026
Cate: ディスク/ブック, 映画

今日の日はさようなら

二日前に映画「ちいかわ 人魚の島のひみつ」を観た。映画の中で、「今日の日はさようなら」が流れる。

ひさしぶりに聴く歌だと思っていた。
帰宅してストリーミングを検索。いろんな人が歌っている。
私にとって意外だったのは、映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」でも使われていたことだった。

映画館で観ている。だから、その時聴いている。2009年の映画だから、それほど昔というわけでもない。
なのに、「ちいかわ」を観て、いつ以来だろうとふり返るほどに、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」での記憶はなかった。

けっこう印象に残るシーンでの、さらに印象に残る使われ方なのにも関わらずである。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」では、ひさしぶりに聴いた、と思わなかったからかもしれない。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」以前だと、小学生か中学生の音楽の授業での記憶ぐらいしかないから、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」で耳にした「今日の日はさようなら」は、ほんとうにひさしぶりだったのに、そう思わなかったのか。

同じ歌でも歌う人によって、印象は変るのは言うまでもないことだが、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」での「今日の日はさようなら」を今回改めて聴いて、歌だけを比較すると、どちらかがより強く印象に残るという感じ方はなかった。

ならば映画の中での使われ方の違いとなるわけだが、そこシーンだけを比較できるのであれば、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の方が強い印象と感じるかもしれない。

なぜだろう、と考えながら、昨晩はいくつかの「今日の日はさようなら」を聴いていた。

Date: 7月 30th, 2026
Cate: ワイドレンジ

同軸型ユニットの選択(その36)

ARU付きエンクロージュアは、二年間ほどだったが、所有していたことがある。いわゆるシャーウッド型エンクロージュアで、ずんぐりむっくりしたプロポーションで、フロントバッフルが傾斜している。

ヤフオク!で落札したモノで、確か五千円ほどだった。かなり以前に作られたモノなのだろうが、造りはしっかりとしていた。
大工さんに頼んで製作した、と説明文にはあった。造りの良さは、そのことを実感させてくれたほどだった。

つまりエンクロージュア本体は、いわゆるオリジナルではない。けれどリアバッフルに取り付けられていたARUは、グッドマン製のオリジナルだった。

このエンクロージュアには、友人から少しの間借りたフルレンジユニットを取り付けて鳴らした。
そのスピーカーユニットとエンクロージュア(ARU)との相性がどうだったのかを探るほどは聴いていない。感触がとりあえず掴めるぐらいでしかなかったが、いま思えばARUだけでも取り外して取っておけばよかった、と少し後悔している。

部屋の大きさは変らないのに、スピーカーシステムの数が増えていくのだから、処分している。

私が持っていたシャーウッド型エンクロージュアは、30cm口径用だったが、これを38cm用にひと回り以上大きくする。全体のイメージとしては、JBLのL200のようにしたい。
その上でARU。

アルテックの604-8Gがうまく鳴ってくれるという確信も保障もないが、こういう感じのエンクロージュアもいいな、と思っている。

Date: 7月 29th, 2026
Cate: 会うこと・話すこと

店で買うと云うこと(その8)

ラジオ技術2005年1月号の特集は、第34回ベスト・ステレオ・コンポ・グランプリで、その座談会で、菅野先生が語られている。
     *
菅野 実は僕はさる知人から頼まれて、銀座に店を持っている実業家が集まる会合で話をしまして、皆さんは絵や彫刻には関心をお持ちのようだけれども、文化という点では音楽も同じことなんですよ、ということで、デモをやったことがあるんです。デモが終ったあと、なるほどオーディオというものがこんなすばらしい音楽を聴かせてくれるということがわかった。ところで、いま並んでいるこういう製品は銀座で買えますか、というんです。銀座にはないというと、じゃデパートにはあるあというから、デパートにもない。というと、何ともいえない顔をしてましたね。でも、昔は銀座でも井上商会とかヤマハなんかで売ってましたよね。秋葉原にはあるというと、「アキバですか」という顔をしてました。
高橋 オーディオ製品を買いに秋葉原にいくきはしませんね、あの雰囲気じゃ。
     *
反論したい人もいよう。

私はこの時の話を、菅野先生から直接聞いているから、ラジオ技術には載っていないことも聞いている。

2005年から二十年以上経っている。銀座も変ったといえば変化している。いい方向にばかりではない。
秋葉原も変っている。オーディオを買う場としては、いい方向悪い方向というよりも寂しい方向に変っている。

以前別項で書いている友人Aさんの女友達、それからBさん夫妻。彼女らは、秋葉原のオーディオ店からではなく、ヨドバシで、それぞれSACDプレーヤーとプリメインアンプ、ヤマハのセパレートアンプの5000シリーズを購入している。

どちらも秋葉原のオーディオ店からは買いたくなかったからだ。

Date: 7月 28th, 2026
Cate: 「スピーカー」論

「スピーカー」論(スピーカーユニットのインピーダンス)

スピーカーユニットを組み合わせてスピーカーを自作する場合、基本的には各ユニットのインピーダンスは揃えるようにする。

ウーファーが8Ωならば、スコーカー、トゥイーターも8Ωとするわけだが、コーン型ウーファーとホーン型トゥイーター(スコーカー)の場合、あえてホーン型ユニットの方を高くするのも、一つの手法である。

例えばJBLの4343の2405は、私が見た限りでは16Ωになっている。
以前、別項で書いているように、JBLのコンプレッションドライバーの比較試聴を知人が聴いている。
8Ωと16Ωの比較試聴だったそうだが、16Ωの方が、鳴った瞬間、いいと感じた、とのこと。

この話を知人から聞いてそうだろう、と思ったことも書いている。

野口晴哉氏所有のウェスターン・エレクトリックの757Aを聴いている。この757Aというスピーカーシステムは、ウーファーは4Ω、トゥイーターは16Ωである。

この757Aの音は、本当に素晴らしかった。そして、この757Aの音を聴いて、コーン型ウーファーとホーン型トゥイーターの組合せの場合ならば、変換効率の高いホーン型ユニットのインピーダンスは、ウーファーよりも高くてもかまわないし、むしろその方が好結果が得られる、と私は考えている。

Date: 7月 27th, 2026
Cate: 「オーディオ」考

オーディオへの献身(その4)

音への感情を共有すること──は可能なのだろうか。

ある音を聴いている二人が、同じ言葉で音を表現したとしても、だからといって、そこでの音への感情が一致しているとは、当の二人にもはっきりとは言えないことのはず。

いいや、同じだ、と言われる人もいるだろうが、同じ人と一回だけでなく、何度も一緒に同じ音を聴いて、という経験を持っている人ならば、音への感情のずれ、不一致を少なからず感じている、と私は思っている。

大きくは一致していても、細かいところではそうではないこともあるし、大きく違うこともある。

人は、私も誰もが、そこで鳴っている音の全てを聴いているわけではない。私一人に限っても、常に同じように聴いているわけでもない。

全てを聴いている、と自信を持って言っている人がいたら、その人の言うことは信じなくていい。

音は広く、深い。

Date: 7月 26th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(番外・ステレオサウンドの表紙)

9月発売の号で、ステレオサウンドは創刊60周年となり、240号。
その数だけの表紙がある。

どれがベストなのかは人それぞれだろうから、あえて書かないが、私が好きな表紙は42号と43号だ。

42号の表紙は、ヤマハのプリメインアンプCA2000とラックスのターンテーブルPD121、43号の表紙は、セレッションのスピーカーシステムUL6とAGIのコントロールアンプ511である。

43号の表紙を見て、いい組合せかも、と思ったことを、いまも憶えている。
組合せといってもコントロールアンプとスピーカーシステムだけだが、43号の半年前に出たコンポーネントステレオの世界’77で、AGIの511とQUADのパワーアンプ405の組合せが、いい結果を生んでいることを知っている。

だから自然と、表紙に写ってこそないが、パワーアンプはQUADの405と想像する。

511、405、UL6。いい組合せだ。UL6に対してアンプを奢りすぎている感はあるが、一度は聴いてみたい組合せだ。

アナログプレーヤーは、511、405、UL6、どれも大きくないから、デュアルのプレーヤーが似合う。

42号の表紙は、アナログプレーヤーとプリメインアンプだから、スピーカーシステムを想像した。日本製でまとめるならば、あれかな、これもいいな、と。国産ということにこだわらなければ──、そんなことを想いながら見ていた。

Date: 7月 26th, 2026
Cate: 電源

モバイルバッテリーという電源(その29)

その4)で、ドイツのゾンネシャインというバッテリーメーカーのことを、ほんのちょっとだけ書いている。

1970年代、ゾンネシャインのバッテリーは音がいいと、当時読んでいたオーディオ雑誌に書いてあった。試してみたいと思ったけれど、どこで買えるのかがわからなかった。それでもゾンネシャインの名前だけは記憶していた。

ゾンネシャインで検索すると、このドイツの会社はいまもバッテリーメーカーとしてある。

Sonnenschein。
カタカナ表記は、ゾンネシャインの他にゾンネンシャイン、ゾネシャインがある。

現在の輸入元、岡田商事の表記では、ゾネシャインである。

100年以上の歴史を持つとある。

あの頃は、ゾンネシャインの名前を憶えるしかなかったけれど、いまはこうして簡単に調べられる。

中学生、高校生だった私が、インターネットとiPhoneを持っていたら、あの頃以上にオーディオ漬けの日々を送っていたことだろう。

Date: 7月 25th, 2026
Cate: ディスク/ブック

アッカルドのロッシーニ:弦楽のためのソナタ集

サルヴァトーレ・アッカルドによるロッシーニの「弦楽のためのソナタ集」は、ステレオサウンドにいたころ、よく聴いた。
といっても、自分でディスクを買って聴いていたのではなく、試聴レコードの一枚として、何度となく聴いていた。

耳にタコができるほどではなかったが、同じところをくり返し聴いていた。
試聴レコードとして使われていたのだから、録音は良かった。演奏も良かったし、当時、レコード雑誌でも高い評価をつけられていたと記憶している。

聴いている人は、だからけっこう多いだろう。でも、私はアッカルドの、このディスクは買わなかった。CDになった時も、CDになったんだ、くらいの感想しか待てずに、そのままだった。

思い出したように聴くようになったのは、ストリーミングがあるからだ。ストリーミングでのジャケットは、廉価盤CDのジャケットだから、当時のアルバムとは違って、そっけない。

でも、そんなことは、音が鳴ってきた瞬間、昔のジャケットが浮かんできた。あのころは、まだLPだったから、試聴室のアナログプレーヤーの置き台に立てかけてあった。

試聴によく使うLPは、置き台に立てかけてあった。ジャケットからディスクを取り出して、プレーヤーのターンテーブルプラッターにおく。そんなことを、よく聴いたなぁということとともに思い出した。

あの頃はロッシーニは、あまり聴かなかった。いまもたいしてかわらなくて、あまり聴かない。そんな私でも、アッカルドによる「弦楽のためのソナタ集」は、ふと聴きたくなることがあるし、聴き始めると、時間があれば最後まで聴いている。

あの頃は、最後まで聴くことは一度もなかった。ストリーミングをやってなかったならば、ストリーミングで配信されていなかったら、聴き直すこともなかっただろう。

Date: 7月 24th, 2026
Cate: きく

聴いているという感覚、鳴らしているという感覚(その2)

自身の音を良くしていくために、オーディオマニアならば、数えきれないほどの比較試聴をしている。

アンプの比較試聴、スピーカーの比較試聴といった、大きな比較試聴もあれば、ケーブルをかえてみての比較試聴もあるし、ほんのわずかスピーカーの設置位置をかえてみての比較試聴もある。

そのたびごとに、どちらがいい音なのか、自分にとって好ましい音なのかを判断して、どちらかを選ぶ。

常に、こっちがいい、と判断がつくとは限らない。こっちもいいけど、あっちも捨てがたい魅力を持っている、と迷うこともある。

どちらも手元に置けることもあれば、予算的、スペース的にどちらかを選択しなければならない場合もある。

とにかくそうやって、時には失敗したかも──と思うことを含めて、音は少しずつ良くなっていくもの。

ここで思うのは、その時々の比較試聴では、文字通り比較しているわけだが、オーディオマニアは過去の自身の音と、現在鳴っている自身の音とを、本当に比較しているのか、という疑問を持つ人、持たない人がいるような気がする。

Date: 7月 23rd, 2026
Cate: ワイドレンジ

同軸型ユニットの選択(その35)

アルテックの604-8Gをおさめるエンクロージュアは、どんなタイプがいいのか。

アルテックが出しているエンクロージュアこそが最高と、すんなり思えれば楽といえばそうなのだが、そうではない、という声も私の中からはわいてくる。

では、どんなエンクロージュアを求めているのか。これがわりとフラフラしている。
以前は、ステレオサウンド 51号で記事となっているジェンセンのエンクロージュアが、いいように思っていた。

いまもいいように思っているが、同時に平面バッフルへのおもいも捨てきれないし、他にもいくつか考えている案がある。

同じ同軸型ユニットのタンノイは、絶対にフロントショートホーン付きエンクロージュアでなければ、と信じて、コーネッタを鳴らしているわけだが、アルテックの604シリーズとなると、フロントショートホーンが合うとは思えない。

フロントショートホーンのエンクロージュアにおさめた604の音は聴いたことがない。もしかするといい結果が得られるのかもしれないのだが、私の直感は、いい結果は得られない、と囁く。

何がいいんだろうか、とあれこれ考えるのが楽しいんであって、いずれ何らかのエンクロージュアにおさめたとしても、あのエンクロージュアにしたら──、と考え続けるだろう。

ここ数日考えているのは、グッドマンのARUである。604-8GをARU付きエンクロージュアにおさめたら、どうなるのか。

Date: 7月 23rd, 2026
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その90)

オーディオの想像力の欠如しているほど、特別扱いを求めるようだ。

Date: 7月 22nd, 2026
Cate: ラック

ラックのこと(その16)

ヤマハのGTR1Bを二台使っている。それぞれのGTR1Bの上部(天板の上)には、GASのTHAEDRAとアキュフェーズのDC330を置いている。

GTR1Bの棚板は使っていない。GTR1Bの中にも何も置いていないから、GTR1Bは収納のためのラックではなく、置き台としてのラックでしかない。

例えばTHAEDRAをGTR1Bの天板ではなく、中に置くとしよう。それで音が変化しなければいいのだが、現実には、好ましくない方向へと変化する。

棚板を設置して、そこに置くと、より好ましくない方向へと変化する。

わずかな違いといえばそうともいえるけど、無視できない違いだし、天板に置いても、GTR1Bの中に別のオーディオ機器を置けば、ここでも好ましくない方向へと変化する。

置き台としてのGTR1Bの使い方だが、GTR1Bが、今時の非常に高価なラックと比較すると安価だから──、が理由ではない。

どんなに高価なラックであったとしても、数段の収納棚にオーディオ機器を置けば、同じように音は変化していく。

(その15)に、そのラックに収納する複数のオーディオ機器のさまざまな相互干渉を抑えるということに留意していると思えない、と書いた。

一つのラックに収納されたオーディオ機器は、それぞれに相互干渉を引き起こす。振動面だけでなく、いくつもの面でそうである。

これらの相互干渉を完全に抑えることはまず不可能であっても、極力抑えようとする工夫は絶対に必要であるにも関わらず、いったいどれだけのラックがそうであるだろうか。