アンチテーゼとしての「音」(アンチ「自己」・その3)
早瀬文雄(舘 一男)さんはキャディラックの他にリンカーン、これもかなり大型のモデルに乗っていたこともある。
だからといってアメリカ車だけではなく、スピーカー遍歴よりも車の遍歴の方がダイナミックレンジが広かったようにも感じていた。
ポルシェだった時期もあるし、退屈な車だと以前から言っていたメルセデスの時もあったし、マツダのロードスター、それから少し変ったところでは日産のエスカルゴの時もあった。
他の車の時期もあったけれど、舘さんと車で思い出すのは、やはりキャディラックだ。
キャディラックの時には、スピーカーはJBLの4344だった。どちらもメイド・イン・アメリカではあっても、印象は、少なくとも私の中ではずいぶん違っていた。
キャディラックだったら、スピーカーはアルテック、もしくはボザークあたりを、私は連想する。アンプならばマッキントッシュ。
舘さんはJBLから離れられなかった人だっただけでなく、マッキントッシュからも離れられなかったように、私は感じていた。
なぜマッキントッシュ、と思うたびに私はキャディラックを思い出してもいた。
JBLの4ウェイのスピーカーシステムとマークレビンソンのアンプ。この組合せの世界に惹かれながらも、もうひとつのアメリカ的なサウンドにも惹かれての選択だったのか。
舘さんが、いま私のところにはあるアルテックの604-8Gを手に入れられたのは、京都でJBLのDD66000を鳴らされていた時である。