Date: 6月 16th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その8)

菅野先生が「音の素描」で、ポルシェについて書かれている。
     *
 私の考えている自動車の完成度ということから見た結論が、一方ではポルシェ、一方ではメルセデスベンツということで、この二つの車には畏敬の念を禁じ得ない。ポルシェとメルセデスベンツを持つということは、私が社会人になりたてのころに描いた他愛のない夢であり、当時の目標は一生のうちにポルシェとメルセデスを買うということであった。そのように決めたきっかけは、私の知っているフランス帰りの音楽関係の人間がポルシェに乗って私の前に現われたことである。
 それ以前にオーディオのことで知り合っていた外国の友人にフェルディナント・ポルシェ博士の発明家・エンジニア、そして天才的な自動車の設計者としての素晴らしい話を聞いていた。全部は読みきれなかったが、ドクター・ポルシェのバイオグラフィーを原書で読んだこともあり、私の頭の中には自動車の神様としてのポルシェ博士の名前が大きくふくらんでいたわけだ。ところが実際にはポルシェという車を写真以外では見たことがなかった。フォルクスワーゲンはポルシェがつくったものだということと、ルノーの2CVはポルシェの息がかかっているということも聞いていたが、本物のポルシェはそれまで見たことがなかった。だから初めて知人の乗るポルシェ356を目の前に見た時には、これが憧れのポルシェ博士が、自分の名前をつけた車かということで、大きな感動を受けたのを今もって忘れない。
 その当時はポルシェなどは自分の手の届く存在だとは思ってもみなかったし、いくらするかということを調べようともしなかった。おそらく途方もない値段という感覚しかなかった。しかしその時に「いまに見ていろ俺だって」と生意気にも決心をして、一生のうちに絶対に自分で買って運転するぞと意気込んだものである。
 ポルシェ博士のヒストリーの中でベンツをより詳しく知った。一九三〇年代にポルシェ博士がベンツの技師長をしていて、ベンツのSSKという素晴らしい名車を設計したことや、ダイムラー・ベンツという会社はゴットフリート・ダイムラーという人とカール・ベンツという二人の合併でつくった会社であり、それぞれが自動車の発明家として本当のパイオニアであって、このダイムラー・ベンツ社は現存する世界最古の歴史をもったメーカーであることもそのときに知ることができたのである。
 ポルシェというのは純然たるスポーツ・カーで、現在のベンツはスポーツ・カーも出しているがより実用的なセダンがむしろ主力車種だ。おそらく乗用車では、メルセデスベンツは最高のレベルにあるものだということを想像したし、スポーツ・カーとしてはポルシェが大変に素晴らしいものであると思い、当時の若僧はこの二つを人生の目標としたのである。豊臣秀吉のように百姓の子供に生まれながら天下をとったことから考えるとき、きわめてちっぽけで幼稚な夢だが私にしてみればそのころとしてはとても実現の可能性すら考えられないことであった。
     *
憧れがあるからこそ、
「いまに見ていろ俺だって」という気持か生れてくる。

その気持を萎えさせるようなことだけは、誰もやってはいけない。
私は、オーディオ店に過大な期待はしていない。

いい店員がいるのはきいて知っている。
でも、それ以上はどうしようもない店員が多いことも、またきいて知っている。

運良く、いい店員が近くいることはあるだろう。
でも、そうでない場合もある。

Date: 6月 16th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その7)

いまはどちらもやめてしまっているが、
2015年、ユキムとタイムロードは、学割キャンペーンを始めた。

学割キャンペーンを始めたころの、
facebookにあるウルトラゾーンのページには、
《君たちの年頃に聴いた音楽は後々までずうっとこころに残るもの。だから、始めました。》
とあった。

10代のころに聴いた音楽は、後々までずうっとこころに残る、
同じころにきいた「音」も後々までずうっとこころに残る──、
私が10代のころ、
熊本のオーディオ店が定期的に瀬川先生を招いての試聴会で聴いた音は、
いまも、私のこころに残っている。

そのオーディオ店は、決していい店とはいえなかった面もある。
特にステレオサウンドで働くようになって、
その店の悪評(実態)を聞いた。

そういう店だったのか、とがっかりもした。
それでも、その店(寿屋本庄店)には、感謝の気持をいまも持っている。

この店が、瀬川先生を呼んでくれなかったら、
瀬川先生と会えなかったかもしれないし、
そこで聴いたLNP2の音、The Goldの音、
Referenceの音、BCIIの音など、
さまざまな音が、いまも心に残っているし、
憧れということの大事さを、ここでの試聴会がなければ、
いまのかたちで知ることはなかったかもしれない。

寿屋本庄店は、当時高校生だった私を門前払いすることはなかった。

Date: 6月 16th, 2019
Cate: 同軸型ウーファー

同軸型ウーファー(その6)

このウェスターン・エレクトリックのバスレフ型と、
恰好としては近いものになのが、私が考えている同軸型ウーファーである。

中心に大口径ウーファーを配置して、
その外周に小口径ウーファーを複数配置する。

大口径ウーファーの振動板の実効面積と、
小口径ウーファーの振動板の実効面積の和が同じにするのが、
実験の最初の一つの基準になる。

実際のところ、面積なのか、
それともコーン型ゆえに、その凹みの容積なのか。
容積で考えれば、外周の小口径ウーファーの数は、面積よりも増えることになる。

同軸型ウーファーは、こういう配置をするわけだから、
大口径ウーファーに15インチ口径をもってくると、かなり大型になる。

そうなると、もうスピーカーシステムとしてのウーファー部よりも、
サブウーファーとして考えるほうがいい。

それに中心の大口径ウーファーと、外周の複数の小口径ウーファーの接続をどうするのか。
この点を考慮しても、サブウーファーの方がいい。

大口径ウーファーと小口径ウーファーは、別々のアンプで駆動することになろう。
レベルコントロールが独立して行えたほうがいいこともあるし、
小口径ウーファーの接続も直列と並列を組み合わせてのものになるし、
一台のアンプで接続(駆動)するよりも、二台のアンプにしたほうが、
実験として適している。

バカげたアイディアだと思われるかもしれないが、
私としては、失敗の可能性も高いと思いつつも、
この同軸型ウーファーの実験は実現にうつしたいことの一つである。

Date: 6月 15th, 2019
Cate: ベートーヴェン

ベートーヴェンの「第九」(その21)

ベートーヴェンの「第九」、私は名曲だと思っているけれど、
音楽を聴く人のすべてが、
「第九」を名曲だと思っていなければならないと考えているわけではない。

「第九」をつまらない曲と思っている人がいてもかまわない。
それでも、こんなこんなことを書いているのは、
「第九」から歌を取りのぞけば──、そういう発想をする人がいることに、
少々驚いているからだ。

「第九」の四楽章から歌を取りのぞく、
そんなことを考えたことは一度もなかった。

なかっただけに、
「歌が入っていなければ、いい曲なのに……」という発言の裏には、
「第九」の四楽章から、
歌を取りのぞける(取りのぞけたら)という考えがある、というふうに受け止めてしまう。

歌は、オーケストラの演奏と一体となっている。
いままでこんなことを考えてみたことがなかっただけに、
「歌が入っていなければ、いい曲なのに……」を聴いて、
よけいに一体となっていることを改めて感じた。

それだけに「歌が入っていなければ、いい曲なのに……」、
四楽章で歌が入ってくることでだいなしに、しかも演歌にしている──、
そういったことを聞いたり読んだりすると、
この人たちは、「第九」に涙したことはないんだな、と思う。

私が小澤征爾/ボストン交響楽団の「第九」を聴いて涙したのは、
四楽章の歌が始まってからだったし、
年末に刑務所で「第九」を聴いて号泣した受刑者も、たぶんそうであろう。

受刑者の、その人は、おそらく「歓喜の歌」のことはまったく知らなかったのではないか。
ドイツ語もまったく理解していなかったのではないか。

それでも「第九」の四楽章で、
“O Freunde, nicht diese Töne!”(「おお友よ、このような音ではない!」)と、
バリトン独唱が歌う、そのところで涙したのではないのか。

そして、そこからは最後まで涙していたようにおもう。

そういう力が「第九」にはある。

Date: 6月 15th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その6)

今年のOTOTENでは、若い人を集めようとするいくつかの試みがなされる。
それらがうまくいって、若い人が例年よりも多く来場した、とする。

来場した若い人の何割かがオーディオに興味をもってくれた、とする。
それらの人たちが次に進むステップとして、オーディオ店に行くことがある。
オーディオ雑誌を買うことも、ここでのステップだろう。

若い初心者に対して、どちらも優しいだろうか。
優しくなければならない、とは私は思っていない。

私が中学生、高校生のころだって、
オーディオブームでもあったけれど、決して店員が優しかったわけではない。

それでも門前払いのような扱いだけはなかった。
(その5)で書いたガレージメーカーの社長のような人は、
少なくともいなかった。

たまたま私が運がよくて、そんな人と出あっていなかっただけなのか。
そうなのかもしれないけど、そうでないのかもしれない。

とにかく、ガレージメーカーの社長のような態度の人が、
オーディオ店にいたら、どうなるか。
そこにOTOTENに行き、オーディオにいくらかの関心をもった若い人が行ったら──、
書くまでもないだろう。

OTOTENに若い人を集めるだけではなく、その先こそが大事だと思う。

別項「LOUIS VUITTONの広告とオーディオの家具化」で書いているBさん夫妻は、
オーディオ専門店ではなく、量販店で購入している。

別項の(その13)で長岡鉄男氏の文章を引用しているが、
こんなオーディオ店の店主もいた(いる)わけだ。

日本オーディオ協会としては、若い人を一人でも多く、
OTOTENに来てもらえれば、それでいいのかもしれない。
目標達成ということなのかもしれない。

OTOTENは今月の29日、30日である。
終ってから、日本オーディオ協会が、
若い人が大勢来場されました、なんてことを得意げに発表したりするようでは、
何も変らない。

Date: 6月 15th, 2019
Cate: 同軸型ウーファー

同軸型ウーファー(その5)

1980年だったか、ステレオサウンドの弟分としての月刊誌サウンドボーイが創刊された。

このころのステレオサウンドもそうだが、次作記事が載っていた。
特にサウンドボーイは、ほぼ定期的に次作記事があった。

伊藤先生のアンプ製作記事を筆頭に、
小林貢氏による過去のスピーカーエンクロージュアの製作、
それから高津修氏による、高津氏独自の製作記事があった。

高津修氏の製作記事の一つに、
ウェスターン・エレクトリックのバスレフ型エンクロージュア製作があった。
ウェスターン・エレクトリックが特許をもつバスレフ型で、
一般的なバスレフ型とは違い、
ウーファーの周囲をバスレフポートの開口部が取り囲むように並ぶ。

手元にサウンドボーイがないため、バスレフポートの数は忘れてしまったが、
八つ以上はあったように記憶している。

ウーファーの振動板の実効面積と、
複数の場数不ポートの開口部面積の和が同じにするのが、
この一風変ったバスレフ型の設計ポイントである。

高津修氏は、ユニットにエレクトロボイスを選択されていた、と記憶している。
興味は惹かれたが、残念ながら聴いていない。
実物はもちろん見ている。

バスレフの開口部がいくつものあるスタイル、
しかもユニットの外周にそってバスレフの開口部がいくつもあるスタイルは、
一般的なバスレフ型をみなれた目には、少々キワモノ的にも映った。

ウェスターン・エレクトリックが特許をもつ、ということをわかってみても、
バスレフポートからの不要輻射音のことなども考えると、
ウーファーからの音を濁らせることにもナルのでは……、そんなことも思ったりした。

このウェスターン・エレクトリックのバスレフ型は、
バッフルに穴を開けるだけで、そこに筒状のダクトが取り付けられているわけではない。
なので、ある種のマルチポートバスレフ型でもある。

Date: 6月 15th, 2019
Cate: 同軸型ウーファー

同軸型ウーファー(その4)

同軸型ウーファーについて、私はどうも反対に考えていたようだ。
昨晩、ふと気づいた。
逆にすればいい、ということ。

そして逆にすることこそ、
本来目指していたところに辿りつけそうであることに気づいた。

同軸型ユニットではなく、ここで考えているのは同軸型ウーファーである。
小口径ウーファーと大口径ウーファーを組み合わせたユニットとしての同軸型ウーファーであり、
大口径ウーファーの欠点をどうにかしたい、と思っての発想だ。

同軸型ユニットといえば、ウーファーとトゥイーターの組合せが多い。
どんな同軸型ユニットであれ、トゥイーターよりウーファーの口径が大きい。

反対の同軸型ユニットというのは、存在しない。
このことが、同軸型ウーファーを考えるにあたって、発想の妨げになっていた。

中心に小口径ウーファー、その周囲に大口径ウーファーという配置は、
同軸型ユニットの配置から、なんら抜け出せていなかった。

同軸型という言葉にとらわれてしまっていた。

大口径ウーファーを中心にすればいい。
こんなことに、昨晩やっと気づいた。

大口径ウーファーの周囲に小口径ウーファーを複数配置する。

そのヴィジュアルを頭に描いていて、もうひとつ気づいたことがある。
ウェスターン・エレクトリックのバスレフ型のことである。

Date: 6月 14th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その5)

以前、「2014年ショウ雑感(ヘッドフォン祭)」でヘッドフォン祭は、
ヘッドフォンオーディオ祭という名称ではないことを書いた。

ヘッドフォンオーディオ祭だったら──、
そこにオーディオとつくことで、若い人(特に女性の若い人)は来なくなるのかもしれない。

私はオーディオという言葉が好きなのだが、
世間一般ではどうなのだろうか。

オーディオマニアはバカにされる、
オーディオマニアだと誰にもいえない、
これらは極端な例なのだろうか。

どうもそうではないような気がする。
そんな気がする、というだけで、確かめているわけではない。

けれど、(その3)と(その4)に書いたことは実際にあったことだ。
日本オーディオ協会の人たちは、そういうことが実際にある、ということを知っているのか。

若い人たちにも参加してほしい──、
これはオーディオ業界だけでなく、他の業界でもそうだろう。
先細りなのははっきりしている。

けれど、若い人でも、昔にくらべるとずっと少なくなってきているとはいえ、
オーディオに関心をもつ人はいる。

いるけれど、今回の小川理子理事長の発言にSNSでコメントしている人の中に、
とあるガレージメーカーの社長に、
「学生にはトップモデルは聴かせられない」と拒否された、というのがあった。

学生が買えるようなものしか聴かせない。
買えないような高価な製品を聴かせても、時間、労力の無駄、と、
そのガレージメーカーの社長は判断しての発言なのだろう。

そういう人がいる一方で、
とあるオーディオ店のある店員は、
学生相手にも、そんなイヤミをいうことなく、ハイエンドオーディオを試聴させてくれる、らしい。

Date: 6月 14th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その4)

北海道の若いオーディオマニアの件は、
この人一人だけの特別な例なのだろうか。

別項『「オーディスト」という言葉に対して(その25)』へのfacebbokでのコメントも、
同じといえる例でもあった。

四年ほど前に、とあるミュージックバーに行き、
幼いころから音に関心があって、いまではオーディオマニアになった──、
そんな話をしたら、バーの店員から散々バカにされたそうである。

このバーは、ミュージックバーを名乗っているくらいで、
トーレンスのアナログプレーヤーを使っていることを売りにしている、そうである。

そういうバーの店員でも、オーディオマニアをバカにしている。

北海道の若いオーディオマニアが、
オーディオマニアだ、と周りの人にいうことは、カミングアウトすることに近いのだろう。

若い人たちではないが、私より少し上の世代の人たちも、
そんな空気を感じとっているのかもしれない。

まったくオーディオと関係なく会った人と話しているうちに、
こちらがオーディオマニアだ、とわかると、
「いやー、実は私も……」と言ってくる人(といっても数人なのだが)がいた。

同世代の女性の知人は、中学生のころから、
絶対にオーディオマニアとは結婚しない、と決めていた、という。
彼女が中学生のころは、オーディオがまだブームだったころだ。

Date: 6月 14th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その3)

あのころはみんな若かった。
編集者だけではなく、筆者もそうだった。

私が最初に手にしたステレオサウンド 41号。
1976年12月発売の号だから、
1932年9月生れの、菅野先生、山中先生、長島先生は44歳、
1935年生れの瀬川先生は41歳。

あのころはそんなふうに感じたことはなかった。
けれどステレオサウンドを辞めて、三十年経つと、
みんな若かった、ということの実感が日増しに強くなってくる。

こんなふうに書いていると、若ければいいのか、と言う人があらわれそうである。
(その2)で、若ければいいなんていいたいのではない、と書いても、そう受けとる人がいたりする。

くり返すが、若ければいいわけではないし、歳をくっているからいいわけでもない。
ただただ、あのころはみんな若かった、このことだけを強調したいのと、
結局のところ、オーディオ業界もあのころは若かったといえるし、
あまり新陳代謝が行われなかったのか、
そのままみんなして同じように歳をとってしまった(老いてしまった)。

このことを実感している。
みんな一緒に歳をとってしまったから、気づきにくかったのか。

どうも私より下の世代は、オーディオに関心をもつ人は、急激に減っていったような気がする。

菅野先生からきいた話がある。
確か北海道の、若いオーディオマニアの話だった。

そのころ20代だったはずだ。
彼は、けっこう熱心なオーディオマニアらしい。
彼が行きつけのオーディオ店では、彼がいちばん若い常連客だった。

でも彼は、友人、知人に趣味がオーディオだ、とは言っていない。
バカにされることがわかっているから、らしい。

友人、知人にオーディオマニアだということを告白することは、
カミングアウトするようなもの、らしい。

Date: 6月 14th, 2019
Cate: Wilhelm Backhaus

バックハウス「最後の演奏会」(その15)

今年2月に、バックハウスのベートーヴェンのピアノソナタ全集がSACDで登場することに触れた。
そこでも書いているが、今年はバックハウス没後50年、デッカ創立90年である。

バックハウスのデッカ録音全集(39枚組)が、今回出る。
デッカ録音全集というだけあって、「最後の演奏会」もここには含まれている。

不思議なことに、LPもCDも、輸入盤を手に入れたいと思っていたが、
見たことがない。

国内盤のCDは難度も廉価盤で登場しているにも関らず、だ。
ようやく今回、輸入盤で「最後の演奏会」が聴ける。

輸入盤ということだけでなく、今回新たにリマスタリングを行っているそうだ。
「最後の演奏会」のCDを聴く度に(頻繁に聴いているわけではないが)、
その録音に疑問を抱いてしまう。

「最後の演奏会」なわけだから、当然ライヴ録音である。
そのためなのか、と思うこともあったが、
とかにく今回、やっと自分の耳で確認できるようになる。

Date: 6月 13th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その2)

ステレオサウンド編集部も若かった──、
とつい書いてしまったが、
現編集部の年齢を知っているわけではない。

それでも私がいたころよりは平均年齢は上なのではないだろうか。
それに私がいたころ、平均年齢は少し下っていった。
SさんがHiVi編集部へ移り、Iさんが辞めたからだ。

それからJr.さん(Nさん)も辞めて、Nさんも辞めて、
一時期、黛さんと私、それに若いアルバイトの三人ということもあった。

そうなって平均年齢はさらに下っていた。

現編集長の染谷一氏の年齢は知らないが、
20代、30代ということはないだろう。
40代かな、と勝手に思っている。

奥付にある編集部員の名前で、知っているのは武田昭彦氏だけ。
彼は私より少し年下のはず。

編集協力の藤 康一郎氏の年齢は以前きいていたけれど忘れてしまった。
それでもそんなに若いわけではない。

副編集長の北川和広氏は、前編集長の小野寺弘滋氏のころからいる人だから、
やはり若くはないはずだ。

別に編集部の平均年齢が若ければいいなんていいたいのではない。
ただ、あの時代、みんな若かった、といいたいだけである。

SNSのコメントを読んでいて、このことを思い出していた。

Date: 6月 13th, 2019
Cate: 世代

世代とオーディオ(OTOTEN 2019・その1)

昨日と今日、SNSに、
オーディオ関係の、このニュースにコメントしているのをいくつかみかけた。

AV WATCHの記事にリンクしているが、
PHILE WEBでも取り上げられているから、読まれた方は多いだろう。

日本オーディオ協会の小川理子理事長が、
「今月末のOTOTENでは、今までのオーディオマニアの方だけでなく、若い人達にも参加して欲しい」
と発言したことへの、SNSでのコメントであった。

どうすれば、若い人たちがOTOTENの会場にやってくれるのか。
オーディオブームのころ、どの出展社も、
オーディオフェアでそんなことを考えていなかったのではないだろうか。

日本オーディオ協会も考えていなかったのではないだろうか。

それでもオーディオブームのころは、若い人たちが大勢、集まっていた。
何故なんだろうか。

ステレオサウンドで、1982年に始まった菅野先生のベストオーディオファイル。
ベストオーディオファイルに登場する人たちの年齢の若いことを、
それほど不思議には思わなかった。

20代、30代の人もけっこう登場しているし、
けっこうなオーディオシステムだったりする。

きちんと統計をとったわけではないが、
どちらかといえば若い人のほうが多い印象だ。

それから三十数年。
その人たちも50代、60代になっている。
この年代あたりが、いまのステレオサウンドの中心読者層になっている。

ベストオーディオファイルに登場する人たちだけが若かったのではない。
編集部も若かった。

私が編集部で働きはじめたのは、19の誕生日の約一週間前で、
ぎりぎり18だった。

私の七つ上に、Jr.さん(Nさん)がいた。
十上に、編集次長だった黛さんがいて、
同じ歳のNさんがいた。
ここまでが20代である。

それからSさんとIさんが、黛さんよりも少し上で30代前半だった(はず)。
1980年代のはじめ、ステレオサウンド編集部も若かった。

Date: 6月 12th, 2019
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(ふたつの絵から考える・その7)

十数年前くらいからだろうか、
スピーカーシステムの音の精度、精確さは確実に向上してきている。

インターナショナルオーディオショウで聴くだけなのだが、
それでもYGアコースティクスののスピーカーシステムの音には、
ここ数年、感心するばかりだ。

B&Wのスピーカーシステムもそうだ、といえよう。
あくまでも聴いた範囲であって、
他にも精度の高さ、精確さをほこるスピーカーシステムはあるだろう。

とはいっても、一般には精度の高い音と高く評価されていても、
聴いてみると、この音のどこが? と思うスピーカーもないわけではない。

どこのメーカーなのかは書かないけれど、一社ではない。
インターナショナルオーディオショウ、オーディオ店で鳴っている音での印象であって、
愛情をもって鳴らしているユーザーの音を聴いての印象ではない。

でも二十年くらい前か、
知人があるメーカーのスピーカーシステムを購入した。

そのメーカーの音を、それまで一度もいいと思ったことがなかった。
ひどい音だ、と聴く度に思っていた。

なのにハイエンドユーザーのあいだでの世評は高かった。
そのスピーカーを知人が買ったわけだ。

聴きに来ませんか、という誘いがあった。
期待はしていなかったけれど、やっぱりひどかった。

知人もそう感じていたようで、すぐに売っぱらってしまった。
愛情をもって鳴らしてこそ──、というけれど、
それはあくまでもまともなスピーカーに関してであって、
そのスピーカーのように欠陥スピーカーといいたくなる場合は、例外というしかない。

どこかが間違っているとしかいいようのない音のスピーカーは、確かに存在する。
そういうスピーカーまても、精度の高い音といわれているのをみていると、
精度の高い音、精確な音とはいったいなんだろう、と、
次元の低いところで考えなくてはならないのかと思ったりもするが、
そんなスピーカーをきちんと聴き分けて除いていけば、
確かにスピーカーの音の精度、精確さは確実に向上している。

Date: 6月 12th, 2019
Cate: High Fidelity

ハイ・フィデリティ再考(ふたつの絵から考える・その6)

二十年くらい前からだろうか、
写真と見紛わんばかりの絵を描く人が現れはじめた。

私が、そういう人を最初に見た(知った)のは、インターネットだったか。
世の中には、すごい人がいるもんだ、と感心した。

それからぽつぽつとそういう人が現れてきている。
インターネット、それもSNSを眺めていると、
そういう人の絵がタイムラインに流れてきて、
さらにはどうやって描いているのかも動画もあったりする。

写実性の技術は向上している──、といえるだろう。
と思いながらも、私はここでも五味先生が書かれてきたことを思い出す。
     *
 画家なら、セザンヌは無論のこと、ゴッホもゴーガンもあのピカソさえ、信じ難いほどの写実性で自画像を描いている。どんな名手が撮った写真よりそれはピカソその人であり、ゴッホの顔と私には見える。音楽作品にはしかし、そういう自画像は一人として思い当たらない。バルトークの師だったというヤノーシュ・ケスラーという作曲家は、優れたアダージョを書けるには音楽家は実際の経験を経ねばならぬと教えたそうで(ただし何を? おそらく恋愛、もしくはそれにともなう失望や恍惚、悲哀だろうか? それならもうぼくはずいぶん経験ずみだし、よいアダージョが書けねばならないのに)、とバルトークは二十歳ごろ母への手紙に書いている。バルトークの作品にその苦悩の生涯を彷彿するのはたやすいことだが、どれを取上げても彼の肖像は浮かんでこないだろう。ケスラーの説が当たっているなら、ベートーヴェンは体験でたしかに比類ないアダージョを作っているが、いかなる他の音楽も到達しなかったとケンプの称えるそのアダージョの幽玄の趣、崇高でけざやかな美しさにもっとも不似合いなのがベートーヴェン自身のあの(醜い)マスクの印象になる。
 いまさら言うまでもないが、音楽は聴くもので見るものではない、肖像画が声を出すか? といった反論はわかりきっているので、音楽に自画像を求めるのが元来無理なら、自画像と呼ぶにふさわしい作品をたずねてみるまでである。ブルーノ・ワルターは、『交響曲第一番』をマーラーのウェルテルと呼びたいと言っている。
 音楽家は、自分の体験を音で描写はしないものだとも言う。ワルターがこれを言った事由はわからないが、体験を描写しないで自画像を描ける道理がない。しかしたとえば『ドン・ジョバンニ』を、フロイトが『ハムレット』をそう理解したように、モーツァルトの無意識の自伝と見ることはできるだろう。
(「五味オーディオ教室」より)
     *
《セザンヌは無論のこと、ゴッホもゴーガンもあのピカソさえ、信じ難いほどの写実性で自画像を描いている。どんな名手が撮った写真よりそれはピカソその人であり、ゴッホの顔と私には見える》
とある。

ここにも写実性が出てくる。
セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン、ピカソの自画像は、
写真を思わせるような絵ではない。

けれど《信じ難いほどの写実性》と、五味先生は表現されている。
《信じ難いほどの写実性》とは、高精度のカメラで撮影した写真のもつ写実性とは、
何が違うのか、ということは、すでに五味先生が書かれている。

《体験を描写しないで自画像を描ける道理がない》、
と書かれている。