audio teach-in(その3)
生成AIは、オーディオをダメにしていくかもしれない──、今朝、ある人からのメールを読んで、そう感じた。
その人は、生成AIとオーディオについての会話を楽しんでいる。そのこと自体は否定することではないが、
生成物はどういう質問の仕方をするかによって、返ってくる答が違ってくる。
オーディオの理解を深めるために、その人も使っているのかもしれないが、メールを読む限り、自身の考え、感性が正しいことを生成AIに認めてもらいたいだけ。
私には、そうとしか思えないくらいに、こんな質問の仕方をどうしても繰り返すのか──。
オーディオはややもすると自分の臍だけを見つめてしまいがちな面も持つ。
それが悪いまでは言わないけれど、その人は、その方向に躊躇わず進むために生成AIとの会話を重ねていっている。
オーディオにはいろんな方式、技術、製品がある。
それらの音を聴かずに生成AIと会話して、こういう音だと思い込む。
思い込むのも、その人の自由というか勝手である。やりたければずっと続けていけばいい。
けれど、その行為はオーディオへの理解を深めることではなく、どこか片隅に自分自身を追いやって、
自分の臍だけを見つめて過ごすことでしかない。
この人だけがそうなのか。他にも同じような人がいるようにも思える。
偏ったオーディオの知識を持った人が、生成AIとの会話を重ねていくことでますます偏る。
オーディオの未来は、どうなっていくのだろうか。
こういう人が極々少数派であればいいのだが……。