Date: 9月 20th, 2011
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと
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瀬川冬樹氏のこと(CDに対して……)

瀬川先生は1981年11月7日に亡くなられているから、CDを聴かれていない。
そのため、CDが登場してときも、それからしばらくしてからも、そしていまでも、
瀬川先生はCDをどう評価されたんだろう……的なことが話題になることがある。

どう評価されたのか──、
私も知りたい、
どう書かれたのか──、
私も読みたい、
と思っているが、こればかりはどうしようもない。

それでもひとついえることがある。

瀬川先生はFM fan連載の「オーディオあとらんだむ」の103回(1980年20号)で、
「ディジタル・ディスクについて」というタイトルで書かれている。

瀬川先生がこの文章を書かれだ時点のオーディオフェアでは、
「試作品や単なる提案まで含めて、十数社が、各社それぞれ独自の(互いに互換性のない)方式を」展示していた。
「各方式が互いに譲らずに乱立しているかぎり」は、
「ディジタル・ディスクを無視すること」だとはっきりと書かれている。

「どの社の何方式はどういう特長があるか……などと一生懸命に調べたり考えたりすること」が、
「既に、各社の競争に巻き込まれてしまっていることになる」からだ。

さらに書かれている。
     *
既に一般誌にも記事になっている周知の事実なので引用させていただくが、パイオニアの石塚社長の談話として、「方式も各社の技術力のうちだから、自由競争の結果優秀なものが残っていくゆくだろう」という意味の発言が公表されている。規格統一というものを根本から誤解しておられるとしか思えないが、石塚氏一個人の見解というよりも、この考え方が、日本のメーカーの一般的見解であるように思えてならない。
     *
パイオニアだけでなく、この時期、ディジタル・ディスクを開発していた他社すべてがこのように考えていたら、
そしてこの誤解のもとに突っ走っていっていたら……。
ソニー・フィリップス連合は、パイオニアのような考えの会社を説得していったものだと思う。
もちろんすべての会社が、規格統一を誤解していたわけでもないだろうけども……。

「ディジタル・ディスクについて」の最後には、こう書かれている。
     *
だが、最後に大切なこと。メーカーがどんなに思い違いをしようとも、私たちユーザーひとりひとりが、規格統一の重要性とその意味を正しく受けとめて、規格が一本に絞られない間は、誰ひとり、ディジタル・ディスクに手を出さないようにするのが、問題解決のいちばんの近道ではなかろうか。そうなるまでは、何方式がどうのこうのという情報に、一切目をつむってしまう。
どんなに嵐が吹き荒れようと、嵐が過ぎて方式統一が完成した暁に、ゆっくりと私たちは手を出せばいい。
     *
だから、これを書かれた2年後に、CDという規格統一されたフォーマットで、
ディジタル・ディスクが登場したことは、喜ばれたはずだし、そのことは高く評価されたはずだ。

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