瀬川冬樹氏のこと(その7)
オーディオ機器との出会いには、幸運なときもあれば、
そうでないこともある。
たとえば瀬川先生とマーク・レビンソンのLNP2との出会い。
瀬川先生は、LNP2との出会いについて、次のように書かれている。
*
彼(註:山中敬三氏のこと)はこのLNP2を「プロまがいの作り方で、しかもプロ用に徹しているわけでもない……」と酷評していた。
ところで音はどうなんだ? という私の問いに、山中氏はまるで気のない様子で、近ごろ流行りのトランジスターの無機的な音さ、と一言のもとにしりぞけた。それを私は信用して、それ以上、この高価なプリアンプに興味を持つことをやめにした。
あとで考えると、大きなチャンスを逸したことになった。
74年夏のことである。
75年になって輸入元が変わり、一度聴いてみないかと連絡があったときも、最初私は全く気乗りしなかった。家に借りて接続を終えて音が鳴った瞬間に、びっくりした。何ていい音だ、久しぶりに味わう満足感だった。早く聴かなかったことを後悔した。それからレビンソンとのつきあいが始まった。
*
早く聴かなかったことを後悔した、と書かれているけど、
ほんとうにそうだろうか。
瀬川先生自身、気がつかれてなかったのか。
山中先生が「無機的な音さ」と言われたLNP2は、
シュリロ貿易がサンプル輸入したモノで、 岡俊雄先生が購入されたモノ。
つまりバウエン製モジュール搭載のLNP2である。
一方、75年になって、RFエンタープライゼスが輸入したLNP2、
瀬川先生がはじめて聴かれたLNP2は、
ジョン・カールの設計によるマーク・レビンソン製のモジュール搭載になっている。
もしバウエン製モジュールのLNP2を聴かれていたら、
瀬川先生はどういう反応をされただろうか。
岡先生は、LNP2が製造中止になったときに、ステレオサウンド誌に、
LNP2物語を書かれている。
この記事でもそうだし、過去に何度か発言されているが、
岡氏は、マーク・レビンソン製モジュールのLNP2よりも、
バウエン製モジュールのLNP2を高く評価されている。
岡先生と瀬川先生の音の嗜好の違い、捉え方の違い、ひいては再生音楽の聴き方の違いは、
1970年代のステレオサウンド別冊に掲載されている
岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹、三氏の鼎談を
読んだことのある人ならば、ご存知のはず。
勝手な推測だが、
もし瀬川先生がバウエン製LNP2を聴かれていたら、
山中先生と同じような感想を持たれたことだろう。
山中先生の言葉を信用してバウエン製LNP2に興味を持つことにやめにし、
輸入元がかわったLNP2に対しても、全く気乗りしなかった瀬川先生だけに、
もしバウエン製LNP2音を聴かれていたら、
レビンソン製LNP2を聴く機会すら拒否されたかもしれない。
聴く機会が、それこそもっと後になったかもしれない。
そう考えると、瀬川先生とLNP2との出会いは、幸運だった、
出会うべくして、出会うべきときに出会った、と私は思っている。
不思議なのは、シュリロ時代のLNP2が
バウエン製モジュールだということに、
なぜ瀬川先生は気がつかれなかったのこということ。
気がつかれなかったからこそ、LNP2との出会いについて書かれるとき、
山中先生を引き合いに出されるわけなので。
実は、バウエン製モジュールのLNP2と、
マーク・レビンソン製モジュールのLNP2を
じっくり聴き較べてみたことがある。
岡先生がLNP2の記事を書かれたとき、
写真撮影に岡先生所有のLNP2をお借りしていたときに、
ステレオサウンド試聴室常備のLNP2Lと聴き比べてみた。
ステレオサウンドのLNP2Lは、もちろんマーク・レビンソン製モジュール搭載で、
しかも瀬川先生が、こちらのほうがさらに音が良いと書かれている、
追加モジュール搭載仕様で、その意味ではよりLNP2Lらしさは強い。
そのときの印象からいえば、
瀬川先生にとってのLNP2は、
やはりマーク・レビンソン製モジュールのモノだということである。