オーディオ評論家の才能と資質(その7)
オーディオメーカーに以前在籍されていた人からきいた話がある。
その人によると、ステレオサウンドが創刊されて十年目のことだった(そうだ)。
五味先生の「オーディオ巡礼」のメーカー篇、番外編というべき企画があった、とのこと。
五味先生がオーディオメーカーの試聴室を訪問する、というものだ。
私に話をしてくれた人によると、一刀両断だったそうだ。
ばっさりと切られた、と。
その人の話によると、
そのメーカーだけではなく、他のメーカーも同様だったらしい。
つまり、どこもひどい音──。
結局、創刊十周年企画は流れてしまった……。
ステレオサウンド創刊十年だから、1976年ごろの話である。
そのころの、そのメーカーの製品の音は聴いている。
良かった製品も少なくなかったし、
オーディオ雑誌での評価は高いものだった。
矛盾しているのではないか、と思う人がいるかもしれないが、
試聴室でいい音を出すことと、細かな音の違いを聴き分けることは、
必ずしも同じではない、ということだ。
このことを一緒くたにして捉えてしまう人が少なくないことを、
ソーシャルメディアを眺めていて実感したばかりである。
(その6)で書いたことをここでくり返しはしないが、
メーカーの技術者が、たとえばスピーカーの開発者が、
その人が開発したスピーカーをもっともうまく鳴らせる人ではない、ということ。
(その6)でカメラ、車の例を出した。
なぜ、オーディオだけごっちゃにして捉えてしまう人が少なくないのだろうか。