Archive for 5月, 2009

Date: 5月 23rd, 2009
Cate: 930st, EMT, JC2, LNP2, Mark Levinson

930stとLNP2(その11)

LNP2のモジュールの数は通常で、VU駆動用のものを含めて8つ、オプションのパッファーを加えると10。
JC2とはいうと、フォノアンプ、ラインアンプのモジュールがそれぞれ2つずつ、
それにフォノアンプ・モジュール用の専用の電源モジュールの計5つ。
オプションとして、ヘッドアンプのJC1のモジュールタイプ(JC1SM)を、
フォノアンプ・モジュールの間に組み込めるようになっている。

フォノアンプ・モジュールはフロントパネル寄りにあり、モジュールとリアパネルのあいだに、
RIAAイコライザー用のカードが挿さっている。
コンデンサー、抵抗から構成されている。このカードが、フォノアンプのNFB素子となる。
このカードを交換することで、JC2のフォノアンプは、A3、D5、D6システムへとなる。
シリアルナンバー2148以前のJC2はどうなっていたかというと、ABCDEFの6つのシステムが用意されていた。
JC2のINSTRUCTION MANUAL には、こうある。

A System
Two UP-1A  cards are normally supplied with the JC-2 unless otherwise specified. This system accepts Input impedance: 47kOhms.
B System
The UP-1B system offers lower sensitivity but increased headroom for the highest output magnetic phono cartridges.
C System
This set provides exact equalization for the Brüel & Kjaer series of cartridge measurement records. Information on request.
D System
This system includes two UP-1D cards and a JC-1SM module. It offers DIRECT moving coil cartridge input.
E System
Provides equalization and DC current source for certain gauge cartridges. Information on request.
F System
Flat response amplification. Specify application and requirements.

Date: 5月 23rd, 2009
Cate: 930st, EMT, JC2, LNP2, Mark Levinson

930stとLNP2(その10)

レヴィンソンがスイスに渡ったときに、
トーレンスのベルトドライブ機をベースにしたEMTの928の存在を知ったのか、
それ以前に知っていたのか、どうかは判断しようがないが、
ほとんどなんの根拠もない推測(妄想にちかい)だが、928を使っていたのではないかと思えてくる。

927Dst、930stのイメージと若き日のレヴィンソン自身のイメージがうまく結びつかないのと、
928ならば、なんとなくレヴィンソンが使っていても不思議ではないという気がするというだけなのだが……。

もしそうだとしたら、JC2のREMOTE PHONOの説明がつく。
電源がPLS150への変更による強化、入出力端子がRCA端子からCAMAC規格のLEMO端子になったときに、
シリアルナンバー2148番からのJC2(日本での型番はJC2L)にはREMOTE PHONO端子はない。
かわりにPHONO入力が2系統に増えている。

さらに内部も変更が加えられ、フォノカードに、A3、D5、D6の3種類が用意されるようになった。
A3が、いわゆる通常のフォノ入力で、MM型カートリッジもしくは昇圧トランス、ヘッドアンプ用。
D5、D6はMC型カートリッジ用で、D5カードの説明には、
System D5 offers 54 and 60dB gain positions. 54dB is recommended as the optimum for the EMT cartridge. The gain setting will yield an incredible signal to noise ratio without overloading for EMT.
と記されている。

D5カードがゲインを54、60dBに切り換えられるように、A3カードも、30、40dBと切換え可能だ。
こちらの説明は次のとおり。
Certain high output moving coil cartridges such as the EMT, the Supex 901, the Satin, and the Ultimo, may be used in more efficient systems with the 40dB gain implemented.

少なくともEMTのカートリッジは使っていたのだろう。

Date: 5月 23rd, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson

930stとLNP2(その9)

「インドに行き古典音楽についての勉強をアリ・アクバール・カーンの示した道に沿ってすすめたい」と考え、
1972年に旅券と飛行機の切符まで手にしていたマーク・レヴィンソンは、
録音器材を入手するために、わざわざスイスに立ち寄っている。
なにもスイスまで行かなくてもアメリカでも手に入るものだろうと思うのだが、
レヴィンソンはステラヴォックスを訪ねている。

ここでステラヴォックスの社主のジョルジュ・クエレに相談にのってもらい、演奏家の道を断念し、
オーディオ・エレクトロニクスへ向かう道を選択している。

クエレとの対話の中で、エレクトロニクスの道に進みながらでも、
「音楽に対するひとつの精神的な基盤を維持することは可能なのだという確信」を得たからである。

その基盤とは「沢山の人々がレコードをきくことに対して抱いている欲求、それを満たすために、
テクノロジーを音楽および音楽家に奉仕するものとして使うことの必然性をはっきりと認識すること」と、
ステレオサウンド 45号に掲載されている特別インタビューで語っている。

70年代当時、アメリカでEMTがどういう位置づけにあったのか、輸入されていたのかは、はっきりしない。
ステラヴォックスを買いに、わざわざスイスまで行くということは、意外にも輸入されていなかったのかもしれない。
そうだとしたらEMTも輸入されていたどうかは微妙なところだろう。
それとも輸入されてはいたけれど、旅費を使ってでもスイスで買ったほうが安かったのかもしれない。
まだ会社を興す前の話である。

スイスには、トーレンスがある。

Date: 5月 23rd, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その8)

LNP2Lは、フォノ入力から出力まで計3つのモジュールを、信号は通っていく。
だから、フォノアンプを使わないでも、3分の2は使っていることになるし、
瀬川先生のLNP2Lはバッファー搭載だったはずだから、4分の3の使用となる。

とはいえ瀬川先生はまったくLNP2Lのフォノアンプを使われなかったかというと、そうでもないだろう。
ステレオサウンド 38号の瀬川先生のリスニングルームには、
930stの他にラックスのPD121にオーディオクラフトのAC300MCの組合せがあり、
写真をよく見ると、EMTのXSD15が取りつけてある。930stにはTSD15の旧型がついている。

「コンポーネントステレオの世界 ’78」でも、
「自分自身では、そういいながら、トランスと組合せて単体でよく使いますけど、
これはEMTの癖を十分に知っているんでやっていることで、ふつうの方にはあまりおすすめできません」と。

これはLNP2Lのフォノアンプに接がっていたのだろう。

ところでLNP2にはなかった入力端子が、JC2にはついていた。
REMOTE PHONOという端子で、これはAUXと同じライン入力。
つまり、イコライザーアンプ内蔵のプレーヤーを接続するための端子なのだろう。

JC2が登場した1974年、イコライザーアンプ内蔵のプレーヤーシステムは、EMT以外に何があったのだろうか。
私が知る限り、少なくとも日本に輸入されていたモノには、ない。

マーク・レヴィンソンは、自宅ではLNP2よりもJC2を常用している、とインタビューで答えている。
ということは、レヴィンソンはEMTのプレーヤーを、この時期、使っていたのだろうか。

Date: 5月 23rd, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その7)

1977年には、国産のプレーヤーシステムは、ほぼすべてダイレクトドライブになっていた。
ワウ・フラッターは、930st、401よりも一桁以上少ない優秀さで、
401のように、ある程度の重量のあるそしてがっしりしたキャビネットに、取付け方法も工夫しないと、
ゴロが出るようなモノは皆無だった。

使いやすく性能も優れているにも関わらず、大事な音を再現してくれる良さから、瀬川先生は、
あえて旧式の930stや401を選択されるとともに、
「このところ少しDD(ダイレクトドライブ)不信」みたいなところに陥っているとも発言されている。

401を中心としたプレーヤーは、EMTではなくオルトフォンとエラックのカートリッジの組合せで構成されている。
これは、EMTのTSD15を単体で使ってほしくないという、気持の現われからだろう。

さらに「コンポーネントステレオの世界 ’78」では次のように語られている。
「このプレーヤー(930st)にはイコライザーアンプが内蔵されていますから、LNP2Lというコントロールアンプをなぜ使うのかと、疑問をもたれるかもしれません。事実その点について、他の場所でもいろいろな方から訊ねられます。念のためにいえば、930stのいわゆるライン出力をアッテネーターを通してパワーアンプに入れれば、スピーカーから音が出てくるわけですね。それなのになぜ、コントロールアンプを使うのか。
 これは自分の装置で長時間かけて確かめたことですが、プレーヤーのライン出力をアッテネーターだけを通して直接パワーアンプにいれるよりも、このマークレビンソンのコントロールアンプで、しかもイコライザーを使わないで、AUXからプリアウトまでの回路を通した音のほうが、いいんです。つまりLNP2Lの半分しか使わないことになるんだけれど、そうやってスピーカーを鳴らしたほうが、音楽の表現力や空間的なひろがりや音楽のニュアンスなどが、ひときわ鮮やかに出てくるんですね。このことは、技術的にいえばおかしいのかもしれません。しかし現実問題としては、私の耳にはそういう形にした場合のほうが音がよく聴こえるわけです。」

Date: 5月 22nd, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(番外)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」に、芳津翻人(よしづ はると)氏という方が、
「やぶにらみ組み合わせ論(IV)」を書かれている。
IVとあるくらいだから、ステレオサウンド 4号(67年秋号)からはじまり、
13号(70年冬号)、17号(71年冬号)に亘って書いている、と前書きにある。

私が読んだ4回目の記事は、小型スピーカーの組合せの記事。
スピーカー選びから始まって、ロジャースのLS3/5A、スペンドールSA1、
JR(ジム・ロジャース)JR149の組合せを、他の筆者とは違う視点からあれこれ悩みながらつくられていて、
「素人の勝手なたわごと」とことわっておられるが、どうして、なかなかおもしろい。
文章も書き慣れているという印象を受ける。

だから5回目を期待していたのだが、結局、(IV)でおしまい。
ステレオサウンドにはいってから、先輩のIさんにたずねた。
「どうして、芳津翻人さんを使わないんですか」と。

まったく想像してなかった答えだった。
「芳津翻人さんは、瀬川先生のペンネームだから」。
さらに「芳津翻人を違う読み方をしてごらん。ハーツフィールドと読めるでしょ」。

JBLのハーツフィールドは、瀬川先生にとって憧れのスピーカーだったことは、どこかに書いておられる。
ただ山中先生のところで聴かれたとき、憧れのスピーカーではあっても、
自分の求める世界を出してくれるスピーカーではないことを悟った、ということも。

それでも憧れのスピーカーは、いつまでも憧れであり、芳津翻人という名前をつくられたのだろうか。

瀬川先生だということをわかった上で読みなおすと、たしかに「瀬川氏」とよく出てくるし、
音の評価も、瀬川先生とよく似ている。

オーラトーンのスピーカーは好みと違うとあるし、ドイツのヴィソニックの評価はなかなか高い。
このへんは、まさに瀬川先生とそっくりだ。

瀬川先生がいなくなり、芳津翻人さんもいなくなった。

Date: 5月 22nd, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その6)

DBシステムズのアンプは、マッキントッシュの製品と比較すると、およそ製品とは呼べない面をもつ、
ある種、尖鋭的なところが、音にもつくりにも感じられる。

コントロールアンプのDB1は、ガラスエポキシのプリント基板に入出力のRCA端子、
電源端子を取りつけたものを、そのままリアパネルとしている。
いちおう絶縁のためラッカーで覆ってあるものの、いわば剥き出しに近い状態である。

マッキントッシュでは絶対にやらないことを、デビュー作で堂々とやっている。
フロントパネルもそっけない仕上げで、ツマミもおそらく市販されているものをそのまま流用している感じ。
とにかく、設計者が余計と判断したところには、まったくお金や手間をかけない。
設計者の信じるところの、実質本位なつくりを徹底している。

回路構成も、1970年代のアンプとは思えないもので、
差動回路も上下対称のコンプリメンタリー回路も使っていない。
他がやっているから、といったことはまったく気にしていない。

そんなアンプなのだが、とにかく切れ込みの鋭い、繊細で尖った音を聴かせてくれた。
とっつきにくい音と受けとめられる人も少ないないかもしれないが、
それでも存在価値(いい意味でも悪い意味でも)充分なところを気にいる人も、また少なからずいたであろう。

朝沼予史宏さんが、一時期、使われていた。
まだステレオサウンドに書き始められる前、朝沼という名前を使われる前、
フリーのライターとして編集に携わられていたころだから、
私には、朝沼さんではなく、本名の「沼田さん」だった。

沼田さんがまだ独身で、西新宿のマンション住まいだったころ、
スピーカーはQUADのESLにそっくりのダルキストのDQ1とB&Oのスピーカーを使われていた時期、
アンプはDBシステムズだった。

沼田さんがいちばん尖っていたころの話だ。

DB1の尖りぐあいは、ある種のエネルギッシュな印象にもなっていた。
そんなアンプを、瀬川先生は選びながら、プレーヤーはガラードの401を選ばれたのは、
930stと同じ理由から、である。

Date: 5月 22nd, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その5)

前年までと違い、「コンポーネントステレオの世界 ’78」では、それぞれ2組の組合せをつくられている。
瀬川先生の4343の、もうひとつの組合せは次のとおり。

スピーカーシステム:JBL 4343(¥680,000×2)
コントロールアンプ:DBシステムズ DB1 + DB2(電源部)(¥212,500)
パワーアンプ:ラックス 5M21(¥240,000)
トーンコントロールユニット:ラックス 5F70(¥86,000)
プリメインアンプ:トリオ KA7300D(¥78,000)
フォノモーター:ガラード 401(¥49,000)
トーンアーム:オルトフォン RMG309(¥43,000)
       フィデリティ・リサーチ FR64(¥50,000)
プレーヤーキャビネット:レッドコンソール LAB-II(¥67,000)
カートリッジ:オルトフォン SPU-G/E(¥34,000)
       エレクトロ・アクースティック STS455E(¥29,900)
昇圧トランス:オルトフォン STA384(¥27,000)
組合せ合計:¥2,226,400(DBシステムズ + ラックスの場合)
      ¥1,765,900(トリオの場合)

ここでもプレーヤーには、930stと同じアイドラードライブの401を使われている。
アンプには新しいモノを使われているにも関わらず、である。

ちなみにエレクトロ・アクースティックとはエラック(ELAC)のこと。
これは瀬川先生からきいた話によると、エラックの輸入元(もしくは輸入しようとしていた会社)が、
なぜかエラックを自分の商標として登録してしまったばかりか、
エラックの輸入元が他の会社になってもそのままで、
さらに商標登録の期間がきれたら更新して、という嫌がらせとしか思えないことを続けていたため、
やむなくエレクトロ・アクースティックを使っていたとのこと。

「こんなことは許されないことだ」と、怒りのこもった口調だった。

Date: 5月 21st, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その4)

昨日、偶然にも入手出来た「コンポーネントステレオの世界 ’78」で、瀬川先生は、
4343に惚れ込まれた読者のために、最高に鳴らすための組合せとして、
EMT 930stとマークレビンソンLNP2Lを使われている。

組合せのラインナップの次のとおり。

スピーカーシステム:JBL 4343(¥680,000×2)
コントロールアンプ:マークレビンソン LNP2L(¥1,180,000)
パワーアンプ:SAE Mark 2600(¥755,000)
プレーヤーシステム:EMT 930st(¥1,150,000)
インシュレーター:EMT 930-900(¥280,000)
組合せ合計:¥4,725,000

4341と4343の違い、Mark 2500とMark 2600の違いはあるが、
瀬川先生が、当時常用されていたシステムそのままといえる組合せである。

4343について「JBLというメーカーは、時代感覚をひじょうに敏感に受け取って、
その時代時代の半歩前ぐらいの音を見事に製品化した」もので、
「ベストに鳴らすためには、プレーヤーからアンプまで、
やはり現代の最先端にある製品をもってくる必要がある」と言いながら、930st、である。

Date: 5月 21st, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その3)

「幻のEMT管球式イコライザーアンプを現代につくる」、
この長いタイトルを考えたのも記事の担当者も私で、
初回のカラーページで紹介したEMT純正の139、139stはどちらも完動品で、
155stとの比較試聴もやっている。

使ったプレーヤーは私が直前に購入したトーレンスの101 Limitedで、155stは内蔵した状態で、
139と139stは外付けで外部電源と接続し、いわゆる単体イコライザーアンプとして使った。
モノーラルの139は2台用意していたので、試聴はもちろんステレオで行なっている。

電源の違いも考慮にいれなくてはならないし、もう25年ほど前のことだから、かなり曖昧だが、
意外と管球式の2機種は古さを感じさせなかった。
むしろトランジスター式の155stに、どちらもいえば古さを感じた。
とはいえまとまりのよさは見事で、いわばアクの強いTSD15をうまく補正し活かしている感じは、
155stに分があったように記憶している。

瀬川先生は、ステレオサウンド別冊の「コンポーネントステレオの世界」の80年度版か81年版だったかで、
928を組合せで使われたときに、内蔵イコライザーアンプについて、
928内蔵のモノの方が設計が新しいので、155stよりも現代的な音になっている、といったことを発言されている。

ということは、アンプ単体として見てたときは、瀬川先生も、155stには、やや古さを感じられていたのだろう。
それでも自宅では、155stを通して使われていたはずだ。

Date: 5月 21st, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 五味康祐, 瀬川冬樹

930stとLNP2(その2)

やはり930stを愛用されていた五味先生は、どちらだったのか。
930stの内蔵アンプなのか、それともマッキントッシュのC22のフォノイコライザーアンプなのか。

「オーディオ愛好家の五条件」で真空管を愛すること、とあげられている。
「倍音の美しさや余韻というものががSG520──というよりトランジスター・アンプそのものに、ない。」とある。
しかし、別項で引用したように、930stの、すべて込みの音を高く評価されている。
ステレオサウンドにいたときに確認したところ、やはり内蔵の155stを通した音を日ごろ聴かれていたそうだ。

五味先生の930stは、オルトフォン製のトーンアーム、RMA229が搭載されている。
ちなみにモノーラル時代の930のそれはRF229である。
930が登場したのが、1956年。モノーラル時代であり、内蔵イコライザーアンプは、管球式の139である。
シリアルナンバーでいえば3589番からステレオ仕様の930stになる。
これにはステレオ仕様の管球式の139stが搭載されている。

そしてシリアルナンバー10750番から、トランジスター式の155stとなり、
14725番電源回路が変更になり、17822番からトーンアームがEMT製929に変更となる。
ただ155stが登場したのが、いつなのかは正確には、まだ知らない。

ただ929が登場したのが1969年で、
155stの兄弟機153stとほぼ同じ回路構成のフォノイコライザーアンプを搭載した928(ベルトドライブ)は、
1968年に登場していることから、おそらく60年代なかばには930stに搭載されていただろう。

155stは、片チャンネルあたりトランジスター8石を使ったディスクリート構成で、入出力にトランスを備えている。
153stは、LM1303M、μA741C、μA748Cと3種のオペアンプを使い、
出力のみトランジスター4石からなるバッファーをもつ。
もちろん入出力にトランスをもつが、155stと同じかというとそうでもない。

出力トランスは1次側に巻き線を2つもち、そのうちの1つがNFB用に使われている。
電源も155stは+側のみだが、153stは正負2電源という違いもある。

回路図を見る限り、155stと153stの開発年代の隔たりは、2、3年とは思えない。
となると155stは、60年代前半のアンプなのかもしれない。
LNP2よりも、10年か、それ以上前のアンプということになる。

Date: 5月 20th, 2009
Cate: 930st, EMT, LNP2, Mark Levinson, 瀬川冬樹
1 msg

930stとLNP2(その1)

中野区白鷺のマンションに住まわれていたとき、
瀬川先生は、EMTの930StとマークレビンソンのLNP2を使われていた。
説明は不要だろうが、どちらにもフォノイコライザーアンプがある。
瀬川先生は、どちらのフォノイコライザーアンプを使われていたのか。

ステレオサウンド 43号では、
「ずいぶん誤解されているらしいので愛用者のひとりとしてぜひとも弁護したいが、
だいたいTSD15というのは、EMTのスタジオプレーヤー930または928stのパーツの一部、みたいな存在で、
本当は、プレーヤー内蔵のヘッドアンプを通したライン送りの音になったものを評価すべきものなのだ。」、
「TSDでさえ、勝手なアダプターを作って適当なアームやトランスと組み合わせて
かえって誤解をまき散らしているというのに、SMEと互換性を持たせたXSDなど作るものだから、
心ない人の非難をいっそう浴びる結果になってしまった。EMTに惚れ込んだ一人として、
こうした見当外れの誤解はとても残念だ。」と、
TSD15、XSD15のコメントに、それぞれ書かれている。

55号でのプレーヤーの試聴記でも、内蔵イコライザーアンプの155stを通さない使い方を、
「異例の使い方」「特殊な試聴」とも書かれている。

これらの記事を読むと、おそらく930stの内蔵イコライザーアンプを使われているんだろうと思える。
その一方で、LNP2のイコライザーアンプを使わないというのも、なんとももったいない、と思う。

それに155stの設計は古い。1970年代においてすら、最新のアンプとはいえない。
LNP2のほうが新しい。そう考えると、どっちだったのかと迷う。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐
3 msgs

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・3)

五味先生がはじめて自分のモノとされたタンノイは、「わがタンノイの歴史(西方の音・所収)」にある。
     *
S氏邸のタンノイを聴かせてもらう度に、タンノイがほしいなあと次第に欲がわいた。当時わたくしたちは家賃千七百円の都営住宅に住んでいたが、週刊の連載がはじまって間もなく、帰国する米人がタンノイを持っており、クリプッシ・ホーンのキャビネットに納めたまま七万円で譲るという話をきいた。天にも昇る心地がした。わたくしたちは夫婦で、くだんの外人宅を訪ね、オート三輪にタンノイを積み込んで、妻は助手席に、わたくしは荷台に突っ立ってキャビネットを揺れぬよう抑えて、目黒から大泉の家まで、寒風の身を刺す冬の東京の夕景の街を帰ったときの、感動とゾクゾクする歓喜を、忘れ得ようか。
 今にして知る、わたくしの泥沼はここにはじまったのである。
     *
このタンノイで最初にかけられたのが、イーヴ・ナットの弾くベートーヴェンの作品111である。
シャルランの録音だ。

結局、このタンノイのクリプッシュ・ホーンは、
当時売られていた「和製の『タンノイ指定の箱』とずさんさにおいて異ならない」ことがわかる。

あといちどナットによる作品111は出てくる。「日本のベートーヴェン」においてである。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その57)

トーレンスの101 Limited (930st)、スチューダーのA727を使ってきた経験、
ドイツ・グラモフォン、フィリップス、デッカ等のレコードを、輸入盤と国内盤との聴き較べ、
国内のコンサートホールで聴いてきた、とくにオーケストラの響き、
そんな私の経験から思うに、ヨーロッパのコンサートホールにおけるクラシックの演奏の音のバランスは、
日本でピラミッドバランスといわれているよりも、ずっと厚みのある低音が、豊かでやわらかく、
聴き手をくるみこむのではないだろうか。

瀬川先生は、そのことに気づいておられたのだろう。
アメリカ、ヨーロッパに行かれているから、おそらく、何度かは向こうのホールで聴かれているはず。

930stやSAE Mark 2500のように、豊かに低音が鳴り響くべきと、
少なくともクラシックに関しては、そうだと思われていたのだろう。

だから930stやMark 2500が低音の量感豊かというよりも、
他の機種の大半を、量感不足と受けとめられていたかもしれない。

Date: 5月 19th, 2009
Cate: Wilhelm Backhaus, 五味康祐

ケンプだったのかバックハウスだったのか(補足・2)

イーヴ・ナットの、EMIから出ているベートーヴェンのピアノ・ソナタを録音したのは、
アンドレ・シャルランのはずだ。

ワンポイント録音で知られるシャルラン・レコードの、シャルラン氏だ。
彼はシャルラン・レコードをつくる前に、
EMIで、あとリリー・クラウスの、モノーラル録音のピアノ・ソナタも行なっていたはず。

ナットのベートーヴェンもおそらくワンポイントかそれに近い録音だろう。

「天の聲」所収の「ステレオ感」に五味先生は、シャルランについて書かれている。
     ※
録音を、音をとるとは奇しくも言ったものだと思うが、確かにステレオ感を出すために多元マイク・セッティングで、あらゆる楽器音を如実に収録する方法は、どれほどそれがステレオ効果をもたらすにせよ、本質的に、”神の声”を聴く方向からは逸脱すること、レコード音楽の本当の鑑賞の仕方ではないことを、たとえばシャルラン・レコードが教えていはしないだろうか。周知の通り、シャルラン氏はワンポイント・マイクセッティングで録音するが、マイクを多く使えば音が活々ととれるぐらいは、今なら子供だって知っている。だがシャルラン氏は頑固にワンポイントを固守する。何かそこに、真に音楽への敬虔な叡知がひそんでいはしないか。
     ※
「神の声を聴く方向から逸脱」しない、
「真に音楽への敬虔な叡知がひそんでいる」であろうシャルラン氏のワンポイント録音によって、
ナットのベートーヴェンの作品111は録られている。

五味先生が、ナットの作品111をどう聴かれていたのか。
「西方の音」のページをくる。