老いとオーディオ(美味しさと味の良さ・その2)
「五味オーディオ教室」に書いてあったことも思い出している。
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ヨーロッパの(英国をふくめて)音響技術者は、こんなベテランの板前だろうと思う。腕のいい本当の板前は、料亭の宴会に出す料理と同じ材料を使っても、味を変える。家庭で一家団欒して食べる味に作るのである。それがプロだ。ぼくらが家でレコードを聴くのは、いわば家庭料理を味わうのである。アンプはマルチでなければならぬ、スピーカーは何ウェイで、コンクリート・ホーンに……なぞとしきりにおっしゃる某先生は、言うなら宴会料理を家庭で食えと言われるわけか。
見事な宴席料理をこしらえる板前ほど、重ねて言うが、小人数の家庭では味をどう加減すべきかを知っている。プロ用高級機をやたらに家庭に持ち込む音キチは、私も含めて、宴会料理だけがうまいと思いたがる、しょせんは田舎者であると、ヨーロッパを旅行して、しみじみさとったことがあった。
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昨晩、Aさんと一緒に行った中華料理店、
そして三十数年前に行ったことのある、やはりこれも中華料理店、
この二つの店の料理の味の良さみたいなものは、
五味先生が書かれているようなことなのかもしれない。
もちろん、どちらの中華料理店で出てきた料理は、
完全な意味での家庭料理ではないのはわかっていても、
私たち以外の客層を眺めていても、そういうことなのかなぁ、と思ってしまう。
ステレオサウンド 56号で、瀬川先生は、
KEFのModel 303、サンスイのAU-D607、デンオンのDL103Dの組合せについて、
本筋の音と表現されていたことも、昨晩の料理の味に関係してくることとして思い出す。
本筋の音について、56号ではそれ以上の説明はされていない。
五味先生は
《腕のいい本当の板前は、料亭の宴会に出す料理と同じ材料を使っても、味を変える。家庭で一家団欒して食べる味に作るのである》
とされている。
これこそが本筋の音なのだろう。
「五味オーディオ教室」を読んで四十年以上が経つ。
その四十年間は、結局のところ、
「五味オーディオ教室」にある答に向ってのプロセスだったのだろう。