Archive for category plus / unplus

Date: 2月 5th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その6・補足)

「だから井戸を掘って……、と考える人が昔からいる」というのは、
ターンテーブルをモーターを使わずに回転させるために、
深い井戸を掘ってオモリが落下するエネルギーを使ってターンテーブルを廻そうというものである。

LP片面分(約25分程度)の時間、ターンテーブルが定速回転してくれればいいわけで、
オモリが井戸の底についたらモーターで巻上げて、
また落下させてレコードを聴く(ターンテーブルを回転させる)というものだ。

ただ自然落下のオモリの速度はv=gt、重力と時間の積だから落下速度は速くなっていく。
だから33 1/3rpmを25分程度維持するには、なんらかの仕組みが必要となる。
それに25分間の自然落下が可能な井戸となると、いったいどのくらいの深さとなるのだろうか。

重力を利用したターンテーブルの回転方法は、実現しようとすれば、
考えれば考えるほど、そうとうに大変なことではあることがわかる。

でも、手廻しの音を聴いた直後は、
すくなくとも一度は「井戸を掘って……」というバカげたことを真剣に考える人は少なくないと思う。

Date: 2月 5th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その6)

思い返してみると、あのときの井上先生の手つきはやりなれた人の手つきだった。
おそらく昔から何度も手廻しターンテーブルの音を確認されていたのかもしれない。

リンのLP12の手廻しの音(といっても、その音が聴けるのはターンテーブルが慣性モーメントで廻るわずか時間)に
驚いた顔を(たぶん)していたのだと思う、
井上先生は「だから井戸を掘って……、と考える人が昔からいる」、
そんなことをいわれたのも憶えている。

それから察するに、手廻しターンテーブルの音のよさは、
古くからのオーディオマニアの方々のあいだでは、すくなからず知られていたことのようだ。

どんなにモーターにいいものをもってきても、
駆動方式を工夫したり、細心の注意をはらったとしても、
モーターに頼らない回転時の音の良さには、遠く及ばない。

しかも、(おそらくではあるが)ターンテーブルの回転精度が高ければ高いほど、
手廻しの音が優れているはず。

音の表現は人によって異ることがある。
同じ表現を使っていても、場合によっては、そうとうに意味合いが違っていることもある。
なかなか、そういう意味では共通認識が成り立ちにくいのが音の世界ではあるが、
すくなくともLP12を、ベルトを外し手廻ししたときの音は、
モーター駆動の音にくらべて、はっきりと滑らかな音、といえる。
それだけでなく、聴感上のS/N比のよい音とは、実にこの音のことである、とも言い切れる。

もしLP12を使われているのであれば、
もしくは友人でLP12を使われている人がいるのであれば、
LP12に限らない、
加工精度の高い(ダイナミックバランスが確保されている)ターンテーブルプラッターをもつプレーヤーで、
いちど手廻しの音を聴いてほしい。

Date: 2月 4th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その5)

ヴァルハラ・キットが登場して数年後、
フローティング型ばかりを集めたアナログプレーヤーの試聴が終った後、
井上先生がリンのLP12のベルトを外してみろ、と指示された。

何をされるのか? とそのときはまだわからなかった。
ベルトを外しアウターターンテーブルをセットする。
この状態で井上先生はLP12のターンテーブルを指で廻された。
すこしのあいだレコードの回転の具合をみながら、
「このへんかな」とつぶやいてカートリッジを盤面に降ろされた。

そのとき鳴ってきた音は、これまで聴いたことのない、と口走りたくなるくらい滑らかな音だった。
このときのことは別項ですでに書いているので記憶されている方もおられるだろうが、
あえてもう一度書いておく。

従来のLP12にヴァルハラ・キットを取り付けたときの音の変化よりも、
このときの音の違いは大きかった。
ヴァルハラ・キットはたしかに効果がある。
あるけれど、このときの手廻しの音を聴いた後では、電気仕掛けの音であることが感じられてしまう。

高速回転するモーターの回転数を、プーリーの径とインナーターンテーブルの径の違いによって、
低速回転とし、ゴムベルトという伝達物で、モーターの振動を極力ターンテーブルに伝えないようにする、
しかもターンテーブルの加工精度を高くし、ダイナミックバランスもとり、
とにかくスムーズに回転するようにつくられたLP12であっても、
回転の源がモーターであるかぎり、微視的に見たときの滑らかな回転は得られていないのではないか、
そんなことを考えてしまうほど、手廻しの音は見事だった。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その4)

新製品の試聴で、LP12にヴァルハラ・キットを取り付けたものと、
従来からのなしのものを比較試聴する機会もあった。

LP12のシンクロナスモーターを使っている。
AC電源は電源スイッチを介しただけでモーターへとつながっている。
これ以上なにも省略することのできないシンプルな構造でもある。

けれどシンクロナスモーターの回転を滑らかにするには、
正確なサインウェーヴをモーターの駆動エネルギーとすることがいいわけで、
そのためには発振器で正確な50Hz(もしくは60Hz)のサインウェーヴをつくり、
モーターを駆動するに必要なパワーまでアンプで増幅すればいいわけで、
同じことをトーレンスのTD125は行っていた。

LP12用のヴァルハラ・キットは、そのための基板であり、
LP12内部に取り付けることでシンクロナスモーターを、より滑らかに(つまり振動も少なくなる)回転させる。

試聴室でのヴァルハラ・キットのあり・なしの音の差は歴然だった。
はっきりとヴァルハラ・キットがあったほうが、すーっと音楽の姿を見えてくるような感じがある。
ヴァルハラ・キットなしの、従来のLP12だと、
ヴァルハラ・キットありのLP12を聴くまでは魅力的な音だったのに、とたんに色褪て聴こえてしまう。

電気仕掛けが加わり、それがいい方向に作用した好例である。
けれど、これには続きがある。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その3)

アナログディスク・プレーヤーも、基本的には機械仕掛けが主であるオーディオ機器である。
ここにも、さまざまな電気仕掛けが、これまで試みられてきた。

こんな体験をしたことを、電気仕掛け、機械仕掛けで思い出した。
リンのLP12について、である。

LP12はいまではひじょうに高価なプレーヤーになってしまったけれど、
発売当時は安価なプレーヤーであった。
EMTのプレーヤーが欲しくてもまったく手が届かなかった学生時代、
リンのLP12は魅力的な存在だった。

トーンアームなし、カートリッジもなしのターンテーブル本体のみとはいえ、930stの約1/10の価格。
930stの内容の割にはコンパクトにまとめられているけれど、
LP12はもっと、ずっとコンパクトで、930stがリムドライヴに対しベルトドライヴなのも、よかった。

LP12ならば930stを購入したあとでも、別の魅力をもつプレーヤーとして使い続けられるであろう──、
そんなことを考えてきたこともある。

結局LP12を買うことなく、930st(101 Limited)にいってしまったわけだが、
だからといってLP12の魅力が薄れたわけではない。

国産のトーンアームだとダストカバーがしまらない、という使い勝手の問題は、
SMEの3009を使うか、潔くダストカバーの使用をあきらめるかで対処できるし、
930stがカートリッジが固定されるから、
こちらはあれこれカートリッジを交換するためにもオーディオクラフトのAC3000MCがいいな……、と
そんなことを思っていた。

LP12は何度かステレオサウンドの試聴室で聴く機会にめぐまれた。

Date: 2月 3rd, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その2)

そのときの変化を1963年生まれの私は体験していたわけではないけれど、
それでもアクースティック蓄音器から電気蓄音器への変化、
つまり電気というエネルギーが加わったことは、
オーディオの歴史の中でもっとも大きな「もの」の加わりであるとともに、
機械仕掛けに電気仕掛けが加わった、ということでもある。

アクースティック蓄音器はいうまでもなく純粋な機械仕掛けによる音を出す器械だった。
そこに電気が加わるということは、エネルギーとともに電気による仕掛けが加わり、
ときには機械仕掛けを電気仕掛けに置き換えることになり、
電気仕掛けが機械仕掛けを侵略していった侵蝕していった、といういいかたもできよう。

いまやオーディオは機械仕掛けよりも電気仕掛けのほうが主である。

おそらく最後の機械仕掛けとしてのこるであろうスピーカーシステムにしても、
いまどきのスピーカーシステムのネットワークの複雑さ、規模の大きさをみていると、
スピーカーシステムの電気仕掛けのしめる割合が増してきているわけで、
最少限の電気仕掛けだけしかもたないスピーカーシステムは、
旧い時代のスピーカーシステムであるのか、
それともこれから先スピーカーそのものが進歩していったとき、
最少限の電気仕掛けになっていくのか。

そのときには、なにか新しい機械仕掛けが加わるのだろうか。

Date: 1月 25th, 2013
Cate: plus / unplus

plus(その1)

アクースティック蓄音器の誕生をオーディオの始点とすれば、
ここにいたるまでの時代時代で、
何かが足されてきていることで、変化、発展してきている。

まず電気というエネルギーが加わった。
はやい時期での、足されたものだった。

電気というエネルギーを利用するための具体的なかたちとしては、アンプとスピーカーが加わり、
機能としては、音量調整が加わる。

アクースティック蓄音器には音量の調整すらできなくて、
機能と呼べるものはなかったのに対して、
電気蓄音器の時代にはそれ以降、さまざまな信号処理が可能になっていった。

SPはマイクログルーヴと呼ばれる細い溝のLPに変り、
収録慈顔が大幅に伸びたことは、これも時間が加わった、といえることであろう。

LPでは、さらにそれまでのモノーラルからステレオへの変化があり、
このことはモノーラル(1チャンネル)に、1チャンネルが新たに加わったことである。

プログラムソースに関しても、幾つもが加わった。種類が加わり、増えていった。
無線による放送、家庭での録音を可能にしたテープデッキ、
それをコンパクトにし手軽に扱えるようにしたコンパクトカセットテープの登場は、
音源の追加だけでなく、便利ということを、
オーディオにプラスしたともいえよう。

そしてデジタル信号処理が、
1970年代になり、オーディオにプラスされた。
1982年にCDが新たなプログラムソースとして登場した。
CD以降も、プラスされたもの・ことは、まだまだある。