スピーカーの述懐(その72)
この伊藤先生の言葉を引用するのは、今回で十回。
しつこいぐらいに引用するのは、大事なことだし、にも関わらず、そんなふうには思わずスピーカーを鳴らしている人が、少なからずいると感じているからだ。
《スピーカーを選ぶなどとは思い上りでした。良否は別として実はスピーカーの方が選ぶ人を試していたのです。》
もう引用することもないな、と思える日は来るのか。
この伊藤先生の言葉を引用するのは、今回で十回。
しつこいぐらいに引用するのは、大事なことだし、にも関わらず、そんなふうには思わずスピーカーを鳴らしている人が、少なからずいると感じているからだ。
《スピーカーを選ぶなどとは思い上りでした。良否は別として実はスピーカーの方が選ぶ人を試していたのです。》
もう引用することもないな、と思える日は来るのか。
ステレオサウンド 43号。特集はベストバイ。
瀬川先生は、パイオニアのExclusive F3について、こう書かれていた。
*
自宅で数ヶ月モニターしたのち、返却して他のチューナーにかえたら、かえってF3の音質の良さを思い知らされて、しばらくFMを聴くのがイヤになったことがある。C3やM4と一脈通じる、繊細で、ややウェットではあるが、汚れのない澄明な品位の高い音質で、やはり高価なだけのことはあると納得させられる。
*
すでにセクエラのModel 1はあったし、その存在も知っていたけれど、当時中学生だった私は、普及クラスのチューナーからのステップアップは、このExclusive F3だな、と決めていた。
Exclusive F3は250,000円。
セクエラのModel 1は1,480,000円。
どちらも買えるわけではなかったけれど、セクエラへの道は途方すぎていて、
Exclusive F3の方がずっと現実的に思えていたからだ(錯覚ともいう」。
それに《C3やM4と一脈通じる、繊細で、ややウェットではあるが、汚れのない澄明な品位の高い音質》、ここに強く惹かれた。
女性ヴォーカルを聴くのに、これほど適したチューナーは他にはないように思えた、というよりも、そう思い込もうとしていた。
CD登場以前、アナログディスク全盛時代は、システムのトータルゲインが同じであっても、ゲイン配分次第では、S/N比が良くなったら悪くなったりするため、十分な配慮が払われていた。
アナログディスク再生といっても、MM型とMC型カートリッジがあり、発電方式の違いによって、出力電圧が大きく違うだけでなく、
同じMM型、MC型の中でも出力電圧に違いは小さくなかった。それがCDプレーヤーでは統一された。
ゲイン配分について、オーディオ雑誌だけでなく、いろんなところでも話題にならなくなったのは仕方ないとはいえ、
だからといって無視していいわけではないにも関わらず、忘れ去られつつある。
QUADのFM3は、私にとっては小型ラジオ的位置にいるチューナーであるし、
これまで別項に書いているように、QUADのコントロールアンプの33と、専用の木製スリーブに入れた状態で、最大の魅力を放ってくれる──、そういう存在だ。
33とペアということだから、チューナー付きコントロールアンプ的存在でもある。
FM3単体ではそれほど欲しいとはならないが、33と専用スリーブとセットとなると、欲しいという気持は途端に大きくなる。
このへんはウーヘルのEG740と近い。EG740もウーヘルのテープデッキと組み合わせることを想像すると、欲しい気持は強くなるからだ。
ここが、マランツのModel 10B、セクエラのModel 1と違う。
そういう視点からみれば、マッキントッシュのチューナーは、QUADのチューナーと同じといえる。
一時期、マッキントッシュの管球式チューナーを使っていたが、毎日、そのパネルを見ていると、
やっぱり、このチューナーはマッキントッシュのコントロールアンプと一緒に使うモノであり、
単体のチューナーとして見た時の魅力は、私の場合、下がってしまう。
いま私のところには、パイオニアのExclusive F3とオーレックスのST720がある。
どちらもステレオサウンド 43号を読んだ時から欲しいと思っていた。
セクエラ氏が創立したセクエラ社は解散してしまっているが、David Day氏によってセクエラの権利が買い取られて、
1990年ごろだったと記憶しているが、
DaySequerraとして復活しているし、Model 1も復刻されている。
RFエンタープライゼスが輸入していた。それから三十年以上が経っているけれど、DaySequerraは健在だ。
さすがにModel 1は製造されていないが、アップグレードプログラムが、3,800ドルで用意されている。
マランツのModel 10B、セクエラのModel 1は、CRTを搭載していて受信状況がモニターできた。
このCRTは、どんなに大事に使ってきていても、寿命を迎える。
DaySequerraでは、液晶モニターに置き換えるサービスを提供している。
Model 10Bは管球式チューナーだから高い電圧が標準となるが、Model 1はソリッドスタートだから、チューナー本体は低電圧で、CRT部のみ高電圧となる。
それが液晶モニターに置き換わることで、高電圧回路を省ける。このことによるメリットは小さくない。
いま日本には輸入元がないから、アップグレードプログラムを望む人は、直接問い合わせることになるし、応じてくれるのかは定かではないが、
もし私がセクエラのModel 1を手に入れることがあったら、このアップグレードはやりたい。
ステレオサウンド 49号で黒田先生は《「サンチェスの子供たち」を愛す》で、こう書かれていた。
*
なにかというとそのレコードをきく。今日はたのしいことがあったからといってはきき、なんとなくむしゃくしゃするからといってはきき、久しぶりに友人がたずねてきてくれたからといってはきき、つまりしじゅう、のべつまくなしにきくレコードがある。そういうレコードは棚にしまったりしないで、いつでもすぐかけられるように、そばにたてかけておく。そうなるともう、そのレコードにおさめられている音楽を、音楽としてきいているのかどうか、さだかでない。
もしかすると、ききてとして、多少気持のわるいいい方になるが、そのレコードできける音楽に恋をしてしまっているのかもしれない。さしずめコイワズライ、熱病のような状態だ。若い恋人たちが、さしたる用事があるわけでもないのに、愛する人に会おうとするのに、似ている。きいていれば、それだけで仕合せになれる。
*
黒田先生にとって1978年後半の、
そういうレコードがチャック・マンジョーネの「サンチェスの子供たち」だった。
私にとって2026年の、そういうマンガが「春くらり」になる。
のべつまくなしに読んでいる、といえるほど読んでいる。
その「春くらり」が、3月2日公開の23話で最終回となる。
登場人物が少しずつ増えてきていたから、まだまだ続くものと思っていたけれど、そんな予感もあった。
一巻と二巻は発売日に買っている。iPhoneで読めるのだから買うこともないと考える人もいるだろうが、
長く連載が続いてほしいと思っているので、買っている。
「春くらり」を読んでいる人がどのくらいいるのかはわからない。そう多くはないのだろう。今回の最終回の発表は、打切りに近いのかも……と思う。
読み始めた時から、意外と連載は短いかも、という予感があった。根拠があったわけではないが、長いこと読んでいれば、なんとなくそう感じることがあるし、予感が当ることもある。
当ってほしくないときに当る。
黒田先生にとって「サンチェスの子供たち」は、あの頃頻繁に聴くレコードではあっても愛聴盤ではなかったはずだ。
「春くらり」の早い連終了は残念だし悲しいけれど、「春くらり」は愛読書といえるだろか。
《若い恋人たちが、さしたる用事があるわけでもないのに、愛する人に会おうとするのに、似ている。きいていれば、それだけで仕合せになれる。》
と黒田先先生は書かれている。
「春くらり」は、そういう位置にいる。
私も「サンチェスの子供たち」は手に入れてからしばらくは頻繁に聴いていた。なのにパタッと聴かなくなった。
「春くらり」も、そうなるのかもしれない。たぶんなると思う。
でも二十年以上経って、「サンチェスの子供たち」をまた聴くようになった。以前のような聴き方(頻繁さ)ではないが、ふと聴きたくなる時がある。
「春くらり」もそうなるのかもしれない。十年後か二十年後くらいにふと思い出して、また読む。
その時、どうおもいながら読むのだろうか。
JBLの4343は、1976年に登場している。
JBL創立80周年の今年は、4343誕生50周年でもある。
4343 50th Anniversaryが出てこないかな、と少しだけ思ってもいるけれど、出る可能性はゼロと言い切ってもいい。
JBLは音響レンズを完全にやめてしまった。
ホーンの理論からすれば、スラントプレートにしてもパンチングメタルにしても、ホーンの開口部に音響レンズを置くことは、間違っていることになる。
どんな材質、形状の音響レンズであっても、何らかの付帯音はついてまわる。それは聴感上のS/N比を悪くしてしまう。
JBLが音響レンズを使わなくなってかなり経つ。それはそれでいいんだけれど、やっぱり4343は、あの音響レンズ付きであってほしいし、
JBLとしては音響レンズ付きのモデルを出すつもりは、ない(はず)。
だから4343 50th Anniversaryが出てきたとしても、音響レンズなしのスタイルとなるはず。
音響レンズを嫌う人がいるのは知っているし、その人たちが言うことも理解できる。けれど4343は、くり返すが、あの音響レンズあってこそ、なのだ。
LE175DLH、375+537-500、いま見てもかっこいいと思うし、どちらも手元にあるから、毎日眺めている。
理屈、理論。それらが大事なのはわかった上で、こういうホーンもあってもいいではないか、と言いたくなる。
手元には2397+2441もある。
ホーンとしては2397の方が、まだ理にかなっているが、それでも最新のホーンの理論からすれば、2397もまた古いホーンとなる。
(その1)は、2018年8月に書いている。
サントリーの燃焼系アミノ式というスポーツドリンクのCMについて触れている。
ここ数日X(twitter)で、このCMの動画が投稿されていて、いまの若い人たちは、生成AIで作った動画と思うのだろう──、そんなコメントと一緒にだった。
そうかもしれないと思いつつも、このCMがテレビで流れていた時も、CGだよ、と強く信じていた人が周りにいた。
若い人ではなかった。
今は生成AIだといい、昔はCGだと言っていた。
自分にできないことをやっている人の存在を信じられないから、そんなふうに思い込むのか。
昔は、アンプのゲイン(利得、増幅率)がカタログには記載されていたし、ステレオサウンドの特集で測定が行れている時代は、
個々のアンプのゲインだけでなく、コントロールアンプならば、フォノイコライザー、ラインアンプのゲインも測定されていた。
いつのころからか、ゲインが気にされなくなった。
メーカーも発表しなくなってきたし、オーディオ雑誌も読者も気にしなくなっていっている。
スピーカーの出力音圧レベルは、dBで表記されている。つまりスピーカーを含めたシステム全体のゲインを、
スピーカーの出力音圧レベルは大きく左右する。
昔のパワーアンプは、入力感度は1Vだったり、0.5Vだったりしていた。
いまは2Vぐらいが多くなっている。これだけでも、同じ出力のアンプであっても、ゲインは違ってくる。
100dB/W/m前後の出力音圧レベルのスピーカー、0.5Vの入力感度のパワーアンプの組合せに、
1990年ごろのコントロールアンプを接いだことがある。
管球式のコントロールアンプだったのだが、明らかに真空管がスピーカーからの音を拾っているのが確認できた。
世評の高いアンプだったし、私もずっと以前、このコントロールアンプは、別の組合せで聴いていたが、そんな症状は確認できなかった。
パワーアンプの入力感度もスピーカーの出力音圧レベルも違っていたからだろう。
スピーカーの出力音圧レベルは、システムのゲインに直結している。同時にゲイン配分も忘れてはならない。
(その10)から(その12)で書いているお手製の仮想アースを、2月のaudio wednesdayで来られた方に聴いてもらった。
全員一致で効果あり、だった。これをつけると左右の拡がりが増す。これは誰の耳にも明らかな改善点といえる。
便宜的に仮想アースと言っているけど、実際のところ、どういう作用で音が変化するのかは、正直わからない。
とりあえずアースに取り付けて効果があったから、仮想アースみたいなモノとして聴いてもらっているが、とにかく不思議なモノだ。
たまたま偶然海外のサイトで見かけたモノで、いま、どのサイトだったのか、と検索してみたけど見つけられなかった。
誰の発案によるモノなのか、そのへんの詳細も知らない。知っているのは作り方と、その効果だ。
audio wednesdayに来られた方には作り方を説明している。
オーディオマニアならば、自宅にあるモノを使ってすぐに作れる。コストは高く見積もっても千円を超えることは、まずない。
それでも、効果はある。
よくアース端子に不要と思えるケーブルをとりつけたままだと、アンテナになるから音が悪くなる──、
こんなことを言う人はけっこういる。
間違っているわけではない。
ただしアンテナには受信用と送信用とがあることを忘れてはならない。
JBLのスタジオモニター、4380。
いまのところ、4380というモデルは存在しないが、今年創立80周年を迎えるJBLだから、
4300シリーズの80周年記念モデルとして4380は、現実味があると思うのだが。
今年4380が登場しなくても、五年後の85周年に4385、そのまた五年後の90周年に4390、いつか本当に出てきてほしい。
メリディアンの218を導入したばかりのころは、218にはUSB端子がないため、D/Dコンバーターについて、あれこれ検索していた。
その後、210の導入やシステムの変更もあって、D/Dコンバーターへの関心が薄れていた。
今日、別のことを検索していたら、D/DコンバーターにMQAのロゴがついている製品があることに気づいた。
S.M.S.LのはPO100 2024と、その上位モデルのPO100 Proである。
AliExpressだと、PO100 2024が5,000円ほど、PO100 Proが8,000円ほどで購入できる。
iOSもサポートしている、とある。
PO100がやるのは、MQAのコアデコードのはず。それでも充分だと思う。
どちらてあっても簡単に持ち運べる。iPhoneと組み合わせることで、audio wednesdayでやれることの幅が少し拡がる。
それにしても中国のオーディオメーカーは、MQAにかなり積極的である。この流れが、MQAにとっていい方向となってくれることを期待している。
マランツのModel 10Bを愛用されていた五味先生は、最終的にスチューダーのC37まで導入されている。
多い。
*
いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
*
スチューダーのC37を手に入れられたことは、ステレオサウンド 50号の「オーディオ巡礼」を読めばわかる。
やはり手に入れられたのか、と思いながら読んだ。
C37はコンソール型のオープンリールデッキで、かなり大きい。管球式テープレコーダーである。
10BとC37で、NHK-FMのライヴ放送を録音されたのだろう。どんな音なのか、と想像するしかないわけで、聴いてみたい音でもある。
セクエラのModel 1だったら、スチューダーのA80だっただろうか。そんなことも当時おもっていた。
そういえばマーク・レヴィンソンは、スチューダーのA80のトランスポートをベースに、エレクトロニクスをマークレビンソン製に置き換えたML5を出していた。
このころ、KEFのModel 105やJBLの4343をベースに、ML5のようにマークレビンソン・ブランドで出すというプランもあった。
立ち消えになってしまったけれど、マーク・レヴィンソンはチューナーで、同じことをやろうとは考えなかったのか。
もし考えていたら、ほぼ間違いなくセクエラだっただろう。
十年以上前からたびたび思うことがある。
どの分野、どの組織でもそうなのだが、トップに立たなければ見えてない景色(光景)、というか領域がある。
そのことに想像がいなくて、トップの人を引き摺り下ろすような発言を、考えもなしにする人が、とても増えてきた、と感じる。
批判的なことを言うな、ではなく、その人が見ている景色(光景)、領域のことを自分なりでもいいから想像してからではないだろうか。
明日(2月9日)は、マンガ「春くらり」二巻の発売日。
去年から始まった「春くらり」。最初は興味を持てず、読んでいなかった。スマートフォンでマンガをよんていると、第一話を読むようにおせっかいをしてくる。
とりあえず読んでみるかー、ぐらいだった。読んで、しばらく無視していてよかった、と思った。
続きが何話分まとめて読めたからだ。
12月9日に一巻が出た。買って帰って、読み返した。
スマートフォンでも読み返している、単行本でも読み返している。
「春くらり」には、いまのところ、ゲスな人物は登場してこない。これから先もそうだろう。
2月4日のaudio Wednesdayでは、オーディオ業界にいるある人のことが話題になった。関わりにならないのが賢明、皆の一致した意見となった。
そんな人は「春くらり」には出てこないから、安心して読める──、その程度の理由で、ここで取り上げているわけではない。
なにげない日常が、きらきらしている。ぎらつくほどきらきらしているわけではない。
キラキラとカタカナで書くのではなく、平仮名のきらきらだ。
「春くらり」を読んでいると、こういう世界観を感じさせる音を鳴らせるだろうか、とも思ってしまう。