MOMENTと昭和男のロマンか(その2)
手塚治虫のブラックジャックは、掲載誌・少年チャンピオンを毎号買って読んでいた。
1973年からの連載開始だから、10歳の時から読んでいる。
二週にわたっての回もあったが、
ほとんどが一話完結であり、掲載誌が少年誌ということもあって、
10歳の小学生が読んでも面白かった。
少年チャンピオンで読み、単行本も買っては、また読んでいた。
何度も読み返した。
なので、ほとんどの話は、冒頭の二、三ページ読めば、思い出せる。
どういう最後なのかも思い出せる。
ブラック・ジャックは、成人してからも何度か読んでいる。
一年ほど前にも読み返している。
これだけ何度も読んでいるのだから、もう感動することはない──、
そんなことはまったくなく、むしろ逆である。
小学生のころは、さらっと読んだだけでわかったつもりになっていた。
十分楽しんだつもりでいた。
けれど、いま読み返すと、小学生のころ、さほど感動しなかった話が、
重みをまして、読み手のこちらに迫ってくる。
子供向けのマンガだから──、という手抜きはない。
それでもブラック・ジャックは、いまどきのマンガと比較すると、
一見、絵も話も単純なようにみえなくもない。
細部にこだわりぬいたマンガではない。
いまどきのマンガになれてしまった読み手には、どことなくものたりないのかもしれないが、
そうみえるだけである。
大人になって、いい歳になって……、といわれるような年齢になっても読み返している。
ブラック・ジャックに感じているのと同じものを、
9月のaudio wednesdayは感じていた。