Date: 7月 19th, 2018
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その42)

オーディオの想像力の欠如が生む時代の軽量化を感じている。

Date: 7月 19th, 2018
Cate: 「オーディオ」考

時代の軽量化(その3)

別項の『「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」』も、
時代の軽量化なんだ、と書いていて感じるようになってきた。

片側の視点、偏りすぎた視点しか持たない読み手。
そんな読み手に、なぜか謝罪する編集長。

まさに時代の軽量化だ。

Date: 7月 19th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(虚実皮膜論とオーディオ)

二年ほど前に「虚実皮膜論とオーディオ」を書いた。

ここにもう一度、近松門左衛門の「虚実皮膜論(きょじつひにくろん)」を引用しておく。
     *
 ある人の言はく、「今時の人は、よくよく理詰めの実らしき事にあらざれば合点せぬ世の中、昔語りにある事に、当世受け取らぬ事多し。さればこそ歌舞伎の役者なども、とかくその所作が実事に似るを上手とす。立役の家老職は本の家老に似せ、大名は大名に似るをもつて第一とす。昔のやうなる子どもだましのあじやらけたる事は取らず。」

 近松答へて言はく、「この論もつとものやうなれども、芸といふものの真実の行き方を知らぬ説なり。芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるものなり。なるほど今の世、実事によく写すを好むゆゑ、家老は真まことの家老の身ぶり口上が写すとはいへども、さらばとて、真の大名の家老などが立役のごとく顔に紅脂、白粉を塗る事ありや。
また、真の家老は顔を飾らぬとて、立役が、むしやむしやと髭は生えなり、頭ははげなりに舞台へ出て芸をせば、慰みになるべきや。皮膜の間と言ふがここなり。虚にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰みがあつたものなり。

 絵空事とて、その姿を描くにも、また木に刻むにも、正真の形を似するうちに、また大まかなるところあるが、結句人の愛する種とはなるなり。趣向もこのごとく、本の事に似る内にまた大まかなるところあるが、結句芸になりて人の心の慰みとなる。文句のせりふなども、この心入れにて見るべき事多し。」
     *
現代語訳は検索すれば、すぐに見つかる。

二年前は、ここでの「芸」をオーディオにおきかえれば、
見事、オーディオで音楽を聴く行為の本質をついている──、
そんなことを書いた。

いまもそう考えているが、同時に、芸をオーディオに置き換えなくとも、
オーディオこそが「芸」でもあるからこその読み方もできる。

Date: 7月 19th, 2018
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(BTSの場合・その4)

1970年代のプリメインアンプ、コントロールアンプには、
PHONO入力に負荷抵抗切替えがついているモデルがいくつかあった。
負荷容量が切り替えられるモデルもあったが、
こちらはトーンアームの出力ケーブルでも調整できるため、
負荷抵抗切替えほどは多くはなかった。

そして、このころのオーディオ雑誌には、
負荷抵抗、負荷容量を変化させていった際のカートリッジの周波数特性の変化のグラフが、
よく載っていた。

オーディオに興味をもってすぐのころは、
MM型カートリッジ(MI型、IM型も含む)のインピーダンスが47kΩだと思い込んでいた。

だからアンプの入力インピーダンスは47kΩにすれば、
インピーダンスマッチングがとれるものだ、とも思い込んでいた。

でも数ヵ月もすると、そうでないことがわかってくる。
カタログを見ても、MM型カートリッジのインピーダンスの項目は、ないものもけっこうあった。
インピーダンスを表記しているものでも、1kHzの値でしかなかった。

MM型カートリッジにもMC型カートリッジにもコイルは必要であるが、
コイルの巻数が多く違う。

カートリッジのインピーダンスの等価回路は、
コイルの直流抵抗とコイルのインダクタンスが直列に接続されたものだ。

コイルの巻数が少なければ、可聴帯域におけるインダクタンスの影響は無視できるほどで、
実際に測定してもほぼフラットで、その値はコイルの直流抵抗値といっていい。

ところがMM型カートリッジとなると、そうはいかない。
低域では直流抵抗が支配的で、中域以上ではインピーダンスが上昇していく。

たとえばエンパイアの4000D/IIIのコイルの直流抵抗は432Ω、インダクタンスは166mH、
エラックのSTS455Eは1310Ωと508mH、オルトフォンのVMS20Eは900Ωと625mH、
シュアーのV15 TypeIIIは1350Ωと434mH、スタントンの681EEEは1560Ωと845mHである。

インピーダンスは、というと、4000D/IIIが1.1kΩ(1kHz)、10.4kΩ(10kHz)、21kΩ(20kHz)、
STS4555Eが3.5kΩ(1kHz)、32kΩ(10kHz)、64kΩ(20kHz)、
VMS20Eがが4.0kΩ(1kHz)、40kΩ(10kHz)、80kΩ(20kHz)、
V15 TypeIIIが3.0kΩ(1kHz)、27.3kΩ(10kHz)、55kΩ(20kHz)、
681EEEが5.5kΩ(1kHz)、53kΩ(10kHz)、105kΩ(20kHz)となっている。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 世代

とんかつと昭和とオーディオ(その9)

とんかつが好物だという人と話をしていて、
カツカレーのことを話題にすると、途端に不機嫌な顔をする人がいる。

とんかつもカレーも好物だけど、カツカレーはいけません、とそういう人はいわれる。
とんかつの美味しさをカレーをかけることで台無しにするし、
カレーの美味しさをとんかつのころもが台無しにする、と。

確認しなかったけど、きっと、こういう人はカツ丼も認めないんだろうな、と思ったりする。

カツカレーもカツ丼も、私は好きである。
カツカレーがダメだ、という理由はわからないでもない。
でも、食べてみよう、と言いたくなる。

すべてのカツカレーが美味しいわけではないし、
その人はたまたまひどいカツカレーに出合っているだけかもしれない。

とんかつが美味しい店だからと、カツカレーも期待していると、意外に期待外れだったりする。
反対の例も少なくない。
それでもカツカレーがメニューにあると、一度は食べている。

カツカレーはB級グルメなんだな、と思いつつも、
そういえば数年前に3500円のカツカレーのことが話題になっていた。
こうなるとB級グルメとはいえなくなる。

それだからこそ、私としてはB級グルメの範疇としてのカツカレーが食べたい。
3500円のカツカレーはさしずめA級グルメ、
3500円よりも高価なカツカレーも探せばありそうだ。
そうなると、A級の上のS級グルメとなるのか。

そんなカツカレーを食べる機会はないと思っているが、
何かの機会に食べれば、美味しいと思うに違いない。

それでもカツカレーはやっぱりB級グルメであってほしい、と思うし、
B級とランク分けするからこそ、A級とかS級とかにつながっていくわけで、
別の言い方はないのかと思っていると、下司味というのがあるのを知る。

古川緑波の「下司味礼讃」。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その6)

1979年当時の各社のPCMプロセッサーの外形寸法/重量/消費電力は下記のとおり。

オーレックス PCM Mark-II:W45.0×H17.0×D39.0cm/25.0kg
オプトニカ RX1:W43.0×H14.1×D36.0cm/15.5kg/80W
オットー PCA10:W44.0×H15.0×D43.0cm/60W
ソニー PCM100:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/60W、PCM-P10:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/50W、PCM-10:W48.0×H20.0×D40.0cm/約30kg/60W
テクニクス SH-P1:W45.0×H20.5×D48.0cm/22.0kg/100W
ビクター VP1000:W43.5×H17.0×D52.8cm/26.0kg/100W

どの機種も出力100W以上のプリメインアンプ並の大きさと重さである。
消費電力にしても、バッテリー駆動が無理なほどに大きい。

くどいようだが、これにビデオデッキの大きさ、重さ、消費電力が加わるわけだ。

二年後の1981年に、ソニーのPCM-F1が登場する。
PCM-F1の外形寸法/重量はW21.5×H8.0×D30.5cm/約4kgである。
PCM-F1はAC電源のほかに、充電バッテリー、カーバッテリーの三電源対応なので、
電源部は外付けとなっている。

なので電源部を含めると、多少サイズは大きくなるものの、
PCM100のサイズと比較するまでもなく、ここまでコンパクト化している。

もちろん性能的にはPCM100は同じである。
PCM100が1,500,000円でPCM-F1が250,000円だから、1/6になっている。

けれど1981年では、PCM10、PCM-P10(再生のみ)は製造中止になっているものの、
PCM100は現行製品である。

他社のPCMユニットもソニーと傾向は同じである。
性能はそのままにサイズは小さくなり、消費電力も減り、価格も安くなっている。
そして製品ラインナップは完全に入れ代っている。

1979年の新製品だったPCMユニットはすべて製造中止。
なのにソニーのPCM100は残っている。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その8)

アクースティック蓄音器まで遡らなくとも、
オーディオは、元来盆栽的であった。

それが電気が加わり、さまざまな技術が進歩して加わっていくことで、
その盆栽のスケールは拡大し、
場合によっては園芸的ともいえるほどの再生も望めるほどになってきている。

といってもオーケストラに関しては、いまだに盆栽的である。
もっと小編成の演奏の録音ならば、
たとえばピアノと歌手といったスケールならば、それはもう園芸的といえる再生が望める。

そこまで小編成でなくとも、リスニングルームがそこそこ広くて、
音量も気兼ねなく鳴らせるのであれば、演奏者の人数がもう少し多くなっての演奏でも、
園芸的再生は、かなりのレベルに達してもいよう。

それでもオーケストラになれば、それはどこまでいっても盆栽的世界である。
このことが、今回のステレオサウンド編集長である染谷一氏の謝罪の件に関係している──、
私はそう考えている。

今回の(本来は不要な)謝罪の件は、
avcat氏のツイートから始まっている。

avcat氏の一連のツイートで感じたのは、
あまりクラシックを聴かない人かもしれないであって、
本人は、いや、聴いている、といわれるかもしれないが、
少なくともオーケストラ再生に真剣に取り組んでいるとは感じなかった。

avcat氏のツイートに欠けていた視点は、ここでもある。
つまり園芸的であって、盆栽的視点はそこからは感じなかった。

柳沢功力氏の試聴記には、盆栽的視点が多分に感じられる。
なのに盆栽的視点を持たない人が、そういう試聴記を読んでも、
それは不満を感じたりや不愉快になったりするのも当然といえば当然だ。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(理解についての実感・その7)

スマートフォンが奪うもの、という小さなポスターをみかけた。
スマートフォンの使いすぎは、いろんなことを奪っていくけれど、
それで得られることがあるのも事実であって、
たとえば今日、iPhoneが提示したニュースを読んで、
触っているからこそ得られることがあるのを実感したし、
そこで書かれたものを読んで、オーディオ再生の理解に通ずるものを感じていた。

iPhoneが提示したニュースとは、
東洋経済の記事で、木谷美咲氏の『日本の独自文化「盆栽」と「緊縛」の密接な関係』である。

ここには盆栽と園芸の違いについても書かれている。
どちらも生活における植物との関りあいであっても、決して同じではない。

木谷美咲氏は、
《そもそも盆栽と園芸は、同じものではない。植物の状態を良好にして、植物そのものを愛でるのが園芸でるのに対して、盆栽は、草木を用いながら、限られた鉢の中でその美を表現するものだ》
とされている。

ここのところに納得するオーディオマニアもいればそうでない人もいるはずだ。
オーディオに通ずることを感じとるオーディオマニアもいれば、そうでない人もいる。

盆栽と園芸の違いについて、何も感じていない人がいるからこそ、
ステレオサウンド 207号の試聴記での謝罪の件が起ったのだ。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その5)

1979年に、国内メーカーからPCMユニットが登場した。
若い世代にはPCMユニットといっても、もう通用しないのかもしれない。

PCMユニットとは、A/D、D/Aコンバーターを搭載し、
外付けのビデオデッキにデジタル録音・再生を行うためのプロセッサーである。

オーレックスからPCM Mark-II(780,000円)、
オプトニカからはRX1(590,000円)、オットーからはPCA10(580,000円)、
ソニーからは三機種、PCM100(1,500,000円)、PCM-P10(500,000円)、
PCM-10(700,000円)、
テクニクスからはSH-P1(8000,000円)、
ビクターからはVP1000(1,500,000円)が登場した。

サンプリング周波数は44.056kHzで、14ビットである。
それでも、これだけの価格であった。

どのメーカーのモデルであっても、これ一台で録音・再生はできない。
上記のとおり、ビデオデッキに必要になり、
日本はNTSC方式であったため、サンプリング周波数は44.056kHzになっている。

ヨーロッパのPAL方式のビデオデッキで、
この44.056kHxzに近いのが、44.1kHzであり、CDのサンプリング周波数となっている。

1979年当時のビデオデッキがいくらしたのかよく知らない。
まだまだ安くはなってなかった。
ビデオデッキ本体もビデオテープも、高価だったはずだ。

当時、デジタル録音・再生を行おうと思ったら、
これだけの器材(これだけの費用)がかかった。

しかも、これらのプロセッサーは大きく重く、それに消費電力も大きかった。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 冗長性

redundancy in digital(その4)

1970年代後半の国産のアナログプレーヤーの大半は、
オルトフォンのSPUというカートリッジを、いわは無視していた、ともいえる。
付属のトーンアームでゼロバランスがとれないのだから。

SPUという旧型のカートリッジをつかいたい人は、
単体のターンテーブル、単会のトーンアームを購入して、
プレーヤーシステムを自作してください──、
それがメーカーの、言葉にしてはいなかったが主張だった。

少なくとも、1976年秋に、
オーディオに興味をもった中学生の目には、そう映っていた。

SPUというカートリッジは特別な、というよりも特殊な存在のようにも感じていた。
世の中の多くのカートリッジは軽針圧の方向にまっしぐらという雰囲気だった。
カートリッジの自重も軽くなっていた。

アナログディスクの細い複雑な溝を正確にトレースするために、
しかもディスクは完璧なフラットではなく、多少なりとも反っているわけだから、
頭で考えれば軽針圧のカートリッジが、有利に思える。

事実、有利なところもあった。
けれど軽針圧カートリッジの中には、
アナログディスクの片面を通してトレースできないモノもあったときいている。
極端な軽針圧カートリッジの中には、極端に盤面のホコリに弱かったからだ。

そんな極端な軽針圧カートリッジは例外としても、
トラッキングアビリティの向上は明らかだったし、
SPUはその点でも、旧型に属するカートリッジでもあった。

けれどそれら数多くのカートリッジのなかで、いまも生きのびているのはSPUである。
カートリッジとしての性能は明らかに、
SPUを上廻っているモノはいくつもあったにも関らずだ。

音がいいから、がその答となるわけだが、
では、なぜそうなのかを考えずにはいられないし、
カートリッジの軽針圧化と現在のハイレゾ化は、どこか似ているようなところも感じる。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

「複雑な幼稚性」が生む「物分りのいい人」(その46)

(その6)から、染谷一編集長のavcat氏への謝罪の件を書き始めた。
一ヵ月ほど、書いている。
先日会った人は言っていた、
「あんなことこれまでもあったでしょう。それがたまたま表に出てきただけでしょう」と。

あんなこととは、今回の謝罪の件と同じことを指す。
つまりステレオサウンドの誌面に載ったことで、
読者だけでなく、国内メーカー、輸入元からクレームがあったら、
編集部が謝罪してきているんでしょう。

そんなことが当り前のように行われている──、
それがこのことを話していた人の認識である。

今回の謝罪の怖さは、ここにもある。
絶対にそう思う人が出てくる──、
avcat氏が、ステレオサウンドの染谷一編集長が、
ステレオサウンド 207号の柳沢功力氏の試聴記の件で謝罪した、というツイートを見て、
そのことも危惧していた。

これまでにそんなことがあったのかなんて、関係なくなるのだ。
謝罪すべきではないことに、染谷一編集長は謝罪しているのだから。

このくらいのことで謝罪する人なのだから、
メーカーや輸入元からのクレームに関しては、すぐさま謝罪している──、
そう思われても仕方ない。

事実、そう思う人が出てきている。
サンプル数一人である。いまのところは。

でもすでに一人いるということは、もっといると見るべきだろう。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(BTSの場合・その3)

スピーカーのインピーダンスは、カタログには4Ωとか8Ωと表記されていても、
可聴帯域内だけをみても、大きく変動していることはいうまでもない。
そんなインピーダンスカーヴをもつスピーカーに対して、
スピーカーケーブルのインピーダンスを4Ωとか8Ωとしたところで、
どれだけのメリットが考えられるのか、となると、なかなか難しい。

インピータンスマッチングの代表例である600Ωラインは、
送りの出力インピーダンスも、ケーブルのインピータンスも、受けの入力インピータンスも、
600Ωで統一されている。

これをスピーカーとパワーアンプにあてはめれば、
スピーカーのインピータンスが8Ωなら、
ケーブルのインピータンス、パワーアンプの出力インピーダンスも8Ωとなる。

これを実現したとして、どれだけの意味があるのか。
たとえばテクニクスのリーフ型トゥイーターの10TH1000は、
そのインピータンスカーヴをみると、受持帯域においては8Ωと一定である。

こういうユニットをマルチアンプで、ネットワークを介さずにドライヴするのであれば、
8Ωラインというのを構築してみるのも興味深いように思われるが、
10TH1000のようなユニットは、他にはそれほどないし、
コーン型ユニットにはまずない。

600Ωラインは、伝送距離がコンシューマーオーディオよりもずっと長い。
スピーカーケーブルは、短くしようと思えば、
アンプにプリメイン型ではなく、セパレート型にし、さらにパワーアンプをモノーラルにして、
スピーカーシステムの間近に設置すれば、1mよりも短くしようと思えば可能である。

そしてパワーアンプとスピーカーのインピータンスに関しては、
ダンピングファクターという要素も関係してくる。
そうなるとスピーカーにおけるインピータンスマッチングは……、である。

インピータンスマッチングでは、MM型カートリッジもほとんど無視といえる状態だ。

Date: 7月 18th, 2018
Cate: ケーブル

ケーブルはいつごろから、なぜ太くなっていったのか(BTSの場合・その2)

ビクターのスーパースピーカーケーブルが登場したころ、
インピーダンス表記をしていたスピーカーケーブルは他にあっただろうか。

1970年代も終りのころになると、
オーディオニックス、ソニーからも、インピーダンス表記をしたスピーカーケーブルが登場した。

オーディオニックスのケーブルは、
ビクターのスーパースピーカーケーブルに構造的に近い、というか同じといっていい。
0.18mmの6本撚りの十二芯構造で、インピーダンスは9.15Ωと発表されている。

ソニーのスピーカーケーブルは、
リッツ線を芯線とする同軸ケーブルを二連にした構造で、インピーダンスは8.5Ω。

私が知っている範囲ではこれだけだが、他にもあったのだろうか。
カタログにはインピーダンス表記はないが、
メルコのスピーカーケーブルの構造は、
0.18mmの12本撚りの二十四芯なので、ビクター、オーディオニックスと近い値のはず。

これらのスピーカーケーブルのどれも聴いていない。
周りに使っていた人もいない。
実際のところ、音はどうだったのか。

インピーダンスだけでケーブルの音が決定的になるわけではないが、
興味としてはあるし、現在の高価なスピーカーケーブルで、
インピーダンスを発表しているところはあるのだろうか。
これも気になっている。

Date: 7月 17th, 2018
Cate: 世代

とんかつと昭和とオーディオ(その8)

とんかつとご飯。
こんなことを書いているけれど、
もっともとんかつを食べていた20代のころ。

いいかえれは浅草の河金に頻繁に通っていたころ、
いわゆるとんかつ定食的な食べ方はしていなかったことを思い出した。

とんかつと豚汁と白いご飯の組合せ、という意味でのとんかつ定食的である。
河金には、いわゆるとんかつ定食はなかった、と記憶している。

とんかつを単品で頼んで、白いご飯を頼む人もいれば、
20代の私のように、ご飯物(つまりオムライスとかカレーライス)を頼む客もいた。

いま思い返しても、河金で白いご飯を食べた記憶がまったくない。
河金が、とんかつ屋ではなく、洋食屋だったことも関係してのことか。

河金の次によく食べていたのは、銀座の煉瓦亭。
ここでも白いご飯を食べた記憶がない。

とんかつと白いご飯の組合せは、やはりとんかつ屋での食事となる。
20代の、あのころは、とんかつの味ももちろん重要だったけれど、
それ以上に白いご飯よりも、そうでない炭水化物を好んでいた。

いまは、むしろとんかつと白いご飯である。
いまもし河金があったなら(浅草の本店はないが支店にあたる河金はある)、
とんかつと白いご飯かな、と思う。

Date: 7月 17th, 2018
Cate: 「ネットワーク」

ネットワークの試み(その12)

直列型ネットワークについての記述例は、
昔の技術書をめくっていっても、ほとんどみかけない。

一昨日、OさんのところにBeymaの12GA50を聴きに行っていた。
このことについては別項で書こうと思っているが、
Oさんは私よりも若いのに、昔のことをよく調べられている。

1960年代前半のラジオ技術が、彼の書棚にはあったりする。
その中の一冊をめくっていた。

1957年10月に、「30年来のレコード愛好家のために……」という記事がある。
瀬川先生が書かれているものだ。
     *
 本誌のレコード表に毎月健筆をふるっておられる西条卓夫氏から、氏の旧い盤友である松村夫人のために、LP装置を作るようにとのご依頼を受けたのは、また北風の残っている季節でした。お話を聴いて、私は少々ためらいました。夫人は遠く福岡にお住まいですが、その感覚の鋭さ、耳の良さには、〝盤鬼〟をもって自他ともに許す西条氏でさえ、一目おいておられるのだそうで、LPの貧弱な演奏に耐えきれず、未だに戦前のHMVの名盤を、クレデンザーで愛聴しておられるというのです。〝懐古趣味〟と笑ってはきけません。同じレコードを愛する私には、そのお気持が良く判るのでした。
 とにかく、限られた予算と、短かい期日の中で、全力を尽くしてみようと思いました。
     *
この記事のことは、ステレオサウンド 62号、63号掲載の瀬川先生の追悼記事にも出ている。

スピーカーシステムも自作である。
3ウェイのスピーカーシステムのネットワークが直列型なのである。
スロープは6dB/oct.。

この記事は、かなり以前に読んでいる。
その時は直列型ネットワークにさほど興味がなかったこともあって、
ネットワークの回路図も見ていたにも関らず、そのことを見落していた。

瀬川先生も本文には、直列型であることに触れられていない。
おそらく並列型も試されたうえでの直列型の選択なのだろう、と思っている。

松村夫人の装置のネットワークは直列型。