Date: 1月 25th, 2011
Cate: 「介在」
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オーディオの「介在」こそ(ヘッドフォンで聴くこと・その3)

オーストリアのある山荘にて作曲に没頭していたマーラーを訪ねてきたブルーノ・ワルターが、
まわりの景色に見とれていたので、
「その景色は私の音楽の中にすべて入っている」とマーラーは言った、というエピソードがある。

このマーラーの言葉どおりであるならば、聴き手は、マーラーの音楽をとおして、
彼が眺めてきた景色、だけでなく、彼が生きてきた時代の空気、ほかにもいろいろあるだろうが、
そういったことまでも、真に優れた演奏からは感じとれる道理になる。

その意味で、聴き手の目の前にあるふたつのスピーカー間の空間は、
まさしく世界・社会に通じている「窓」といえるのかもしれない。

音楽を聴く、という行為は本来孤独なものである、と同時に、
その「窓」によって、なにかとつながっている。

その「窓」が、ヘッドフォンのみで、さらにノイズキャンセリング付のもので、
雑多な音に耳を閉ざすような聴き方をしていると、存在しなくなる──、そんな気がする。
どこにも通じなくなっている。

聴き手は、その「窓」をとおして、いろいろなものを見てきている。

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