日本の音、日本のオーディオ(その42)
ステレオサウンド 54号の特集は、スピーカーシステムの総テスト。
巻頭座談会で、こんなことが語られている。
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瀬川 黒田さんの言葉にのっていえば、良いスピーカーは耳を尾骶骨より前にして聴きたくなると同時に、尾骶骨より後ろにして聴いても聴き手を楽しませてくれる。それが良いスピーカーの一つの条件ではないかと思います。現実の製品には非常に少ないですけれど……。
そのことで思い出すのは、日本のスピーカーエンジニアで、本当に能力のある人が二人も死んでしまっているのです。三菱電機の藤木一さんとブリランテをつくった坂本節登さんで、昭和20年代の終わりには素晴らしいスピーカーをつくっていました。しかし藤木さんは交通事故、坂本さんは原爆症で亡くなってしまった。あの二人が生きていて下さったら、日本のスピーカーはもっと変っていたのではないかという気がします。
菅野 そういう偉大な人の能力が受け継がれていないということが、非常に残念ですね。
瀬川 日本では、スピーカーをつくっているエンジニアが過去の伝統を受け継いでいないですね。今の若いエンジニアに「ブリランテのスピーカーは」などといっても、キョトンとする人が多い。古い文献を読んでいないのでしょうね。製品を開発する現場の人は、文献で知っているだけでなく、現物を草の根分けても探してきて、実際に音を聴いてほしい。その上で、より以上のものをつくってほしいと思うのです。
故事を本当に生きた形で自分の血となり肉として、そこから自分が発展していくから伝統が生まれてくるので、今は伝統がとぎれてしまっていると思います。
黒田 たとえば、シルヴィア・シャシュが、コベントガーデンで「トスカ」を歌うとすると、おそらく客席にはカラスの「トスカ」も聴いている人がいるわけで、シャシュもそれを知っていると思うのです。聴く方はカラスと比べるぞという顔をしているだろうし、シャシュもカラスに負けるかと歌うでしょう。その結果、シャシュは大きく成長すると思うのです。
そういったことさえなく、次から次へ新製品では、伝統も生まれてこないでしょう。
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ブリランテというスピーカーのことを、ここで初めて知った。
知った、といっても、名前だけである。
当時は、これ以上調べることができなかった。
インターネットが普及してからでも、ブリランテというスピーカーのことは、
まったくいっていいほど何も知ることができなかった。
2019年に出た「スピーカー技術の100年II 広帯域再生への挑戦」で、
やっとどんなスピーカーなのかを、ある程度知ることができた。
音を聴くことは、これから先もおそらくないだろう。
瀬川先生が、
《製品を開発する現場の人は、文献で知っているだけでなく、現物を草の根分けても探してきて、実際に音を聴いてほしい。その上で、より以上のものをつくってほしいと思うのです。
故事を本当に生きた形で自分の血となり肉として、そこから自分が発展していくから伝統が生まれてくるので、今は伝統がとぎれてしまっていると思います。》
と語られている。
54号は1980年春号である。
いまは2022年である。
四十年以上前にとぎれてしまっていた伝統は、いまはどうなのか。
伝統なんて、新製品開発には不要という考えの技術者はいるのかといえば、
私は、いると思っている。
そういう人たちは、日本の音なんて、関係ない、というのであろうか。