Archive for category 4343

Date: 3月 18th, 2015
Cate: 4343, JBL, 五味康祐

なぜ4343なのか(五味康祐氏と4343・その1)

JBLの4343に夢中になった10代を過ごした。
4343への興味が若干薄れた20代があった。

40をこえたころから、4343への興味が強くなってきた。
そしていまも薄れることなく続いている。

10代のころ、ひとつどうしても知りたいことがあった。
五味先生は、4343をどう評価されていたのか、だった。

五味先生のJBL嫌いについては、あえて書くまでもないことだ。
そんな五味先生でも、瀬川先生が鳴らされているJBLの3ウェイの音は評価されていた。
(ステレオサウンド 16号掲載のオーディオ巡礼参照)

ステレオサウンド 47号からオーディオ巡礼が再開。
奈良の南口重治氏が登場されている。
南口氏のスピーカーはタンノイ・オートグラフとJBL・4350Aだった。

47号に書かれている。
     *
 JBLでこれまで、私が感心して聴いたのは唯一度ロスアンジェルスの米人宅で、4343をマークレビンソンLNPと、SAEで駆動させたものだった。でもロスと日本では空気の湿度がちがう。西洋館と瓦葺きでは壁面の硬度がちがう。天井の高さが違う。
     *
南口氏の4350の音も最初は「唾棄すべき」音と書かれていたが、
最後では違っていた。絶賛に近い評価の高さだった。

4343も4350も、新しいJBLの音だった。
瀬川先生も高く評価されていた、このふたつのスピーカーを、
鳴らす人次第とはいえ、五味先生も認められているのが、嬉しく感じたものだった。

JBLからでも、五味先生を唸らせる音が出せる──、
そう信じられたからだ。

それだけに、もっと4343について書かれた文章が読みたかった。
けれどずっと見つけられずにいた。

30代の終りごろに、やっと見つけた。
新潮社から出ていた「人間の死にざま」にあった。

Date: 3月 18th, 2015
Cate: 4343, JBL

なぜ4343なのか(その2)

41号からステレオサウンドを読みはじめて半年。
43号のベストバイの特集で、4343のところに瀬川先生がこう書かれている。
     *
 4341を飼い馴らすこと一年も経たないうちに4343の発売で、個人的にはひどく頭に来たが、しかしさすがにあえて短期間に改良モデルを発表しただけのことはあって、音のバランスが実にみごと。ことに中低域あたりの音域の、いくぶん冷たかった肌ざわりに暖かみが出てきて、単に鋭敏なモニターというにとどまらず、家庭での高度な音楽館商用としても、素晴らしく完成度の高い説得力に富んだ音で聴き手を魅了する。
     *
4343の前身モデルとしての4341があったこと、
4341がいつ発売されたのかは、43号を読んだ時点では知らなかったけれど、
とにかく短期間でJBLがモデルチェンジしたことを知った。

このころはJBLという会社が、どのくらいのサイクルでモデルチェンジをするのかは知らなかった。
JBLとしては、4341の全面モデルチェンジは早かった。

同じスタジオモニターの4333、4350はモデルチェンジして4333A、4350Aとなっていた。
4341は4341Aとはならずに、4343へとモデルチェンジした。

そして、4341と4343の使用ユニットはまったく同じであるにも関わらず、
なぜ4343は4341Aでも4342でもなく4343なのか。

その理由を考えると、やはり4343はJBL創立30周年モデルだったような気がしてならない。

4341から4343への、もっとも大きな変更点はデザインである。
4341はお世辞にも洗練された、とはいえなかった。
けれど4343は違う。

4343が登場したころのJBLの社長は、アーノルド・ウォルフだった。

Date: 3月 17th, 2015
Cate: 4343, JBL

なぜ4343なのか(その1)

来年登場してくるであろうJBL創立70周年記念モデルのことを、あれこれ好き勝手に想像していて、
あっ! と気づいたことがある。
4343のことだ。

1976年に登場している。つまりJBL創立30周年に登場していることに気づいた。
JBLが創立記念モデルを出すようになったのは、50周年の1996年のCentury Goldからである。

4343のころは、創立記念モデルということはまったく謳っていなかった。
30周年だから4343を出したわけではないことはわかっている。

それでも4343がJBL創立30周年1976年に登場したことは、確かなことである。

そして、私自身にとっても、1976年は「五味オーディオ教室」と出逢った年でもある。
4343は、それとも重なる。

Date: 2月 27th, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その8)

ステレオサウンド 58号の瀬川先生の4345の記事は何度読んだことだろうか。

読んではやっぱり4345の方が音はいいんだな、とか、
でもデザインは圧倒的に4343であるから、なんとか4343の音を4345に近づけることはできないのか。

内蔵ネットワークで鳴らす4345とマルチアンプで鳴らす4343とでは、どうなるのだろうか、
そんな書いていないことを想像するために、何度も読み返していた。

ネットワークについての記述を読んでは、前回書いたように、
4345のネットワーク技術で4343のネットワークが改良されれば、と思ったし、
もう少し現実的なところでは、2405のダイアフラムが、
4345搭載のモノと4343搭載のモノとでは違うとある。

ならば新しい2405のダイアフラムを4343の2405に換装したらどうなるのだろうか。
それからミッドハイの2420も、ダイアモンドエッジのダイアフラムになった2421が、
登場したかまだだったころではあったが、2440は2441へとすでに改良されていた。

2421の登場は確実であった。
このふたつの中高域を受け持つダイアフラムが新型に換装できれば、
ずいぶん4345へと近づくのではないのだろうか。

瀬川先生が書かれている。
     *
♯4343の新しいうちは、♯2405の超高音域が出しゃばりがちなのだが、♯4345ではそのようなことがない。試聴用に聴き馴れたフォーレのヴァイオリンソナタ(グリュミオー/クロスリー=フィリップス9500534/国内盤X7943)の第二楽章。アンダンテ、二短調の艶麗の旋律が相当にいい感じで鳴ってくれる。
     *
こういう音に4343が近づくような気がしていた。
それでも、この文章に続いて、こうも書かれている。
     *
 これはいい、と、少し安心してこんどは大パワーの音を聴いてみる。カラヤンの「アイーダ」。第三面、第二幕凱旋の場。大合唱に続く12本のアイーダ・トランペットの斉奏そして……このきわどい部分が、ほとんど危なげなく、悠揚せまらざる感じで、しかし十分の迫力をもって聴ける。この低音の量感と支えの豊かさは、大口径ウーファー、そして大型エンクロージュアでなくては聴けない。
     *
ここを読むと、やっぱり4345なのか、4343のデザインのままでは4345にはどうしても追いつけないのか……、
とまた少し落ち込んでいた。そんな一喜一憂をくり返しながら読み返していた。

4343のデザインのままで、4345の音が出せるのであれば、
JBLがやっていたはずである。
JBLが4345という、不格好なサイズで出してきたのは、
あのサイズではなければ出せない領域の音があるからなのはわかってはいた。

わかっていたからといって、あきらめられるものではない。

Date: 2月 23rd, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その7)

ステレオサウンド 58号に4345の記事が載っている。
瀬川先生生が書かれている。
そこにこうある。
     *
JBLのLCネットワークの設計技術は、L150あたりを境に、格段に向上したと思われ、システム全体として総合的な特性のコントロール、ことに位相特性の補整技術の見事さは、こんにちの世界のスピーカー設計の水準の中でもきめて高いレヴェルにあるといえ、おそらくその技術が♯4345にも活用されているはずで、ここまでよくコントロールされているLCネットワークに対して、バイアンプでその性能を越えるには、もっと高度の調整が必要になるのではないかと考えられる。
     *
4343と4345の直接比較による試聴記事。
瀬川先生の文章を何度もくり返し読んだ。
読めば読むほど、4345のプロポーションの悪さが、
自分のモノとしてときにはどう感じるのだろうか。
買えるあてなどなかったけれど、そんなことを想像していた。

4343と4345が並んでいる写真もあった。
4343のままで、4345に近い音がしてくれれば、とも何度も思いながら読んでいたから、
4345のネットワークを4343に換装したらどうなるのだろうか、
JBLは4343の次のモデルで4345のネットワークと同じレベルのネットワークを搭載しないのか、
そんなことも思っていた。

4343は4344になった。
4344は4343の後継機というよりも、私にとっては4345のスケールダウンモデルにしか見えなかった。
4344のネットワークは、発表された回路図をみるかぎりでは、4345のネットワークとまったく同じである。

それならば4345のネットワークはそのまま4343に使っても、いい結果が得られる可能性が高いのではないか。
このころから、私の4343計画は始まっていた、といえる。

Date: 2月 23rd, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その6)

記事のタイトルが「名作4343を現代に甦らせる」ではなく、
「4343のユニットを現在に使う」とか「4343のユニットの現代的再構築」といった感じであれば、
何も書かなかった。

あくまでも「名作4343を現代に甦らせる」とあったからこそ、ここに書いている。

あれだけの数売れたスピーカーシステムだから、いまも所有されている人はけっこう多いし、
あのころ学生で買えなかった人が、中古の4343を手に入れていることも少なくない。

4343がいまもメインスピーカーである人、
メインスピーカーは別にあるけれども、4343が欲しかったから、という人、
いろいろな人がいる。

その人たちは、いまどういうふうに4343をみているのだろうか。
2016年には誕生40年に迎えるスピーカーシステムである。

いまもメインスピーカーとして使えるだけの実力をもつともいえるし、
細部を検討していくと、部分的にはどうしても……、と思えるところがないわけではない。

実際に行動にうつすかどうかは別として、
4343ユーザーなら、来年の4343誕生40周年を迎えるにあたって、
4343をどうしようか、ということを考えてみてはいかがだろうか。

徹底的にメンテナンスして、できるかぎりオリジナルの状態を保ったままで、これからも鳴らしていくのか。
オリジナルといっても、厳密な意味では発売当時の状態には戻せない。
コーン紙の製造工場も変っているし、工場が同じだとしても、
当時と同じ森林からパルプの材料となる木材を切り出しているわけではない。

細かくみていけばいくほど、1976年当時のオリジナルの状態に戻すことは、はっきりいえば不可能である。
オリジナル度に関しては、本人がどの程度で満足するか、でしかない。

ならば40年を機に手を加えてみる案はどうだろうか。
ステレオサウンドの記事のようにユニットだけを取り出して再利用して、
4343とはまったく別モノのスピーカーシステムに仕上げるのも考えられる。

私がここで書いていきたいのは、4343のアイデンティティを維持したまま、
どこまでやっていけるかである。

Date: 2月 22nd, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その5)

「名作4343を現代に甦らせる」という記事に対して否定的である私でも、
全面的に否定しているわけではないし、この記事の筆者である佐伯多門氏を否定・批判したいわけでもない。

佐伯多門氏は、いわばダイヤトーン・スピーカーの顏といえる人であった。
私がオーディオに興味をもちはじめた1976年、すでに佐伯氏はそういう人であった。
ダイヤトーン(三菱電機)には、こういう技術者がいるのか、と受けとめていた。

いま佐伯多門氏は無線と実験誌にスピーカーの歴史について執筆されている。
いい記事である。
こういう連載は、一冊の本にまとめてほしいし、
紙の本はどんなに良書であってもいつの日か絶版になる。
佐伯多門氏の連載は十年、二十年……、もっと後になればなるほど資料的には増していく内容である。
だからこそ絶版には基本的にはならない電子書籍でも出版してもらいたい。

佐伯多門氏はスピーカーの技術者である。
スピーカーの技術に関しての理解は、私の及ぶところではない。
けれど、ここがオーディオの難しいところだが、
スピーカーの技術を理解している人だからといって、他社製のスピーカーシステムを理解できるとは限らない。

他社製のスピーカーシステムを技術的に説明することはできても、
製品としてのスピーカーシステムの理解は、また別のものである。

私はそう考えているからこそ、「名作4343を現代に甦らせる」にはもうひとり別の人が必要だった、とする。
スピーカー技術に対しての理解は佐伯多門氏よりも低くていいけれど、
製品としてのスピーカーシステムへの理解が深くしっかりしている人が、最初から必要だったのである。

適任は井上先生だった。
ずっと以前のステレオサウンドに連載されたコーネッタの記事。
これを読み憶えている人は、どうしても「名作4343を現代に甦らせる」と比較してしまう。

そして井上先生の不在の大きさを感じてしまう。
オーディオ評論家を名乗っているだけの人ではだめなのだ。

「名作4343を現代に甦らせる」は、
4343を現代に甦らせることはできなかった意味では失敗ともいえるが、
エンジニアとオーディオ評論家の違いを、そして両者の存在する意味を間接的に語っている。
オーディオ評論家の役目、役割についても、である。

Date: 2月 21st, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その4)

理解していない、理解しようともしない。
このことはオーディオ評論家にとっても、オーディオ雑誌の編集者にとっても致命的なことである。
理解しようともせずに、オーディオ機器の記事を書いている、つくっている、と告白しているのと同じである。
そのことに、なぜ彼らは気づかないのか。

彼らは、目の前にある4343もどきのスピーカーをどうすればよかったのか。
ハンマーで敲きこわす。
これだけである。

4343を理解していない人には、怒りはなかったのだろう。
そうとしか考えられない。

そして思い出す。
五味先生の文章を思い出す。
     *
 とはいえ、これは事実なので、コンクリート・ホーンから響いてくるオルガンのたっぷりした、風の吹きぬけるような抵抗感や共振のまったくない、澄みとおった音色は、こたえられんものである。私の聴いていたのは無論モノーラル時代だが、ヘンデルのオルガン協奏曲全集をくり返し聴き、伸びやかなその低音にうっとりする快感は格別なものだった。だが、ぼくらの聴くレコードはオルガン曲ばかりではないんである。ひとたび弦楽四重奏曲を掛けると、ヴァイオリン独奏曲を鳴らすと、音そのものはいいにせよ、まるで音像に定位のない、どうかするとヴィオラがセロにきこえるような独活の大木的鳴り方は我慢ならなかった。ついに腹が立ってハンマーで我が家のコンクリート・ホーンを敲き毀した。
 以来、どうにもオルガン曲は聴く気になれない。以前にも言ったことだが、ぼくらは、自家の再生装置でうまく鳴るレコードを好んで聴くようになるものである。聴きたい楽器の音をうまく響かせてくれるオーディオをはじめは望み、そのような意図でアンプやスピーカー・エンクロージァを吟味して再生装置を購入しているはずなのだが、そのうち、いちばんうまく鳴る種類のレコードをつとめて買い揃え聴くようになってゆくものだ。コレクションのイニシァティヴは当然、聴く本人の趣味性にあるべきはずが、いつの間にやら機械にふり回されている。再生装置がイニシァティヴを取ってしまう。ここらがオーディオ愛好家の泣き所だろうか。
 そんな傾向に我ながら腹を立ててハンマーを揮ったのだが、痛かった。手のしびれる痛さのほかに心に痛みがはしったものだ。
(フランク《オルガン六曲集》より)
     *
もちろん、このときの五味先生がおかれていた状況と、
4343もどきのスピーカーを前にした状況は決して同じではない。
けれど、どちらにも怒りがある。
何に起因する怒りなのかの違いはある。

けれど怒りは怒りであり、その怒りがハンマーをふりおろす。

こんなことを書いていると、またバカなことを……、と思う人はいてもいい。
そういう人は4343というスピーカーシステムを理解していない人なのだから、
そんな人になんといわれようと、気にしない、どうでもいいことだ。

「名作4343を現代に甦らせる」の連載の最後にふさわしいのは、
ほんとうはなんだったのだろうか。
そのことを考えないで、オーディオについて語ることはできない。

Date: 2月 21st, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その3)

「名作4343を現代に甦らせる」の連載が始まった時、
すこしは期待していた。同時にどうなるのか心配な面も感じていた。
回が進むごとに、ほんとうにこの連載をこのまま続けていくのか、と思うようになっていた。

「名作4343を現代に甦らせる」について、ここで詳細に語りたいわけではない。
「名作4343を現代に甦らせる」が掲載された号をひっぱり出してくれば、
書こうと思えば、どれだけでも書いていける。
そのくらい、「名作4343を現代に甦らせる」にはあれこれいいたいことがある。

だが書くのはひとつだけにしておく。
この記事を読んで感じたのは、
「名作4343を現代に甦らせる」の筆者の佐伯多門氏は、
JBLの4343というスピーカーシステムを理解していなかった人だということ。
理解していなくとも、「名作4343を現代に甦らせる」の連載を続けるのであれば、理解しようとするべきである。
だが理解しようとされなかった。

少なくとも記事を読んで、そう感じられた。
だが佐伯多門氏だけではない。
ステレオサウンドの編集者も4343というスピーカーシステムを誰ひとりとして理解していなかった、といえる。
4343に憧れていた人は、もう編集部にはいなかったのかもしれない。
そうであっても、理解しようとするべきであった。
それがまったくといっていいほど感じられなかった。

新製品の紹介記事や徹底解剖とうたった記事をつくる以上に、
この手の記事では、対象となるオーディオ機器への理解がより深く求められる。
にも関わらず……、である。
そのことにがっかりした。

そして連載の最後、無惨に変り果てた、もう4343とは呼べなくなってしまったスピーカーを試聴した人、
この人こそ、オーディオ評論家を名乗っているのだから、
もっともオーディオへの理解が深い人であるべきだし、
読者、さらには編集者にとっても、理解することにおいて手本となるべき人なのに、
まったくそうではなかったことに腹が立った。

Date: 2月 20th, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その2)

10年くらい前のステレオサウンドで「名作4343を現代に甦らせる」というタイトルの連載があった。

私が4343というスピーカーの存在を知ったころ、日本ではテクニクスのリニアフェイズ、
それからKEFのModel 105、キャバスのブリガンタンなどが登場していた。
これらのスピーカーシステムは、スピーカーユニットを階段状に配置して、
マルチウェイにおけるそれぞれのユニットのボイスコイル位置を合わせる、というものだった。
実際にはネットワークを含めてのリニアフェイズなのだが。

これらのスピーカーメーカーがカタログ、広告で謳っていることからすれば、
4343の四つのユニットのボイスコイルの位置はバラバラということになる。

これを合わせるにはどうしたらいいのか。
そんなことをしょっちゅう考えていた。

ボイスコイルの位置がいちばん奥まったところにあるのは、
ミッドハイである。ホーン型だから、ホーンの長さの分だけコーン型ユニットよりも奥に位置する。
つまりこのミッドハイのボイスコイルの位置に、ミッドバス、ウーファーのボイスコイルの位置を下げる。
そのためにはどうしたらいいのか。

このころのソニーのスピーカーにSS-G7があった。
このスピーカーのスコーカーとトゥイーターはドーム型で、
ボイスコイル位置が奥にあるのはコーン型のウーファーだから、
SS-G7ではウーファーをすこし前に張り出させることで位置合せを行っている。

ならば4343では逆のことをやればいい。
ウーファーを引っ込めて、ミッドバスはコーンの頂角の違いからもう少し引っ込める。
こんなことをするとウーファーとミッドバスにはフロントショートホーンをつけることになる。

こんなスケッチを当時よく描いていた。
でもフロントショートホーンをつけると、4343はもう4343ではなくなる。
どんなに頭をひねってみても、4343というかっこいいスピーカーは消失してしまう。

それを記事としてやってしまったのが、「名作4343を現代に甦らせる」だった。
唖然とした。

Date: 1月 13th, 2015
Cate: 4343, JBL

40年目の4343(その1)

JBLの4343は1976年秋に登場した。
来年(2016年)は、40年目である。

1976年中に4343を手にした人はそう多くはないだろうが、
円高ドル安のおかげで4343は価格は下っていった。
それに反比例するように、ステレオサウンド誌上に4343は毎号のように登場し、
特集記事も組まれていった。
ペアで百万円をこえるスピーカーシステムとしては、驚異的な本数が売れていった。

いまも4343を鳴らしている、持っている人はいる。
新品で購入した人ならば、長い人で40年、短い人でも30年以上経っている。
しかもウーファーの2231A(2231H)とミッドバスの2121(2121H)のエッジはウレタンだから、
エッジの補修は誰もがやられている。

それ以外にもリペアは必要となる。
ネットワークの部品も交換されていると思うし、スピーカー端子もバネがダメになることがある。
アルニコマグネットは衝撃に弱いため、減磁している可能性もある。

どんなに大切に使って(鳴らして)いても、リペアをせずにすむわけではない。

これから先もリペアしていくのか、それとも……。

リペア(repair)は、修理する、修繕する、回復する、取り戻す、といった意味をもつ動詞。
リペアと同じように使われる言葉にレストア(restore)がある。
元の状態に戻す、という意味の動詞である。
このふたつと同じように”re”がつく言葉に、リバース(rebirth)、リボーン(reborn)がある。
名詞と形容詞だ。

Date: 6月 13th, 2014
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・2440ではなく2420の理由)

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その3)で、
なぜ2440ではなく2420なのか、と書いた。

いくつか考えられる理由はある。
最大の理由は音のはずだが、ハークネスの上に2441+2397をのせていて気づくことがある。
見た目のおさまりに関することだ。

2440(2441)は直径17.8cmある。
これに2397を取りつける。そしてエンクロージュアの天板のうえに置いてみる。

そのままではホーン側が下を向く。
ホーンが水平になるようにホーンに下に何かをかます。

2397の外形寸法をみると高さは9.5cmとなっている。
これはスロートアダプターを取りつける部分の高さであり、
2397のホーン開口部の高さは約7cmである。

ということは2441の外径17.8cnから2397のホーン開口部の高さを引いて2分割した値が、
2397とエンクロージュア天板との間にできるスキマということになる。

これが意外に気になる。
空きすぎているからだ。

このスキマができることは最初からわかっていたけれど、実際に置いてみると、
予想以上に空いている。

これが2420ならば14.6cmだから、スキマも少し狭まる。
実際に2420にしてみたわけではないからなんともいかないけど、
ここでの数cmの違いは、大きく違ってくるはずだ。

もしかすると瀬川先生も、この点が気になっていたんではないだろうか。
そんなことを思うほど、私はこのスキマが気になっている。

Date: 5月 17th, 2014
Cate: 4343, JBL

JBL 4343(その9)

4343のメクラ板がブラックなのは、コスト削減のためだろう。
そう安易に決めつける人はいる。

だがすでに書いてきたようにコスト削減が目的ならば、もともと余分な穴など開けなければメクラ板は不要になる。

それに4343に限らずJBLの4300シリーズのスタジオモニターは仕上げの違いに応じて、
ある箇所の細工も変えている。
これは多くの人が知っている(気づいている)ことだと思っていたけれど、
意外にも10年ほど前、
JBLの4300シリーズを使っていた人(この人は時期は違うがどちらの仕上げも使っていた)は、
私が指摘するまで気づいていなかった、ということがあった。

JBLはデザインに気をつかっている──、
ふだんからそういっている人がそのことに気づいていなかったことが私にはよほど意外だったけれど……。

現在の4300シリーズはフロントバッフルと側板とのツラが合うように作られているが、
以前の4300シリーズはフロントバッフルが少し奥まっていた。
つまり両側板、天板、底板の木口による額縁が形成されていた、ともいえる。

その額縁はサテングレー仕上げとウォールナット仕上げとでは、木口の処理が違っている。
サテングレーでは四角い板をそのまま組み合わせたつくりだが、
ウォールナットでは木口を斜めにカットしている。

天板の木口を真横からみると、サテングレーでは垂直になっているのに対して、
ウォールナットでは下部のわずかなところは垂直なのだが、そこから天板にかけては斜めになっている。

ただ仕上げを変えているだけではない。

そういうJBLがメクラ板をコスト削減だから、といって、どちらの仕上げも同じブラックにするわけがない。
ブラックにしているのは、そこにおさまるトゥイーターの2405がブラック仕上げだからである。

Date: 5月 17th, 2014
Cate: 4343, JBL

JBL 4343(その8)

JBL・4300シリーズの最初のモデル4320のエンクロージュアの仕上げは、いわゆるグレーだった。
グレーは灰色、鼠色なわけだが、JBLのグレーはそんな感じではなく、もっと明るい。
JBLではずっと以前から、この明るいグレーのことをサテングレーと呼んでいる。

4320はサテングレーの仕上げだった。
4320にもメクラ板はある。
トゥイーターを追加するために設けられている穴をふさいでいる。

4320のメクラ板の色はサテングレーである。
フロントバッフルもサテングレーである。

JBL・4300シリーズの仕上げにウォールナットが加わることになる。
両サイド、天板、底板の四面(もしくは底板をのぞく三面)がウォールナットになり、
フロントバッフルの色はブルーになっている。

このころからサテングレー仕上げはフロントバッフルの色を、
それまでのサテングレーからブラックに変更している。

1981年に登場した4345からサテングレー仕上げはなくなった。
4343が最後のサテングレーとウォールナット仕上げの両方があったモデルになってしまった。

メクラ板の色。
4320ではサテングレーだったが、4343では違う。
サテングレー仕上げ(フロントバッフルはブラック)であっても、
ウォールナット仕上げ(フロントバッフルはブルー)であっても、メクラ板はブラックである。

これがもしウォールナット仕上げではフロントバッフルと同じブルーであったら、どんな印象になるのか。
そして、なぜ4343のメクラ板はブラックなのか。

Date: 5月 13th, 2014
Cate: 4343, JBL

JBL 4343(その7)

JBLの4ウェイは4350が最初であり、次に4341、4343と登場していて、これら三機種は、
何度か書いているようにパット・エヴァリッジの設計ということが、もうひとつの共通項でもある。

4350にもメクラ板がある。
2405用だけでなくミッドハイを受け持つ2440ドライバーとそのホーンの取り付け用もある。
4350の後継機4355にも同じようにメクラ板がある。

だが4350、4355を購入した人が、
2405とミッドハイを入れ替えて、左右対称のユニット配置にしたという話は聞いていない。

JBLのスタジオモニターは4345以降、リアバッフルが二分割され(といっても8:2ほどの割合)、
上部のサブバッフルはネジ止めされている。
ここを外すことで、2420、2405のダイアフラム交換のための取り外しが容易になっている。

けれどそれ以前の4350では2440、2405のダイアフラムを交換する、
もしくは取り付け位置を左右で入れ替えるとなると、けっこう大変な作業である。

まずウーファーを外す。
2440の真下に前後のバッフルをつなぐ補強棧があり、
この補強棧に金具にとって2440が固定されている。

2420の重量は5kg、24401は11.3kgあり、
バッフルに取り付けられたホーンだけでは支えきれないからである。

この補強棧が2440の取り外しの際にじゃまになる。
しかも2440は重く持ちづらい。しかもエンクロージュアの中ということで持ちづらさは増す。
それだけでなく補強棧の下にはバスレフポートがあり、これによりまた難儀させられる。

そういう構造だから、一度でも4350でユニットの左右の入れ替えをやっている人ならば、
その大変さを語ってくれるはずなのだが、そんな話はいままで一度も聞いたことはない。
ということは4350、4355は左右対称でJBLから出荷されているわけだ。

とすると4350、4355のメクラ板はいったい何のためにあるのか、と考えることになる。
4343のメクラ板とあわせて考えれば、自ずと答は出てくる。