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Date: 1月 29th, 2020
Cate: audio wednesday

第109回audio wednesdayのお知らせ(iPhone+218)

一週間後のaudio wednesdayが、待ち遠しい。

昨秋から、メリディアンの218に毎回を手を加えて、
新ヴァージョンといっては、音を聴いてもらっている。

でも昨年は、当日の午前中か前日の夜に、218に手を加えていたため、
音がどう変化したのかを自宅で確認していたわけではなかった。

そんなことをやっていたので、当日が近付くと、
早くやらねば、と慌ただしく感じられていた。

今回は、ほぼ二週間前に手を加えた。
翌日にもさらに手を加えている。

二週間、その音をずっと聴いているから、
2月のaudio wednesdayが待ち遠しいわけだ。

早く聴いてもらいたい、という気持が日増しに強くなっている。
来られた方(聴かれた方)が、どんな反応をされるのかをふくめて、楽しみである。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 28th, 2020
Cate: ベートーヴェン

シフのベートーヴェン(その7)

(その6)を書いてから気づいたことがある。
結局のところ、なぜベートーヴェンを聴くのか、
その理由を知りたいことに、いまさらながら気づいた。

そして、こんなことをおもうのはベートーヴェンだけである。
モーツァルトを、ワーグナーを、マーラーを、ブラームスを、バッハを、
なぜ聴くのか、ということを、これまで考えたことはなかった。

ベートーヴェンだけである。
なぜ、ベートーヴェンを、私は聴くのだろう……

Date: 1月 28th, 2020
Cate: ベートーヴェン

シフのベートーヴェン(その6)

アンドラーシュ・シフはハンガリーのピアニストである。
ハンガリーのピアニストには、私の好きなアニー・フィッシャーもいる。

アンドラーシュ・シフは1953年12月21日、
アニー・フッシャーは1914年7月5日うまれ。
二世代ほど離れている。
アンドラーシュ・シフは男、アニー・フッシャーは女。

こんな違いをならべたところで、
二人のベートーヴェンの演奏の違いに、どこかつながっていくとは思っていないけれど、
まったく無関係とも思っていないところが、私にはあるようだ。

だから、つい書いてしまうのだろう。

アニー・フッシャーもベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を録音している。
フンガロトンから出ている。

録音は、1977年から78年にかけて行われている。
2002年にCDが出た。
買いそびれてしまっていた。

2014年にふたたび出た。

アニー・フッシャー自身は、この録音に満足していなかった、とも伝えられている。
それでも聴いていると、素晴らしいベートーヴェンだ、と私は思う。

どこが不満なのか、どこに懐疑的だったのかは、いまのところ私にはわからない。
おそらく、これから先もわからないままなのかもしれない。
でも、ずっと聴きつづけていくであろう、とおもっている。

最初は、「アニー・フッシャーのベートーヴェン」というタイトルで書こうと考えていた。
なのに、ここで書いているのは、二人ともハンガリー出身という共通点を思い出したからだ。

とはいえ、二人のベートーヴェンの演奏を逐一比較しながら書いていこう、とはまったく考えていない。
書きたい、というよりも、私自身がその理由を知りたいのは、
私にとってアンドラーシュ・シフの演奏は、デッカ時代、いまのECMの録音をふくめて、
聴いてしばらくは何度も聴いていたのに、ある時からパタッと聴かなくなってしまう。

素晴らしいピアニストだ、ということを疑ってもないのに、
なぜ、そんなふうになってしまうのか。それが知りたいだけである。

Date: 1月 28th, 2020
Cate: ディスク/ブック

CALLAS IN CONCERT THE HOLOGRAM TOUR(その3)

一年前の(その1)で書いたマリア・ラカスのホログラムコンサートが、
ようやく日本でも行われることが決った。

主催はエイベックス・クラシックス・インターナショナル。
5月16日、17日に行われる。

2018年秋から、世界各国で行われているコンサートが、やっと日本に来る。
もう行われないのかな、と思っていただけに、嬉しいし行きたいコンサートだ。

つい最近、NHKが、美空ひばりをAI技術とホログラムで甦らせる、という番組をやっていた。
といっても、テレビを持っていないので見ていない。
紅白歌合戦も見ていない。

このことについては、ここでは語らないが、
マリア・カラスのホログラムコンサートは、美空ひばりのそれとは違う。

比較して語ることなのか、という疑問もないわけではない。
実際にマリア・カラスのホログラムコンサートを体験すれば、
あれこれ考えることが出てくるように思っている。

それに、これがマリア・カラスだから、というのもある。
たとえばグレン・グールドだったら、とも考える。

Date: 1月 28th, 2020
Cate: 218, MERIDIAN

218はWONDER DACをめざす(もうひとつおまけ)

メリディアンの218を、単体のD/Aコンバーターとして使うだけなら、
218を買ってくるだけですむけれど、その機能を使いこなしていくためには、
iPhone(もしくはiPad)とIP Controlというアプリが必要だった。

androidのスマートフォンを使っている人にとっては、
ここが導入に踏み切れない理由の一つになっていたかもしれない。

MQAのフルデコードの音を、きちんとした条件で聴いてみたい──、
そう思った時に、218は好適な存在である。

それでもiPhoneがなければ……、androidユーザーにそう思わせていたのも事実だろう。

android用のIP Controlが登場した。
androidのスマートフォンを持っていないので試すことはできないが、
iPhone用のIP Controlと同じ機能を持っているはずだ。

Date: 1月 27th, 2020
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(その12)

別項「オーディオと「ネットワーク」(SNS = SESか・その3)」で書いたことをもう一度くり返す。

十数年前にインターナショナルオーディオショウの会場で聞いたことだ。

人を待っていたので、国際フォーラムのB1Fにある喫茶店にいた。
近くのテーブルから、はっきりと聞き取れる声で、
ショウに出展していたオーディオ関係者の会話が聞こえてきた。

誰なのかは、どこのブースの人なのかは書かない。
この二人は、インターネットはクズだね、ということを話していた。
オーディオ雑誌には志があるけれど、インターネットのオーディオ関係のサイトには志がない、
そんな趣旨の会話だった。

ここでのインターネットのオーディオ関係のサイトとは、
個人サイトのことを指している。

オーディオ雑誌社のウェブサイトは、少なかった時代であり、
ステレオサウンドも、まだウェブサイトを持っていなかった時代である。

確かにインターネットの世界には、クズだとしか思えない部分がある。
このことはいまも昔も変っていない、といえる。

だからといってインターネット全体を十把一絡げに捉えてしまうのには、異を唱えたくなる。

それにオーディオ雑誌に志があった、という過去形の表現ならまだ同意できるけど、
志がある、にも異を唱えたくなる。

過去に戻れるのならば、いまのオーディオ雑誌のウェブサイトを見てご覧なさい、と、
この時の二人にいいたくなる。

デノンのタイアップ記事が、オーディオ雑誌だけでなく、
ウェブサイトにおいて垂れ流し状態になっているのを、
この時の二人は、なんというだろうか。

オーディオ雑誌には志がある、と、まだいうのだろうか。

Date: 1月 26th, 2020
Cate: Digital Integration

D/Dコンバーターという存在(その4)

私の場合、USBをSPDIFに変換するD/Dコンバーターが、
メリディアンの218を使っていく上で必要不可欠だった。

選択肢はいくつかあった。
条件としてiPhoneで使えることを加えると、FX-D03J+が第一候補となる。

FX-D03J+はD/Dコンバーターとして、単機能といっていい。
スイッチは何ひとつない。
入力はUSBだけ、出力は同軸と光の二系統。

D/Dコンバーターに求める条件は、人によって変ってくる。
私の場合でも、いまのところUSBをSPDIFに変換するだけでことたりているが、
これからは先は試してみたいことがいくつかあって、そうなるとFX-D03J+では対応できなくなる。

FX-D03J+が数万円もする製品ならば、ここでこれほどとりあげることはしない。
輸入盤のCD、ほぼ二枚分くらいで購入できるから、おもしろいと感じる。

本格的な製品ではないが、かわりにこれ以上部品を省略することができないほど部品点数は少ない。
それゆえの良さもある、と手を加えたFX-D03J+から感じられる。

218にUSB入力がついていれば、D/Dコンバーターは必要としない。
それにiPhoneはApple独自のLightning規格なので、
Lightning-USBカメラアダプタも必要となってくる。

さらにLightning-USBカメラアダプタとFX-D03J+を結ぶUSBケーブルも要る。
iPad ProはLightningではなくUSB-Cを採用しているため、
Lightning-USBカメラアダプタは不要になる。

iPhoneからストレートに218に接続できるようになれば……、
音を聴いていると、そんなことも思わないわけではないが、
それでもiPhoneと218のあいだに介在するこれらのモノをいじっていくと、
そこで気づくことがあるのも、また事実であり、
面倒だと思う気持よりも楽しいと感じる気持が強くなることもある。

Date: 1月 26th, 2020
Cate: ディスク/ブック

HIGHLIGHTS FROM BERLINER PHILHARMONIKER RECORDINGS

ステレオサウンド 213号の附録である「HIGHLIGHTS FROM BERLINER PHILHARMONIKER RECORDINGS」。
このSACDの収録曲は、
 ドヴォルザーク:スラブ舞曲 第八番 作品46/サー・サイモン・ラトル
 シューベルト:交響曲 第七番《未完成》 第一楽章/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー
 メンデルスゾーン:劇音楽『夏の夜の夢』 序曲/クラウディオ・アバド
 ブルックナー:交響曲 第七番 第四楽章/クリスティアン・ティーレマン
 プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》第三幕・間奏曲/サー・サイモン・ラトル
 チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》 第三楽章/キリル・ペトレンコ

二曲目のフルトヴェングラーのシューベルトだけが、モノーラルである。
けれど、収録曲で別格なのが、このフルトヴェングラーのシューベルトである。

オーケストラはすべてベルリンフィルハーモニーなのはいうまでもない。
聴けば、ほんとうにすべてベルリンフィルハーモニーなのか、と思うほど。

フルトヴェングラーのすごさは、いうまでもない。
音が、ほかの指揮者とはまるで違う。

モノーラルで、真空管の録音器材でアナログ録音なのだから、
そうとうに違って当然──、
そういう次元の違いではない。

もう別格としかいいようがない。
けっして優秀録音ではない。
ほかの五曲は優秀録音といっていい。

優秀録音だから、必ずしも名録音ではない。
フルトヴェングラーのシューベルトを聴いていると、そんなことをおもってしまう。

Date: 1月 26th, 2020
Cate: 218, MERIDIAN

218はWONDER DACをめざす(おまけ)

メリディアンの218は電源コードは着脱式であるが、
一般的なIECコネクターではなく、ミッキータイプといわれるコネクターを採用している。

218はコンパクトに仕上げられているため、
リアパネルにはIECコネクターを取り付ける余裕がないから、と思われる。

なので電源コードを、あれこれ交換したい人は、ここのところがひっかかるようだ。
私は、218をaudio wednesdayで最初に聴いた時から、
ミッキータイプをメガネタイプに変換プラグを利用して、
電源コードを交換しての試聴をおこなったことは、すでに書いているとおりだ。

amazonから、この変換プラグを何度か購入しているので、
「お客様におすすめの新商品のお知らせ」というメールが届く。

今日届いたメールには、この変換プラグがいくつか載っていた。
その一つに、
CERRXIANストレートIEC 60320 C14 3ピンメスC5 3ピンメスAC電源アダプタレセプタクルがあった。

リンク先の写真をみれば、どういう変換プラグなのか、すぐにわかる。
これがあれば、市販されている電源コードが使える。

218の電源コードを交換してみたいけれど……、
自作するのは……、という方にはぴったりだろう。

私として変換プラグよりもミッキータイプのコネクターそのものを、販売してほしい。
変換プラグだと、どうしても接点が一箇所増えるからだ。

Date: 1月 25th, 2020
Cate: 218, MERIDIAN

218はWONDER DACをめざす(その9)

その2)で、audio wednesdayの常連のHさんの218を預ったことを書いている。
預った218は、version 7と同じ内容の手の加え方をして送り返した。

いい音で鳴っているはず、と確信していても、
実際のところは本人(Hさん)がどう感じるか、である。

非常に良い音で鳴っている、との連絡があった。
こう書いてあった。

《与えた変化に対してより素直な反応をみせることに驚きを感じており、様々な機能と相まって、操作して楽しいDACだと再認識中です》

使いこなしとは、ある意味、オーディオ機器に対して変化を与えることでもある。
その変化に対して、どういう反応を示すのか、は、
オーディオ機器の実力をはかるうえでも重要なことである。

音が猫の目のように変化するオーディオ機器がないわけではない。
そういうオーディオ機器を、鋭敏だから、と思い込む人もいるようだが、
何も変えてないのに、音がそんなふうにころころ変ってしまうのは、
動作が不安定なことの場合が多い。

動作が不安定だから、何もしなくとも音が変化する。
こういうオーディオ機器は鋭敏な反応をする、とはいわない。

鋭敏な反応をするオーディオ機器は、安定した動作のモノでなければならない。
不安定な動作に愛着を抱く人がいてもいいが、
私は不安定なオーディオ機器はよほどのことがなければ使いたくない。

調整が面倒でも、一度きちんと行えば安定して動作するモノが、いい。
そうであるからこそ、操作して楽しい、といえるようになる。

Date: 1月 24th, 2020
Cate: 井上卓也

marantz Model 7K, Model 9K(その2)

吉祥寺のハードオフマランツにある未開封のマランツのキット、
Model 7K、Model 8BK、Model 9Kは、私のなかでは井上先生のモノと確信している。

とはいってもなんら確証はない。
それでも吉祥寺のハードオフには、これも井上先生が使われていたモノのはず、
そう思えるモノが複数ある。

単なる偶然の可能性もあるのはわかっていても、
これとあれ、それにあれもある。他にもある。

そのうちの一つは、めったに中古が出てこない機種である。
それがある。

私がそう思い込もうとして、ハードオフの店内を見てこじつけているだけかもしれない。
傍からみれば、きっとそうであろう。

それでも私には、これは絶対井上先生のモノ!、
そう確信できるモノが並んでいる。

店員に訊いたところで教えてくれるわけではない。
訊くつもりも毛頭ない。

ここを読まれている方のなかで、井上先生のモノという確証があれば買う、という人がいるかもしれない。
でも確証なんて、何もない。
確信があるだけだ。

それも私だけの確信があるだけだ。

Date: 1月 24th, 2020
Cate: High Resolution

MQAで聴きたい“Charlin Disques”

2010年だったか、シャルラン レコードのCDがまとめて復刻された。
といってもマスターテープは破棄されているので、
サブマスターからの復刻であった。

この時は輸入盤であったが、2016年にエリック・ハイドシェックのCDが新たに発売になった。
この時は国内盤のみで、輸入盤の発売はない、とのことだった。

ハイドシェックのベートーヴェン(二枚)とブラームスは、
いまでも入手できる。

2010年に発売になったCDは、廃盤ではないようだが、いまのところ入手は難しいようだ。
2010年復刻のCDは、五枚ほど買った。

正直、幻の録音には感じなかった。
2010年の復刻は、シャルランの遺族によるレーベルからだった。
はっきりと確認したわけではないが、どうもLPからの復刻だったようだ。

マスターテープがこの世に存在していないのだから、
本来の音を聴くのは、難しいことなのだろう。

オリジナルのLPを探して出して聴くしかないのだろう。

遺族によるレーベルは、いまもある。
ウェブサイトもあり、CDだけでなくLPでも復刻されている。
さらにFLACの配信も始めている。

もっと丁寧な復刻であれば、LPからの復刻でもいい。
ハイドシェックのCD復刻のように、
良質のサブマスターを探し出しての復刻でもいい。

シャルランの録音を、MQAで聴きたい、と思う。

Date: 1月 23rd, 2020
Cate: audio wednesday

第109回audio wednesdayのお知らせ(iPhone+218)

昨晩の“Biko[Live At Blossom Music Centre, Cleveland]”は、
メリディアンの218(version 8)で聴いていた。

別項「Biko[Live At Blossom Music Centre, Cleveland]」で書いているように、
12インチ・シングルを思わせるような音で聴きたい──、
だからこそ218に何度も手を加えている。

昨晩は、やっぱり、こういう音が出せるんだ、という確信を得た。

2月5日のaudio wednesdayの最後に鳴らすのは、
だからBiko[Live At Blossom Music Centre, Cleveland]に決めた。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 1月 23rd, 2020
Cate: ディスク/ブック

Biko [Live At Blossom Music Centre, Cleveland](その1)

2019年11月に、
ピーター・ガブリエルの全アルバムがMQAでの配信が始まったことは、すでに書いている。

そのなかに「Flotsam And Jetsam」がある。
LPもCDも発売されていないアルバムだ。

CDシングル、サウンドトラックに収録されていた曲を集めている。
「Biko」が二曲おさめられている。
Remix版とLive At Blossom Music Centre, Cleveland版である。

「Biko」はピーター・ガブリエルの三枚目のアルバムの最後の曲である。
そこでの「Biko」は静かに歌われていた。
だからこそ聴き手の胸に響く、ともいえる。

ライヴでの「Biko」は、違う。
ライヴでの「Biko」は、CDシングルで、ずいぶん前に聴いている。

私は基本的にはライヴ録音よりもスタジオ録音、という男だ。
それでも「Biko」は、圧倒的にライヴだ。

武道館での「Biko」は、その場で聴いている。
Live At Blossom Music Centre, Cleveland版は、もっと熱い。そして重い。
もっと顕になっているものが、ここにははっきりとある。

Bikoとは、スティーヴン・ビコだ。
映画「遠い夜明け」では、デンゼル・ワシントンがビコを演じている。

ライヴでの「Biko」を聴いたとき、12インチ・シングルで聴きたい、とも思った。
1980年代、12インチ・シングルの音に夢中になっていた。
ケイト・ブッシュの12インチ・シングルの大半は買って聴いた。

ケイト・ブッシュほどではないが、ピーター・ガブリエルの12インチ・シングルも集めていた。
でも「Biko」は持っていなかった。

CDシングルで聴いたとき、すでにアナログプレーヤーを手離していた。
その日から三十年以上。

昨晩、“Biko[Live At Blossom Music Centre, Cleveland]”を聴いた。
e-onkyoからダウンロードしたMQAで、聴いた。

ハイレゾといっても、サンプリング周波数は48kHzである。

「Flotsam And Jetsam」というアルバムの性格上、
こういうサンプリング周波数に統一されたのだろう。

でも、48kHzというサンプリング周波数は、もうどうでもいい。
12インチ・シングルでは、きっとこんなふうに鳴ったんだろうな、と思える音がしたからだ。

Date: 1月 22nd, 2020
Cate: 欲する

何を欲しているのか(サンダーバード秘密基地・その1)

デアゴスティーニから、週刊サンダーバード秘密基地が発売になった。

おーっ、と声をあげそうになった。
小学校にあがるかあがらないころだったはずだ、
サンダーバード秘密基地のプラモデルが出ていた。

五十年ほど前のことだ。
値段は記憶していなかったが、Googleで検索してみると、二千円だった、そうだ。
そのころの二千円は、小学生になるかならないかぐらいの子供には大金だった。

欲しくてたまらなかったけど、まったく手が届かない、と最初から諦めていた。
親に欲しい、とねだったこともなかった。

小学生になったころ、同級生に一人、持っている子がいた。
そこで初めて完成したサンダーバード秘密基地を見た。
それまではプラモデルの外箱を眺めての、完成した状態を想像していただけだった。

欲しい、と思っていたからこそなのか、
もっと精密なプラモデルだ、と期待は膨らみすぎていたようだった。
だから、実物を見てがっかりしたことを憶えている。

もっともっと精密なサンダーバード秘密基地のモデルが出たらいいのに──、
そんなことも思っていた。

デアゴスティーニのサンダーバード秘密基地は、
五十年前のプラモデルとは、そうとうに違う。
これが、当時発売になっていたら、なんとかして手に入れたい、と思っただろう。

でも、その分、そうとうに価格は高くなっている。
いつものデアゴスティーニのやり方で、創刊号は安い。
499円(税込み)だ。二号は1,099円(税込み)。
三号以降は1,890円(税抜き)で、予定では110号まで、である。

トータルで220,000円ほどになる。
ほぼ二年かかるわけだから、それほどの出費とは感じないだろうが、
計算すると、やっぱり高いな、と感じてしまう。

欲しいか、と問われれば、欲しい、と答える。
110号までの二年間は楽しいだろう。

完成して、すべてのギミックを試してみるまでは、ほんとうに楽しめるだろう。
でも、その後は……、とつい考えてしまう。