Archive for 9月, 2017

Date: 9月 17th, 2017
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代(その7)

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代を、
少しでも知っている・体験している者と、
岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代しか知らない者との違いは、空洞である。

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代からオーディオをやってきている者は、
心のなかに埋めようのない空洞ができてしまったことを感じた。

岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代からオーディオをやってきた者すべてが、
そうであるとはいわない。

古くからのオーディオマニアであっても、
岩崎千明と瀬川冬樹がいた時代よりも、
岩崎千明と瀬川冬樹がいない時代の方がいまや長いのだから、
あの時空洞ができたことう感じても、いまではそうでないのかもしれない。

それだけの月日が経っている。

空洞をいまだ感じている者もいればそうでない者もいる。
ほんとうにそれだけの月日が経っているのだ。

空洞はできたのだろうか、
それともうまれたのだろうか、ともおもう。

Date: 9月 17th, 2017
Cate: オーディオマニア

五条件(その3)

オーディオ愛好家の五条件の冒頭は、こうである。
     *
 オーディオ愛好家──たとえば本誌を購読する人たち──をそうでない人より私は信用する。〝信じる〟というのが誇大に過ぎるなら、好きである。しかし究極のところ、そうした不特定多数の音楽愛好家が喋々する〝音〟というものを私はいっさい信用しない。音について私が隔意なく語れる相手は、いま二人しかいない。その人とは、例えばハルモニア・ムンディ盤で聴くヘンデルの、こんどの〝コンチェルト・グロッソ〟(作品三)のオーボーの音はちょっと気にくわぬ、と言われれば、それがバロック当時の古楽器を使っている所為であるとか、コレギウム・アウレウムの演奏にしては弦の録音にいやな誇張が感じられるとか(コレギウム・アウレウム合奏団の弦楽器は、すべてガット弦を、古い調弦法で調弦して使っている)、そんな説明は何ひとつ聞かずとも私は納得するし、多分百人の批評家がコレギウム・アウレウム合奏団のこのレコードは素晴しい、と激賞しても「ちょっと気にくわぬ」その人の耳のほうを私は信じるだろう。
 もちろん、彼と私とは音楽の聴き方もちがうし、感性もちがう。それが彼の印象を有無なく信じられるのは、つづめて言えば人間を信じるからだ。彼がレコード音楽に、オーディオに注いだ苦渋に満ちた愛と歳月の歴史を私は知っている。
     *
《人間を信じるからだ》とある。
これにつきる。

信じられぬ相手に、オーディオの、音楽の何を語れるというのだろうか。
SNSの普及、そこでのオーディオについてのやりとりをながめていると、
この人たちは、五味先生のオーディオ愛好家の五条件を読んでいないのか、とおもう。

私が勝手にそうおもっているだけだ。

Date: 9月 17th, 2017
Cate: オーディオマニア

五条件(その2)

五味先生のオーディオ愛好家の五条件。

「①メーカー・ブランドを信用しないこと」では、
《音を出すのは器械ではなくその人のキャラクターだ。してみれば、メーカーブランドなど当てにはならない。各自のオーディオ愛好ぶりを推量する一資料にそれはすぎぬ、ということを痛切に経験したことのない人と私はオーディオを語ろうとは思わない。》
と書かれている。

「②ヒゲのこわさを知ること。」では、
《三百枚余の大事なレコードを私は所持するが、今、その一枚だってヒゲはないのをここに断言できる。レコードを、つまりは音楽をいかに大切に扱い、考えるかを端的に示すこれは一条項だろう。
 したがって、一枚に何万円を投じてレコードを買おうとその人の勝手だが、ヒゲだらけの盤でパハマンやシュナーベルやカペーがいいとほざく手合いを、私は信用しないのだ。》
と書かれている。

「③ヒアリング・テストは、それ以上に測定器が羅列する数字は、いっさい信じるに足らぬことを肝に銘じて知っていること。」では、
《テストで比較できるのは、音の差なのである。和ではない。だが和を抜きにしてぼくらの耳は音の美を享受はできない。何にせよ、測定結果やヒアリング・テストを盲信する手合いとオーディオを語ろうとは私は思わないものだ。》
と書かれている。

「④真空管を愛すること。」では、
《真空管のよさを愛したことのない人にオーディオの何たるかを語ろうとは、私は思わない。》
と書かれている。

「⑤金のない口惜しさを痛感していること。」では、
《この時ほど、金がほしいと思ったことはない。金さえあれば四十九番のレコードが買える、それをいい音で聴ける……そんな意味からではない。どう言えばいいか、ハイドンの味わった貧しさが無性にこの時、私には応えたのだ。ハイドンの立場で金が欲しいと思った。矛盾しているようだが、彼が教えてくれた贅美のうちにある悲しみは、つまりは過去の彼の貧しさにつながっている。だからこそ美しく響くのだろうと私はおもう。
 少々、説明が舌たらずだが、音も亦そのようなものではないのか。貧しさを知らぬ人に、貧乏の口惜しさを味わっていない人にどうして、オーディオ愛好家の苦心して出す美などわかるものか。美しい音色が創り出せようか?》
と書かれている。

Date: 9月 17th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その7)

1983年春に、ステレオサウンド別冊「THE BRITISH SOUND」が出た。
山中先生が、イギリスの主だったメーカーを訪ねられてのブランド・ストーリィが、
「THE BRITISH SOUND」のメイン記事である。

KEFにも行かれている。
試聴室の写真が載っている。
小さく、モノクロだがら、細部は不鮮明だが、
Model 105.2が設置してある。
どう見てもキャスターは外した状態での設置である。

これはどういうことなのだろうか。
キャスターは、日本の輸入元がつけたのだろうか、とまず思ったが、
KEFの英文のカタログを見ても、キャスターがついている105である。
そさに輸入元が変ってもキャスターはそのままだったことからも、
KEFでつけているということになる。

となると、キャスターをつけていると、スピーカーの移動は簡単である。
それこそ部屋のどこへでもすぐに移動できる。
つまりスピーカーがよく鳴る位置を探すためには、実際にそこにスピーカーを置いて鳴らすしかない。

それにはキャスターがあれば、苦労することはない。
とにかく、この段階ではこまかなことを気にせずに、
大胆にスピーカーの位置を試して鳴らしてみろ、ということなのだろう。

位置が決ったらキャスターを外して、こまかな調整に取り組めばいい。
そういうことだったのではないのか。

Model 107は45kgと、105のどれよりも重い。
にも拘らずキャスターはついていない。

Date: 9月 17th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その6)

KEFのModel 105の底面にはキャスターが取り付けられていた。
いまの常識からすれば、キャスターがついていることは、
音にとってマイナスでしかない。

1980年代でも、キャスターがついていることはマイナスと認識されていた。
でもその数年前はキャスターがついていることに疑問をもつ人は、
少なくともオーディオ雑誌を見ていたかぎりではなかった。

Model 105だけではない、
スペンドールのBCII、BCIIIの専用スタンドもキャスターつきだった。
国内メーカーが販売していたスタンドの中にもキャスターつきのモノがあった。

私が聴いたModel 105もキャスターつきだった。
キャスターつきの状態であっても、
瀬川先生がバルバラのレコードを鳴らしながら調整された音は、
ステレオサウンド 45号の試聴記にあるとおりだった。
     *
調整がうまくゆけば、本当のリスニングポジションは、ピンポイントのような一点に決まる。するとたとえば、バルバラのレコードで、バルバラがまさにスピーカーの中央に、そこに手を伸ばせば触れることができるのではないかと錯覚させるほど確かに定位する。
     *
この「音」を実際に聴くことができた。
何も誇張なく書かれたものだといえる。

このスピーカーで、大好きな女性歌手のレコードを聴けたら……、
と当時高校生の私は、どうやったら105を買えるのだろうか、と真剣に購入計画をあれこれたてていた。

あるとき、円高のおかげで定価がすこし下がったことがある。
けれどしばらくするとまた価格が上ってしまった。
この時のショックは大きかった。
いくつかの販売店に旧価格の105がないか、と手紙を書いて問い合せまでした。

Model 105のラインナップとして、105.4、105.2が登場した。
すべてキャスターがついていた。
15は36kg、105.4は22kg、105.2は36kgである。

キャスターがあれば動かしやすいことはそうだが、
このくらいの重量ならば、キャスターなしでも動かせる。

105の登場が1980年代にはいってからだったら、
キャスターはなかったかもしれない。

ふとおもう。
誰もModel 105のほんとうの音を聴いていないのではないか、と。

Date: 9月 16th, 2017
Cate: audio wednesday

第81回audio wednesdayのお知らせ(1982年10月4日)

10月のaudio wednesdayは、
4日ということでグレン・グールドをテーマにするのは前回お知らせしたとおり。

この他に考えているのは、喫茶茶会記のトゥイーターの変更がひとつある。
現在、サブトゥイーターとしてグッドマンのDLM2がついている。

一見ドーム型だと思ってしまうが、ホーン型である。
とはいえ、私の感覚ではドーム型として扱っているところもある。

一度、JBLの2405にしたことがある。
ただ、その時は2441+2397をアルテックのかわりに鳴らしていたから、
喫茶茶会記通常とは大きく違っての2405への変更であった。

今回はDLM2のみを、JBLの075に変更してみるつもりでいる。
うまくいくかどうかはなんともいえない。
075は設計の古いトゥイーターだから、20kHzまで周波数特性がのびているわけではない。
指向特性も、2405と比較すると周波数が高くなると狭くなっていく。
いわゆるビーミングである。

とはいうものの075は正真正銘ホーン型トゥイーターである。
音のエネルギーの再生においては、たっぷり出してくれる。

いま考えているのは、075の置き方だ。
アルテックの811Bホーンを横にずらせば、隣に設置できる。
一昨年の11月、喫茶茶会記に、いまのエンクロージュアが入ってきたときは、
そういうユニット配置だった。

それを私がいまの配置に変更した。
そのときの感じでいえば、ウーファーとホーンをオフセットの位置関係にはしたくない。
インライン配置のまま、ホーンの隣に置くのはぎりぎりできるかもしれないが、
やや不安定な感じを受けそうだし、かといって今DLM2を置いている位置では、
うまくいくとは思えない。

となると何らかの置き台を用意して、075をぐっと持ち上げてホーンの上部に来るようにするか、
反対にホーンをあと7cmほど持ち上げて、エンクロージュアとの間に置くか。

その他にも考えなくてはならないことはいくつもあって、
当日に、すべてを実験できるわけでもないから、
075に変更したからといって、必ずしもいい結果が得られるとはいえないが、
個人的にはスピーカーの表情が、どう変化していくのか、楽しみである。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 9月 16th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その5)

読まれている人の中には、「また瀬川冬樹のことか」と思われる人もいよう。
私にとって、KEFのスピーカーについて語るということは、
その三分の一くらいは瀬川冬樹についても語ることでもある。

だからこそ、Model 105やModel 303のころの時代のKEFと、
いまのKEFについて語るということは、その点で最初から違ってきているわけだ。

レイモンド・クックは、「惜しみて余りあり」で、
瀬川先生について、こう書いている。
     *
 過去40年近くにわたって、私がオーディオの仕事を通じて出会い、知るに至った数多くの評論家のなかで、瀬川冬樹氏はクリティーカーとしてのあらゆる必要な資質を、まさに申し分のないバランスで併せもった類い稀なる人物の一人でありました。
     *
レイモンド・クックは、何も日本のオーディオ評論家にばかり会っていたわけではなく、
KEFのスピーカーが販売されている国のオーディオ評論家(批評家)とあっていた。
そのうえで、そう書いているのだ。

レイモンド・クックは、続いて自身の経験を書いている。
     *
 1976年のある日、私達はKEFのスピーカーについて長時間の対談と試聴をする機会を得ましたが、そのおり起ったことのすべてを、私は機能の出来事のように記憶しています。
 瀬川氏と私は、夕刻7時に、軽い夕食を共にするためにお会いしましたが、その時からすでにふたりの討論は始まっていました。食事を終えて一緒に雑誌社のオフィスに行き、われわれふたりは議論と試聴で一晩を明かしました。私がホテルに帰ったのは、朝が過ぎ、太陽が頭上に昇ってからだったことを覚えています。瀬川氏自身が、まえもってそのスピーカーについて、長時間ヒヤリング・テストを重ねていた事実を考え併せると、記事を書くという実際の仕事(その後、出版されましたが)はさておき、試聴と討議に費やされた全時間数は実に厖大なものでした。
     *
レイモンド・クックと瀬川先生が、1976年に長時間の対談と試聴をしたスピーカーは、
おそらくModel 105のはずである。

ステレオサウンド 45号で、
《一年以上まえから試作品を耳にしてきた》と書かれているからだ。

45号では《さすがに長い時間をかけて練り上げられた製品》と、
Model 105のことを評価されている。

Model 107は、その105の延長線上にあるスピーカーだ。
105の登場から約十年。KEF創立25周年記念モデルということも考えあわせると、
Model 107の開発にも長い時間をかけて、練り上げたはずである。

なのにModel 107は、登場時、日本には輸入されなかった
瀬川先生が亡くなられて、五年が経っていた。

Date: 9月 16th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その4)

KEFのModel 107の不幸は、1986年当時、
輸入元がごく短期間に変った(そのことによる空白もあった)と思うということ以上に、
瀬川冬樹という、最大の理解者が亡くなられていた、ということが大きいと、
いまさらながら思う。

たったひとりのオーディオ評論家の存在が、
どこまでオーディオ機器の評価と売行きに関係してくるのか、
一概にいえないのはわかっていても、まったくないとはいえない。

少なくとも日本におけるModel 105の評価は、
瀬川先生の評論があってのものだ、と私は認識している。

ステレオサウンド 61号で、岡先生が書かれていることを思いだす。
     *
 ぼくの知っている限り、音楽が根っから好きな数すくないオーディオ評論家のなかで、瀬川さんぐらい音楽と演奏の個のみがはっきりしていて、しかもよくききこんでいるひとはいない。それが瀬川冬樹のオーディオ哲学の基礎を形成していた。これが、彼の他にかけがえのないユニークな仕事をなさしめたゆえんでもあった。考え方がまるでちがっていても、理解しあえ、論争をお互いに楽しんできたというのも、音楽という共通の場が存在していたからであった。KEFのレイモンド・クックをはじめ、ヨーロッパのオーディオ・エンジニアリングの専門家に音楽好きが多いから、そういう点で瀬川さんの意見が高く評価されたのは当然である。
     *
ここまで書いて、また思い出すことがあって、
今度はサプリーム 144号をひっぱりだしてきた。

サプリームはトリオ(現ケンウッド)が発行していたオーディオ誌である。
サプリーム 144号の表紙には、「ひとつの時代が消えた 瀬川冬樹追悼号」とある。

ここにレイモンド・クックの「惜しみて余りあり」が掲載されている。
     *
 オーディオ評論という仕事には、天賦の才能と感性との、稀有とも称しうる次元での調和が要求されます。ある人は、この仕事を単なる技術の追求と見做しているようですが、技術的側面のみの追求では、オーディオ製品に不可欠な人間的側面を見失うことになってしまいます。また、ある人は技術的な考察をすべて無視して、まったく主観的なアプローチを試みようといたします。しかしながらこの方法に深入りすると、よくご存知のように、現実の技術的進歩や開発の成果に眼をつむって、音響の神秘的側面のみを語るという陥穽にはまってしまうことになるのです。
 さて、試聴テストと性能測定が終了し、人間工学的追求が終わると、次に、これらすべての情報を明快で魅力的な文章に書きとどめるという、もっとも重要な仕事がまっています。この点についていえば、優れた解説を書くことのできるオーディオ評論家の数はきわめて限られています。
     *
レイモンド・クックの文章は、この書き出しで始まっている。

Date: 9月 16th, 2017
Cate: 選択

オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択・その5)

憧れのオーディオ機器なんてない、という人もいるのかもしれないが、
オーディオマニアなら、憧れのオーディオ機器はあるはずだ。

憧れて憧れて、やっとのおもいで自分のモノに出来たこともあれば、
手が届かなかったことだってある。こちらのほうが多い。

価格が高いだけなら、購入計画をたてて、そこを目指していけばいいけれど、
あっという間に市場から消えてしまうモノに関しては、えっ? とあきらめるしかない。

JBLの4343、マークレビンソンのLNP2、EMTの930stといったモノに憧れてきた。
他にもいくつもあるが、こういったモノは人気もあって、そこそこの数が売れている。

なのでじっくり待てば、程度のいい状態のモノと出合えることはある。
けれどあっという間に消えてしまったモノとなると、そうはいかない。

手に入れたい、という気持もあるけれど、
それ以上にもういちど、その音を聴きたい、と思う意味での憧れのオーディオ機器がある。
いまもいくつかある。

その中の半分くらいは、市場からあっという間に消えてしまっている。
ふたたび出合えることは、誰かのリスニングルームであってもないだろうと、
なかば諦めている。

諦めているからこそ、まったく予期しない機会に出合えたときの私の気持は、
ほんとうに嬉しい。

その嬉しさは、ふたたび出合えたこと以上に、
このスピーカーの良さをわかっている人が、やっぱりいてくれた、という嬉しさの方が、
ずっとずっと大きい。

心の中で「同志がいた」と叫びたくなるほどに、嬉しいものだ。
二日前(9月14日)が、まさにそういう日だった。

Date: 9月 15th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(余談)

KEFをケフと呼ぶ人は、昔からいた。
なぜケフと、その人たちは呼ぶのか理由はわからない。

KEFはケーイーエフである。
瀬川先生も、熊本のオーディオ店に来られたときに、
「KEFをケフと呼ぶ人がいるけれど、正しくはケーイーエフです」といわれていた。

BSRジャパンの次の輸入元のKEFジャパン。
1988年のステレオサウンドの広告索引をみればわかるが、
ケフジャパンだった。

ケーイーエフジャパンではなかった。
輸入元からしてそうだった。

いまではケーイーエフジャパンになっている。

Date: 9月 15th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その3)

KEFの創立は1961年、
25年目は1986年。

このころはまだステレオサウンドにいた。
だがModel 107を聴いた記憶はない。

1986年に出たステレオサウンドをめくってみたけれど、
新製品紹介ページには登場していない。

Model 104、Model 103、Model 105の時代、
KEFの輸入元は河村電気研究所だった。

1980年ごろ、BSRジャパンにかわった。
はっきりと記憶しているわけではないが、BSRジャパンはKEFの取り扱いをやめたはずだ。
KEFの輸入は一時途絶えていたのかもしれない。

KEFジャパンの広告がステレオサウンドに登場するのは87号である。
1988年になってからだ。
その広告にはUni-Qユニットを搭載したモデルとともに、
Model 107も載っている。ただ扱いとしてはそれほど大きくはなかった。

二年前のモデルなのだし、KEFにとってUni-Qユニットこそ、
これからのKEFを背負って立つ技術なのだから、当然だろう。

なので私にとってModel 107は、写真で存在を知っているだけの存在だった。
しかも1988年は、B&Wの801がSeries2になり、かなり高い評価を得るようになった。

801の、あのスタイルはKEFのModel 105がオリジナルなのに……、と私などは思っていたが、
KEFの、このスタイルは影が薄くなりつつあった。
KEFも、Uni-Qに力を注いでいる印象だったから、
よけいに影が薄くなっていた、ともいえよう。

Date: 9月 14th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その2)

私にとってKEFとは、レイモンド・クック時代のKEFである。
いまのKEFもKEFではあっても、
私のなかでは、どこか違ってしまったKEFである。

どちらがいいかといえば、いまのKEFなのかもしれない。
あのころのKEFはそれほど売れている、という印象はなかった。

いまのKEFの方が知名度は高いし、売行きもいい、と思う。
でも私は、いまのKEFには思い入れはない。

思い入れのないKEFが、私のところに八年前にやって来た。
Un-Qを搭載したトールボーイのモデルだった。

悪いスピーカーという気はさらさらない。
でもレイモンド・クックのいないKEFのスピーカーに対して思い入れをもてない私には、
それこそつまらない音にしか聴こえなかった。

くどいようだが、KEFのスピーカーが悪いわけではなく、
私の聴き方ゆえの問題である。
もうどこまでいっても、私にとってKEFはレイモンド・クック時代なのだ。
そのことを音を聴いて、改めて確認しただけだった。
そのKEFは手元にはない。

確認したとともに、あのころのKEFのスピーカーを欲しい、というおもいが芽生えてきた。
当然、中古しかない。

中古というモノは、売れたモノしか出廻らない。
さほど売れなかったモノの中古は、ほとんどないのが当り前である。

KEFの中古を見たことがないわけではないが、
数えるほどしかない。
Model 105の中古は見たことがない。

いまでこそそんなことはいわれなくなっているが、
当時は、上にモノを乗せられないスピーカーは売れない、といわれていたし、
オーディオ店も扱うのを嫌がっていた、ときいている。

Model 105は、改良モデルを含めて、日本ではどれだけ売れたのだろうか。
売れていないモノの中古はめったに出ない。

けれど、今日、Model 107がやって来た。
KEF創立25周年モデルのModel 107は、
Model 105の後継機でもある。
そのスピーカーが、やって来た。

Date: 9月 14th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その1)

KEFとJBL。
イギリスのスピーカーメーカーとアメリカのスピーカーメーカー。

ダイレクトラジエーション型をメインとするKEF、
ホーン型を得意とするJBL。

どちらもアルファベット三文字のブランド。

私より上の世代では、
JBLの反対の極にあるスピーカーといえば、タンノイがあった。
JBLでジャズを、タンノイでクラシックを、
ピアノはJBL、弦はタンノイ、
そんなことが語られていた時代があったし、
そのころのオーディオ雑誌に登場するオーディオマニアは、
確かにJBLとタンノイが同居していた。

私は、といえば、JBLとタンノイという気持がある。
でも同時にJBLとBBCモニターという気持が、同じかそれ以上に強い。

BBCモニターの中に含まれるといえば、そうなのだが、
でも私のなかでは少し違うところにあるメーカーとして、
そしてJBLとKEFという気持が、はっきりとある。

これは瀬川先生の影響である。
KERFのModel 103、Model 104aB、Model 105、Model 303、
これらの瀬川先生の評価はよかった。
これらはすべて聴く機会があった。

Model 105は瀬川先生が調整された音を聴けたことは、以前書いている。

そのころのKEFのスピーカーは、真面目な音である。
決してハメをはずすことのない、
聴く人によっては、つまらない、という、そのくらいにイギリスのスピーカーとして、
アキュレートサウンドを目指したスピーカーである。

それにLS5/1Aを市販したのはKEFである。
私にとってKEFは、JBLの一方の極として、あのころ常に気になっていたブランドだった。

Date: 9月 13th, 2017
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その28)

オーディオの想像力の欠如のままでは、わがままになることはできない。
わがままを貫き通すこともできない。

Date: 9月 12th, 2017
Cate: ジャーナリズム, 組合せ

組合せという試聴(その9)

昔のステレオサウンドにはあったアンケートハガキ。
ベストバイ特集号の前号には、
読者の選ぶベストバイ・コンポーネントの投票用紙といえるハガキだった。

アナログプレーヤー、カートリッジ、トーンアームから
アンプ、チューナー、デッキ、スピーカーにいたるまで、
現用機種とともに記入されていた。

その8)で書いているように、
読者の選ぶベストバイ・コンポーネントの集計をやっていると、
ほんとうにそこに記入されている機種を組み合わせて音を出したら……、と思うものが少なくなかった。

意外性でおもしろいかも、と思う組合せ的ハガキもあった。
読者みなが組合せを意識して記入しているとはかぎらないのはわかっている。

それでも集計をする者からすれば、それぞれの項目だけを見て集計していても、
ハガキのすべての項目をまず見ることを忘れているわけではない。

返ってきたハガキを見ていると、
それまでのステレオサウンドの特集(総テスト)で評価の高かった機種が、
それぞれのジャンルで並んでいる、というものも少なくなかった。

その3)で書いた受動的試聴と能動的試聴。
組合せを考慮していないと感じるハガキからは、
受動的試聴での評価の高いモノが並んでいるだけの印象を感じていた。

実際のところはわからない。
私がそう感じたハガキであっても、記入した人は、組合せを考慮しての記入だったのかもしれない。

私がそのハガキから、そこのところを読みとれていなかった、という見方もできる。
それにすべての読者が、ステレオサウンドで取り上げた機種すべてを聴いているわけでもない。
どこに住んでいるのか、東京に住んでいても積極的に出掛ける人もいればそうでない人もいる。

オーディオ店での試聴は、単に聴いた、という程度と受け止めている人もいる。
ハガキを書いた人が、どの機種を聴いていて、それもどういう環境で、どの程度しっかり聴いているのか、
また聴いていない機種はどれなのか、
そういったことはまったくわからない。

聴ける機種よりも聴けない機種の方が多い人が多かったのではないか。
ならば受動的試聴の結果(試聴記)を参考にハガキを記入する。