毅然として……(その3)
映画「仮面の中のアリア」の冒頭の拍手のシーンで気づかされるのは、
観客席に大勢の聴衆がいるから、
これだけの拍手が、このコンサートを最後に引退するバリトン歌手に対して送られるのであって、
これがもし会場にまばらにしか聴衆がいなかったとしたら、
そこでバリトン歌手による歌がどれほど素晴らしかろうと、拍手の数は少なく、
そこでの拍手は、引退するバリトン歌手をみじめな気持にさせてしまうことだって考えられる。
これはコンサートというものは、ある一定数以上の聴衆が集まるからこそ成立するところがある。
100人以上の奏者がステージの上にいるオーケストラのコンサートでも、
ピアニストひとりによるコンサートであっても、
観客席には、その席を埋めつくすだけの人(聴衆)が必要だというところに、
コンサートでの音楽を成立させるものがある。
つまり原則としてコンサート会場では、
演奏者の人数よりも聴衆の人数が常に多い、ということになる。
この多数は、小ホールでは数百人、大ホールでは千人をこえる
どんなに聴衆が集まらず、がらがらだとしても、
ステージ上の演奏者の人数のほうが聴衆よりも多い、ということは、まずない。
演奏者の人数と聴衆の人数、
これが逆転するのが、グレン・グールドが選択した(求めた)音楽の聴かれ方(聴き方)ということになる。