名器、その解釈(その5)
ウェストミンスター・ロイヤル/SEを名器と思えないのは、
なにもウェストミンスターが現行製品だから、というのが理由ではない。
JBLのパラゴンは、いまでは製造中止になってひさしいが、
私がオーディオに関心をもちはじめたころ(1976年当時)は現行製品だった。
実物を見たのは数年後であったし、
当時はパラゴンからは私が求めている音は出てこない、という思い込みもあったけれど、
それでもパラゴンは名器である、と感じていた。
同じタンノイのスピーカーシステムなのに、
オートグラフを名器として感じ、ウェストミンスターを名器とは思えない、
現行製品であってもパラゴンは名器と直感したのに、ウェストミンスターはそうではなかった。
誤解のないようにことわっておくが、
ここであげている3つのスピーカーシステム(オートグラフ、ウェストミンスター、パラゴン)では、
名器とは思えないウェストミンスター・ロイヤル/SEは完成度が高いところにあるといえるし、
鳴らしていくうえでの、いわゆるクセの少なさもウェストミンスターである。
ウェストミンスター・ロイヤル/SEはよく出来たスピーカーシステムだ、と思う。
なのに、どうしてもウェストミンスターは、私にとって名器ではない。
オートグラフに感じられてウェストミンスターに感じられないもの、
パラゴンに感じられてウェストミンスターに感じられないもの、
つまりオートグラフとパラゴンに共通して感じられるもの、とはいったいなんなのか。
「スケール」だと思う。