ベートーヴェン(その5)
菅野先生のところで、クラシックの1曲、はじめからおわりまで聴いたのは、このぺートーヴェンで2回目だ。
またステレオサウンドで働いていた頃、菅野先生のお住まいから徒歩で15分くらいのところに住んでいた。
だから出社前に原稿を受け取りに、仕事の帰りに資料などを届けに伺うことは多かった。
その日は、たまたまその日購入したばかりのCDを持って、夜伺った。
資料を渡してすぐに帰るつもりだったが、「あがっていきなさい」と言われた。
私が持っていたWAVEの袋に気がつかれた菅野先生は、「何のCDを買ったんだ?」。
アバドによるシューベルトのミサ曲第6番 D950だった。
入荷したばかりの輸入盤だから、菅野先生は、まだ聴かれてなかった。
聴くことになった。
3人掛けのソファの真中に菅野先生、そのとなりに私。
ミサ曲がはじまった。
じつは私は、試聴室ですでに聴いていた。その日、2度目のシューベルトのミサ曲。
でも、試聴室で鳴っていたミサ曲と、菅野先生のリスニングルームで鳴り響いているミサ曲は、
同じ音楽でもありながらも、決してその日、2度目の演奏とはいえない、なにかが違うものだった。
ミサ曲第6番は16曲からなり、アバドの演奏では約56分。
不思議な緊張感のともなった56分間だった。