快感か幸福か(その10)
インターナショナルオーディオショウでの例、ステレオサウンドの試聴室での例とはすこし違う意味をもつが、
私にとっては、ふたつの例と関係してくるように思えてならないことが、ひとつある。
これもステレオサウンドにいたころの話である。
山中先生のところに原稿をとりに行った時のことだ。
話はまた横道にそれるが、このころステレオサウンドは富士通のワープロは導入していたけれど、
筆者でワープロを導入されたのは柳沢氏が最初だった。
そして黒田先生が導入された、と記憶している。
ほかの方々は手書きの原稿だった。
だから原稿を取りに行く、ということも仕事であった。
いまならメールで送信されてくるから、電車を乗り継いで原稿を取りに行くなんて、
時間のムダ、ということになるのだろうが、〆切で忙しいときに、
電車に乗って原稿を取りに行くのは気分転換になっていた。
それに手書きの原稿には赤をいれる。
この作業は、いまのメールで送信されてくるテキストデータを読むのとは、意味が異ってくる。
編集者として、手書き原稿を相手に仕事をしたことがないのは、時代が違うことはわかっていても、
やはり大きなマイナスだと思う。
話をもどそう。
その日、山中先生から連絡があり、何時にできるから、そのころ取りに来てほしい、ということだった。
時間ぴったりに伺うと、原稿はまだだった。
もうすこしかかる、ということだったので、山中先生のお宅の周辺で時間をつぶして、また来よう、と思っていたら、
リスニングルームに通された。そして「原稿が書き上がるまで、好きに聴いていていいよ」といわれた。