Archive for category ディスク/ブック

Date: 7月 14th, 2023
Cate: ディスク/ブック

SOUTH PACIFIC(その3)

“SOUTH PACIFIC”のことをなぜ書き始めたのか。
理由は──、もう想像がつくという人がいるだろうが、
TIDALにあったからで、しかもMQAで配信されていたからだ。

数日前、そういえば、とふっと“SOUTH PACIFIC”のことを思い出した。
TIDALにあるだろうな、と思ったら、やっぱりあった。

ステレオサウンド 60号のころの私は、“SOUTH PACIFIC”をアルテックで聴いてみたい、
と思いながらも、“SOUTH PACIFIC”のレコードを欲しい、と思っていたわけではなかった。

探すこともしなかった。
そういうディスクのことを、急に思い出したのは、
完全な状態とはいえないものでも、あるところでアルテックのA4に触れたからなのかもしれない。

60号に登場するA4とユニット構成はほぼ同じ。
ホーンがより大型の1505Bで、210エンクロージュアには左右のウイングがない。

ネットワークは家のどこかにあるはずだけど……、
けれど見つからず、とりあえず288-16Kのローカットだけをコンデンサーだけで行う。

A4が収まっている部屋なのだから、スペース的に広いとはいうものの、
A4のためのスペースとしては狭い。

とりあえず鳴らしてみよう、そんな感じでの音出しだったにもかかわらず、
やはりアルテックなのだった。

そんな表現をされても、
アルテックのシアター用スピーカーの音を一度も聴いたことのない人は、
わからないよ、といわれるのは承知のうえで「やはりアルテック」だった。

その音が、“SOUTH PACIFIC”を思い出させたのだろうし、
TIDALで“SOUTH PACIFIC”を聴いたあとに、60号を読み返す。

何かを書きたくなった次第。

Date: 7月 12th, 2023
Cate: ディスク/ブック

SOUTH PACIFIC(その2)

“SOUTH PACIFIC”をアルテックのスピーカーで、一度でいいから聴いてみたい。
ステレオサウンド 60号を読んだ人ならば、そう思われた方も少なくないはずだ。

その音で、日常的に詩文の好きな音楽を聴きたいと思うわけではないけれど、
それでも聴いてみたい、というよりも聴いておきたい音というのがある。

とはいえアルテックのA4で“SOUTH PACIFIC”というのは、叶わぬこととあきらめてもいた。
60号に登場するA4のシステム構成は次の通り。

エンクロージュアは210、ウーファーは515Eのダブル、
ドライバーは288-16K、ホーンは1005Bにスロートアダプター30210を組み合わせたモノ。
ネットワークはN500FAである。

210エンクロージュアには両サイドに補助バッフルがつく。
その際の外形寸法は、W205×H213×D100cm。
この210の上に大型のマルチセルラホーンがのるわけだから、
はっきりと劇場用のスピーカーシステムである。

かなりの大型スピーカーシステムを縦いに持ち込む人が多い日本でも、
A4を自宅で聴いています、という人は、どれだけいたのだろうか。

60号に掲載されているザ・スーパーマニアには、
A4をお寺の本堂に置かれている方が登場しているが、
それでも高さ的にはA4が窮屈そうにみえる。

60号の特集の試聴で使われたのは、ステレオサウンド試聴室ではなく、
54畳ほどのかなり広い空間である。
     *
瀬川 ただ、幸か不幸か、日本の住宅事情を考えますと、きょうはここは54畳ですね。ここでA4を鳴らすと、もうA4では部屋からはみ出しますね。大きすぎる。A5になって、どうやら、ちょうどこの部屋に似あうかな、でも、もうすこし部屋が広くてもいいなという感じになってくるでしょう。
 ただ現実にはわれわれ日本のオーディオファンは、A5を6畳に入れている人が現にいますよね。一生懸命鳴らして、もちろん、それはそれなりにいい音が出ているけれども、きょうここで聴いた、この開放的な朗々と明るく響く、しかもなんとも言えないチャーミングな声が聴こえてくる。このアルテック本来の特徴が残念ながら、われわれの部屋ではちょっと出しきれません。どんなに調整しこんでも……。
 逆に菅野さんが言われたように、このシリーズはクラシックが鳴りにくいと言われた、それがむずかしいと言われた。むしろ6畳なんかでアルテックを鳴らしている人は、そっちのほうに挑戦してますね。
 つまり、このスピーカーは、ほっとくとどこまでも走っていきたくなるあばれ馬みたいなところがある。そこがまた魅力でもあるんだけれども、そこをおさえこみ、おさえこみしないと、6畳ですぐそばじゃとっても聴けないですね。そこをまたおさえこむテクニックはたいしたものだと、ぼくは思います。実際、そういう人の音をなん度も聴かせてもらっているけれども。
 でも、それが決してアルテックの本領じゃない。やっぱり、アルテックの本領は、この明るさ、解き放たれた自在さ、そしてこれは今日的なモニタースピーカーのように、原音にどれほど忠実かという方向ではないことは、このさい、はっきりしておかなくちゃいけない。物理的にどこまで忠実に迫ろうかというんじゃなくて、ひとつの音とか音楽を、ひとりひとりが心のなかで受けとめて、スピーカーから鳴る音としてこうあってほしいな、という、なにか潜在的な願望を、スッと音に出してくれるところがありますね。
 実にたのしいと思うんです。この音を聴いてても、ぜったい原音と似てないですよ。だけど、さっきサウンド・トラック盤をかけた、あるいはヴォーカルをかけた、あのときの歌い手の声の、なんとも言えず艶があって、張りがあって、非常に言葉が明瞭に聴き取れながら、しかも力がある。しかし、その力はあらわに出てこない。なんともこころよい感じがする。
 あの鳴り方は、これぞ〈アメリカン・サウンド〉だ、と。
     *
「たのしい」とある。
この瀬川先生の「たのしい」は、この後にも出てくる。

Date: 7月 12th, 2023
Cate: ディスク/ブック

SOUTH PACIFIC(その1)

“SOUTH PACIFIC”。
邦題は「南太平洋」。1958年(日本公開は1959年)の映画であり、
サウンドトラックのタイトルだ。

“SOUTH PACIFIC”ときいて、
ステレオサウンド 60号の特集「サウンド・オブ・アメリカ」のことを、
いまではどれだけの人が思い出すのだろうか。

もう四十年以上前の記事だし、
そんな古いステレオサウンドは読んだことがない、という世代の人もいよう。

60号を読むまで、“SOUTH PACIFIC”のことは知らなかった。
60号の110ページに、
「アメリカン・サウンド試聴のために集められた機器群」として、
当時の現行製品からすでに製造中止になっていたマランツのModel 7とModel 9など、
この写真をみているだけで、当時の編集部の、この特集への意気込みが伝わってきていた。

アナログプレーヤーは、トーレンスのリファレンス。
リファレンスの置き台に、試聴ディスクが立て掛けられている。
手前にあるのが、“SOUTH PACIFIC”である。

このディスクのことは、アルテックのところに出てくる。
60号の特集に登場するアルテックのスピーカーシステムは、三機種。

A4とA5FとMANTARAY HORN SYSTEMである。
     *
 ぼくが個人的に非常におもしろかったのは、A4のために、瀬川さんがわざわざトーキーのサウンド・トラック・レコードを持ってきて──〝サウス・パシフィック(南太平洋)〟ですけれども──それをかけて、A4の調整にはかなり苦心して、いい状態で鳴らしてみたら、やはりさんざんぼくなんかなじんでいた劇場のウェスターン・エレクトリックの音、ああいうのがよみがえってくるという感じがありました。
     *
このあとにも、“SOUTH PACIFIC”のことは出てくる。
だから、110ページの写真で、“SOUTH PACIFIC”のディスクが手前にあるのは、
編集部が意図してのことのはずだ。

Date: 7月 10th, 2023
Cate: ディスク/ブック

ブーレーズのストラヴィンスキー

ピエール・ブーレーズがシカゴ交響楽団を指揮してのストラヴィンスキーが、
TIDALでMQAで聴けるようになった。

「火の鳥」、「花火」、管弦楽のための4つの練習曲をおさめたアルバムで、
1992年の録音。サンプリング周波数は44.1kHzである。

これが、TIDALでMQAで聴ける。
少し前に、アメリングのアルバムがMQAで配信されるようになった。
そこにはデジタル初期の録音だったのが、MQAで聴けるようになったことは、
少し前に書いたばかりだ。

アメリングがMQAで聴けるようになったときに、
もしかすると今年はユニバーサル・ミュージックがいよいよMQA配信に本気になるのか。
そんなふうに期待した。

どうなるのかはまだなんともいえないが、
ブーレーズのストラヴィンスキーもMQAになったことで、ますます期待はふくらむばかり。

ドイツ・グラモフォン、デッカ、
フィリップスの初期のデジタル録音がMQAで聴けるようになったら──、
期待しているのは私だけではないはずだ。

個人的にはボザール・トリオをMQAで聴きたい。
それからバーンスタインのマーラーとブラームス、
そしてカラヤンのパルジファルもだ。

Date: 7月 5th, 2023
Cate: ディスク/ブック

The “V Discs”-The Columbia Years 1943 – 1952

別項で書いているクレデンザを、先月に聴いたとき、
初めてVディスク(V Disc, Victory Discの略)を聴いた。

Vディスクのことは知っていた。
けれど実物を見たことはなかった。
それが先月、初めてVディスクを聴くことができた。
それもクレデンザで、だ。

昨日、ある方からフランク・シナトラの“Duets II”のCDをいただいた。
タイトルそのままの内容で、シナトラが、14人の歌手とデュエットしている。

いいディスクだ。
聴き終って、TIDALを検索してみた。
もう一枚のアルバムと一つにした“Duets (20th Anniversary Deluxe Edition)”があった。

そんなふうにTIDALを眺めていたら、
“The “V Discs”-The Columbia Years 1943 – 1952”もあることに気づいた。

コロムビア時代の録音だから、MQA Studio(44.1kHz)で配信されている。

TIDALにも、ないアルバムがそこそこあるのは知っている。
けれど、こんなふうに探していくと、いったいどれだけあるのだろうか、と嬉しくなってくる。

Date: 6月 27th, 2023
Cate: ディスク/ブック

Leroy Walks!(その2)

Leroy Vinnegarの“Leroy Walks!”が、TIDALで聴けることは、
TIDALを使い始めたころに検索して知っていた。

“Leroy Walks!”、いまではTIDALでMQAで聴けるようになっている。
192kHz、24ビットで配信されている。

つい最近、MQAでも配信されるようになったようだ。

4月にMQAの破綻のニュースがあった。
それ以降、MQAがどうなるのかについての詳しい情報は入ってこないけれど、
いまのところ新譜も旧譜も、MQAでの配信が活発に続いている。

Date: 5月 19th, 2023
Cate: ディスク/ブック

エリー・アメリングの「音楽に寄せて」

1933年2月8日生れのエリー・アメリングは、今年生誕90年。
ということで、29枚組のCDボックスが発売になった。

e-onkyoでもリマスターでの配信が、今日から開始になっている。
TIDALでは?
ほとんど期待していなかったけれど、いちおう見てみた。

するとMQAでの配信が始まっている。
フィリップスへのデジタル録音だったアルバムも、MQAになっている。

アメリングによる「音楽に寄せて」は、
ステレオサウンドの試聴室で数え切れないくらい聴いている。

名曲なのは承知している。
とはいっても、一日に何度もくり返し、しかもそういう日が続く。
そういう聴き方をしてきただけに、
アメリングの「音楽に寄せて」は、かなりながいこと聴いてこなかった。

それが昨年あたりから、ふたたび聴くようになった。
聴くたびに、MQAだったらなぁ、とおもっていた。

それでも1982年のデジタル録音だけに、MQAでの配信は、
ソニー・クラシカルではないのだから、まずないだろうなとなかばあきらめていた。

そこにMQA(48kHz)で配信。
フィリップスへの録音だったから、デッカからのリリースということになっている。
デッカは、ドイツ・グラモフォンと同じユニバーサル・ミュージック。

別項で書いているようドイツ・グラモフォンは、
MQAでの配信をやめてはじめている。
その一方で、新譜はMQAでの配信だったりして、
MQAをやめるのか継続するのか、
なんともはっきりしないドイツ・グラモフォンの態度を見ているだけに、
今回のMQAでの配信は、意外でもあり嬉しいことでもある。

Date: 5月 19th, 2023
Cate: ディスク/ブック

宿題としての一枚(その13)

この項であげてきたディスクは、
なんらかのかたちで、そこで鳴っていた音を聴いての宿題としての一枚なのだが、
同じような経験を持っていない人も少ないない。

それでも──、とおもうところはある。
たとえば菅野先生録音の「THE DIALOGUE」。
なんらかのかたちで、菅野先生が鳴らされた「THE DIALOGUE」を聴いたことがある人は、
どのくらいいるのだろうか。

その音を聴いていない人にとっては「THE DIALOGUE」は、
宿題としての一枚とはならないのか、といえば、けっしてそうではない。

ステレオサウンド別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の試聴を読んでほしい。
この別冊での試聴ディスクは、三枚。

ヘンリック・シェリングとイングリット・ヘブラーによる
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの第七番。
シルヴィア・シャシュのドラマティック・オペラ・アリア集、
そして菅野先生録音の「THE DIALOGUE」である。

なので個々のアンプの試聴記(鼎談)に、
「THE DIALOGUE」がどう鳴ったのかが、けっこう具体的に語られていたりする。

すべてのアンプの試聴記に「THE DIALOGUE」のことが必ず出てくるとはかぎらないが、
かなりの数のアンプで、具体的に語られている。

これらをまとめて読めば、アンプによって「THE DIALOGUE」のドラムスとベースの音が、
どんなふうに変り、どんなふうになるのが「THE DIALOGUE」なのかもつかめる。

Date: 5月 4th, 2023
Cate: ディスク/ブック

花図鑑(その1)

薬師丸ひろ子の歌は、「セーラー服と機関銃」が最初だった。
けれどシングル盤、LPを買うことはなかったから、
薬師丸ひろ子の他の歌についてはほとんど知らなかった。

1986年に「花図鑑」が出た。
黒田先生がステレオサウンド 80号の連載「ぼくのディスク日記」で書かれている。
黒田先生が買われたのは、「花図鑑」のCD。

CDが登場して四年。
かなり普及していたから、LPよりもCDという時代だったから、
「ぼくのディスク日記」を読んで買ったのは、だからCDだった。

「花図鑑」が最初に買った薬師丸ひろ子のアルバムとなった。
それからぽつぽつ薬師丸ひろ子のCDを買うようになったけれど、LPを買うことはなかった。

昨日はaudio wednesday (next decade)だった。
参加されたHさんが、吉祥寺のハードオフに行ってみたい、ということだった。
ハードオフの店舗にはLPも置いてある。

吉祥寺の店舗ももちろんある。
これまで何度か吉祥寺のハードオフに行ってたけれど、
LPのコーナーを見ることは一度もなかった。

Hさんが歌謡曲のコーナーで、「花図鑑」を見つけてくれた。
ピンナップつきの初回プレス盤で、ジャケットの傷みもない。
かなりきれいなコンディションだった。

高いのかなぁ──、と思ったけれど、案外安かった。
非売品のソノシートもついている、とある。
盤面を確認することなく購入した。

帰宅して盤面をみると、そうとうにきれいだった。
新品に近いと感じるほどだった。

一人でハードオフに行っていても、たぶん出逢うことはなかった。
「花図鑑」ははじめて買った薬師丸ひろ子のアルバム(CD)であり、
初めて買った薬師丸ひろ子のLPとなった。

とはいえ「花図鑑」を聴くのはMQA(96kHz、24ビット)だったりする。

Date: 4月 15th, 2023
Cate: ディスク/ブック

ジョルジュ・プルーデルマッハーのベートーヴェン

フランス人ピアニストのGeorges Pluudermacher。
ワーナーミュージックのサイトによると、
フランス語の名前の読みだと、ジョルジュ・プリュデルマシェなのだそうだが、
本人の希望で、プルーデルマッハーとのこと。

ジョルジュ・プルーデルマッハーは、1944年7月26日生れ。
なのに、いままでプルーデルマッハーの存在を知らなかった。

今日、TIDALを検索していて初めて知ったばかりである。
最初フランクのヴァイオリン・ソナタを聴いた。

それから“L’atelier des pianistes”を聴いた。
日本でのタイトルは、「ピアニストのワークショップ」である。

ここまで聴いて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタが目に留った。
32番である。

どんなベートーヴェンなのだろうか、どんな32番なのだろうか。
期待よりも不安の方が大きかったけれど、聴いてよかった。

聴き終って、
菅野先生がイヴ・ナット、ジャン=ベルナール・ポミエのベートーヴェンを高く評価され、
愛聴盤とされていたことを思い出していた。

ナットもポミエもフランスのピアニストだ。
プルーデルマッハーを菅野先生はどう聴かれただろうか。
そんなこともふと想っていた。

Date: 4月 12th, 2023
Cate: ディスク/ブック

宿題としての一枚(その12)

瀬川先生からの宿題としての一枚。
コリン・デイヴィス指揮のストラヴィンスキーの「火の鳥」である。

熊本のオーディオ店。
瀬川先生が鳴らされた音。

JBLの4343、
トーレンスのリファレンス、
マークレビンソンのLNP2、
SUMOのTHE GOLD、
これらのシステムが鳴らした音は、忘れられない音だ。
絶対に忘れられない音の記憶である。

別項で書いているように、この時が、瀬川先生が熊本に来られた最後だった。
いつもならば、試聴会の終りに、リクエストはありませんか、といわれるのに、
その日は、具合がひどく悪そうで、「火の鳥」を片面鳴らされたあと、すぐに引っ込まれた。

体調が悪かったのか……、そんなこともあるよなぁ……、
そんな感じで受け止めていたのだけれど、
そのオーディオ店を出て歩いていたら、駐車場から瀬川先生をのせた車が出てきた。

車内で瀬川先生はぐったりされていた。
そうとうに具合が悪いのは、誰にだってわかるほどにだ。

あの時の「火の鳥」の音は、なんだったのか──、と考えることがいまでもある。
高校生のときに聴いた音だから、それ以上の音をそれまで聴いたことがないから、
すごい音と感じたということは否定できないけれど、それ以上の音であったようにも思う。

冷静に聴くことができれば、欠点はいくつか指摘できる音だったのかもしれないが、
あの時の「火の鳥」はそういうことを一瞬にしてどうでもいいことと思わせるほど、
そんなふうな音だった──、といまでもおもっている。

Date: 4月 10th, 2023
Cate: ディスク/ブック

音痴のためのレコード鑑賞法(その1)

「音痴のためのレコード鑑賞法」。

五味先生の「いい音いい音楽」に、それは収められている。
     *
 偉大な芸術家ほど、様式は変わっても作品の奥からきこえてくる声はつねに一つであり、生涯をかけて、その作家独自の声で(魂で)何かをもとめつづけ、描きつづけ、うたいつづけながら死んでいる。幾つかの作品に共通な、その独自の声を聴きとることができれば、一応、その作者——つまり彼の〈芸術〉を理解したといえるだろう。

 バッハの場合もこれは変わらない。一千を超えるおびただしい作品群も、注意して聴いてみれば同じ発声と、様式と、語法で——つまり発想で出来上がっている。使用される楽器はちがってもバッハの芸境はひとつだ。
 たいへん深遠で、偉大なそれは境地だから、ちょっと聴いたぐらいではうかがい知れないし、この点、聴く人には耳の訓練と音楽的教養ともいうべきものが、ある程度は必要になる。でもその教養は、教師や教科書が必要なわけではなく、くり返し聴いてさえいればおのずと身につくもので、事実バッハほどになると、はじめは少々退屈でも何度か聴いているうちに、えも言えぬしらべの美しさ、澄みとおった心境、宗教的感動、敬虔な祈りに参加するに似た喜びを感じとれるし、さらには力づよく正しく生きようという意欲がわいてくる。バッハの偉大なゆえんだろうとおもう。
     *
五味先生は「音痴のためのレコード鑑賞法」で、
バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンについて語られている。

バッハならば、
 マタイ受難曲
 オルガンによる「前奏曲(もしくは幻想曲・トッカータ)とフーガ」三十曲余の中のどれか。
 平均律クラヴィーア第一部(第一曲)
 ブランデンブルク協奏曲
 無伴奏チェロ・ソナタ
 フーガの技法
 インベンション
を挙げられている。

ヘンデルはメサイアだ。
ハイドンは、交響曲第四九番と第九五番を挙げられている。

モーツァルトは、
《「魔笛」と「フィガロの結婚」である。大胆な言い方をゆるされるなら、この二曲と、死の直前に書かれた「レクイエム」(モーツァルトの自筆としては未完だが)それに「交響曲第四〇番」(ト短調)を聴けば、モーツァルトの天才のすべてがわかる。》とされている。

ベートーヴェンは、
《作品一〇六「ハンマークラヴィア」、作品一〇九(イ短調)、作品一一一(ハ短調)の三曲がそれで、ピアノでつづられた新約聖書とよばれるほど、これらは古今無双の名品だ》とされているし、
《ベートーヴェンの全作品から、一般向けにただ一つを挙げるなら、「第九交響曲」である。これはもう議論の余地はない》とも書かれている。

何にでも物分りのい人間でありたい人は、
なんて極端な意見だ、とあきれることだろう。

極端といえばそういえなくもない。
けれど、ながくクラシックを聴いてきていれば、五味先生が選ばれている曲に頷くはずだ。

五味先生は作曲家の作品を「音痴のためレコード鑑賞法」として挙げられている。
いま、「音痴のためのレコード鑑賞法」について書いているのは、
クラシックの演奏家におきかえても同じことができる、ということである。

Date: 4月 5th, 2023
Cate: ディスク/ブック

THE DARK SIDE OF THE MOON(Dolby Atmos Mix・その5)

今回の「狂気」Dolby Atmos Mixのイベントが開催されることを知ったのは、
3月20日だった。
映画「BLUE GIANT」を、そろそろ観に行こうかな、と思っていたころだった。

「BLUE GIANT」は世界一のジャズプレーヤーを目指すテナーサックス奏者が主人公である。
だからDolby Atmosでの上映もある。

「BLUE GIANT」はDolby Atmosで観るつもりだったから、先延ばしにした。
「狂気」Dolby Atmos Mixを聴いたあと、
映画館で「BLUE GIANT」をDolby Atmosで観る(聴く)ことで、
確認したいと考えた。

そういうことで今日(4月5日)で、
TOHOシネマズ日比谷でDolby Atmosで観てきた。

都内のDolby Atmos対応の映画館すべてに行ったわけではない。
行ったなかでは、日比谷のTOHOシネマズは好ましいと感じている。

Dolby Atmosで観て良かった、とも感じている。

Date: 4月 2nd, 2023
Cate: ディスク/ブック

THE DARK SIDE OF THE MOON(Dolby Atmos Mix・その4)

会場となったRITTOR BASEの正面はスクリーンがあり、
そこには「狂気」のジャケットが映し出されている。
地下にあるため照明が落とされると、スクリーンの光量だけで、暗い。

目を閉じて聴いていると、
「狂気」の冒頭の心臓の音、それから続くいくつかの効果音──、
不気味な映画を目を閉じて聴いている感覚でもあった。

「狂気」50周年ボックスのチラシには、
先に引用した國﨑 晋氏の文章の他に、武田昭彦氏の文章もある。
     *
 ピンク・フロイドは2003年、『狂気』の30周年記念盤となるSACD/CDハイブリッド盤で、ジェームス・ガスリーによる5.1チャンネル仕様のサラウンド音声を発表している。今回のBlu-Rayにもその5.1チャンネル・ミックスは収められているが、新たに制作された7.1.4チャンネルのドルビーアトモス・ミックスは従来のそれとは別物で音の定位や広がり、細部の音の処理などが異なっている。本作はバンド・サウンドに加え、SEが効果的に駆使されているのが大きな特徴だが、ヘリコプターや時計の音、各種アナウンスなどがサイド・スピーカー2本と頭上4本のスピーカーに振り分けられたことで、音の包囲感が高まり聞き手の想像力をいっそう刺激してくれる。
 従来の5.1チャンネル・ミックスがリスナーのリビングルームやプライヴェートな空間を想定した音作りだとすれば、今回のドルビーアトモス・ミックスは映画館ないしコンサート会場を想定したようなスケールの大きさを感じさせる。
     *
今回は5.1チャンネルの音は再生されなかったし、もちろん2チャンネルの音もなしである。
聴いたのはDolby Atmos Mixの音だけである。

すべての音を比較試聴できればさらにおもしろいのだが、
今回のイベントは、そういう試聴会ではなく、
「狂気」Dolby Atmos Mixの鑑賞会といったほうがいいのだから、それを求めてもしかたない。

目を閉じて聴いていると、上に書いたような感覚だったのだから、
武田昭彦氏の文章にあるように、5.1チャンネル仕様の音よりも、スケールアップしたものなのだろう。

けれど《聞き手の想像力をいっそう刺激してくれる》のかは、疑問でもある。
おそらくなのだが、國﨑 晋氏も武田昭彦氏も、
「狂気」をそれこそ数え切れないぐらい聴いてきているのだろう。
そして、これから先も、何度も何度も聴いていく人たちなのだろう。

そうでない聴き手も、一方にいる。
「狂気」発表の1973年、十歳だった男は、同時代に聴いているわけではない。
もちろん世の中は広いから、十歳くらいで「狂気」を聴いて、狂喜した人もいるだろう。

「狂気」の存在を知ったのは、五年後くらいだったか、
その時でも「狂気」を聴いたわけではなかった。
「狂気」を聴いたのは、東京で暮らすようになってからで、さらに五年以上経っていた。

しかも自分で購入し、自身のシステムで、というわけではなく、
知人宅で聴いたのが最初である。

そういう男と、國﨑 晋氏、武田昭彦氏とでは「狂気」への思い入れがまるで違うはず。

Date: 4月 1st, 2023
Cate: ディスク/ブック

THE DARK SIDE OF THE MOON(Dolby Atmos Mix・その3)

だからといって、2チャンネルのみに固執しているわけではない。
ステレオサウンドにいたころは、菅野先生のリスニングルームでSSS方式を何度か聴いている。

多チャンネルの再生方式に関心がまったくないわけではない。
それに2013年、船橋のTOHOシネマズが、
日本で初めてDolby Atmosを導入した時に、スタートレックを観にいっていることは、
別項に書いているとおりである。

このときの驚きは、そうとうに大きかった。
だからDolby Atmosへの期待を書いているし、
Dolby Atmosで観られる映画はできるだけ観るようにしていた。

Dolby Atmosの登場がきっかけとなって、
映画館で映画を観る回数が増えていった。

このころから映画館が輝きを取り戻したようにも感じたから、である。

そのDolby Atmosが音楽再生にも採用されるようになったのは数年前からだ。
関心はあるものの、だからといって積極的に自分で対応機器を購入してまで聴きたい──、
そこまでの積極性は持っていない。

そうであっても、よりよい条件でDolby Atmosで音楽を再生すると、
どういう感じ方になるのかは、一度体験しておきたい。
ここ一、二年はそう思うことが増えてきたからこそ、
今回の「狂気」のDolby Atmos Mixは聴き逃せなかった。

「狂気」のDolby Atmos Mixの試聴会は、さわりだけの試聴会ではない。
アルバムの最初から終りまで聴かせてくれた。

最初に簡単な挨拶があっただけで、すぐに「狂気」がDolby Atmos Mixで鳴ってきた。