Archive for category ジャーナリズム

Date: 1月 14th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その9)

(その8)にfacebookにコメントがあった。

オーディオ評論、オーディオ・ジャーナリズムをいま信じている人はいるのでしょうか、
とあった。

私自身、菅野先生が亡くなられて、
オーディオ評論家(職能家)はいなくなった、と以前書いている。
オーディオ評論家(商売屋)ばかりになってしまった、と思っている。

私の周りの人たちも、そう思っている(感じている)人ばかり、ともいえる。
それでも、信じている人たちがいるのも知っている。

東京および近郊の人たちという限定された範囲ではあっても、
そういう人たちはいる。

これも私が知っている範囲のことでしかないが、
信じている人たちのほとんどは、いまオーディオ評論家を名乗っている人たちと、
SNSでつながっていたり、その人のリスニングルームに訪問したり、
なんらかのつながりがある人だ。

だからなのか、○○さんは違う、と彼らはいうことがある。
その○○さんのことは私だって直接知っていたりする。

○○さんは違う、という人たちが知らなくてもいいことを知っていたりする。

信じている、とは、だまされている、ということでもある。
だまされている、とは、あえて見ないようにしている、ということでもある。

私は、というと、信じていない側にいる、といえる。
それでもずっと昔に、ステレオサウンドを熱く読んでいた者として、
ひとかけらぐらいは残っていてほしい、とおもいを捨てきれずにいる。

Date: 1月 12th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その8)

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONに関する記事を、
純粋な記事だと信じて読んでいる読者は、どれだけいるのか。

タイアップ記事をやる側が思っているほど多くはないのではないか。
少なくない人たちが、とっくに気づいている、と私は感じている。

気づいている人たちの多くが、口に出していわないだけだったりするのではないか。
そのことに気づかずに、タイアップ記事をやる。

一回くらいなら、「やっているな」で受け流すことはあっても、
デノンのタイアップ記事のように、ここまでやられるとうんざりする人も出でこよう。

うんざりするだけなら、まだいい。
うんざりの先には、誰もオーディオ評論と、かつていわれたものを誰も信じなくなる日がくる。

デノンは、自社の製品が売れれば、そのためにはなんでもやる──、
そんなふうに見える。

売れなければ……、それまでである。
とはいえ、自分のところだけよければ、それでいいのか、
いまさえよければ、それでいいのか。

タイアップ記事のやりすぎ、氾濫は、
オーディオ・ジャーナリズムの崩壊そのものである。

Date: 1月 11th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その7)

デノンは、これほどまでにタイアップ記事に熱心なのか。
ここまであからさますぎるタイアップ記事は、もう逆効果としか私には思えないのだが、
そうではない、と本気で思っているのだろうか。

デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONが、ほんとうに自信作であり、
優れた音を聴かせてくれる製品であれば、ここまでやる必要はないのではないか。

いや優れた製品だからこそ、
いろんな人(オーディオ評論家)に聴いてもらい、
その試聴記を多くの人に読んでもらいたい──、という考えなのか。

ステレオサウンドを熱心に読んでいた遠い昔、
この製品の試聴記を、この人が書いてくれたらなぁ、と思うことは数えきれないほどあった。
誌面という物理的な制約があるかぎり、
すべてのオーディオ評論家に聴いてもらい、書いてもらうということはまず無理である。

そんなことはわかっていても、
やはり、この人(私の場合は瀬川先生だった)の試聴記が読みたい──、
そう思い続けてきた。

インターネットには、誌面という制約はない。
だから、一つの機種を多くの人に聴いてもらい、
多くの試聴記を公開することが容易である。

デノンの意図は、そういうところにあるのかもしれない、と一定の理解を示しながらも、
結局のところに、誰に聴いてもらい、誰に書いてもらうか、ということは、とても重要なことである。

人選をあやまってしまうと、やりすぎたタイアップ記事という印象を、
幾重にも重ねてしまうことになってしまう。
もうすでにそうなっている。

タイアップ記事をやりたがる会社、
その依頼をほいほいと受けてしまう書き手、
本人たちは、そんなことはない、と口を揃えていうのかもしれないが、
これではオーディオ評論家(商売屋)といわれてもしかたないのではないか。

Date: 1月 11th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その6)

昨年末の(その5)で、
デノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事は、
年が明けても続くのか──、と書いた。

まだ続いている。
音元出版のサイト、ステレオサウンドのサイトで、
交互に登場するようにしているのか、と思うほどに、いまもやっている。

facebookでオーディオ協会をフォローしている。
すると、デノンを取り上げた記事が表示され、
それによって一つ一つそれぞれのサイトにアクセスすることなく知ることができる。

こんなあからさまなタイアップ記事を次々に見せられると、
ステレオサウンドも音元出版となんら変わりない──、
そうとしかいえなくなる。

ステレオサウンドのサイト、ステレオサウンド・オンラインの編集部と、
季刊誌ステレオサウンドの編集部とは、どうも別なようである。

それでも、どちらにもステレオサウンドとついている。
会社名がステレオサウンドだから、ということなのだろうが、
この点に関しては、音元出版のほうがよく考えているのではないか。

音元出版は、音元WEBとか、オーディオアクセサリー・オンラインといった名称にはしていない。
新たな名称をつけている。

ステレオサウンドは、どちらにもステレオサウンドとつけている。
季刊誌ステレオサウンドとステレオサウンド・オンライン、
どちらも見ている人のどれだけが、それぞれ別の編集部だということをわかっているのだろうか。

そう思わせるように、あかてしているのだろうか。
だとしたら、ステレオサウンド・オンラインでのデノンのあからさまなタイアップ記事は、
季刊誌ステレオサウンドも、そうなんだろうなぁ……、と読者に思わせてしまう──、
そんなふうに編集部は考えたことがないのか。

Date: 1月 2nd, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(あわせて読んでほしい記事)

別の件で検索していて見つけた記事。
タイトルは『21世紀に音楽を評論・批評する ~「主観偏重」と「提灯持ち」から脱するために』。
小室敬幸氏の記事である。

この記事だけでなく、ほかの記事も興味深い。
検索のきっかけは、
【ネタバレ解説】レイ出生の秘密は、エピソードⅦの時点で「レイのテーマ」に隠されていた!』。

こういう見方(聴き方)があったのか、と思わずにいられない。

Date: 12月 29th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その5)

ケンウッドのK’sシリーズの時も、
デノンの山内慎一氏が登場されているのと同じで、
E氏が各誌に登場されていた。

どれだけの雑誌に登場されたのかまでは数えていないが、
ここにもあそこにも、と感じていた。

ただなんとなくではあるが、これだけ雑誌に短期間に登場されると、
誌面には、結局同じことが載っているだけ、というふうにもなっていく。

おそらくだが、ケンウッドのE氏の頭のなかでは、
もう完全に話すことができあがっていたのではなかろうか。

最初のころはそうでもなかったのだろうが、
二回目、三回目……と取材が続いていけば、
前回の反省点を修正していく、それに練習もしていけば、
インタヴュアーがどんな人であっても、いいたいことをきちんと話していける。

それも無駄を極力省いて、
それこそ話したことがそのまま記事になってしまうことを目指すこともできる。
そんなふうにして、一回目よりも二回目、
二回目よりも三回目、三回目よりも……、と取材をこなしていくことで、
自分自身のしゃべりにうっとりしてしまうということも出てくるのではないだろうか。

ケンウッドのE氏、デノンの山内氏がそうだ、と決めつけるわけではないが、
そうならないともいえない、と感じている。

それにしてもデノンのPMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事は、
まだ続いている。
どの記事が、ということは、ここではリンクしないが、
このまま年が明けても続くのか。

Date: 12月 17th, 2019
Cate: オーディオ評論, ジャーナリズム

オーディオ評論家は読者の代表なのか(その19)

ステレオサウンド 50号といえば、1979年春号。
もう40年前のステレオサウンドということになる。

50号を記念しての巻頭座談会、
この最後に出てくる瀬川先生の発言は、別項でも引用している。
     *
瀬川 「ステレオサウンド」のこの十三年の歩みの、いわば評価ということで、プラス面ではいまお二方がおっしゃったことに、ぼくはほとんどつけたすことはないと思うんです。ただ、同時に、多少の反省が、そこにはあると思う。というのは「ステレオサウンド」をとおして、メーカーの製品作りの姿勢にわれわれなりの提示を行なってきたし、それをメーカー側が受け入れたということはいえるでしょう。ただし、それをあまり過大に考えてはいけないようにも想うんですよ。それほど直接的な影響は及ぼしていないのではないのか。
 それからもうひとつ、新製品をはじめとするオーディオの最新情報が、創刊号当時にくらべて、一般のオーディオファンのごく身近に氾濫していて、だれもがかんたんに入手できる時代になったということも、これからのオーディオ・ジャーナリズムのありかたを考えるうえで、忘れてはならないと思うんです。つまり初期の時代、あるいは、少し前までは、海外の新製品、そして国産の高級品などは、東京とか大阪のごく一部の場所でしか一般のユーザーは手にふれることができなかったわけで、したがって「ステレオサウンド」のテストリポートは、現実の製品知識を仕入れるニュースソースでもありえたわけです。
 ところが現在では、そういった新製品を置いている販売店が、各地に急激にふえたので、ほとんどだれもが、かんたんに目にしたり、手にふれてみたりすることができます。「ステレオサウンド」に紹介されるよりも前に、ユーザーが実際の音を耳にしているということは、けっして珍しくはないわですね。
 そういう状況になっているから、もちろんこれからは「ステレオサウンド」だけの問題ではなくて、オーディオ・ジャーナリズム全体の問題ですけれども、これからの試聴テスト、それから新製品紹介といったものは、より詳細な、より深い内容のものにしないと、読者つまりユーザーから、ソッポを向かれることになりかねないと思うんですよ。その意味で、今後の「ステレオサウンド」のテストは、いままでの実績にとどまらず、ますます内容を濃くしていってほしい、そう思います。
 オーディオ界は、ここ数年、予想ほどの伸長をみせていません。そのことを、いま業界は深刻に受け止めているわけだけれど、オーディオ・ジャーナリズムの世界にも、そろそろ同じような傾向がみられるのではないかという気がするんです。それだけに、ユーザーにもういちど「ステレオサウンド」を熱っぽく読んでもらうためには、これを機に、われわれを含めて、関係者は考えてみる必要があるのではないでしょうか。
     *
41号から読みはじめた私にとって、50号はちょうど10冊目のステレオサウンドにあたる。
二年半読んできて、熱っぽく読んでいた時期でもある。

だから瀬川先生の《ユーザーにもういちど「ステレオサウンド」を熱っぽく読んでもらうためには》に、
完全に同意できなかったことを憶えている。

《熱っぽく読んでもらう》とは、どういうことなのか。
なぜ、それまでのステレオサウンドを、読者は《熱っぽく読んで》いたのか。

いくつかの理由らしきことが考えられる。
その一つとして、不器用ゆえの熱があったからだ、と、いまは思っている。

Date: 11月 28th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その4)

デノンのプリメインアンプのPMA-SX1 LIMITED EDITIONと、
SACDプレーヤーのDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事には、
必ずといっていいほど、デノンの山内慎一氏が登場している。

開発に携わった人が誌面、ウェブサイトに登場するのは、
昔からよくあることだし、開発者ならではの話は興味深いこともある(そうでないこともある)。

それにしても、よく登場されるな、と思いながら見ていた。
今月発売のステレオの表紙にも登場されている。

デノンが、PMA-SX1 LIMITED EDITIONとDCD-SX1 LIMITED EDITIONにかける意気込みが、
よくわかるといえばそうだけど、もう聴く前からお腹いっぱい、そんな感じがしてくる。

インターナショナルオーディオショウのデノンのブースでは、
この二機種が鳴っていたはずである。

私はデノンのブースには寄らなかった。
もうお腹いっぱい、という感じだったからだ。

ここまでくると逆効果と感じる人も出てきているのではないだろうか。

「音は人なり」とずっと以前からいわれてきているし、
私自身も、ここでしつこいぐらいち書いてきている。

なので開発者という「人」が誌面に登場するのはいいことだと思っているが、
ここまでくると、どうだろうか、と何かいいたくなる。

同じようなことが二十年くらい前にもあった。
ケンウッドからミニコンポの高級版といえるK’sシリーズが出た。

この時も、オーディオ各誌に、開発を主導した人がよく登場していた。
たしかEさんだった、と記憶している。

Date: 11月 17th, 2019
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その61)

オーディオの想像力の欠如した耳は、必要とされる音がわからないのかもしれない。

Date: 10月 31st, 2019
Cate: ジャーナリズム

オーディオの想像力の欠如が生むもの(その60)

オーディオの想像力の欠如した耳は、認識の純化ができないようだ。

Date: 10月 15th, 2019
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その3)

(その2)で、「タイアップ記事なんて、なくなればいい」へのアクセス数が、
10%に届かないことを嘆いた。

(その2)によって、少しアクセスは増えたけれど、
それでもトータルで10%に満たない。

私のブログだけなのか、と思っていたら、
多くの、しかも大手のサイトでもリンク先をクリックする人は、ほんとうに少ない──、
というコメントをfacebookでもらった。

そういうものなのか……、と諦めなければならないのだろうか。
「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事を読んでいない人の方が、
圧倒的に多いわけで、そういう人たちに対して書くのか、
どうやって書こうかな、と思っていたら、数ヵ月経っていた。

オーディオ業界では、いま、デノンのタイアップ記事を、
夏ごろからいろんなところで見かけるようになっている。

プリメインアンプのPMA-SX1 LIMITED EDITIONと、
SACDプレーヤーのDCD-SX1 LIMITED EDITIONのタイアップ記事である。

オーディオ雑誌だけでなく、
オーディオ関係のウェブサイトでも、デノンのタイアップ記事は行われている。

もちろんオーディオ評論家を巻き込んでのタイアップ記事である。
そのどれかを目にされていることだろう。

このタイアップ記事を、タイアップと思わずに読んだ人はどのくらいいるのだろうか。

Date: 8月 31st, 2019
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その21)

ステレオサウンド 87号のころ、編集者でなく、純粋な読者だったとしたら、
87号のマッキントッシュのXRT18の試聴記を読んで、
ステレオサウンド編集者の人たちは、何をやっているんだろうか、
さらには、XRT18に、もしくはマッキントッシュに、さらには輸入元のエレクトリに、
何か悪意、それに近いものを持っているのかも……、
そんなことを思ったであろう。

読者は、試聴の準備の、こまかな事情はまったく知らないわけだ。
そういう読者が、なにがしかの悪意、それに近いものを感じたとしたら、
ステレオサウンド 87号のXRT18の試聴には、悪意があった、ということになるのか。

重ねていうが、誰も悪意は持っていなかった。
けれど、誌面に載った試聴記は、その時、ステレオサウンド試聴室で鳴った音で書かれる。
そのことは百も承知なのだから、試聴の準備はできるだけきちんとやるようにしていた。

XRT18の、87号のヴォイシングはきちんとやれていたのか。
エレクトリの担当者と編集部見習いのKHさん。
この二人だけにまかせたことが、そもそもきちんとやれていなかった、ということになるのか。

もう一人、編集者がヴォイシングに立ち合っていれば、まったく違った結果になった可能性は確かにある。
けれど、エレクトリの担当者とKHさんは親しい間柄だったし、
KHさんは、エレクトリの担当者のヴォイシングに、担当者に対しても、
ある種の敬意を抱いていたと、まわりの編集者は感じていたし、
ならば、二人だけで思う存分にヴォイシングをやってもらったほうが、
いい結果が出るのではないか──、そういう考えがあった、と記憶している。

なぜヴォイシングが失敗したのか。
あれほどダメな音になってしまったのか、
その理由について、ここでは書かない。
いずれ書くことになるだろう。

ただ、ひとつだけいえば、音は人なり、ということに結着する。

Date: 8月 25th, 2019
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その20)

試聴記も見出しも、オブラートに包んだといえる表現だ。
この日、XRT18の音は、ほんとうにひどかった。

そのひどい音に対して、もっと辛辣な言葉が試聴室内では交された。
そのくらい、ひどい音だったわけだ。

これなら、ヴォイシングの経験のない私がやった方が、
ずっとまともな音を出せたのでは──、そんなことを思ってしまうほどだった。

このひどい音の原因は、ヴォイシングの明らかな失敗である。
誰の耳にもはっきりとしている。

エレクトリの担当者は、ヴォイシングの初心者ではない。
全国の、XRT20、XRT18の購入者のリスニングルームに行き、
ヴォイシングを何例もやってきた人である。

それに自社扱いのスピーカーの音を、わざとひどくしてしまう理由はない。

ヴォイシングをいっしょにやったKHさんも、
前述したようにXRT20のユーザーであり、
マッキントッシュの信者といっていいくらいの人である。

この試聴で、XRT18の順番を三日目の最初にもってくるように調整した、
特集の担当編集者にしても、少しでもXRT18をきちんと鳴らそうとしてのことだ。

ようするに、誰にも悪意といえるものはない。
けれど、実際に鳴ってきた音は、どうしたら、ここまでひどい音にできるのかと思えるほどだった。

こういう事情を知らない読者からすれば、
ステレオサウンド 87号でのXRT18の試聴結果から、
誰かが悪意をもっていたのかも……、そんなふうに思う人がいても不思議ではない。

くり返すが、この試聴に関係している人は、誰もXRT18に悪意を持っていたわけではない。
それでも、結果は違った。

Date: 8月 25th, 2019
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その19)

アンプやCDプレーヤーのセッティングは、前日までのままであり、
これは私が行っていた。

XRT18を試聴室に運び込んで、スピーカーケーブルを接続するまでは、やった。
それから先は、エレクトリの担当者と、編集部の一人が立ち合ってのこと。

この編集者は、編集後記のKHさんである。
ちょうど、このころ編集部に見習い、というか、アルバイトというか、
そんな感じで来ていた人である。

KHさんは、XRT20のユーザーである。
エレクトリの担当者とも親しい。

そういうことで、この二人にまかせてしまった。
このころのステレオサウンドは10時から始まる。
はっきりと憶えていないが、割と早くから二人で試聴室にこもってのヴォイシング作業である。

二時間以上は、たっぷりとヴォイシング作業をやっていたはずだ。
二時間程度は、完全なヴォイシングは行えないのはわかっているが、
それでも他のスピーカーシステムは、試聴室に搬入・設置・結線して、
すぐに音を鳴らしての試聴であるのに、
XRT18は午前中たっぷりと鳴らした上での試聴であり、
他のスピーカーよりもそうとうに有利な条件である。

エレクトリの担当者とKHさんは、ヴォイシングの結果には満足そうだった。
うまくいかなかった、とか、時間が足りなかった、とか、そんなことは言っていなかった。

かなた期待できそうな音が鳴ってくれる──、
そう思っていたら、試聴記にあるように、ひどい音だった。

井上先生は《スルーの方がバランスが良いくらいである》、
柳沢氏は《輸入元にこの調整をしてもらったのだが、これがさらに結果を悪くすることになったようだ》、
ヴォイシングの結果について、そう書かれている。

Date: 8月 25th, 2019
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その18)

このテーマで取り上げるかどうか、少し迷ったけれど、
編集者の悪意について考えてゆくうえで、これも興味深い例の一つであるから、あえて書こう。

ステレオサウンド 87号の特集は、スピーカーの総テストである。
そこにマッキントッシュのXRT18が登場している。
228〜229ページに、XRT18が載っている。

試聴記の見出しは、
 ボイシングの調整不足。独特のプレゼンスは魅力。(井上卓也)
 柔軟さ、しなやかさが特徴。設置、調整は難しい。(菅野沖彦)
 明らかに調整ミス。淡泊で焦点のぼけた音だった。(柳沢功力)
試聴記を読まずとも、87号でのXRT18の音がうまく鳴らなかったことはわかる。

ちなみに、この見出しをつけたのは私である。
でも、この見出しのつけ方が、悪意があるとうそうでないとかではなく、
なぜ、こういう試聴結果になったのかである。

XRT20、XRT18は、壁面に設置するスピーカーシステムであり、
ヴォイシングが必要となるシステムである。

輸入元のエレクトリは、購入者へヴォイシングの出張サービスを行っていた。
ヴォイシングは、ユーザーが聴感だけで簡単に行えるものではない。

ヴォイシングの大変さ、難しさ、その重要性は、
菅野先生がステレオサウンドに書かれているので、それをぜひお読みいただきたい。

とにかくXRT20、XRT18にしても、それまでのスピーカーの総テストと同じやり方では、
真価を発揮し難いスピーカーシステムであることは、編集部も十分わかっていた。

だからXRT18のヴォイシングの時間をきちんととっていた。
試聴は数日にわたって行われる。

XRT18は、試聴三日目(だったはずだ)の最初に鳴らすスピーカーになるようにした。
試聴は午後からである。

三日目の午前中に、エレクトリからヴォイシングの担当者に来てもらい、
設置・調整をしてもらう。

そうやって午後から始まる試聴の一番目にXRT18を聴いてもらえば、
問題はない、はずだった。