回想の野口晴哉 ─朴歯の下駄(その2)
「回想の野口晴哉 ─朴歯の下駄」がさきほど届いた。
届いたばかりだから、ほとんど読んでいない。
読みはじめたとはいえないのだが、とりあえずひらいてみた。
パッとひらいて、オーディオについてなにか書かれているところに当ったら──、
そんなふうにしてみてみたら、ちょうどそうだった。
*
先生が亡くなる年の正月のこと……。
夜、一人の見知らぬ男の人が訪ねて来た。
「スピーカーを買ってくれないか」ということだった。
全く不思議なのは、そのスピーカーこそ、ウェスタン・エレクトリック594と、ランシングの先代が作ったという戦前のもの──先生が長い長い間、欲しくて手に入らなかったものだった。
「これで欲しいものが全部揃った。もう何も欲しいものがない」
そういって、先生は微笑(みしょう)した。
それは三十年間共に暮らして、一度も見たことのない微笑だった。
*
野口晴哉氏が、どういう人だったのか。
これ以上ないくらいに伝わってくる。