Date: 3月 29th, 2012
Cate: 岩崎千明
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岩崎千明氏のこと(その28)

「五味オーディオ教室」の冒頭の文章は、
ステレオサウンド 16号に掲載された文章とほぼ同じである。

ステレオサウンド 16号にはオーディオ巡礼が載っている。
オーディオ巡礼は15号から始まった企画で、
15号には野口晴哉氏、岡鹿之介氏が登場されている。このオーディオ巡礼には「ふるさとの音」となっている。

16号は「オーディオ評論家の音」であり、山中先生、菅野先生、瀬川先生の音を聴かれている。
「五味オーディオ教室」の冒頭の文章は、
菅野先生の音を聴かれて書かれたものである。

その文章については、別項「ハイ・フィデリティ再考」の(その3)でも一部引用している。
そして、「ハイ・フィデリティ再考」の(その3)でも書いているように、
この文章に関しては、きっちり全文を読んだとしても、解釈がむずかしい面をもっている。
だから、ふたたび(今度はさらに長くなるが)引用しておく。
     *
あなたは「音」を聴きたいのか、「音楽」を聴きたいのか
「オーディオすなわち〝音〟であり、〝音〟をよくすることによって、よりよい〝音楽〟がえられる」——この一見自明である理が、はたしてほんとうに自明のことであるのかどうか、まずその疑問から話を始めたい。
 以前、評論家の菅野沖彦氏を訪れ、その装置を聴いたときのことである。そこで鳴っているのはモニターの鋭敏な聴覚がたえず検討しつづける音であって、音楽ではない。音楽の情緒をむしろ拒否した、楽器の明確な響き、バランス、調和といったものだけを微視的に聴き分ける、そういう態度に適合する音であった。むろん、各楽器が明確な音色で、バランスよく、ハーモニーを醸すなら当然、そこに音楽的情緒とよぶべきものはうまれるはず、と人は言うだろう。
 だが理屈はそうでも、聴いている私の耳には、各楽器はそのエッセンスだけを鳴らして、音楽を響かせようとはしていない、そんなふうにきこえる。たとえて言えば、ステージがないのである。演奏会へ行ったとき、われわれはステージに並ぶ各楽器の響かせる音を聴くので、その音は当然、会場のムードの中できこえてくる。いい演奏者ほど、音そのもののほかに独特のムードを聴かせる。それが演奏である。
 ところがモニターは、楽器が鳴れば当然演奏者のキャラクターはその音ににじんでいるという、まことに理論的に正しい立場で音を捉えるばかりだ。——結果、演奏者の肉体、フィーリングともいうべきものは消え、楽器そのものが勝手に音を出すような面妖な印象をぼくらに与えかねない。つまりメロディはきこえてくるのにステージがない。
 電気で音をとらえ、ふたたび電気を音にして鳴らすなら、厳密には肉体の介在する余地はない。ステージが消えて当然である。しかしそういう電気エネルギーを、スピーカーの紙の振動で音にして聴き馴れたわれわれは、音に肉体の復活を錯覚できる。少なくともステージ上の演奏者を虚像としてではなく、実像として想像できる。これがレコードで音楽を聴くという行為だろう。かんたんにいうなら、そして会場の雰囲気を音そのものと同時に再現しやすい装置ほど、それは、いい再生装置ということになる。
 レコード音楽を家庭で聴くとき、音の歪ない再生を追及するあまり、しばしば無機的な音しかきこえないのは、この肉体のフィーリングを忘れるからなので、少なくとも私は、そういうステージを持たぬ音をいいとは思わない。そしておもしろいことに、肉体が消えてゆくほど装置そのものはハイ・ファイ的に、つまりいい装置のように思えてくる。

音を聴き分けられないシロウトでも、音楽の違いはわかる
 この危険な倒錯を、どこでくい止めるかで、音楽愛好家と音キチの区別はつくと私は思ってきた。オーディオの世界に足を踏み入れたものなら一度は持ってみたいと思うスピーカー、ジム・ランシング(JBL)のトーン・クォリティを、以前から、私がしりぞけてきたのはこの理由からである。ジムランが肉体を聴かせてくれたためしはない。むろん、人それぞれに好みがあり、なまじ肉体の臭みのない、純粋な音だけを聴きたいと望む人がいて不思議はない。そしてそういう、純粋に音だけと取組まねばならぬ職業の一人が録音家だ。この意味で菅野さんがジムランを聴くのは当然で、むしろ賢明だと思う。
 しかしあくまでわれわれシロウトは、無機的な音ではなく、音楽を聴くことを望むし、挫折感の慰藉であれ、愛の喪失もしくはその謳歌であれ、憎悪であれ、神への志向であれ、とにかく、人生にかかわるところで音楽を聴く人に、無機的ジムランを私は推称しない。むろんこれは私個人の見解である。
     *
ステレオサウンド 16号に掲載されている文章も、これとほとんど同じである。僅かな違いはあるけれど、
その違いについてふれる必要はない。

実は、菅野先生に、このことについていちど訊いたことがある。

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