ドン・ジョヴァンニとマントヴァ侯爵(その1)
ドン・ジョヴァンニとマントヴァ侯爵。
ドン・ジョヴァンニはモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」に、
マントヴァ侯爵はヴェルディのオペラ「リゴレット」の登場人物である。
ふたりは似ているようでいて、決定的にちがう。
このふたりについて黒田先生が書かれていた。
ステレオサウンド 47号掲載の「さらに聴きとるものとの対話を」で、
「腹ぺこ」のタイトルを文章で、ドン・ジョヴァンニについて書かれていた。
マントヴァ侯爵については、最後のほうで、ドン・ジョヴァンニとの比較対象として触れられている。
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ドン・ジョヴァンニに似たタイプの、しかしドン・ジョヴァンニとは決定的にちがうマントヴァ侯爵という男がいる。ヴェルディのオペラ「リゴレット」の登場人物だ。彼は、夜会に出席している美女達たちをながめながら、「あれかこれか」と、いともくったくなくうたう。しかし、彼は、ただの好色漢でしかない。「あれかこれか」という、すくなくとも選択の意識が、マントヴァ侯爵にはあるが、ドン・ジョヴァンニにはそれがない。だから、ドン・ジョヴァンニは地獄におちるが、マントヴァ侯爵は、すくなくともオペラが終るまでは、生きのびていて、ベッドにひっくりかえって、鼻歌などうたっている。
しかし、マントヴァ侯爵の姿は、妙にうすぎたない。ドン・ジョヴァンニの輝きは、マントヴァ侯爵に感じられない。マントヴァ侯爵は、女性に対して、ドン・ジョヴァンニのようにはハングリーではない。一種の退屈しのぎというか、ひまつぶしに女性を誘惑しているだけだ。
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黒田先生は、音楽についてのドン・ジョヴァンニは、ありえないか──、をテーマにされている。
そして《みんながハングリーでなくなったということが、ここでもいえるように思う》と書かれている。
みんながハングリーでなくなったのは、音楽だけではなく、オーディオに関してもいえるのではないか。
ドン・ジョヴァンニは、
イタリアで640人、ドイツで231人、フランスで100人、トルコで91人、スペインで1003人、
合計2065人の女性と交渉をもっている。
それでもドン・ジョヴァンニは女性を求め続け、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」では地獄に堕ちる。