Archive for 7月, 2009

Date: 7月 12th, 2009
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(その18)

では、いま現在、無色透明な音は存在し得ないのか。

そんなことはないと思う。
スピーカーひとつひとつに固有音がある。アンプやその他のオーディオ機器に固有音がある。
もちろんレコード(録音)にもあるし、アンプやスピーカーを構成するパーツや素材にも、固有音は存在する。

固有音が存在しないものは、いまのところ世の中にはない。
そう、聴き手であるわれわれにも、固有音があるのではなかろうか。
だから、同じ部屋で同じ音を、同時に聴いて、音の評価が大きく異なることがすくなくないのも、
そのことが関係しているのかもしれない。

個々人の耳に、それぞれ固有音があるとしたら、あるとき、ある瞬間だけ、
固有音すべてが相互に関係し合い、打ち消し、補整することで、無色透明の音は存在し得ないとはいえない。

すべて人にとって共通の無色透明は音は、いまのところない。
あるひとにとって、未来永劫、無色透明な音もない。
けれど、すべての条件が、たまたまうまく絡み合ったときに、起き得ないと、だれが言えるのだろうか。

Date: 7月 12th, 2009
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(その17)

ずっと以前は、モニタースピーカー・イコール・アラ探しのためのスピーカーと捉えられていたようだ。

いま、そういう捉え方をする人は、ほとんどいないだろうし、そういうスタジオモニターも、
ほとんどないといってもいいだろう。

ならば、モニタースピーカーの定義とは、何なのだろうか。
はっきりした定義は、いまだないように思う。

なんとなく、これはモニタースピーカー、あれは家庭用スピーカーだな、と個々人が、
勝手に、そこに境界線を引いているという、あいまいさが残ったままなのか。

どんなスピーカーにも、かならず、そのスピーカーならではの固有音がある。
固有音、つまり個性・癖がまったく存在しないスピーカーこそ、無色透明のスピーカーとなるわけだが、
いまのところも、これからもさきも、少なくともあと10年、20年ぐらいで、
「スピーカーの音」というものがなくなるとは思えない。

いまのスピーカーの原理であるかぎり、パワーアンプから送られてくる電気信号の、
ほんのわずか数%しか音に変換できない。のこりは熱となって消費されているわけだ。

これが70%以上、そんなにいかなくてもいいかもしれない。
50%程度でも音に変換できるようになれば、スピーカーの音というものは、ずいぶん大きく変容することだろう。

さらに80から90%ほど音に変換できるようになれば、ほとんど変換ロスがなくなってくれば、
スピーカーの音は、かぎりなく無色透明になっていくのであろうか。

Date: 7月 12th, 2009
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(その16)

1990年前後から日本の録音スタジオにモニタースピーカーとして導入され、
知名度を急激に上げていったスピーカーがある。

絶賛する声も、現場では多かった反面、
「このスピーカーでは仕事(モニタリング)ができない」という声もあったときいている。

このスピーカーと、たとえば誰も絶賛しないけれど、誰も「使えない」と全面否定もしない、
いわば可も不可もなく、といったモニタースピーカーがあったとして、
さて、どちらがモニタースピーカーとして優れているのか、
あえて点数をつけるとすれば、どちらが高い点数を獲得するのか。
そんなことを考えてみたくなる。

前者のスピーカーには、ひじょうに高い点をつける人もいれば、
まったく点を与えない人もいるだろう。そうすると平均点はそれほど高くならない。

後者のスピーカーはどうか。高い点は得られないだろう。でも極端に低い点をつける人もいないだろう。
となると平均点は、前者のスピーカーと対して変わらない、ということになるかもしれない。

つまりこのふたつのモニタースピーカーは、ほぼ互角かというと、決してそんなことはなく、
ここがスピーカーの選択・評価の、微妙なところであり、面白さであろう。

Date: 7月 12th, 2009
Cate: BBCモニター, JBL, Studio Monitor

BBCモニター考(その15)

JBLの4343もモニタースピーカーだし、ロジャースのLS3/5AもLS5/8も、やはりモニタースピーカーである。

モニタースピーカーとはいったいどういう性格の、性能のスピーカーのことをいうのだろうか。
コンシューマー用スピーカーとの本質的な違いは、あきらかなものとして存在するのであろうか。

たとえばヤマハのNS1000Mの型番末尾の「M」はMonitorの頭文字である。
だからといって、NS1000Mが、モニタースピーカーとして企画され、開発製造されていたとは思わない。
あきらかにコンシューマー用スピーカーなのだが、1970年代、スウェーデンの国営放送局が、
このスピーカーをモニタースピーカーとして正式に採用している。
そうなると、単なる型番の名称ではなく、「モニタースピーカー」と堂々と名乗れる。

QUADのESLも、純然たる家庭用スピーカーの代表機種にもかかわらず、
レコーディングのスタジオモニターとして採用されていたこともある。

スタジオモニターといえば、大きな音での再生がまず絶対条件のように思われている方もおられるかもしれないが、
モニタリング時の音量は、アメリカ、日本にくらべるとイギリス、ドイツなどは、かなり低めの音量で、
一般家庭で聴かれているような音量とほとんど変らないという。

だから、ESLでも、多少の制約は、おそらくあっただろうが、
もしくはESLで、なんら制約も感じないほどの音量がイギリスでのモニタリング時の一般的な音量なのだろう。
とにかくESLは、十分モニターとしての役割を果していた。

Date: 7月 11th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その35)

リビングストンによれば、バッキンガム、ウィンザーに関しては、世界市場も含めて、
月12台くらいという予測を立てていたのに対して、
カナダ放送局でのスタジオモニターとしての使用をはじめ、予想の3倍以上の40台のペースで注文が来ていたとのこと

両機種とも手作りなこともあり、生産が追いつかない状況だったらしい。
そのためテストサンプルが用意できなくて、オーディオ誌に、あまり試聴記事が掲載されなかったのだろうか。

「世界のオーディオ」シリーズのタンノイ号には、
井上先生の組合せ記事(オートグラフをマッキントッシュMC2300で鳴らす組合せもこの記事のひとつ)のなかに、
ウィンザーもバッキンガムも登場する。

そこで、両機種の概要について、2ウェイの宿命として、周波数レスポンスとしては問題ないが、
エネルギーレスポンスでは、どうしても中域のエネルギーが不足しがちだあり、
その問題をタンノイが、マルチウェイ化によって解決を図ったのは妥当なことであると、と語られている。

Date: 7月 10th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その34)

インタビュー記事を読んでいて、意外だったのは、取材の時点(1978年か)で、瀬川先生も、
バッキンガム、ウィンザーを試聴されたことがなかったということだ。

瀬川先生は
「実はウィンザーとバッキンガムについては、申しわけないのですが、われわれ少し認識不足だったようです。というのは、1年前に発表されたにもかかわらず、品物がほとんどなくて、テスト用サンプルを借り出すことも不可能だったものですから、われわれとしても勉強不足の点が多々あります」
と、リビングストンにことわりをいれている。

リビングストンは、バッキンガムを、車に例えればロールスロイスで、
ウィンザーはジャガーだとしたうえで、両機種とも、
「オートグラフとGRFと同じ考えで、一点一点、全部手作りで、
タンノイの最高の技術とパフォーマンスを利用して作っている」
と語っている。

オートグラフと技術的な指向(それは時代の違いからも来ているといってもいいだろう)は異なるものの、
手間を惜しまず、持てる技術を駆使している点で共通しているのは、
どちらもその時代のタンノイを代表するシンボル的な存在であるからだろう。

バッキンガムは、どんな音を響かせていたのだろうか。

Date: 7月 9th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その33)

バッキンガム、ウィンザーでの試みが、実際にどのように音に反映されていたのかは、
どちらも残念なことに、聴く機会がなかったため、なんともいえない。

少なくとも商業的には日本ではうまくいかなかったと思われる。
アーデンはどこのオーディオ店でも見かけたが、バッキンガムとウィンザーは、いちども見かけたことがない。

バッキンガム、ウィンザーが登場した1970年代後半は、
日本では、オートグラフ、GRFやレクタンギュラーヨークといった機種の印象がまだまだつよかったこともあり、
現代的、いいかえれば合理的な設計思想のバッキンガムに対しては、拒否反応が、多少なりともあったのだろうか。

安易な音響レンズはともかくとして、話題になるだけの内容はそなえていたと思っているだけに、残念である。
1979年にステレオサウンドから出版された「世界のオーディオ」のタンノイ号に、
タンノイの生き字引といわれていたリビングストンに、瀬川先生がインタビューされている。

Date: 7月 9th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その32)

バッキンガムとウィンザーの違いは、
サブウーファーの数とそれにともなうエンクロージュアのプロポーションにある。
核となる25cm口径の、音響レンズ付の同軸型ユニットは共通、サブウーファーは30cm口径のものが、
バッキンガムは2本、ウィンザーは1本で、クロスオーバー周波数は、どちらも350Hzと3.5kHz。

厳密にいえば、バッキンガムはウーファーを並列接続しているため、ユニットのインピーダンスは16Ωで、
ウィンザーのウーファーは8Ωという違いはある。
最近、ほとんど注目されなくなったが、BL積は、とうぜんだが16Ωのユニットの方が高い。

見ためは、バッキンガムとくらべるとウィンザーは、ややずんぐりむっくりしたプロポーション。
価格はウィンザーが35万円(1本)なのに、ウーファー1本増え、エンクロージュアの高さが、
ほぼウーファー1本分だけ増したことからすると、65万円(1本)と、
30万円の価格差(ほぼ2倍の価格)は大きいように感じられる方もおられるだろう。

バッキンガムの価格におけるエンクロージュアのしめる割合はそうとうにあるということだろうし、
また、それは、しっかりとつくっているということを示しているといっていいだろう。

Date: 7月 8th, 2009
Cate: 黒田恭一

サライ(黒田恭一氏のこと)

サライ、7月16日号に、「黒田恭一さんからのメッセージ」が載っている。
葬儀の際、参列者の方々に手渡しされた、14行ほどの手書きのメッセージが、そのまま写真で掲載されている。

Date: 7月 8th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その31)

バッキンガム、ウィンザーは、中心となる同軸型ユニットが、他のタンノイのシステムのものとは違うだけでなく、
エンクロージュアのつくりも、アーデンが、エンクロージュアの剛性を、あえてそれほど高くしないことで、
適度なブーミングを意図的にねらっているとしか思えない、やや緩めといえるつくりに対して、
バッキンガム、ウィンザーのつくりは、同じメーカーの、同じ時期の製品とは思えないほど、
ロックウッドのMajorシリーズのエンクロージュアを意識したかのような、
ひじょうにしっかりとしたものに仕上っている。

パーティクルボードを主として使っているが、積層構造で、外装から、
VENEER(ツキ板)、PARTICLE BOARD(パーティクルボード)、VENEER、
BITUMEN LAYERS(アスファルト層)、PARTICLE BOARD、
BITUMEN LAYERS、ABSORBTION FORMとなっている。

外形寸法は、アーデンが幅60×高さ95×奥行き37cm、
バッキンガムは幅60×高さ117.5×奥行き45.4cmと、大きな差はないのに、
バッキンガムは95kgと、アーデン(43kg)の2倍以上の重量だ。
バッキンガムは、25cm口径の同軸型ユニットに、30cm口径のウーファーが2本、
アーデンは38cm口径の同軸型ユニットが1本と、ユニット総重量の違いはあるものの、
バッキンガムのエンクロージュアは、重くしっかりとつくられている。

おそらくタンノイの歴史の中で、バッキンガム以前で、これほど高剛性のエンクロージュアは存在しない。
タンノイは、ワイドレンジ化にあたって、単にウーファーを追加しただけでなく、
まったく新規に、細部を再検討していることが、うかがえる。

Date: 7月 7th, 2009
Cate: TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その30)

タンノイがハーマングループだったころ、1977年に、バッキンガムとウィンザーが出た。
同軸型ユニットを中心としながらも、ウーファーを追加しワイドレンジ化を図ったシリーズである。

これらに使われた同軸型ユニットの口径は25cmだが、イートンに採用されていたHPD295Aではなく、
新たに開発されたユニットで、従来のタンノイの同軸型ユニットが、
ウーファーとトゥイーターのマグネットを兼用していたのとは異なり、
フェライトマグネットを、ウーファー用、トゥイーター用とそれぞれ独立させている。

さらにトゥイーター・ホーンの開口部には、JBLのスタジオモニターの影響からなのだろう、
音響レンズがとりつけられている。

そのこともあって、ウーファーのコーン紙はストレートになっている。
これまではカーブドコーンがトゥイーターのホーンの延長の役割を果していたが、
音響レンズの存在によって、この、いかにもイギリス的な発想による合理的な構造は変更を受けてしまってた。

クロスオーバー周波数は、従来の同軸型ユニットが1kHzなのに対し、
バッキンガム、ウィンザー搭載の新型ユニットは、3.5kHzとかなり高くなっているのは、
ウーファーをホーンの延長として使っていないためである。

Date: 7月 6th, 2009
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past) を入力していて……(その7)

AGIの511と同じころに現われたのが、DBシステムズのDB1+DB2だった。
DB1がアンプ本体で、DB2が外部電源の、それぞれの型番で、
DBシステムズは、DB1と同時に、MC型カートリッジ用ヘッドアンプ、チャンネルデバイダーも出していて、
DB2はすべてに共通のものだった。

1977年当時、511が260,000円、
DB1+DB2が212,500円 (DB1が171,500円、DB2が41,000円)と価格が近いこと、
それにDB1+DB2も、511同様、媚を売るようなところはいっさいなく、
一本筋がぴしっと通ったつくりも共通していたためか、比較されることも少なくなかったように記憶している。

マークレビンソンのJC2の登場以降、日本では、薄型のコントロールアンプが流行していたが、
511もDB1+DB2も、そんなことには目もくれていない。
おそらくAGIもDBシステムズ、マークレビンソンの成功に刺激を受けていただろうが、
影響まで受けていたわけではない、ということだろうか。

Date: 7月 5th, 2009
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past) を入力していて……(その6)

ステレオサウンド 43号に、瀬川先生のAGI・511の評価が載っている。

熊本のオーディオ店で聴いた511のブラックパネルの音は、書かれているとおりの音だった。
ダイレクトな音とは、なるほど、こういうものかと思いながらも、
情緒的なたたずまいを拒否というよりも、最初から無視したような性格も含めて、
迷いのない徹底さと斬新さは、強烈な印象をあたえた。

正規輸入品の511を聴いたのはもっとあとのことで、記憶の中での比較にはなるが、
たしかにブラックパネルの511に感じた魅力はずいぶん失われていて、
かわりに繊細なところは出てきたようにも思えたが、511でなくては聴けないという魅力は、もう感じなかった。

ステレオサウンドにはいってすぐくらいのときに、511Bが出てきた。
もしかすると、初期の511、ブラックパネルの511の音がリファインされて聴けるのでは、と期待したのだが、
正規輸入品の511の延長線上にある音で、だから、なおさらブラックパネルの511の音が魅力的に思えてくる。

Date: 7月 4th, 2009
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(その19)

岩崎先生といえば、「大音量」という言葉が、つねにいっしょに語られるが、
むしろ大事なのは、重要なのは「対決」のほうである。

Date: 7月 3rd, 2009
Cate: the Reviewの入力

the Review (in the past) を入力していて……(その5)

このとき、瀬川先生がAGiの511の音を鳴らされたのは、それがブラックパネル(並行輸入品)だったからだ。

音出しが終ったあとにつけ加えられた。
「残念なことに正規輸入品の511は、日本仕様になってしまい、
初期の511がもっていた良さ、個性がひじょうに稀薄になってしまった。
でも、並行輸入品のブラックパネルの511だと、初期の製品がもっていた良さそのまま」であると、
だから「大きな声では言えないけれど、こっち(ブラックパネル)をすすめる」とも。

当時、511とペアになるパワーアンプが出ていなかったことと、
QUADの405も、やはりペアとなる新型コントロールアンプ(44)がまだ登場していなかったこともあって、
511と405のペアは、黄金のペアとまではいかなくても、相性のいいペアとして、
ステレオサウンドの誌面にも登場していた。

このことにも瀬川先生はふれられた。
「511と405の初期の製品同士のペアはたしかにそうだったけれども、
511が日本仕様に変ってしまった。405も入力感度切替えがついたりするなどして、変更されていて、
必ずしも、このふたつを組み合わせて、いい結果が得られるとは保証できない」と。