Archive for category テーマ

Date: 4月 16th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その14)

私が、心底美しいと感じた最初の真空管アンプは、
伊藤先生のEdのプッシュプルアンプだった。

このアンプとそっくりなアンプを自作したい、と思ったのが、
真空管アンプについて勉強するようになったきっかけでもある。

アンプだけではなかった、
Edという、初めて見る(知る)真空管も美しい、と感じていた。

私はST管があまり好きではない。
いかにも真空管という感じがしているからで、
シーメンスのEdのような形が、私の好きな真空管である。

それでも音を聴くと、結局ウェスターン・エレクトリックの真空管ということになる。
伊藤先生のEdのシングルアンプを聴いたのは、
349Aプッシュプルアンプの一年ぐらいあとである。

その時のことは別項で書いているのでくり返さないが、
やっはりウェスターン・エレクトリックなのか……、と実感させられた。

なんだろうなぁ、と、伊藤先生のアンプの音を思い出す度に考える。
349Aプッシュプルアンプの出色の音の良さは、
音楽がデクレッシェンドしていくときの美しさにある。

すーっと音がひいていく。
それまで、そんなふうにデクレッシェンドの美しさを表現してくれるアンプと出逢ったことはない。

アンプだけではない、そういう音そのものを聴いたことはほとんどない。

五味先生は「五味オーディオ教室」、
《はじめに言っておかねばならないが、再生装置のスピーカーは沈黙したがっている。音を出すより黙りたがっている。これを悟るのに私は三十年余りかかったように思う》
と書かれていた。

スピーカーは沈黙したがっている──のかもしれない。
けれど、アンプやプレーヤー、その他のことによって、素直に沈黙できないでいるのかもしれない。

Date: 4月 15th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その13)

私にとって、最初のグッドリプロダクションのスピーカーはスペンドールのBCII、
最良のグッドリプロダクションのスピーカーはロジャースのPM510である。

BCIIを自分の手で鳴らすことはなかったけれど、
PM510は自分のモノとして鳴らしている。

このPM510を鳴らすためのアンプとして計画していたのが、
伊藤先生が無線と実験に発表された349Aのプッシュプルアンプである。

この349Aプッシュプルアンプが、私にとって最初の伊藤アンプである。
それ以前に真空管アンプは、自作のモノも含めていくつか聴いていたが、
まさか伊藤先生製作のアンプが、こんなにも早く聴ける日がくるとは思ってもいなかった。

東京に台風が接近して大雨だったある日、349Aアンプをじっくり聴く機会があった。
この時から、PM510を349Aプッシュプルアンプで鳴らそうという夢が始まった。

PM510は、まさしくグッドリプロダクションのスピーカーだった。
瀬川先生が、ステレオサウンド 56号に書かれた文章を、
手に入れる前に何度も何度も読み返していた。
     *
 JBLが、どこまでも再生音の限界をきわめてゆく音とすれば、その一方に、ひとつの限定された枠の中で、美しい響きを追求してゆく、こういう音があっていい。組合せをあれこれと変えてゆくうちに、結局、EMT927、レヴィンソンLNP2L、スチューダーA68、それにPM510という形になって(ほんとうはここでルボックスA740をぜひとも比較したいところだが)、一応のまとまりをみせた。とくにチェロの音色の何という快さ。胴の豊かな響きと倍音のたっぷりした艶やかさに、久々に、バッハの「無伴奏」を、ぼんやり聴きふけってしまった。
     *
《バッハの「無伴奏」を、ぼんやり聴きふけってしまった》とある。
まさにグッドリプロダクションである。

ぼんやり聴きふけりたい──、
そのためには、出てくる音のどこかにもどかしさを感じるようであってはだめだ。

HL Compactの音を聴いていて、
この場に瀬川先生がおられたら、HL Compactの音をどう表現されるだろうか──、
何度もそう思った。

音にもどかしさを感じるだけでなく、
そのもどかしさを言葉として表現できないもどかしさも感じていた。

瀬川先生なら、きっと、そのもどかしさを的確に表現されるはず──、
そう思っていた。

Date: 4月 15th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その12)

300Bのアンプについて書いてきていたのに、
いきなりスピーカーのことを書き始めたのは、
ここで書いている300Bプッシュプルアンプは、
私にとってのグッドリプロダクション・アンプであるからだ。

ハーベスのHL Compactは、聴けば聴くほど、私はもどかしさを募らせていた。
聴く機会は多かった。

悪いスピーカーではない。
そんなことはわかっている。
それでも、聴き惚れることがない。
その音のどこにも、そういう要素が感じられない。

しかももどかしさが、どこかにある。
もどかしさがあるから、心地よくない。

私は、HL Compactの登場によって、ハーベスのスピーカーへの興味を失ってしまった。

HL Compactが1987年、それから16年後の2003年、
HL Compact 7ES3が出てきた。

このスピーカーも評価がよかった。
けれどハーベスのスピーカーに興味を失っていた私は、特に聴きたいとも思っていなかった。
それでも偶然、あるところで耳にしたHL Compact 7ES3の音は、
どうしても拭えなかったHL Compactのもどかしさがなかった。

HL CompactからHL Compact 7ES3のあいだに登場した他のハーベスのスピーカーは聴いていない。
だから何もいえないのだが、HL Compact 7ES3は、グッドリプロダクションである。

HL Compact、HL Compact 7ES3、
どちらもグッドリプロダクションだ、と思っている人は少なくない、と思う。
そういう人には、私がここで書いていることはわかってもらえないかもしれない。

けれど私と同じようにHL Compactに、なにかしらもどかしさを感じていた人もいると思う。
その人は、ここで書きたいと思っているグッドリプロダクション・サウンドを理解してくれるはずだ。

Date: 4月 15th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その11)

High Fidelity ReproductionとGood Reproduction、
高忠実度再生と心地よい再生、

瀬川先生が、スピーカーを分類するときに使われていた。
私にとってのグッドリプロダクションのスピーカーといえば、
イギリスのスピーカーで、それもBBCモニターの流れを汲むモノである。

スペンドール、ロジャース、ハーベス、チャートウェルなどのメーカーがあった。
いまもブランドだけは残っているところもある。
ハーベスは、いまも生き残っている会社である。

ハーベスのデビュー作、Monitor HLは、フレッシュだった。
いいスピーカーだ、と思ったし、欲しい、とも思った。

スペンドールのBCIIよりも、その響きは明るかった。

そのハーベスも創立者のハーウッドが高齢のため引退し、アラン・ショウが引き継いでいる。
アラン・ショウによる最初のモデルは、HL Compactだった。

HL Compactの評価は高かった。
HL Compactが登場した時は、まだステレオサウンドにいたから、
皆がほぼ絶賛に近い褒め方だったのをみてきている。

けれど、私の耳には、ずいぶん変ったなぁ、と感じたし、
変ったこと自体は設計者が違うわけだし、時代の変化もあり、当然のことと受け止めても、
私がBBCモニター系のスピーカーに感じていたグッドリプロダクションといえるところが、
HL Compactからは消えていた。

消えていた、というのが大袈裟すぎるのであれば、かなり薄れてしまっていた。
HL Compactを聴いて、何か致命的な欠陥があるとは感じなかった。
バランスのいいスピーカーに仕上がっていた。

けれど、その音が私にとってはグッドリプロダクション(心地よい音と響き)ではなかった。

どうも、このグッドリプロダクションは、少し誤解されているようであるが、
やわらかくてあたたかくて、耳にやさしい感じで鳴る音だから、
グッドリプロダクションではない、と私は考えている。

確かに、そういう音は、心地よい音につながっていくことは多い。
けれど、どこかにもどかしさを感じてしまうと、
どんなに上質な、そういう音であっても、もうグッドリプロダクションではなくなる。

Date: 4月 14th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その10)

6SN7による位相反転回路と出力段300Bとのあいだに、
E80CCによる増幅段を挿入するのであれば、
最初からE80CCの前段に入力トランスをおくことで、
ノイマンのV69aと同じ構成にすることができる。

こちらのほうが回路的にもすっきりしていて、信号が通る真空管の本数も少なくなる。
しかも私が考えているA10型300Bプッシュプルアンプにも、入力トランスを使うつもりだから、
よけいに6J7、6SN7による増幅段建位相反転回路は不要──、
そう受けとられがちになるだろう。

別項の「現代真空管アンプ考」で書いている(目指している)アンプならば、
そういう構成にするけれど、ここでの300Bプッシュプルアンプは、
そういうアンプはまったく考えていないし、
聴き手である(作り手でもある)私自身の、音楽の聴き手としての生理というか、
もっといえばオーディオマニアとしての生理、本能といったものに、
直截に向きあってのアンプに仕上げたいからである。

向きあって、と書いた。
(むきあって)は剥きあって、でもある。

剥くことによって、仕上げられるアンプというものがある、と考えるからだ。
それに剥くは無垢でもあり、
誰かに聴かせるためのアンプではない。

Date: 4月 13th, 2019
Cate: 老い

老いとオーディオ(長生きする才能・その1)

五味先生の「私の好きな演奏家たち」からの引用だ。
     *
 近頃私は、自分の死期を想うことが多いためか、長生きする才能というものは断乎としてあると考えるようになった。早世はごく稀な天才を除いて、たったそれだけの才能だ。勿論いたずらに馬齢のみ重ね、才能の涸渇しているのもわきまえず勿体ぶる連中はどこの社会にもいるだろう。ほっとけばいい。長生きしなければ成し遂げられぬ仕事が此の世にはあることを、この歳になって私は覚っている。それは又、愚者の多すぎる世間へのもっとも痛快な勝利でありアイロニーでもあることを。生きねばならない。私のように才能乏しいものは猶更、生きのびねばならない。そう思う。
     *
《生きねばならない》、
《生きのびねばならない》とある。

長生きする才能とは、生き延びることなのか。
生き延びるとは……、と考えると、
生き残る、生き続けるの違いについて思うようになる。

生き残る才能、生き続ける才能は、同じようでいて、同じなわけではない。
二つをひっくるめての生き延びる才能なのか。

そんなことを考えていると、そういえば、生き抜くもあることに気づく。

Date: 4月 13th, 2019
Cate: ディスク/ブック

Hallelujah(その1)

不意打ちのような出逢いがある。
ケイト・ブッシュとの出逢いが、
まさにそうだったことは、以前「チューナー・デザイン考(ラジオのこと)」で書いている。

FMエアチェックしたカセットテープから聴こえてきたケイト・ブッシュに、
まさしく背中に電気が走った──、という感覚を味わった。

ケイト・ブッシュのことは知っていたけれど、
歌謡音楽祭でケイト・ブッシュの歌っている写真をみて、
こういうタイプは苦手だなぁ……、と思っていたくらいだった。

そんな偏見をもっていたにもかかわらず、である。

音楽との不意打ち的な出逢いは、他にもある。

テレビは持っていないので、
日本のテレビドラマを見ることはほとんどないけれど、
海外のテレビドラマは、MacやiPadで見ている。けっこう見ている。

アメリカのドラマ、
クリミナル・マインド FBI行動分析課(原題:Criminal Mind)、
FBI失踪者を追え(原題:Without a Trace)などを見ていると、
毎回ではないが、事件は解決するものの、そこでは人が死に、
決してハッピーエンドでははなく、エピソードによっては、重い後味を残す。

そういう時に流れるのが、“Hallelujah”だ。

レナード・コーエンの曲である。
けれどドラマで使われていたのはレナード・コーエンによるものではなく、
ジェフ・バックリィによる“Hallelujah”だ。

“Hallelujah”との出逢いも、不意打ち的だった。
しみいる、とは、こういう時に使うといえばいいのか。
そういう感じの不意打ちだった。

“Hallelujah”は、ジェフ・バックリィだけでなく、
けっこうな数の人がカバーしていることを、その後知った。

ジェフ・バックリィの“Hallelujah”は、“GRACE”で聴ける。

ケイト・ブッシュにしても、
“Hallelujah”にしても、
カセットテープにFMを録音した音(しかもチューナーもデッキも普及クラス)、
パソコンからの音であったりして、たいした音で出逢ったわけではない。

それだから、よけいに不意打ちと感じるのだろうか。

Date: 4月 12th, 2019
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(ディフューザーの未来・その1)

川崎先生が「ディフューザーは音響の実は要だと思っている」というタイトルのブログを書かれている。

そこでの写真は、JBLの4343のスラントプレート型の音響レンズである。
現在JBLのホーン型スピーカーに、音響レンズを採用している機種はない。

一時期は、音響レンズといえばJBL、といえるくらい、
音響レンズに積極的なメーカーだった。

以前書いていることだが、
JBLはこれからも音響レンズ付きのホーンをつくることはまずない。

日本のハーマンインターナショナルが、4343の復刻モデル、
もしくはリファインモデルを、という要望をJBLに出したところ、
音響レンズ付きのモデルは、過去の遺物──、
そんな返事があった、ときいている。

これは、日本からのリクエストが音響レンズつきのモデルを、であったことを語っている。

4348を見てみればいい。
4343の最終的な後継機種といえる4348。
音を聴けば、4344よりも4348こそが4343の後継機種と納得できるところはある。

あるけれど、ホーンを見てほしい。
そこには音響レンズはない。

ホーンの開口部に、音響レンズのたぐいをおく。
そのことのデメリットをJBLは承知している。
おそらく、現在のJBLのホーンの開発者たちは、
過去の音響レンズつきのホーンを全否定するであろう。

確かに音響レンズに問題がないわけではない。
例えば4343にもついているタイプの音響レンズ。
一枚一枚の羽の両端は、ほぼフリーといえる状態である。

羽と羽のあいだに、消しゴムを小さく切って挿んでいく。
これをやるだけで、羽を指で弾いた時の音が大きく変化する。

音を鳴らしてみても、変化は誰の耳にも明らかである。
4343、4344、4350などのスタジオモニターを鳴らされている方のなかにも、
音響レンズを外してしまった、という人がいる。

外すことによって、音響レンズが介在することによる付帯音はなくなる。
羽と羽とのあいだに消しゴムの小片を挿むのも、付帯音を減らすためである。

Date: 4月 11th, 2019
Cate: 真空管アンプ

Western Electric 300-B(その9)

ウェストレックスのA10は、初段が6J7(五極管)で、
位相反転回路が一種のオートバランス型で、ここには6SN7が使われている。

そして出力段が350Bのプッシュプル(五極管接続)となっている。
350Bを四本使用のパラレルプッシュプルがA11である。

実際には6J7による前段回路が、初段の前にあるが、
一般的なオーディオアンプとして、A10のレプリカの製作記事では、
この6J7による回路は省かれる。

伊藤先生が無線と実験に発表された349Aのプッシュプルアンプは、
初段がEF86、位相反転回路がE82CC、出力段が349Aとなっていて、
やはり前段の6J7の回路は省かれている。

NFBは出力トランスの二次側からではなく、出力段からでもなく、
位相反転回路から初段へとかけられている。

A10そのままの回路では、300Bの深いバイアス電圧に対して十分な電圧とはならない。
6SN7による位相反転回路の出力電圧は上側の6SN7が30V程度で、
下側は2V弱高くなる。

30Vちょっとでは300Bには足りない。
だから位相反転回路と出力段のあいだにE80CCによる増幅段を挿入する。

信号部には、300Bの二本を含めて、計五本の真空管を使う。
電源部もダイオードではなく整流管にするから、
真空管は六本使うことになる。

この回路で300Bプッシュプルを作りたい、と考えている。
300Bは固定バイアスではなく、自己バイアスにする予定。

NFBのかけ方も、A10に準ずる。
出力トランス、出力管からNFBを戻すようなことはしない。

もちろんそうしたほうが周波数特製も歪率も良くなるのはわかっていても、
そういうことは、ここでの300Bプッシュプルアンプには必要ない、と決めてかかっている。

Date: 4月 10th, 2019
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その4)

ラドカ・トネフの“FAIRYTALES”は、
通常のCDでもあり、MQA-CDでもあり、SACDでもある。
ハイブリッド盤であり、一枚で三つの音が楽しめる。

その3)で、
“FAIRYTALES”が、MQA-CDとSACDのハイブリッド盤であるということは、
自信のあらわれであろう、と書いた。

3月のaudio wednesdayで、“FAIRYTALES”をかけた。
このときはマッキントッシュのMCD350でかけた。
SACDとして鳴らした。

この時の音もなかなかよかった。
アルテックのスピーカーとは思えないほどしっとりした感じで鳴ってくれた。
その鳴り方に、少し驚きもした。

4月のaudio wednesdayで、ULTRA DACでMQA-CDとして鳴らした。
ラドカ・トネフの声が聴こえてきた瞬間、
アルテックって、こんなふうに鳴ってくれるのか? と心底驚いた。

別項「メリディアン ULTRA DACを聴いた(その17)」で引用した瀬川先生の文章を、
今回もまた強く意識していた。

アルテックのスピーカーに、こういう面があったのか、
認識不足といわれようと、ラドカ・トネフが、こんなふうにしっとりと鳴ってくれるとは予想できなかった。

SACDで聴いた音を、しっとりと表現しているけれど、
MQA-CDとULTRA DACで「しっとり」は、虚と実といいたくなるほどの違いがある。

もちろんMCD350とULTRA DACとでは、製品の価格帯が大きく違う。
同列に比較できないのはわかっている。

わかっているけれど、ここでの音の違い、
それもしっとりと表現したくなる音の違いは、そんなことを超えている。

3月のaudio wednesdayでのSACDのラドカ・トネフの歌(声)は、よかった。
よかったけれど、ステレオサウンドの試聴室で、
山中先生が持ってこられたときに聴いているラドカ・トネフの印象とは、やや違っていた。

その違いは、いろいろなところに要因があるから、そういうものだろう、という、
ある種の諦め的な受け止め方もしていた。

けれど、どうもそうではないようだ、と気づかされた。

Date: 4月 9th, 2019
Cate: Noise Control/Noise Design

Noise Control/Noise Designという手法(5G通信)

アメリカで5G通信が開始になったというニュースがあった。
日本では2020年開始の予定らしいが、
5G通信が本格的に普及となってくると、オーディオ機器の受ける影響はどう変化するのだろうか。

5Gでは、3.6〜6GHz帯と、28GHz帯が使われるらしい。
4Gが3.6GHz以下だったから、28GHzはそうとうに高い周波数となる。

28GHzという高い周波数が、オーディオ機器へどういう影響を与えるのかは、
高周波の専門家ではないから見当がつかないが、小さくない変化ではあるはずだ。

このくらい高くなると無視できるようになるのか、
それともいままで以上の影響が発生するのか。

さらに何年後かに登場するであろう6G、7Gとなっていくと、
周波数はますます高くなっていくのか。

Date: 4月 9th, 2019
Cate: 映画

映画、ドラマでのオーディオの扱われ方(その7)

その6)でふれたTOWER VINYL SHINJUKUに行ってきた。

オープン告知のイラストには、アルテックのA7らしきスピーカーが描かれていた。
実際にあったのはA7ではなくA5だった。

JBLのスピーカーもイラストにはあった。
こちらは4429で、イラストにあったモデルよりも小型モデルである。

広い売場であっても、アルテックのA5ならば、一組で十分な音量ですみずみまで音を届けられよう。
そんなことをすると、スピーカーの間近ではけっこうな音量となるから、
売場全体を均一の音量に揃えるためだろう、A5がメインで、
サブ的(補助的)に4429が離れて配置されている、という感じである。

配置的にはそんな印象だが、実際に4429の音を聴いているのかも──、
という印象が残る。

A5は音的には不要か、といえば、
現状の鳴らし方だとそうともいえる。
それでもA5がエスカレーターを降りて、すぐに目につくところにある。

人によっては黒くて異様な物体という印象を受けるかもしれない。
武骨なA5である。

いまのところひっそりとしか鳴らされていない。

丸善ジュンク堂に住んでみる」ツアーというのがある。
今年も行われるであろう。

こういうツアーをタワーレコードもやってくれないだろうか。
TOWER VINYL SHINJUKUで一泊する。
A5がひっそりとではなく、堂々と鳴る音で、アナログディスクを朝まで聴く、というツアーである。

Date: 4月 9th, 2019
Cate: きく

似ていると思う感覚の相違(その2)

ヘルベルト・ブロムシュテット自伝 音楽こそわが天命」が、昨年秋に出た。

書店で、この本を見た時、
ティム・クック? と最初に思った。

ティム・クックはAppleのCEOであって、
そのティム・クックの写真が、音楽関係の書籍の表紙に使われることはないのはわかっていても、
ブロムシュテットの自伝の表紙の写真をみると、まずティム・クックを思い出す。

今日もそうだった。
ブロムシュテットの自伝をみて、やっぱりティム・クックだ、と思っていた。

このことを昨秋に書こうと思っていたけれど、書かずにいたのは、
ティム・クックとヘルベルト・ブロムシュテットが似ているということに、
誰かの同意が得られるとは思っていなかったのと、
なぜ似ていると、ブロムシュテットの自伝の写真を見る度に思うのか、
その理由が掴めずにいたからである。

今日ここで書いているからといって、似ている理由が掴めたわけではない。
私と同じに感じる人はどのくらいいるのだろうか。
それを知りたいわけではない。

ブロムシュテットとクックを、私と同じように似ていると感じる人は、
音の聴き方において、私に近いところがあるのか──、
そんなことを考えるようになったからである。

初めて聴くスピーカーがあったとしよう。
そのスピーカーの音を、誰かに伝える。
その誰かが親しい人で、音についてよく語り合っている人ならば、
そのスピーカーが、
例えば過去のスピーカーのどれかに似ているところがあると感じたのならば、
あのスピーカーに似ていて、ここがこんなふうに違う、といった伝え方ができる。

それでなんとなく伝わるところが、オーディオにはある。
でも、それはあくまでもなんとなくなのだろう。

Date: 4月 8th, 2019
Cate: audio wednesday

第100回audio wednesdayのお知らせ(メリディアン 218を聴く)

5月1日のaudio wednesdayは、メリディアンの218を聴く。
218で、私が聴きたいと思っているのは、ベンジャミン・ブリテンによる演奏だ。

以前書いているように、私はブリテンの演奏が好きである。
ブリテンのモーツァルト、バッハ、シューベルトも美しい、と思っている。

メリディアンもブリテンもイギリスである。
だから「三度ULTRA DAC」ではブリテンのモーツァルトをかけた。

もっとじっくりブリテンの演奏を聴きたい、と感じていた。
だから218でも、ブリテンを聴きたい、と思う。

2013年夏に、“BRITTEN THE PERFORMER”がデッカから出た。
27枚組の、このボックスは演奏家(指揮者、ピアニスト)としてのブリテンが聴ける。
このボックスについては、「BRITTEN THE PERFORMER」というタイトルで書いている。

218で、“BRITTEN THE PERFORMER”をじっくりと聴けたら、と思っている。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。

Date: 4月 8th, 2019
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その39)

3月のaudio wednesdayでは、電源コード、
4月のaudio wednesdayでは、ラインケーブルを自作して聴いてもらった。

自作に必要なモノは昨年末に買っていた。
私のやる気まかせのため、1月に聴いてもらう予定が2月になり、
2月がさらに3月になってしまった。

しかも3月ではラインケーブルもいっしょに聴いてもらおう、と考えていたが、
それも4月に延期してしまった。

実をいうと、ラインケーブルはアンバランス用とバランス用、
両方作る予定でいた。
コネクターも必要な分買っていた。

けれどアンバランス用を自作して、
構造上作るのが少々やっかいなところがあって、
バランス用はさらに先延ばしにした。

ケーブルの自作といっても、
単に切り売りのケーブルを買ってきて、コネクターを取り付けただけではない。
使えそうなケーブル(構造)を見つけ、一工夫加えている。

どんなことをやっているのかは、audio wednesdayに来た方で、
会が終ってから訊いてきた人には教えている。

ケーブルの自作も、やり始めると楽しい。
めんどうな作業もあったけれど、
ケーブル作りは、もっとも失敗の可能性の低い自作であるな、と改めて思いながら作業していた。

けれど工夫のしがいがあまりない。
そんなふうに思われるかもしれないが、ほんとうにそうだろうか。

オーディオは2チャンネルである。
モノーラルを二本用意すれば、ステレオ用となると考えるのはやや早計といえる。

いまではヨーロッパのオーディオ機器もコネクターにDINが使われることはなくなった。
以前はQUADもそうだったし、ヨーロッパのオーディオ機器はDINコネクターだった。

DIN用のケーブルを自作していて気づいたことがある。
それが今回自作したケーブルの発想のもとである。