Archive for category Mark Levinsonというブランドの特異性

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・ML4について)

ここで、マークレビンソンのラインナップに、ML4がなかったことを書いた。
なかったわけでないことが、今日思い出すことができた。

さきほど坂野さんから、ステレオサウンドのバックナンバーが、まとまって送られてきた。
そのなかに50号が含まれていて、
編集部原稿による「マーク・レビンソンのニューライン完成間近」という記事がある。
ここにML4の試作品の写真と説明が載っている。

そうだ、そうだ、ここに載っていた、と思い出した。

ML4は、大幅に値上がりしたML1のローコスト版を望む声がアメリカでは強く、
それに応える形で開発されたもの、らしい。
モジュール構成ではなく、電源部も内蔵されている、とある。

フロントパネルは、ML1と同じように中央にMark Levinsonの、例のロゴがあり、
その左右にツマミが3個ずつ左右対称に配置されている。

電源部内蔵とあって、パネル高もML1よりもはありそうな感じだ。
これがML10の原型か、は、はっきりとしない。

この記事中では、ML10はKEFのModel 105をベースに、
ネットワークと内部配線材(おそらく銀線使用か)を中心にモディファイされたもの、となっている。

さらにML7の型番もあり、これはのちに登場するコントロールアンプのことではなく、
ML5の姉妹機にあたるもので、
ML5がスチューダーのA80のトランスポート採用であるのにたいし、
このときのML7は、ルボックスのB77のトランスポートを使い、
マークレビンソン製の録音・再生アンプを組み込んだもの。

今日届いたステレオサウンドのバックナンバーのおかげで、
書くことを控えていた、いくつかの項目の続きが書けるようになった。

the Review (in the past) の入力に関しても、
そろそろ手もとにあるステレオサウンドのバックナンバーが足りなくなってきたころだっただけに、
助かっている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その44)

バッファーアンプ用のモジュールLD2を抜きとれば、バッファーアンプなしの音が聴けるのであれば、
すぐにでも試してみるところだが、残念ながらそうはいかない。
バッファーアンプの有無により、どれだけ音が変化するのは、だから想像で語るしかない。

マークレビンソンのLNP2、JC2の音は、あきらかに硬水をイメージさせる。
ここが、ML7と大きく違うところでもある、と私は思っている。

パッファーアンプ仕様にするということは、LNP2を構成するLD2モジュールのもつ硬水的性格を、
より高めていくことになるのではなかろうか。
その意味では、単に音としての純度ではなく、LNP2としての純度、
マークレビンソンのアンプとしての純度を高めていくことでもあるように感じられる。

硬水をさらに硬水にすることで、細部に浸透させるミネラル分を濃くすることで、
音楽の細部の実体感を増し、音像のクリアネスを高めていくことにつながっていくようにも思う。

世田谷のリスニングルームに移られるまでは、音量を絞って聴くことの多かった瀬川先生にとって、
これらの音の変化は、大切なことであったのかもしれない。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その43)

LNP2を構成するモジュールは、信号系に使われているLD2が、片チャンネルあたり3つ、
その他にVUメーター駆動用のモジュールの、両チャンネルで8つである。

モジュールが取付けられているプリント基板には、あと2つスペースがあり、
ここにコンデンサーマイクロフォン用のファントム電源用モジュールか、
LD2を、バッファーアンプとして、もう1組追加することができる。

瀬川先生は、何度か書かれたり語られているように、バッファーアンプつきのLNP2Lを愛用されていた。
理由は、音がいい、からである。
バッファーアンプを加えた場合、カートリッジからの信号は、計4つのLD2を通って出力されるわけだ。
信号経路を単純化して、音の純度を追求する方向とはいわば正反対の使い方にも関わらず、
瀬川先生は、このほうが、音楽の表現力の幅と深さが増してくる、と言われている。

ステレオサウンドに常備してあったLNP2Lも、このバッファーアンプ搭載仕様だった。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その42)

カートリッジが、レコード盤から音を拾ってくる。
機械的な音溝を、電気的な信号に変換する。
優秀なプレーヤーシステムを、見事に調整していれば、驚くほどの音を拾いあげる。

その拾いあげられた音を、
つまり音溝という形で眠っていた音を、完全に目覚めさせるのはコントロールアンプの役割なのかもしれない。

感覚的な表現でいえば、寝起きの乾いた体に新鮮な水を飲むのと同じように、
水を浸透させ目覚めさせるといった具合に。

コントロールアンプによっては、その水の量が足りないものがある。
水そのものが澱んでいるものもある。
細部まで水が浸透しないものもある。

軟水もあれば硬水もある。
マークレビンソンのLNP2やJC2は、硬水を音の細部にまで浸透させ、音が目覚める。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その41)

水にも、いろいろある。含有される各種ミネラル成分のバランス、量によって、
まず大きく分けて、軟水と硬水とがあり、口に含んだときの感じ方はずいぶん違う。

近い硬度の水でも、ミネラル成分の割合いによって、味は異り、
同じ水でも、温度が違えば味わいは変わってくる。
水のおいしさは、利き酒ならぬ利き水をするのもいいが、
そのまま飲んだときよりも、珈琲、紅茶、アルコールに使ったときのほうが、
違いがはっきりとわかることがある。味わう前に、香りの違いに気がつくはずだ。

料理もそうだ。
いつも口にしている料理、たとえば味噌汁を、ふだん水道水そのままでつくっているのであれば、
軟水のナチュラルミネラルウォーターでつくってみれば、何も知らずに出され口にした人は、
いつもとなにかが違うと感じるはず。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その19・補足)

A740のXLR端子がバランス入力ではないわけだから、
コンシューマー用パワーアンプで、最初にバランス入力を装備したのは、マークレビンソンのML2Lだろう。

すくなくとも日本で販売されたアンプということに限れば、ML2Lで間違いないはず。
次は、ジェームズ・ボンジョルノ主宰のSUMOのThe PowerとThe Goldだろう。
ML2LはXLR端子、SUMOの2機種はフォーンジャックを採用していた。

SUMOのアンプは、バランス入力のインピーダンスは10kΩと一般的な値なのに、
アンバランス入力は1MΩと、100倍も高くなっている。
正しくいえば、バランス入力の10kΩは、片側だけの入力(+側だけ、−側だけ)だと、
その半分の5kΩだから、200倍高い値である。

マーク・レヴィンソンが、CelloのEncore Preampのライン入力を1MΩにしたのは、1989年だから、
ボンジョルノは9年前に高入力インピーダンスをとり入れていたわけだ。
そのことを謳うかそうでないかは、ふたりの性格の違いからきている、と私は思っている。

SUMOの前に設立したGASでのデビュー作、Ampzillaの入力インピーダンスは、
ごく初期のものは、記憶に間違いがなければ、7.5kΩだった。
1974年の、そのころのパワーアンプの入力インピーダンスは、50k〜100kΩだったから、
かなり低い値だったわけで、ペアとなるコントロールアンプのティアドラが、
8Ωのスピーカーを、3WまではA級動作で鳴らすことができるほどの、
小出力のパワーアンプ並のラインアンプだから、可能な値といえる。

それが6年後のSUMOでは、200倍ちかい1MΩに設定することが、
なんともボンジョルノらしいといえば、そう言えるだろう。

私がSUMOのThe Goldを使っていたころ、ボンジョルノの人柄について、
井上先生がいくつか話してくれた内容からすると、
そうとうにユニークな人であることは誰も否定できないほどだ。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その19・訂正)

(その19)で、ルボックスのパワーアンプA740にバランス入力が装備されていると書いてしまったが、
たまたまA740と、その元となったスチューダーのパワーアンプA68のサービスマニュアルが
PDFで入手できたので、いったいどこがどう違うのか見比べていたら、間違いだったことに気がついた。

A740にはRCAピンジャックにすぐ下にXLR端子が設けられている。
A68はプロ用ということもあって、XLR端子のみで、もちろんバランス入力。
だからA740もそのままバランス入力を備えているものと思い込んでしまっていた。
A740のXLR端子は、RCA入力に並列に接続されているだけのアンバランス入力である。

A740とA68の内部は、よく似ている。
A740には、A68にはないメーターが装備され、スピーカー切替スイッチもついてる。
短絡的に捉えるなら、そういった装備により、多少音は影響されるように思いがちだが、
瀬川先生は、A68よりもA740の音を高く評価されていた。
性能が向上している、といった書き方だったように記憶している。

だがいったい、どこがどう違うのだろうかと、ずっと知りたかったことがやっとわかった。
A740とA68は、パワーアンプ部と電源の回路は同じだ(細かい定数までは、まだ比較していない)。
ブロックダイアグラムをみると、どちらもパワーアンプの前段にプリアンプとフィルターをもっており、
ここが2機種の相違点である。

A68は、まずRFフィルターを通り(バランス構成で、コイルが直列に挿入されている)、
入力トランス、ゲイン14dBのプリアンプ、その後にハイカットフィルター、
そしてパワーアンプへと信号は渡されていく。

A740にはRFフィルターはなく、レベルコントロールを経て、
ゲイン7dBのプリアンプ(回路構成はA740と同じ、上下対称回路)、
その後のフィルターはハイカットとローカットの2段構成で、パワーアンプの回路へとつながっている。

プロ用、コンシューマー用と、使用状況に応じての信号処理の使い分けである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その40)

瀬川先生が、病室で飲まれたホワイト&マッケイの話を、
当時オーデックスに勤められていたYさんから聞いたとき、
そして、そのことを「瀬川冬樹氏のこと(その16)」に書いたとき、
この水こそが、瀬川先生にとってのコントロールアンプなのではないか、と思っていた。

長い間寝ていた酒を起こす水の役割──、
レコードやテープに収められている(寝ている)音楽を、すくっと起こす役割を担っているのが、
コントロールアンプの存在意義のように感じはじめていた。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十四 825Ω)

現行製品で、MC型カートリッジを、数kΩ以上の高い入力インピーダンスで受けられるモノのひとつに、
コード(CHORD)のフォノイコライザーアンプ、Symphonicがある。

Symphonicの入力インピーダンスは、アンバランス入力が33、100、270、4.7k、47kΩの5段階、
さらにバランス入力も備えており、こちらはアンバランス時の2倍、66、200、540、9.4k、94kΩとなる。
フォノ入力でバランスということは、MC型カートリッジ用ということであり、
94kΩは、現在市販されているアンプの中では、もっとも高い値だ。

ところでML7LのL3Aカードの入力インピーダンスは、825Ωという、中途半端な数字なのだろうか。
MC型カートリッジをハイインピーダンスで受けることは理に適っている。
ならば切りのいい数字で1kΩでもいいわけだし、さらに高い10kΩ、100kΩでもいいだろうし、
プリント基板上にDIPスイッチを設けて、インピーダンスを切り替えることもできたはず。
にも関わらず825Ωだけである。

マーク・レヴィンソンは、ある特定のカートリッジで、この値を選んだのだろうか……。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十三 825Ω)

つまりMC型カートリッジをヘッドアンプで受ける場合、入力抵抗による減衰量を極力なくすためには、
カートリッジの内部インピーダンスに対し、数100倍から1000倍程度の入力インピーダンスということになる。

実は、このことは目新しいことではなく、かなり以前から指摘されていたことである。
1969年に出版された「レコードプレーヤ」(山本武夫氏、日本放送出版協会)には、
「ムービングコイル形カートリッジ使用上の注意」として、次のように書かれている。
     ※
ヘッドアンプを用いる場合には、カートリッジの電気インピーダンスにくらべてアンプの入力インピーダンスがかなり高く、カートリッジが無負荷状態で動作できるものが必要です。ヘッドアンプを使う場合には、インピーダンス関係より、カートリッジの出力電圧が大きくなった場合のひずみに注意すべきです。
     ※
いまから40年以上前、ML7Lが825Ωを採用する10年以上前に、
すでにMC型カートリッジは、かなり高いインピーダンスで受けるものだと、山本氏は指摘されていた。

入力抵抗でのロスを極力なくすだけでも、ヘッドアンプのSN比は向上する。
微小レベルの信号を扱うヘッドアンプで、何も入力のところで信号を減衰させていい道理はひとつもない。

そういえば、日本では、無線と実験の筆者である金田明彦氏が、やはりMC型カートリッジ、
金田氏の場合は、デンオンのDL103を、560kΩで受けられている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十二 825Ω)

MM型カートリッジでは負荷抵抗を変化させても、全帯域のレベル、
つまり出力電圧は、ほとんど変化しない。

MC型カートリッジでは(DL103S)では、6dB近く出力が増えている。
6dBといえば、電圧比で2倍。つまり推奨負荷インピーダンスの1000倍程度の高い値で受けたとき、
カートリッジ側から見れば、ほぼ無負荷に近い状態では、出力電圧が増す。

正しく言えば、ロスがほぼ無くなり、その分、出力電圧が増したようなことになる。
DL103Sの出力電圧は、0.42mV。オルトフォンのSPU-A/Eは0.2mV、MC30は0.07mV。
いずれも1kHzの値である。

レコードは、RIAA録音カーブで周波数補正がなされているため、
30Hzでは−18.59dB、20Hzでは約20dBほどレベルが低下する。
−20dBは、10分の1だから、それぞれのカートリッジの出力電圧は、1kHzの値の10分の1にまでなってしまう。
MC30では0.007mVになってしまう計算だ。
さらにピアニッシモではさらに低い値となる。

MC型カートリッジの出力は、ひじょうにローレベルの信号にもかかわらず、
ヘッドアンプで、負荷抵抗をカートリッジのインピーダンスと同じ値に設定してしまうと、
さらに2分の1にまで低下してしまうことになる。

カートリッジはかならず内部インピーダンスをもつ。
つまりカートリッジ側からみれば、自身の内部インピーダンスが直列、
それに対しヘッドアンプの入力抵抗が並列に存在していることになり、
このふたつが抵抗減衰回路を形成してしまう。

カートリッジの内部インピーダンスとヘッドアンプの入力抵抗が同じ値だと、ちょうど6dBの減衰となる。
入力抵抗を上げていくと、この減衰量が減っていくことになる。
入力抵抗をなくした状態で、減衰量はほぼ0dBになる。
0dBにならないのは、アンプそのものの入力インピーダンス(FET入力だと数MΩ)が存在するため、
ごくごくわずかな減衰は生じるためである。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十一 825Ω)

MM型カートリッジで負荷抵抗(アンプの入力インピーダンス)を高くしていくと、
高域のピークの周波数が高くなるとともに、ピークの山そのものも高くなることは、以前書いたとおりだ。

MC型カートリッジでも、この点に関しては同じであり、ヘッドアンプで受ける場合は、
入力インピーダンスを高くしていけば、高域にピークが生じる。
ヘッドアンプの入力インピーダンスを実質的に決める、アンプの入力に並行に接続されている抵抗は、
カートリッジの高域共振をダンプするためのものだと考えられているため、
カートリッジのインピーダンスに合わせるとされている。

実際に測定した場合、MC型カートリッジの周波数特性がどのように変化するのか。
手もとにデンオンのDL103Sの測定データが載っている本がある。
無線と実験別冊の「プレーヤー・システムとその活きた使い方」(井上敏也氏・監修)だ。

余談だが、この本は、岩崎先生がお読みになっていたものを、ご家族から譲り受けたもの。
私のところにある、数冊のステレオサウンド──
38、39、41、42号、コンポーネントステレオの世界 ’77、世界のオーディオ・サンスイも、
岩崎先生がお読みになっていたそのものである。

DL103Sのデータは、39Ω、33kΩ、100kΩ負荷時の周波数特性だ。
DL103Sの負荷インピーダンスは、40Ωと発表されている。
デンオンから同時期に発売されていたヘッドアンプ、HA500、HA1000の入力インピーダンスは、
どちらも100Ωで固定。ゲインのみ切替え可能。

実測データでは、39Ωでも高域にピークが生じている。
33k、100kという、推奨負荷インピーダンスからすると、ひじょうに高い値で受けた場合も、
やはりピークは発生している。
ピークが、39Ω負荷時よりも大きいかというと、ほとんど変わらない。
多少大きいかな、という程度の違いでしかない。

それよりも注目すべきことは、全帯域のレベルの変化である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×十 825Ω)

H-Z1の音は、たしかによく出来た音だった。整然と音を出してくれるが、蛇口全開の音ではなかった。
勢いが前面にたつ印象ではなく、むしろひっそりと鳴る面が、
C-Z1、M-Z1と同じラインナップということが頭にあるため、
よけいにつよく感じられた、そんなふうに記憶している。

ヘッドアンプに抱いている、スタティックな印象が拭い去れているのかと、H-Z1には期待していた。
H-Z1も入力インピーダンスの切替えが可能で、10、47、100、470Ωの4段階。
試聴に使ったカートリッジは、オルトフォンのMC20MKIIだった。
ローインピーダンスだから、10Ωでも問題ないが、それでもインピーダンスを高いほうに切り替えていくと、
わずかとはいえ、スタティックな音から活気が加わってくる音に移り変っていく。
それにともない、音楽の表情のコントラストも、すこしずつ明瞭になっていく。

どんなに微細な音まで鳴らしてくれるアンプでも、表情のコントラストが乏しければ、
暗くスタティックな音になってしまう。
470Ωのときの音が個人的にはいちばん好ましかったし、
もっとインピーダンスをあげていけばどうなるのか、825Ωにしたら、どうなるのか、と思ってもいた。

マークレビンソンのML7Lは、H-Z1の1年前に登場している。
ML7Lの825Ωをのぞければ、470Ωも高い負荷抵抗といえる。

それにML7L以降、記憶をたどりすこし調べてみると、クレルのPAM3(1984年登場)も、
内部のDIPスイッチの切替えで、5Ωから1kΩまで9段階で設定できる。
825Ωが、設定値の中に含まれているのかは忘れてしまったが、
すくなくともML7Lの825Ωの採用が、ヘッドアンプの入力インピーダンスを、
それまでよりも高くしたといえるだろう。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×九 825Ω)

自作トランスの音の、私なりに一言で表せば、「ロスレスの音」。

もちろんロスがまったくないわけではない。そんなことは、十分わかっている。
周波数レンジ的にも、STA6600はどちらかといえばナローなだけに、
それだけですでにロスがあるといえるわけだが、
それでも、そんなふうに感じさせるだけの音の勢いがある。
フォルティシモで、音が頭打ちを感じさせずに、伸びていく。
ネガティヴな意味でのスタティックな印象は、かけらもなかった。

菅野先生が、パイオニアの無帰還アンプC-Z1、M-Z1に使われた「蛇口全開の音」、
この表現もぴったりくる。

C-Z1、M-Z1には、すこし遅れてH-Z1が登場した。
型番が示すようにヘッドアンプで、もちろん無帰還アンプで、
パイオニア独自のSLC(Super Linear Circuit)を採用していた。

SLCといっても、C-Z1、M-Z1がトランジスターによる構成に対し、H-Z1はFETによる。
H-Z1はひじょうに凝った内容のヘッドアンプで、
シャーシー内部には電波吸収材を採用、電源トランスにも使っていたと記憶している。
さらに電解コンデンサーの、通常は金属製の筒を、渦電流の発生を抑えるためガラス製にしたり、
プリント基板の銅箔も、通常数倍の厚みにした無酸素銅を採用、
といま同じことをやろうとしたら、いったいどのくらいの価格になるのだろう、と思いたくなるほど、
細部にわたって技術者のこだわりが実現されていた。

それだけのモノだけに、筐体もヘッドアンプとしてはかなり大型で、
価格も、当時のヘッドアンプとしてはもっとも高価だった(たしか20万円越えていた)。

H-Z1の音には、じつは期待していた。
H-Z1の音を聴いたのは、ステレオサウンドの試聴室で、C-Z1、M-Z1に通じる「蛇口全開の音」、
それを内部のこだわりのように、もっと洗練された音で鳴ってくれるのでは、とそんなふうに期待していた。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×八 825Ω)

お手製のトランスを持ち込んだころ、早瀬さんは、マイクロのSX8000IIに、トーンアームはSMEのSeries V、
カートリッジはオルトフォンの、たしかSPU-Goldだったと記憶している。

昇圧手段は、ヘッドアンプではなくトランスで、あえてブランド、型番は記さないが、
当時、かなり高価なモノで、それに見合うだけの評価も受けていた。
私も、すこし気になっていたトランスだった。

STA6600をベースにしているとはいえ、そこそこ、いい音で鳴ってくれるだろうな、とは予想していた。
自分で作ったモノを正しく評価するには、本音で語り合える友人のところで聴くと言うのもやってみたほうがいい。

重量も価格も、私の自作トランスに較べてずっと重く高い既製品を聴いた後での音出し。
自慢話をしたいわけではない。
STA6600は、早瀬さんも以前使っていたことがあり、その時の環境では鳴らしていないものの、
ある程度は、STA6600の音の輪郭は掴んでただろうから、鳴ってきた音に驚かれた。

私も、正直、すこし驚いていた。ここまで変わるとは !
伊藤先生の言葉を思い出していた。

自作トランスはそのまま早瀬さんのリスニングルームにいることになった。

後日、ステレオサウンドのMさんが来られたときに、何の説明もなしに聴かせたら、
「すごく驚いていましたよ」という話も、
それから井上先生の評価も、早瀬さんから聞いている。

トランスそのものには何の細工もしていない。
何度も書いているが、取りつけ方、配線、アースの処理、インピーダンス整合に気を使って、
組み上げたものだから、トランスの基本に立ち返ってもらえれば、
私がどんなことをやったのかは、すぐにお解りになると思う。特殊なことは何もやっていないから。

私が言いたいのは、トランスは使い方ひとつで、大きく音が変化する。
電源を必要としない、プリミティブな素子だけに、生き物と表現された伊藤先生の気持が、
このトランスをつくったことで、多少なりとも理解できたし、そのことを知っていただきたい。

トランスの、らしさを活かし、臭さをできるだけ抑えることはできたといえる。