Date: 11月 12th, 2017
Cate: オーディオの科学
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オーディオにとって真の科学とは(その10)

ステレオサウンド 31号(1974年夏号)に、
「音は耳に聴こえるから音……」という記事が載っている。

岡原勝氏と瀬川先生による実験を交えながらの問題提起である。
そこに、こういう対話がある。
     *
瀬川 最近特に感じるのですが、受け取る側も作る側も科学というものの認識が根本から間違っているのではないでしょうか。
 これはことオーディオに限らないと思いますが、一般的に言って日本人はあらゆるものごとに白黒をつけていと納得しないわけですよ。ふつう一般には、科学というものは数字で正しく割り切れるもので、たとえば歪みは極小、f特はあくまでフラットでなくては……というように短絡的に理解してしまっている。そのようには割り切れないものだという言い方には大変な不信感を抱くようなのですね。
 寺田寅彦や中谷宇吉郎らの、日本の本物の科学者というのは、科学を真に突き詰めた結果、科学さえも最後は人間の情念と結びつくというところまで到達していると思うのですが。
岡原 それで思い出したのですが、JISでスピーカーの規格を選定する時、大変困ってしまいまして、八木(秀次)先生にご意見を伺いにいったのです。
 すると『音響製品の規格を決めようとしているのでしょう。それならば聴いて良いものが良い製品だという規格を作ればいいのではないですか。』と仰るのですよ。
瀬川 さすがに本当の科学者ですね。しかし、八木先生のような現代日本最高の科学者にして初めて言える言葉ですね。
 ところが、今の科学というのは先に何か条件が決まっていて──しかもそれさえ誰が決めたのだか分らないようなものですが──まだ欠けたところが沢山しるが数字だけは整っているような条件にきちんと合わせてものをつくりさえすれば、それがいいはずで、それが良くないというのは聴いている人の方が悪いと言いかねない。それが今の大多数にとっての科学のような気がするのですが。
岡原 それは現在の科学は仮定の上に成り立っている学問だからなのですよ。
 ある境界条件を与え、その中だけならばそれでいいのかもしれないが、その条件の与え方そのせのが間違っているのですよ。
 それより先にもっと大切なことがあるのに、それを無視して境界条件を決めてしまい、その中で完全なものができたと言っても仕様がない。
     *
この短期連載記事は、学ぶところが実に多い。
ステレオサウンドから出た瀬川先生の著作集には、残念なことに収められていない。

ここに出てくる八木先生とは、八木アンテナで知られる八木秀次氏である。

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