快感か幸福か(その8)
あと1ヵ月もすれば、インターナショナルオーディオショウがはじまる。
このインターナショナルオーディオショウの各ブースの音は、原則として、
そのブースの出展社(国内メーカー、輸入商社)の人たちが出している。
3日間の開催、各ブースでは評論家のによる音出しと話(つまりはイベント)が行われる。
一般的には、オーディオ評論家による講演、と呼ばれているし、以前は私もそう書いていたけれど、
さすがに「講演」という言葉は、菅野先生が不在になったいま、もう使わないことにした。
このときの音は、基本的には、そのブースの担当者の音、ということになる。
自分のイベントの時間だからといって、時間的余裕をもってそのブースに行き、
そこで鳴っている音を確認したうえで調整している人はいない。
これは当然のことであって、他の人もイベントを行うわけだから、
調整したいと思っていても、ノータッチが原則となる。
つまりあるブースで複数のオーディオ評論家によるイベントが行われるわけだが、
そこで、基本的にはイベントを行う人によって音が違ってくる、ということはまずないわけだ。
だが実際には、無視できない範囲で音が変ることがある。
こんなことをいうと、そのイベント目当てで来た人の数が違うのだから当り前だろう、という人もいるだろう。
たしかにそうなんだけれども、そういった要素による音の変化とは思えない音の変化がある、こともある。
これが、ないこと(感じにくいこと)もある。
そのブースのシステムを、そのときイベントを行っている人は調整していなくても、
それでも「音は人なり」ということを感じさせる音の変化が、
すべてのブース、すべてのイベントではないにしても、はっきりとある、といえる。
これはいったいなぜなんだろうか。