グラドのカートリッジに、かつてSignature Iがあった。
ステレオサウンド 41号の特集で菅野先生が紹介されている。
その後、Signature IはIBになり、Signature IIも登場した。
Signature IBが1979年当時で110,000円、Signature IIが199,000円していた。
いまでももっと高価なカートリッジがいくつもあるから、
そういう感覚では、Signature IIもそれほどでもない、と思うかもしれないが、
当時はおそろしく高価に感じた。
EMTのTSD15が65,000円、オルトフォンのSPU-G/Eが34,000円の時代で、
オルトフォンのMC30の99,000円でも、相当に高価だと感じていたところに、
その二倍もするカートリッジが登場した。
しかもTSD15も、SPUもMC30もMC型なのに、
Signature IIはMI型である。
発電方式だけで価格が決るわけではないというものの、
総じて手づくりの要素の強いMC型はMM型、MI型よりも高価につく。
そういう時代だったところに、20万円近いMI型カートリッジの登場は、
それだけでも目を引く存在といえた。
一度だけSignature IIを聴いている。
Signature IBは聴いていない。
瀬川先生が聴かせてくれた。
瀬川先生によれば、Signature IIの方がいい、ということだった。
だと思う。
瀬川先生はSignature IIを購われていた。
高いけれど、聴いてしまう……、
そんなことを話されていた。
ステレオサウンド 47号で、
《高価だが素晴らしく滑らかで品位の高い艶のある音が聴き手を捉える。》
と書かれている。
確かにそういう音だ。
けれど、グラドはそれでもアメリカのカートリッジであり、
品位の高い艶のある音には違いないが、
ヨーロッパのカートリッジの「品位の高い艶のある音」とは違う。
どこか甘美なのだ。
もう少し行き過ぎると、白痴美になってしまうのでは……、
そういう甘美さである。
ラフマニノフの「声」を、このグラドのSignature IIで聴いてみたい、
とも聴きながら思っていた。
Signature IIはもう40年近く前のカートリッジだ。
おまけに高価でもあった。
日本にコンディションのいいSignature IIがあるのかどうかもあやしい。
Signature IIを聴く機会はおそらくない。
でももしかしたら……、と思う。
その時は「声」のLPを探してきて、聴いてみたい。
私にとってグラドのSignature IIというカートリッジは、
ラフマニノフの「声」のために存在している。