快感か幸福か(その9)
こういうこともあった。
ステレオサウンドにいたころ、M・O君が編集部にいた。私よりもすこし年下で、ロック小僧。
このM・O君が、ある試聴がおわったときにつぶやいた。
「山中先生が(試聴室に)入ってこられるだけで、音、変りますよね」
彼はオーディオに強い関心をもっていたわけでもなく、
「音は人なり」ということについてもまったく知らない。そのM・O君が、そうつぶやいた。
試聴室ではそのとき試聴に使うオーディオ機器のウォーミングアップをかねて、
午前中の準備が済んでずっと鳴らしながら、試聴に来られる方をまっている。
M・O君がつぶやいたときも、そうだった。
あるスピーカーシステムを鳴らしていた。
たしかに、山中先生が試聴室に入ってこられたと同時に、音のただずまいが変ったのは、私も感じていた。
鳴らしていたのは曲名は忘れてしまったが、クラシックだった、と思う。
M・O君はロック小僧だから、ほとんどクラシックは聴かない(カルロス・クライバーだけは例外だったけど)。
そんなM・O君が、山中先生が試聴室に入って来られる前の音と試聴室に入って来られてからの音、
このふたつ音の違いに反応していたことに、正直なところ、驚いていた。
そして、以前からこの時のように音が変ることを感じていたのは、私の気のせいばかりではないことを確認できた。