Date: 1月 11th, 2026
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その10)

渋谷にいまもある名曲喫茶ライオンを教えてくれたのは、HiViの前身のサウンドボーイの編集長のOさんだ。

教えてくれた、というよりも、行ってこい、と言われた。
行ってみた。
渋谷のこんな場所に、こんな建物が残っていて、しかも名曲喫茶なのか、とほとんどの人が驚くと思う。

私も驚いた。ライオンには、これまで四回ほど行っていて、一回目は一人だったが、
それ以降は、友人を連れてだったりした。

Oさんに、ライオンに行ってきました、というと、当然、どうだった? と訊かれた。
良くなかった、というと、そうだろう、と言われた。

もし、いい音でした、と答えていたら、どうだったのだろうか。
おそらく、こいつの耳は信用できない、となっただろう。

ライオンは、オーディオ雑誌、音楽雑誌よりも一般の雑誌の方が取り上げている。
喫茶店特集でも、ライオンの記事を見たことがあるし、昭和を感じられる的な記事でも取り上げられる。

知名度は吉祥寺のバロックよりもずっと高い。私が見た範囲では、どの記事もライオンのことを悪くは書いていない。
いい音でクラシックが聴ける、そんなふうに書かれている。

ライオンは繁盛している。私が、ライオンの音は良くないと、ここで書いたところで客が減ることはないと思う。

そう思っているから書いているのだが、一般の雑誌の編集者、ライターは、本当にライオンの音をいいと感じているのか。
ライオンでかかっている音楽に感動したのだろうか。

バロックにも常連はいた。ライオンにも常連の客はいよう。
彼らは、いい音で聴けるから常連になるほど通うのか。

私が四回も行ったのは、こういう店もあるよ、と友人らに教えたかったからだ。一人で行く気はない。

Date: 1月 10th, 2026
Cate:

オーディオと青の関係(名曲喫茶・その9)

昔からよく言われていることがある。
オーディオマニアの耳よりも、オーディオに関心のない音楽好きの人の耳の方が信用できる──、
そんなことが言われ続けている。

このことを全面否定はしないけれど、どっちもどっちじゃないかなぁ、ぐらいは言いたくなる。

去年12月に閉店した吉祥寺の名曲喫茶のバロック。
私はハタチぐらいの時だから1983年ごろに初めて行った。
2023年にも行った。

二回しか行っていないヤツに、そんなこと言われたくない、とバロックの常連だった人は思うだろうが、
私はバロックの音はひどい、としか思っていない。

バロックの音についてはいつか書こうと思っていたけれど、正直に書けば営業妨害のように受け止められるかもしれないから、書かずにいた。

けれど閉店したから、書いている。
バロックのヴァイタヴォックスのCN191にしてもタンノイにしても、どちらもうまく鳴っているとは、お世辞にも言えない。
まだタンノイの方がマシなぐらい、CN191の音はひどかった。
三年前に聴いたCN191は、四十年前の音よりもひどくなっていたように感じた。

そのバロックの音を、有り難く聴いている人もいることは知っている。
だからといって、バロックの音が良く聴こえるようになるわけではない。

ここまで書いたからさらに言えば、渋谷の名曲喫茶ライオンの音に感心したこともない。

Date: 1月 9th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その4)

ラジオとしてのチューナー、通信機としてのチューナー。
オーディオマニアとして、モノマニアとして心惹かれるのは後者であり、
マランツのModel 10BとセクエラのModel 1、この二機種がそこに当てはまる。

それでは他のチューナーは、どうなのか。
以前、別項「チューナー・デザイン考」で、手に入れたいチューナーとして、
ヤマハのCT7000、ウーヘルのEG740、アキュフェーズのT104などを挙げている。

ここでは、一切の制約なしに、いまも手に入れたいオーディオ機器について書いているので、
これらのチューナーも、手に入れたい気持はある。

でもその気持は、マランツやセクエラと同じかというと、違うところもある。

マランツ、セクエラは隔絶したモノとして欲しい。
けれど、上に挙げた機種はそうではない。

EG740は小型のチューナーで、CT7000とT104を欲しいという気持とは、これまたすこし違うところでの欲しい、である。

チューナーは、どうあってほしいのか。
通信機として最高性能を有するチューナーも欲しいし、
ラジオとして高性能なチューナー、もっと手軽にラジオ感覚で使えるチューナーも、また欲しい。

私のとって「ラジオ」は、FM専用ではなく、AMもいい音で聴けるモノとしてのチューナーである。

ウーヘルのEG740は、同社のポータブルカセットデッキと同じサイズで、デザインもパッと見て、何も知らない人はチューナーには見えないだろうし、
そこが魅力だし、上記の機種中、EG740だけがAMも受信できる。

Date: 1月 8th, 2026
Cate: アナログディスク再生, 老い
1 msg

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その18)

(その17)へのコメントがFacebookであった。
詳細は書かなかったから、高齢の方の取り扱いだと思われたようだが、実際は40代の方。

私よりも二世代若いとなると、音楽を聴き始めた頃はCDだっただろうし、
周りにアナログディスクの取り扱いの手本となる人もいなかった可能性もある。

コメントは、だから雑になってしまったのではないか──、ということだったが、
ショート動画を見るかぎり、扱いは丁寧なのだ。
だがセンタースピンドルの先端目指してすーっとレコードを置くことをやっていない。

音溝が刻まれているところだけには気を使っているのだろう。
つまりレコードのヒゲについて何も知らないからの、あの扱いなのだろう。

いま40代の人が読んできたであろうオーディオ雑誌には、レコードのヒゲについて書かれた記事はなかったように思う。
けれど、私が読んできたオーディオ雑誌にも、ヒゲについての記事はなかった。

私は「五味オーディオ教室」からスタートしているから、絶対にレコードにヒゲをつけてはならない──、
そのことが意識として常にあるけれど、他の人はどうだろうか。

ヒゲに関することは、あまり世代は関係ないように捉えているから、
丁寧に扱いながらもヒゲがつくことには無頓着な人がいることは、
オーディオの世界がいろんな意味で活発ならば、どこかで手本となる人と出会えただろうし、
注意してくれる人もいただろう。

オーディオショウでも、ヒゲについて言う人はいない。

そういうところに、オーディオの世界が老いてきているのかと、思ってしまう。

Date: 1月 7th, 2026
Cate: オーディオ入門

audio teach-in(その2)

先ほどメールが届いた。
そのメールには、アポジーのスピーカーシステムを低能率と書いているのは間違いだ、という指摘だった。

その人はアポジーのStage Oneのスペックを挙げている。
Stage Oneの出力音圧レベルは、107dB SPL Peak@4mとある。

一般的なスピーカーシステムの出力音圧レベルは、スピーカーとマイクロフォンの距離は1m。アポジーのStage Oneは4m。
四倍の距離があるにも関わらず、107dBという高い値。
むしろ高能率スピーカーではないか──、というものだった。

この人は、さらに生成AIに質問している。1mでの換算値は119dBになる、と。

アポジー発表のスペックは、107dB/W/mではない。
一般的な出力音圧レベルには、/W/mとつくことが多い。
多いからといって、それを省略して表記することはあまりない。

アポジーの出力音圧レベルに/W/mがついていない意味を考えれば、アポジーのスピーカーの能率が高いのが低いのかは、すぐにわかる。

アポジーの出力音圧レベルは、Peakとあることからもわかるように、最大出力音圧レベルである。

この人は、生成AIに訊くことを間違えているともいえる。Peakと表記されていることを訊けば、
おそらく生成AIも、最大出力音圧レベルのことだと答えてくれただろう。

オーディオの理解に生成AIを使うのはいいが、質問の仕方によって、こういうことが起こる。

Date: 1月 6th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その3)

マランツのModel 10Bに続くのは、やはりセクエラのModel 1である。
Model 10Bが管球式チューナーにおける通信機レベルのモノ、ソリッドステートのチューナーではModel 1である。

Model 10Bの開発者であったリチャード・セクエラが自身の名をブランドとし、チューナーだけを会社を興した。

これまでに、さまざまなオーディオのブランドが誕生してきたけれど、チューナーだけで勝負というのはセクエラだけだろう。

セクエラのModel 1は高かった。
マークレビンソンのLNP2が1,080,000円だった時に、1,280,000円していた。それから1,480,000円になった。

Model 10Bは前回書いているように、聴く機会はあったが、Model 1の音は聴いたことがない。
何度か見てはいるものの、音は聴けず、である。

セクエラの音を聴いたことがある人は、どのくらいいるのだろうか。
おそらくなのだが、Model 10Bを聴いたことのある人よりも少ないのではないのか。

聴いたことがある、という人が、私の周りにはいない。

これだけ高価なチューナーなのだから、きちんとアンテナを建てることができる人のみが買うのだろう。
お金があってもマンション住まいで、FM用のアンテナを用意できなければ、宝の持ち腐れでしかない。

それはModel 10Bだってそうだ。
アンテナは、アナログプレーヤーシステムにおけるカートリッジ的存在だ。
どんなに優れたトーンアーム、ターンテーブルであっても、カートリッジがそれらに見合ったモノでなければ──、と同じことだ。

もちろん安価なカートリッジでも、価格的にも性能的にも音質的にも釣り合わないプレーヤーシステムに取り付ければ、
このカートリッジは、こんな音で鳴ってくれるのか、という驚きはあるだろうが、そこまで留まりでしかない。

そんなことはわかっている。
いまコンディションのいいModel 10Bと Model 1があったら、そして買えるだけの余裕があれば、欲しい。

どちらも欲しい、が本音だ。
何を聴くのか。なんだろうなぁ……、と自分でも思う。

いまコンサートのライヴ中継は、どのくらいあるのか。いま手元に二台のチューナーがあるのに、そんなことも調べていない。
期待できない、と思い込んでいるからだ。

もしかするとNHKのアナウンサーの話を聴くようになるのかもしれない。
生々しい声だな、と思いながら。

Date: 1月 5th, 2026
Cate: アナログディスク再生

Wilson Benesch Circle(その6)

早瀬文雄(舘 一男)さんは、黒色を嫌っていた。
ヤマハのGTR1を使っていた時も、黒が嫌だからと塗り替えていた。

なのでGYRODECのブラック仕上げを選ぶことはなかったはず。
Wilson BeneschのCircleは石臼みたいなアピアランスで、
ターンテーブルプラッターは半透明の白っぽい感じだが、ベース部は黒。

舘さんがCircleを使っていた時、これがメインのアナログプレーヤーだった。
なのに私に「使いませんか」と譲ってくれたのは、黒だったことも理由の一つのように思っている。

音は気に入っている、いいプレーヤーだ、と彼はCircleを高く評価していたから、黒だったからだろう。

ターンテーブルプラッターがまわっているのを、ぼんやり眺める。
GYRODECには、そういう視覚的な楽しさがある。Circleにはない。

こうやって書きながらも、どうして舘さんがGYRODECに、あそこまで惚れ込んでいたのか、その理由ははっきりとはわからない。

考えるだけ無駄といえばそうなのだけれど、目の前にCircleがあって、たまにLPをかけると、とりとめもなく考えてしまったりする。

Date: 1月 4th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その2)

あるエンジニアの方いわく、
マランツのModel 10Bは通信機の造りだが、マッキントッシュはラジオだ、と。

Model 10Bと同時代のマッキントッシュの管球式チューナーを比較すると、確かにそうだと頷きたくなる。
マッキントッシュだけではなかった。
この時代のすべてのチューナーは、いわゆるラジオだった。

チューナーなのだからラジオでいいだろう、
そのラジオの中で普及機、高級機があって、マッキントッシュは高級ラジオ(チューナー)だった。

けれどModel 10Bは、そこにはいなくて通信機レベルのチューナーだった。

今の中古相場しか知らない人は信じられないだろうが、1970年代、’80年代はModel 7よりもModel 10Bの方が、明らかに高価だった。

それに当時のオーディオ誌では、マランツがスーパースコープに身売りするきっかけとなったのが、
Model 10の開発に予算と時間をかけすぎたため、というのが載っていた。

そういうすごいチューナーだが、Model 10Bの音を聴いているのといえば、聴いていない、というしかない。

まったく聴いたことがないわけではない。Model 10Bが受信したFMの音は、一回だけ聴いている。
とはいえ同じ条件で、他のチューナーと比較試聴したわけではない。

もっともチューナーの比較試聴は、まず無理である。チューナーの音について語るには、一ヵ月ほど自宅で使用して、次の月には別のチューナーにしてみる。
そんなふうにじっくり時間かけて使ってみないことには、チューナーの音を語ることはできない。

それでもModel 10Bは、いまでも欲しいのは「五味オーディオ教室」から、私のオーディオは始まっているからだ。

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その11)

ロジャースのLS3/5Aは、私にとってどういう存在、位置づけかというと、
非常に私的なスピーカーシステムということだ。

オーディオを介して音楽を聴くという行為は、私にとってはひとりで音楽を聴く行為である。

ひとりで好きな音楽を聴く。
それは、その姿を誰かに見られたら気恥ずかしいと思える音楽を、その音楽にふさわしい音で聴く、ともいえる。

LS3/5Aで、好きな女性ヴォーカル、それも歌い上げる歌手ではなく、
そっとささやくように歌う歌手を聴いているところを想像してみてほしい。

私は、その時の姿を誰かに見られたくないと思うし、
そんなこと一度も想像したことがない、という人の鳴らすLS3/5Aの音は、
私が思い描いているLS3/5Aの音とは、まったく別ものでしかない。

何人かのオーディオマニアのお宅で鳴っていたLS3/5Aは、そうではなかった。
オーディオショウで聴いた、いくつかのLS3/5Aの音もそうではなかった。
だからといって、ひどい音で鳴っていた、というつもりではない。

LS3/5Aというスピーカーの捉え方がまるで違うだけのことだ。

Date: 1月 3rd, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –今後の予定

1月のaudio wednesdayは14日です。
2月と3月は4日です。

開催場所の関係で人数制限があります。参加希望の方は、私宛にメールで連絡ください。無料です。

Date: 1月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その1)

出逢ったのは秋なのでもう少し先になるのだが、今年は「五味オーディオ教室」から始まった私のオーディオ歴は五十年になる。

一つの節目なので、私が欲しい、欲しかったと思ったオーディオ機器について書いていく。

チューナーからにしたのは、たまたま。すぐ目につくところにあったステレオサウンド別冊の表紙が、セクエラだったからだ。

TIDALやQobuzがなかった時代、チューナーの存在は大きかった。
18まで住んでいた熊本は、その頃は民放のFM局はなく、NHKのみ。
それでもケイト・ブッシュの歌と出逢えたのは、夕方の番組だった。
ケイト・ブッシュと出逢えたことだけでも、チューナーを持っていてよかった、
エアチェックしておいてよかった、といまでも思っているくらいだ。

五味先生は、FMのエアチェックに熱心だったことは「五味オーディオ教室」からも伝わってきた。

年末に放送されるバイロイト音楽祭、それから日本で行われるコンサートの生中継のエアチェックのために、
マランツのModel 10Bを使われていた。

当然、最初に憧れたチューナーはModel 10Bだ。

Date: 1月 2nd, 2026
Cate: ハイエンドオーディオ

ハイエンドオーディオ考(その25)

1988年に登場したビクターのSX1000は、ダイアモンド振動板を採用した。
いまではハイエンドオーディオのスピーカーシステムにも、ダイアモンド振動板は使われている。

ダイアモンド振動板だから、ということで驚くことはとうの昔になくなった。

ハイエンドオーディオの世界は、2024年に一億円を超えるスピーカーシステムが登場した。
2025年は、さらに上まわる二億円のスピーカーシステムも現れた。
こうなると、今年はもっと高価なスピーカーシステムが登場するのかもしれない。

もしかするとダイアモンドエンクロージュアのスピーカーシステムが、そう遠くないうちに現れるかもしれない。

最初は中高域のエンクロージュアのダイアモンド化であっても、それが受け入れられたとしたら、
ウーファーのエンクロージュアまでダイアモンド化──、そんな時代がいつくるのか。

私が生きているうちに登場したとして、はたして“Wow”というだろうか。

(その24)で、
デザイナーのミルトン・グレイザーの言葉を引用している。

“There are three responses to a piece of design—yes, no, and WOW! Wow is the one to aim for.”

言わないような予感だけがある。

Date: 1月 1st, 2026
Cate: オリジナル

オリジナルとは(想いとの関係性)

1981年、ステレオサウンド編集部宛に手紙を何度も書いては送っていた。
やってほしい企画を、思いつくかぎり書いては送っていた。

この手紙を、面白いやつがいる、と思ってくれた人がいたから、ステレオサウンド編集部で働くようになった。

1981年のことだから、紙に手書き。それを送っていたのだから、私の手元には何も残っていない。
それが手紙というものだ。

1997年からインターネットをやるようになって、友人と電子メールでやりとりするようになった。
最初は気づかなかった、というよりも意識していなかったのだが、
電子メールは送信したメールも、パソコンの中に残っている。

そのことを当たり前のように受け止めていたのだが、ふと、私のところに残っている、この送信メールはオリジナルなのか。
そんな疑問がわいてきた。

理屈では残っているメールがオリジナルで、送信したのは、そのコピーである。

けれど、ここに、なんらかの想いが絡んでくると、本当にそうなのか、とも思えてくる。
なんらかの想いを込めて送信したメールこそがオリジナルであって、
パソコンなりスマートフォンの中に記録されている送信済メールは、
コピーでしかない(事務的なメールを、そんなふうに感じたことはない)。

いつのころからか、あっ、送ったメールのコピーが残っている──、そんなふうに思うようになった。

Date: 12月 31st, 2025
Cate: 1年の終りに……

2025年の最後に

昨年11月に、父が倒れた。
90の誕生日の二日後だった。

大きな病院での検査の結果、国指定の難病だった。
今年5月に亡くなる。半年の入院だったわけだが、父は本の差入れを求め、ずっと読んでいたそうだ。

80半ばまで週一回テニスをしていた。
惚けることもなく、それまではずっと健康といえた。

母は足腰が弱ってきているものの、惚けることなく元気でいてくれている。

オーディオはお金もかかるし、時間も必要とする。
私は長男だから、いつかは親の介護で実家に帰ることになるだろう──、と若い頃から思っていた。

そのころからずっと東京で暮らしたままオーディオをやっていられる。
それだけで幸せだし、幸運だったとも思っている。

Date: 12月 31st, 2025
Cate: アナログディスク再生, 老い

アナログプレーヤーのセッティングの実例と老い(その17)

X(Twitter)に投稿されていたショート動画を見たばかり。
私が知らないだけで、ある程度有名なレコードコレクターの方が、レコードをかける動画だった。

無雑作にセンタースピンドルの先端で、レコードの中心孔周辺を擦っている。
いわゆるヒゲをつけまくるレコードのかけ方だ。

レーベルにヒゲがつこうが、音が刻まれている盤面には関係ない──、そういう感覚、認識なのだろう。

そんな人がレコードコレクターとして、そこそこ知られている。
人が、というよりもオーディオ界そのものが老いてきているような気さえする。