Date: 5月 21st, 2018
Cate:

野上眞宏 写真展「BLUE:Tokyo 1968-1972」(その4)

「BLUE:Tokyo 1968-1972」の会場となっているBIOTOPは、白金台にある。
最寄りの駅は都営三田線白金台であり、プラチナ通りと呼ばれている道路に面している。

この道、いつからプラチナ通りと呼ばれるようになったのだろうか。
目黒駅からもそう遠くはない。

私は目黒駅から歩いて行った。
目黒駅は、よく利用する。
KK適塾に行くときも、五反田ではなく目黒駅から向っていた。

でもプラチナ通りは、10年以上歩いていない。
プラチナ通りは、白金台駅からでも、目黒駅からでも通る。

プラチナ通りに、いくつかの会社が入っているビルがある。
一階は駐車場になっている。

プラチナ通りも昼は人が多く歩いているのかもしれないが、
19時前後ともなると、歩いている人も少ない。
日が長くなったとはいえ、その時間は暗くなっている。

繁華街ではないから、通りも暗い。
でも、その駐車場だけは明るかった。
しかも、そこには白のテスタロッサが停めてあった。

停めてあった、というよりも、そこにいた、という感じだった。
新車にしか見えないテスタロッサだった。
30年ほど前のスーパーカーであるテスタロッサなのに、
そんなことは微塵も感じさせないほどのテスタロッサが、そこにいた。

BIOTOPに向うとき、
BIOTOPから帰るとき、
二度、白のテスタロッサをみるわけだ。

一度目よりも、二度目のほうが強烈だったのは、
野上さんの写真をみた直後だったからなのかもしれない。

Date: 5月 21st, 2018
Cate:

野上眞宏 写真展「BLUE:Tokyo 1968-1972」(その3)

「BLUE:Tokyo 1968-1972」の写真は、モノクロだった。
渋谷の東急文化会館(現在の渋谷ヒカリエ)、表参道を撮影した写真もあった。

それらを写真をみて、Aさんは「日本じゃないみたい」といっていた。
そういう見方もあるのか、と思いつつも、私はまったく反対に感じていた。

子供のころ、モノクロの映像で断片的に知っている(見ていた)東京につながっていく──、
そんな感じでみていた。
つまり「まさしく東京だ」、つまりは日本だ、と思っていた。

Aさんと私は同世代といっていい。
それでも、同じ写真を見ての感じ方は大きく違う。
どちらの見方・感じ方が正しい、ということではないし、
どちらの見方・感じ方が多数派(少数派)ということでもない。

歳は近くても、生れたところ育ったところが違えば、
同じ写真をみても、受け止め方は正反対にもなろう。

1968-1972年の東京のイメージ。
そのころ見てきた映像は、東京のどこか、ということだけで、
どこなのかまではまったくわからなかった。

東京に行ったことのない、土地勘ゼロの、そのころの私には、
その映像が東京である、というところでとまっていた。

もう、あのころみた映像をもう一度、同じ映像を見ることは叶わない。
第一、どんな映像だったのかも正確には覚えていない。
偶然にも同じ映像を見る機会が訪れたとしても、気づかないかもしれない。

Date: 5月 20th, 2018
Cate:

野上眞宏 写真展「BLUE:Tokyo 1968-1972」(その2)

私が直に感じてきた東京は、1981年春以降の東京である。
それ以前の東京について、雑誌やテレビ、映画などで断片的に見てきたにすぎない。

今回の野上さんの写真展の「BLUE:Tokyo 1968-1972」、
1968年から1972年ごろの東京に関しては、さらに断片的である。

1963年生れだから、5歳から9歳のあいだに、
東京に関して見てきたものといえば、雑誌は省かれ、テレビと映画くらいになる。

テレビはモノクロだった。
実家のテレビがカラーになったのは、私が小学校に入るかはいらないかのころだった。
1970年ごろだったか。

それまではテレビの世界はモノクロだった。
カラーテレビになっても、放送すべてがカラーだったわけではない、と記憶している。
当時、カラーで放送されていた番組には、画面の片隅にカラーと表示されていた。

映画での東京は、映画本編よりも、むしろ本編上映の前のニュースでの東京である。
いつごろからなくなったのは覚えていないが、
昔は、映画の上映には必ずニュースがあった。
このニュースもモノクロだった。

そうやって見てきたモノクロの東京の景色を、
はっきりと憶えてはいない。
ただモノクロだったことを憶えているだけである。

写真も、いつごろからカラーが一般的になっていったのか、
これもさだかに覚えていないが、私の子供のころの写真はすべてモノクロだし、
カラー写真があたりまえになるのは、もう少し後のような記憶がある。

カラー用のフィルムも、カラーの現像代も、
モノクロと比べるとけっこう高価だったのだろう。

そういえば新聞の写真は、当時はすべてモノクロだった。
あのころの映像は、ほとんどがモノクロだった。

Date: 5月 19th, 2018
Cate:

野上眞宏 写真展「BLUE:Tokyo 1968-1972」(その1)

四年前に川崎先生が、
昭和に「東京」への地方から・歌手たちの想い』を書かれている。
このブログの少し前に、関連する内容のメールをもらっていた。

今年55になって、なぜ東京に来たんだろうか、と考えることがある。
私は喘息持ちである。
中学三年のときの発作がいまのところ最後で、
それから喘息を特に意識することはないが、それでも血液検査をすると喘息持ちと出る。

中学一年のとき、友人が「父さんと釣に行くから一緒にどう?」と誘われた。
一泊旅行だった。
小学校からの友人で、ふたりとも楽しみにしていたが、
夏休みということで、旅館の部屋には蚊取り線香が焚かれていた。

たったこれだけで友人(彼も喘息持ち)と私は発作を起してしまった。
喘息の発作はつらい。
そんな私にとって、東京はひどく空気の汚れた都会でしかなかった。

小学校のころ上映されていた「ゴジラ対ヘドラ」を観て、
東京の公害の凄まじさに恐怖していたことすらある。

高校二年の、東京への修学旅行も、喘息持ちということで行くのをやめた。
戻ってきた積立金を、サンスイのAU-D907 Limitedの購入資金に充てた(これが大きな目的か)。
でも、東京へ行くことの恐怖がまったくなかったわけではない。

ずっと空気のいいところで暮らそう──、
そんなことを本気で思っていた私が、1981年3月のおわりから東京に住んでいる。

もう人生の三分の二は、東京である。
これからもそうであろう。

なぜ東京に来たんだろうか、と考えはじめた。
考えても答が見つかるわけではなく、特に答を見つけようともしていない。
そんな今年、野上眞宏さんの 写真展「BLUE:Tokyo 1968-1972」が今日から始った。

昨晩、行ってきた。

Date: 5月 19th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その8)

直列型ネットワークにおける、
トゥイーターとウーファーを結ぶ50cmほどのケーブルは、
アナログプレーヤーならば、シェルリード線にあたるような予感がある。

シェルリード線はわずか数cm。
トーンアームのパイプ内配線、出力ケーブルあわせてのトータルの長さからすれば、
ほんの僅かとはいえ、そこでの音の変化は意外にも大きい。
だから1970年代後半からは、各社からさまざまなシェルリード線が登場してきた。

直列型ネットワークでの50cmほどのケーブルが、
シェルリード線と同じくらいの音の変化を聴かせてくれるのであれば、
そうとうに楽しいことができそうである。

(その7)で1:16と書いたが、実際にはネットワークのコイル、
スピーカーユニットのボイスコイルの長さも全体に含まれるわけだから、
1:16どころか、もっと差は大きくなる。

50cmほどだから両チャンネルで1mあればいい。
実際にはスピーカーケーブルはプラスとマイナスとがあるわけだから、
市販のスピーカーケーブルをバラしてしまえば、50cmでも足りるわけだ。

市販のスピーカーケーブルではなく、配線用として売られているモノを買ってきてもいい。
例えば、ここに銀線を使ってみたい、と考えている。
単線もあれば撚り線もある。
かなり細い銀線も使ってみたいし、太めの銀線も試したい。
いくつかのケーブルを合せて使うこともできる。

常識にとらわれることなく、思いつくかぎり試してみたい。

この部分に関しては、正面からは見えないわけだから、
実際の実験は、audio wednesdayに来られた人に内緒でできる。

どういう結果、どういう反応が得られるのか、楽しみである。

Date: 5月 18th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その7)

スピーカーを一種の仕掛け(ギミック)として捉えれば、
ある種の常識から解放されていくのではないだろうか。

基本を無視しろ、とはいわない。
ただ常識は、一旦無視してもいいではないか、そう言いたいのである。

その常識もオーディオマニアすべてに共通していることなんて、ないといえばない。
オーディオについてまわっている常識なんて、
世代によっても、周りにいる人たちからの影響によっても、違ってこよう。

私にとっての常識が、私以外の人には新鮮なことだったりして、驚かれたりしたことは、
これまでに何度もある。

それだけ常識とは、ちょっとしたことで違うもの。
ならば、そんな常識から自由になるにはーー、
そんなふうに考えて、スピーカーの自作(構築)に取りかかった方がいい、と私は思う。

例えば、直列型ネットワークではウーファーとトゥイーターとを直列にする。
つまりトゥイーターのマイナス端子とウーファーのプラス端子を結線する。

これまではスピーカーケーブル(喫茶茶会記使用のカナレ製)の端材を使っていた。
長さはせいぜい50cmほど。
スピーカーケーブルの長さは8m弱。

1:16の関係だが、おそらく、この50cmのケーブルの音への影響は、
1:16程度の変化ではないはずだ。

Date: 5月 17th, 2018
Cate: デザイン

鍵盤のデザイン(その3)

菅野邦彦氏による未来鍵盤の記事を読んで、
誰もが菅野邦彦氏の演奏で、未来鍵盤のピアノ演奏(音)を聴いてみたい、と思うだろう。

オーディオラボでの録音を聴いてきた人ならば、絶対に思うはずだ。
私もそうだった。

それもできればDSD録音で聴いてみたい、と思った。
このことは同時に思ったことがある。

この鍵盤は、バッハの曲のための鍵盤である──、
そう思えてならなかった。
特に理由はなく、直観でそう感じた。

未来鍵盤(王様鍵盤)でのバッハ演奏。
できれば平均律クラヴィーアを聴きたい。

Date: 5月 16th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その7)

こうやって毎日オーディオのことを書いていて実感しているのは、
オーディオの底知れぬおもしろさである。
同時に、オーディオ評論のおもしろさも、である。

読んだ時に気づいていたこともある。
数年後に気づいたことこともある。
十年後に、ということだってある。
さらにもっと時間がかかって(歳をとって)気づいたことがある。

そうやっていくつものことがリンクしていく。
そのことに気づくおもしろさこそが、オーディオ評論の読み方(楽しみ方)ではないのか。

瀬川先生は47歳で亡くなられている。
いまステレオサウンドに書いている人たちは、
すべての人の年齢を把握しているわけではないけれど、ほとんどが瀬川先生の年齢をこえている。

年齢だけでなく、オーディオ雑誌に書いている年月も、
書いた文章の量も、瀬川先生をこえている、であろう。

それらの人たちが書いてきたそれらの文章から、
私が瀬川先生(だけに限らない、職能家といえるオーディオ評論家)の文章を、
読み返すことで気づきリンクしていっていることが、行えるだろうか。

私には無理だけれど、
私が職能家として認めないオーディオ評論家、
つまりオーディオ評論家(商売屋)をオーディオ評論家として認めている読み手は、
そういうことができるのか。

できない、と私は思っている。
それは読み手のしての能力の違いということよりも、
書かれたものが、すでに違うからだ。

ここにオーディオ評論家(職能家)とオーディオ評論家(商売屋)の違いが、
はっきりとある。

Date: 5月 15th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その6)

「正しい」と「ほんとう」について考えていて、
ここに関係してくる瀬川先生の文章として思い浮かぶのは、
KEFのLS5/1Aについて書かれたものだ。

ステレオサウンド 29号「良い音とは、良いスピーカーとは?(6)」での文章だ。
     *
 BBCモニターの音は違っていた。第一にいかにも自然で柔らかい。耳を刺激するような粗い音は少しも出さず、それでいてプログラムソースに激しい音が含まれていればそのまま激しくも鳴らせるし、擦る音は擦るように、叩く音は叩くように、あたりまえの話だが、つまり全く当り前にそのまま鳴る。すべての音がそれぞれ所を得たように見事にバランスして安定に収まり、抑制を利かせすぎているように思えるほどおとなしい音なのに全く自然に弾み、よく唱う。この音に身をまかせておけばもう安心だという気持にさせてしまう。寛ぐことのできる、あるいは疲れた心を癒してくれる音けなのである。陽の照った表側よりも、その裏の翳りを鳴らすことで音楽を形造ってゆくタイプの音である。この店が、アメリカのスピーカーには殆ど望めないイギリス独特の鳴り方ともいえる。
     *
《陽の照った表側よりも、その裏の翳りを鳴らすことで音楽を形造ってゆくタイプの音》、
こここそが、「正しい(正確)」と「ほんとう」の違いを的確に表現していることに気づく。

29号は1973年12月だし、
「続コンポーネントステレオのすすめ」は1979年。

瀬川先生に、そういう意図はなかったのかもしれないが、
私には、このふたつの文章がリンクしているように思える。
50を過ぎて、そのことに気づけた。

Date: 5月 14th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その5)

セレッションのDitton 66、Ditton 25について、
瀬川先生が「続コンポーネントステレオのすすめ」で書かれていることが、
実に印象深いとともに、考えさせられる。
     *
 そういう考え方をはっきりと打ち出したイギリス人の作るスピーカーの中でも、セレッションという老舗のメーカーの、〝ディットン〟と名づけられたシリーズ、中でも66と25という、ややタテ長のいわゆるトールボーイ型(背高のっぽの意味)のスピーカーは、同じイギリスのスピーカーでも、15項のKEF105などと比較すると、KEFが隅々までピンとのよく合った写真のように、クールな響きを聴かせるのに対して、ディットンは暖色を基調にして美しく描かれた写実画、という印象で音を聴かせる。厳密な意味での正確さとは違うが、しかし、この暖かさに満ちた音の魅力にはふしぎな説得力がある。ことに声の再生の暖かさは格別で、オペラや声楽はもむろん、ポピュラーから歌謡曲に至るまで声の楽しさが満喫できる。別に音楽の枠を限定することはない。家庭で音楽を日常楽しむのには、こういう音のほうがほんとうではないかとさえ、思わせる。
 こまかいことをいえば、同じディットンでも、66よりも25のほうがいっそう、そうした色あいの濃い音がする。創られた音。しかし、ある日たしかにそういう音を聴いたことがあるような懐かしい印象。その意味でやや古めかしいといえるものの、こういう音の世界もまた、スピーカーの鳴らすひとつの魅力にちがいない。
     *
そういう考えとは、
ハイフィデリティ・リプロダクション(忠実な音の再生)に対して、
グッド・リプロダクション(快い、良い音の再生)であり、
セレッションのスピーカーシステムに限っても、
Dittonシリーズはあきらかにグッド・リプロダクションであり、
SL6以降の、SL600、SL700はハイフィデリティ・リプロダクションとなる。

どちらかのスピーカーがプログラムソースに入っている音を、
どれだけ正確に再生してくれるか、ということでは、
ハイフィデリティ・リプロダクションのスピーカーであるのは明らかだし、
そのことがオーディオの進歩においては正しい、ともいえる。

それでも……、だ。
瀬川先生は
《家庭で音楽を日常楽しむのには、こういう音のほうがほんとうではないかとさえ、思わせる》
と書かれている。
《家庭で音楽を日常楽しむのには、こういう音のほうが正しいのではないかとさえ、思わせる》
と書かれているわけではない。

「正しい」と「ほんとう」。
このふたつの使い分け、違い──、
そういったことを忘れている人が少なくないように感じられる。

Date: 5月 13th, 2018
Cate: デザイン

鍵盤のデザイン(その2)

一年前に(その1)を書いたままだった。
未来鍵盤のピアノを、菅野邦彦氏の演奏で聴きたい、と思って一年がすぎたわけだ。

GQ JAPANの記事「ピアノ300年の歴史を変える──未来鍵盤が音もデザインする」、
いったいどれだけの人が読んだのだろうか。

この記事を読んだときには、「菅野邦彦」で検索することはしなかった。
われながら不思議に思うけれど、やらなかった。

今日、やってみたら、菅野邦彦氏の公式サイトがあるのに、いまさらながら気づいた。
このサイトによると、未来鍵盤のピアノがあるのは、下田ビューホテルであるのがわかる。

ライヴスケジュールも確認できる。
東京や各地でのライヴの当日と翌日以外は、連日行われている。

菅野邦彦氏の公式サイトを見ていたら、クラウドファンディングが行われていたことを知った。
5月1日で締め切られていて、目標額には達しなかった、とある。

プロジェクトは、未来鍵盤の完成形「王様鍵盤」の製作、それによる録音(CD制作)という内容。
目標額は四百万円。1/3ほどが集まった、とある。

現在ある未来鍵盤と、その完成形の王様鍵盤とには、
どれだけの違いがあるのか、はっきりしないが、
こういうプロジェクトをやったことのない者が思うに、
なぜ、ふたつのことを、ひとつのプロジェクトでやろうとしたのか、という疑問である。

まず未来鍵盤の良さを伝えることだけに集中すべきだったのではないのか。
GQ JAPANの記事によれば、未来鍵盤は完成している、とあるのだから。

Date: 5月 13th, 2018
Cate:

ふりかえってみると、好きな音色のスピーカーにはHF1300が使われていた(その1)

セレッションのDitton 25のことを書いていて、
Ditton 25のことについてあらためて眺めていると、
そういえば、と気づくのは、私が好きな音色スピーカーには、
ほぼ必ずといっていいほどトゥイーターにセレッションのHF1300が使われていたことだ。

最初に、その音色に惚れ込んだスペンドールのBCII。
この素敵な音色のスピーカーにもHF1300が使われていた。

BCIIはカタログ上では3ウェイだから、HF1300はスコーカーではないか、といわれそうだが、
クロスオーバー周波数は3kHzと13kHzで、2ウェイ・プラス・スーパートゥイーターという構成でもある。

KEFのLS5/1A。
瀬川先生が愛された、このスピーカーにはHF1300が二本使われている。
私が中古で手に入れたのは、LS5/1。もちろんユニット構成は同じで、HF1300が二本。

HF1300は、おそらくHigh Frequency 1300Hzを表わしているはずだ。
13kHzまでを受け持つトゥイーターということだ。
いまの感覚からすれば、13kHzなんて、たいして高域がのびているわけではないと思われがちだが、
HF1300は1956年に発表されたトゥイーターであり、当時としては十分な性能の周波数特性だった。

イギリス製のトゥイーターはいえば、ソフトドーム型をイメージしてしまうが、
HF1300はアルミ製タンジェンシャルエッジの振動板に、
音響負荷をかねたディフューザーを組み合わせた構造の、
他に同様の構造のユニットが思い浮かばない独自のものである。

この独特のユニットが、Ditton 25にも使われている。
それからDitton15。
B&Wのスピーカーでは、DM4、DM2もそうだ。

Ditton 15はスーパートゥイーターはないが、
DM4、DM2はHF1300の上にスーパートゥイーターを加えている。

Date: 5月 13th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その4)

その2)で引用した瀬川先生の文章に文章について、
facebookでコメントがあった。

読んでいてワクワクした、と。
そしてこんなふうにワクワクする文章が、いまのオーディオ雑誌からなくなってしまっている、とも。

こんなことを書くと、
いや、いまのオーディオ雑誌にもワクワクするような文章が載っている──、
そう思う人もいるであろう。

でも、そのワクワクと、コメントをしてくれた人のワクワクは、同じとは私には思えない。
少なくとも私も、いまのオーディオ雑誌にはワクワクしない。
ワクワクする文章は、そこにはまったく載っていないからだ。

瀬川先生の文章にワクワクしない人で、
いまのオーディオ雑誌に載っている文章にワクワクする人は、
勝手な想像ではあるが、おそらく自分の持っているオーディオ機器、
欲しいと思っているオーディオ機器について、称賛されている文章が載っていれば、
それだけでワクワクできる人なのかもしれない。

瀬川先生の文章はそれだけではない。
瀬川先生の書かれるものには、俯瞰という視点がはっきりとある。

オーディオ評論家(商売屋)の人たちには、その視点がまずない。
現在のオーディオを広く見廻しての俯瞰もあれば、
オーディオの歴史を見ての俯瞰もある。

それらの俯瞰という視点を持たない人の書くものには、深みも広がりもない。
そんな文章にワクワクすることは、絶対にない。

そんな文章しかかけない人たちが何人いても、
オーディオ入門にふさわしい本は出来てこない。

Date: 5月 12th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その3)

セレッションのこれまでのスピーカーシステムのなかで、
Ditoonシリーズがベスト、などというつもりはない。

それに私自身、SL600を鳴らしていた。
欠点はあれどユニークなスピーカーであったし、
巷でいわれるほど駆動力の高いアンプを要求するスピーカーでもない。

SL600、SL700について語られるとき、決って「アンプの駆動力が……」的なことが出てくる。
駆動力の高いアンプとはいったいどういうものか、
そこから話をしていくつもりはないが、
SL600が特別に駆動力の高いアンプを必要としているわけではない。

SUMOのThe GoldでSL600を鳴らしていた。
けれどその前はアキュフェーズのP300Lだった。
The Goldが故障して修理に出しているあいだは、国産のプリメインアンプでも鳴らしていたことがある。

もちろんステレオサウンドの試聴室では、いくつものアンプで鳴らしたSL600の音を聴いてきている。
その経験からいわせてもらえれば、使い手の力量の不足を、
アンプの駆動力に転換していたのではないのか。

SL600にはサブウーファーを追加したSystem 6000が後に登場した。
これも興味深いシステムで、もう一台The Goldを持っていたら(入手できるのであったなら)、
System 6000に手を伸ばしていた。

このころのセレッションは、おもしろかった。
System 6000はそのコンセプトを基に新たに挑戦したいと、いまも思うくらいだが、
SL600、System 6000の時代から30年以上、
いまセレッションの数あるスピーカーシステムで無性に聴きたくなるのは、
Ditton 66、Ditton 25であり、DEDHAMだ。

菅野先生がいわれている
《スピーカーの音をどうしたら、人の感覚に美しく響かせることが出来るかをよく心得たセレッション》、
それはSL600、System 6000では稀薄になっている。
ゆえに高く評価し、Dittonなんて……、という人を生んだのかもしれない。

SL600、System 6000ではなく、Dittonを思い出すのは、そのためかもしれないし、
いまDittonのようなスピーカーがあるだろうか、とふり返ってみるわけだ。

Date: 5月 11th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(Dittonというスピーカー・その2)

ステレオサウンド 43号で、菅野先生が書かれている
《スピーカーの音をどうしたら、人の感覚に美しく響かせることが出来るかをよく心得たセレッション》。

このころのセレッションのスピーカーシステムはDittonシリーズが主力であり、
UL6という新しいスピーカーシステムが登場したころである。

UL6とだけ書いてしまったが、こちらもシリーズで、
UL6のうえにUL8、UL10があったが、
日本ではUL6がいちばんよく知られていて、評価も高かった。
それにUL6は見た目が魅力的でもあった。

菅野先生が書かれていることはおもにDittonシリーズを指している、と捉えてもいい。

私にとってのDittonシリーズは、トップ機種の66がまず浮ぶ。
その次は25である。

Ditton 25だけが、トゥイーターを二本パラレルで使っている。
しかも、そのトゥイーターはセレッションのHF1300/IIである。
HF1300は、BBCモニター系のスピーカーにひところよく使われていたトゥイーターであり、
LS5/1にも、スペンドールのBCII、BCIIIにも搭載されている。

このことからもわかるように、Dittonシリーズの中でも古くからある。
1969年発売のスピーカーである。

瀬川先生がステレオサウンド 17号に書かれた文章を読むと、
Ditton 25に興味を持つ人も出てこよう。
     *
 16号のテストの際、たったひとつだけ、おそろしく澄んだ、涼しいように透明な高音を再生するスピーカーがあった。弱々しくどこか腺病質的なか細い音なのに、中域から高域にかけての格調の高い美しさに、永いあいだ忘れていたAXIOM80の音の美しさと同質の鉱脈を見つけ出した。それがフィリップスで、テストが終るのを待ちかねて、一も二もなく買い込んでしまった。
 我家で鳴らしてみると、聴き込んでゆくにつれて、上記の判断があやまりでなかったばかりか、一見不足ぎみの低音も、トーンコントロールなどでバランスをとり直してみると、か細いくせに人の声など実に温かく血が通って、オーケストラも柔らかく広がって、ややおさえかげんの音量で鳴らすかぎり、音質について吟味しようなどという態度も忘れて、ただぽかんと音楽に聴きほれてしまえる安心感がある。
 むろんこの安心感とは、大型スピーカーのいかにもゆったりと鷹揚に鳴るゆとりとは全然別質の、いわば精巧なミニアチュールを眺めるような楽しさで、もともと一台二万円の、つまり欧州で買えば一万円そこそこのローコストのスピーカーに、大型の同質の音など、はじめから望んではいない。けれど、大型で忘れていたかげろうのようなはかないほどの繊細さに、大型への反動もあって、いっときのあいだ、我を忘れて他愛もなく聴き惚れてしまったという次第なのだ。
(フィリップスとはやや異なるがダイナコのA25も圧迫感のないさわやかな音質が印象的だったが、ご承知のようにこれはデンマークで作っているスピーカーだ。アメリカ製のスピーカーとは異質の音がして当然だが、最近コンシュマーリポートに上位にランクされて以来、飛ぶような売れゆきに目下大増産という噂で、品質が低下するようなことがなければよいがと、ちょっと心配している。)
 フィリップスを聴いてまもないころ、イギリス・ヴァイタヴォックスの〝クリプシュホーン〟システムを聴く機会を得た。タンノイ・オートグラフを枯淡の味とすれば、これはもう少し脂の乗った音だ。脆弱さのみじんもない、すわりの良い低音の上に、豊かに艶めいた中高域がぴたり収まっている。あえていえば、たいそう色っぽい。中年の色気を感じさせる音だ。人を溺れさせるシレネエの声音だ。広いヘヤが欲しいなあと、つくづく思う。
 さらに今回の組み合わせテストの、ブックシェルフから大型スピーカーまでを同じ部屋に集めて同一条件で鳴らすという前例のない実験に参加してみて、改めて、上記の各スピーカーに加えて、ディットン25やタンノイのレクタンギュラー・ヨーク、ヴァイタヴォックスのバイトーン・メイジァに、何か共通の鍵のようなものを見出したように思った。
 音色の上ではむろん、一つ一つみな違うのに、たとえばレクタンギュラー・ヨークはまるでディットン15の延長にあるような、あるいはディットン25はフィリップスの延長にあるような錯覚をおぼえさせるほど、音楽の表現に共通の何かがある。そのことに思い当ったとき、音楽の伝統と音への感性という点で、ヨーロッパの良識に裏打ちされた音造りというものが、少しも衰えていないことに気づいた。
     *
《ディットン25はフィリップスの延長にあるような錯覚をおぼえさせる》、
もうこれだけで私には充分だ。